愛玩ペットが一番マシかと思います!! | ナノ

  006 もしかしたら俺は死ぬのかもしれない


 
 扉を閉めたお兄さんは俺から手を放した。
 ジッと見つめられて緊張するが水色の髪のお兄さんは涼し気な表情を崩さない。
 綺麗だけどクールビューティー系ではないのは赤滑くんと同じで表情が顔に乗っているからかもしれない。
 赤滑くんは情に厚いタイプの不良だから人の殴りつけるのは日常的でもわりと優しい。
 言葉遣いも顔に似合わず荒いけどやくざ的な怖さとは無縁だ。
 お兄さんも面と向かって恐喝してくることはない。
 優雅というか穏やかさがある。
 
「それは自分の意思でつけているんですか?」
 
 一瞬言葉の意味が分からなかった。
 すぐにお兄さんの視線が俺の首元に注がれていることを知る。
 火内優成につけられただろう首輪だ。
 ジョークグッズが場を和ませる時が来たのか!
 俺は笑って「嫌がらせされたんです」と答えた。
 大変でしたね、ふふと微笑んでくれる展開を期待していたら冷たい目で見られた。
 これはやくざだ。人殺しの目をしている。
 今はインテリやくざの時代で武力派は用済みなんじゃないの?
 警察は今すぐ俺を保護してくれ。
 さもなければ、政府! 政府!!
 見知らぬ土地で国民が困ってます!!
 大使館は何処ですか!
 助けてくれたら惜しみない愛国精神で日本のために尽くすと誓います。
 って、そうだ。

「どうして、日本語使えるんですか」
「愚かな人間を王に担ぎ上げた代償です」
 
 それは日本人が王様だということですか?
 王様のためにみんなが王様の母国語を勉強して喋っていると、そういうこと?
 ならば、話は早い。
 日本人はみんな兄弟!!
 広い意味で天照大御神の子供だから!
 いつでもどこでもアマテラス様が見てる。
 
「王様の血縁です。立場を保証してください」
 
 日本語を操り、大和魂があるのなら兄弟に違いない。
 心のふるさとが日本だからこそ日本語と共にいるんだろう。
 日出ずる国バンザイ。
 
「今の陛下は問題ありませんけれどね」
 
 口元をほころばせる美女系お兄さん。
 もしかしなくても王様は王様でも「以前の」ついちゃったりしますかね。
 しかも、評価がよろしくないタイプの王様だったりしますかね。
 お兄さんのニュアンスというか空気というか大変微妙です。
 勘違いだと思いたいけど俺にとってよくない方向に話しが転がりそうだよ。
 間違いだと思いたいけどもぉ!?
 日本人はなんかやっちゃいましたか?
 そんなわけない。
 日本人は慎み深いんだから!
 優柔不断で周りの意見に左右されやすいんだから!!
 勘違いしないでよ。
 王様じゃなくてきっと大臣とか宰相とかそういうのが黒幕だったに決まってる!!
 大人はちゃんと自分の首を守って他人を差し出すんだからね。
 トカゲのしっぽ切りまくりだから!
 汚職をしない政治家なんかいなし、スキャンダルにならない芸能人もいない。
 そういうことでなんとか見逃してくださいって言いたい。
 
 王様がたとえ悪人だとしても俺は何一つ関係ないってことだけを頭に入れておいてもらえるなら問題ありません。ええ、本当。俺は日本人だけど王様の知り合いとかいないし。日本は天皇陛下はいても民主主義ってことになっているんでトランプの絵柄みたいな王様とは無縁です。
 
「以前の王に関係する人間は基本的に処刑が望ましいんです」
 
 中国だかどこかの国は昔、王朝が変わる時に王様と親族野党皆殺しにして新しく始めるもんね。
 禍根が残ったりクーデターが起こる可能性をゼロにするには全部まるっと失くしちゃうのがいいですね?
 後から火種が出ないようにって考え方は分かります。
 歴史でよくあるけど国を挙げてそういう文化じゃない場合、王様は民衆に非難されて血も涙もない残虐王とか言われちゃったりするんじゃないの。
 それでいいのか、王様。
 お妃様に怯えられていないのか、王様。
 温情も時には必要だと思います。
 
 この場をやり過ごすために適当なことを言ったと認めるのと勘違いしただけで俺は悪くないと主張するのはどっちがいいんだろう。
 
 真実を言うのが一番か、騙そうとしたことで信用をなくすのか、天然ボケですを押し通して噛みあわない会話を続けてみせるか、俺の平穏はどれだ。
 
「見てください」
 
 部屋の窓に案内されて促されるままに外を見る。
 鳥っぽいものが人っぽいものをついばんでいた。
 遠いから現実感がないけれどアレは多分、鳥葬なんだろうけれど処刑にしか見えない。
 鳥葬は人を生きたまま鳥に食べさせたりしない。
 それは拷問だ。
 獣の餌を塗りたくられて放置あるいは木に括り付けられる。
 ゆっくりと肉を食まれていく恐怖。
 
「嘘をついた人間はああなります」
 
 俺は真実を墓場まで持って行くことを決意した。
 場所が違えば常識は違うし、相手の立場を考えれば発言の気安さを見直さないといけない。
 ぶっちゃけ舐めていた。俺はなんとかやり過ごせると思ってました。
 俺は日本を知っているけれど彼は日本を知らない。
 もしかして、俺の知識欲しいんじゃないの? とかそんな悪知恵を働かせようとしました。
 結果としてピンチ。
 
 他のみんなはどんな話をしてるんだ。
 自分は勇者だって売り込んでるならよく分からない僻地に左遷されるんじゃないの。
 怖いよ、この世界。
 
「一般的な王の血族は人権を剥奪され実験動物として研究機関送りになります」
「例外はないんですか?」
「そうですね。遠縁であったり面識がない場合は人権は剥奪されたままですが奴隷やペットでしょうね」
 
 高貴な血筋を貶めたいっていう、そういう願望がなせる業ですか。
 基本的に以前の王族は人権が認められないんですね。分かった覚えた。もうその話題は絶対に口にしませんからさっきのことは聞かなかったことにしてください。
 
 その気持ちで俺はお兄さんを見つめる。
 王様と俺は全然顔似てないだろうし。
 
「この首輪、着けていたいですか?」
 
 全然そんなことないので否定すると天女のごとく可憐にお兄さんは微笑んだ。
 空気がほんわりと色づく感じ。
 
「名前は?」
 
 火内優成が勝手に名乗った「ペン」は聞かなかったことにしてくれたらしい。
 その優しさとやわらかな雰囲気に後押しされて俺は「溝口彗星」と名乗った。
 マーキュリーじゃない、コメットです。
 あ、日本語は分かっても英語は分からないかな。
 というか、この世界の天体はどうなっているんだろう。
 ピンク色の雲からして地球っぽくないけれど、どこまで同じなのか気になる。
 水星がなかったらマーキュリーネタは意味不明だから口に出すのはよそう。
 
「スイ……よろしくね。私はデェリトルフラウ・ベルトヤカ」
 
 発音しにくい名前ではなくて安心する。
 愛称はデェリトルなのかフラウなのか。
 小さいときはリトルと呼ばれていたのかと考えて英語やそもそもこの国がどんな言葉を使っていたのか気になる。日本語を使わせた王様はどのぐらいの長さ在位していたんだろう。少なくとも水色の髪のデェリトルフラウ・ベルトヤカは流暢に日本語を使っている。
 
 あれ、それもおかしい。
 
 日本語を流暢に使う海外の人はもちろんいるけど基本的に発音がもっとたどたどしかったり、言い回しに不自然さがあったりする。それはそもそも母国語ではないというのもあるけれど舌の長さが違うから違ったりするから発音に苦労すると聞く。いや、それは日本人が巻き舌多めなフランス語を習得する時にぶつかる壁だっけ?
 でも、同音異義語や発音ひとつで意味が逆転したりするから面倒な言葉の一つとして日本語は数えられていたはずだ。この世界の人またはこの国の人は日本語を誰にどうやって習ったんだ。
 王様のために習得しただけでこの練度なのかデェリトルフラウ・ベルトヤカが特別なのか。
 
 それとも日本語を簡単に覚えることが出来る方法があるんだろうか。
 
『その国は生き字引になっている吸血鬼の生態を真似たのさ。……そう、つまりね。血を媒介にして記憶や技術を他人に譲渡する。境界の国にいる彼らは王が代替わりする時にワインを飲むんだ』
 
 文化の違いだと思うには残酷な気がした。
 
『王の血が一滴でも入っていればその日にワインを飲んだ人間は大なり小なり王が持っていた力を手に入れられる。これはヒミツでも何でもない境界の世代交代のよくある風景なんだ』
 
 見た目どこからどう見ても外人さんですけれど、心に受け継ぎし大和魂があるのなら物騒なことを考えるのはやめてくれないかと俺の首元にナイフを向けてくるデェリトルフラウ・ベルトヤカを見て思った。
 
 綺麗なお兄さんは好きです。
 優しい人はもっと好きです。
 
 よろしくって言ったじゃないか!!
 短い付き合いすぎるだろ。
 

prev / next

[アンケート] [ 拍手] [愛玩ペットtop ]

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -