独唱


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「先生、どうして人は死んでしまうのですか」


千寿郎の腰丈にも満たないその少年は、混じり気のない無垢な表情で、彼を真っ直ぐ見つめていた。
その問いが思い付きでも何でもなく、彼の心の奥底から込み上げた切実な問いであることは千寿郎にも分かっていた。

「君は、難しい質問をするね」優しく眉を下げながら、身体を屈め膝をつき、先日父を亡くしたばかりのその少年に目線を合わせると「それは僕にも未だ分からない。もしかしたら、死ぬまで分からないことであるかも知れない」と云った。
その言葉を聞き、少年は切なげに瞳を揺らしながら、堪えるように唇を噛んだ。
「もしかしたら人が死んでしまう理由も、あるいは人が生まれゆく理由も、それぞれに異なるのかも知れない。だけどね」千寿郎は彼を抱き締めた。いつか兄や名前が幼い自分にそうしてくれたように。
「僕たちは生きている。これからも生きていく」それが何のために成されるのか、その果てに何があるのか、けして解らなくとも。
慰める言葉などなかった。救ってやれる言葉など見つからなかった。小さな背中を擦ってやることくらいしか自分には出来ないのだ。
「淋しくても悲しくても、泣きたくなるほど、もう一度会いたいと願う人がいる。その人を想うことは、いつか君の心を支えてくれると僕は思うんだ」目を閉じると浮かんでくるのは屈託のない優しい笑顔と、自信のない自分の背中をいつも押してくれた兄の姿であった。
そうして遺してもらった愛情に、僕は応えなければならないと、千寿郎は彼を見つめた。


 *

あれから数年が経ち、再び千寿郎が名前の置屋を訪ねた時には、もう跡形もなくその土地は更地となっていた。初めて訪れた時と比べ、ずいぶんと景色も移り変わっていた。そうして時代の波に飲み込まれ、幾つもの置屋が商売を畳んだのだと近所の人が教えてくれた。
かつて彼女と共に働いていたという女性を紹介してもらい、事情を説明したらその人は快く話を聞かせてくれた。
兄を亡くしてから彼女は芸妓に上がり、置屋が店を畳む前に流行り病で亡くなったのだと知らされた。
その間、彼女のことをいたく気に入って、熱心に結婚を申し込んだ者がいたが、その申し出を断り、座敷に出るのを減らしながら、細々と年下の娘たちに三味線を教えて暮らしていたという。
出来ることなら骨を引き取り、兄の隣に埋めてやりたかった。千寿郎は彼女の引き取り先を探したが、もはや知るものはいなかった。


それから幾度目かの春を迎え、千寿郎は小学校の教員となった。人前に立つことが得意ではない自分が、人に物を教えるようになるなど思いも寄らなかった。
人生とは分からないものである。

「さあ帰ろう。今日はもう遅いから、先生が家まで送ろう」

千寿郎は少年に微笑み、優しく手を取ると、握り返した彼の心を労るように二人で歩き出した。




どうか傷ついた者たちの、その先へ続く道が、安らかでありますようにーー。





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