この殻を破っても(五条)



 その日、五条との任務先で呪霊を祓ったあと、帰ろうとした頃には暴風雪でバスも電車も新幹線も何もかもが止まってしまった。仕方なくホテルに泊まろうとしたが急な悪天候でどこも埋まってしまい、たった一部屋しかもシングルベッドで寝泊まりすることになった。いやいや他を探そうと言い張る私に五条は「なにか期待でもしてんの」と鼻で笑うものだから、つい勢いで承諾してしまった。そりゃ、何軒回っても結果はきっと同じ。むしろ一部屋確保できただけ運が良かったのかもしれない。




「風呂、先に入ってこいよ」
「なんか言い方、やだな」
「はぁ?なんで」
「別に。じゃあお先に」




 もし五条とふたりで泊まったことが傑に知れたら、彼は冷ややかな視線を私に向けるだろうか。きっと少し呆れたような顔で「まさか何もしていないだろうね」と目を細めて聞いてくるに違いない。傑に尋問されたくないし、今日のことは絶対に隠しておこうと心に決めてお風呂から出れば、五条は遅いと文句を垂れてきたので「次どうぞ」と視線を移した。


 窓から外を覗けば雪が深々と降りしきっていて明日帰れるのかどうかさえ不安になってしまうほどだ。スマホが鳴ったと思えば傑からの電話で、切ってしまおうか心底悩んだ上で通話ボタンを押した。




「もしもし」
悟と任務なんだって?
「うん、もう終わったけどね」
それで、君は今どこなんだい
「まだ任務先。雪で電車が動かなくて泊まることにした」
知ってるよ。なまえの行った先が大雪だってニュースでやっていたから電話したんだ
「なんだ、知ってたんだ」




 心配して電話してくれたのかと安堵した瞬間、風呂場のドアがおもむろに開いて「ドライヤーそっち持っていったー?」と五条の声が部屋に響いた。そして同時に「まさか悟と同じ部屋じゃないよね」と傑の低い声が耳にこびりつく。ごめんなさい、そのまさかなんです。




「なーに、彼氏と電話?」
「いや。傑が、」
「傑?」
「五条に電話代われって」




 五条は状況を流石に察したようで唇にうっすら笑みを浮かべながらスマホを受け取ったかと思えば、「邪魔すんなよ」とひとこと呟いてそのまま通話を切ってしまった。「なにすんの!」と突然のことに目を見開く私を一瞥すると、「そんなに傑がいいのかよ」と不満げに眉を顰めてドライヤーを手にした。




「てかお前さ、傑と付き合ってんの?」
「付き合ってるわけないじゃん。そもそも彼氏はいません」
「付き合ってもないやつと電話ねぇ」
「ニュースでこっちが大雪だってこと、見たんだって」
「へぇ」




 よっぽど傑はお前のこと好きなんだな、とまるでヘソを曲げたように言い放つと、髪はどうやら乾いたようで五条はベッドに飛び乗って手招きをした。「なんでそういう思考になるのか意味不明」と返せば「鈍感な女を相手にしてる傑も苦労が多いねぇ」と一瞥される。ばーかばか、私が好きなのは目の前の五条悟なんだよ。




「これ以上こっち来ないでね」
「へいへい」
「おやすみ、五条」
「おやすみ」




 五条に背を向けて寝転がると、暗闇のなかで静かな沈黙が暫く続く。冷んやりとしたシーツに体温を奪われて手足の先から寒さを感じ身体をぶるりと震わせていると「さみぃの?」と五条の声が後ろから落ちてきた。




「...五条は寒くないの?」
「あっためてやろうか?」
「は?え、っちょっと」




 抵抗する間も無く後ろから五条の腕が回り、力づくでぎゅうと抱き締められた。「苦しいよ、わざとやってんでしょ」と批判めいた口調で囁くも彼は聞こえないふりをして足先を絡めてくる。「やめて」と抵抗しようと腕を掴めば視界が反転して、暗闇に慣れた目が映し出すのは私に跨る五条の陰影だった。




「傑のこと好きなの?」
「だから、なんでそうなるの」
「言えよ」
「傑は友達。それ以上でも以下でもない。わかったなら退いて」
「そーゆー強気なところ、そそるねぇ」
「冗談言ってないで早く」
「至って本気」




 五条の唇が、耳たぶ、首筋、鎖骨と落とされていく。冷えた五条の指先が太腿に触れて思わず、あっ、と声が漏れてしまった。五条はいったい何をしようとしてるんだ、どうしよう。そんな思考とは裏腹に、首筋をつうっと舐められればその舌先の熱に侵されていく。




「ちょ、そこでしゃべらない、で」
「なに。耳いじられんの好き?」
「や、っ」
「で、質問に答えて」
「絶対に、いや」




 五条は「あっそ」と興味を失ったかのように視線を落として私の顎をくぃと持ち上げる。「キスしてもいい?」と尋ねれば、私の答えを聞く前に唇と唇が重なった。差し込まれる舌を押し返そうとするが、酸素を求めて口元を開いた隙に抵抗も虚しく成すがままにされる。五条の手が私の手と絡まる、繋いだ指先が熱い。




「傑とどっちがいい?」




 低い、低い声だった。ひゅ、と息を呑むと五条はその眼で全てを見透かしたように、そして蔑むかのように渇いた笑い声をあげる。


 それは自分の落ち度が招いた事故のようなものだった。とある任務で呪霊から受けた傷から呪いを受け、どうやらその呪いは女性を発情させるものであった。祓ったあとも呪いの影響を受けてしまった私はどうしようもなく、宿泊所にひとり残っていた傑に慰めてもらったことがある。傑も傑で私の尻拭いとばかりに、その場限りの行為を受け入れた。たったその1回だけ。




「ちょうど任務終わって帰ったらさ。なまえが傑の部屋から出てきたの、見たんだよね」
「それ、は」
「その後に傑の部屋入ったらさー、もうこれヤッただろって。傑は呪いの残穢のせいだとか言ってたけどそんなの知らねぇよ」




 傑も私もいつも通りに接していたつもりだった。五条だってそんな素振り、これっぽっちも見せなかったのに。




「そもそも、弱ぇお前が悪い」
「うん、ごめん。その通り」
「なんで傑なわけ」
「だってあの日、傑しかいなかったし」
「俺もいたらどうしてた?」
「、わかんな、っちょ、」

 


 無理矢理に下着を脱がされ、ベッドの隅に放り投げられる。そのまま五条は私をひっくり返しうつ伏せにすると、尻を突き出すよう腰を引き寄せる。「やだ」と抵抗すれば「傑はいいのに俺は嫌なわけ?」と鼻で笑って私の口を塞いだ。押し開かれる感覚が襲い、そのまま突き上げられればその圧迫感に思わず唇を噛む。私の中で膨張していくその熱に矯声を漏らせば、五条は私の身体を抱き上げて再び組み敷く。


 無意識に溢れ落ちた涙に五条は驚いたのか、ぴたりと動きを止めて私の涙を指で拭った。




「泣くなよ」
「っごじょーの、ばか」




 私は五条が好きなのにと思わず洩らせば十数秒ほど沈黙が流れ、五条はため息をひとつついて「早く言えよ、なんだそれ」と自嘲するかのように呟いた。私だって素直に言えたら苦労しない。




「もういっかい言って」
「、私が好きなのは、五条、なの。傑じゃない」
「そんなこと言われたら俺止められないけどいい?」
「最初から止める気なかったでしょ。最低」
「いや、ついカッとなって」




 優しいキスが落ちてきたと思えば、五条は私の中に再び入ってきて先程よりもさらに激しく腰を打ち付ける。重なる熱を帯びた視線。キラキラとした青い瞳にぼんやりとした私の姿。


 五条は私の耳元に顔を寄せて「好きだ」と囁く。言葉を返す余裕などない私は絶え間なく押し寄せる快楽の波に飲まれ、部屋には荒い吐息と私たちの肌を合わせる音だけが響いていた。







(2022.11.11)
この殻を破っても、
上手に心を隠せるようになった僕らは今、
透明な殻の中で窒息している。


この手をのばしたらの続き(お相手:夏油)




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