年の瀬になると何故か決まって、LINEが慌ただしく動き始めるのは気のせいではないと思う。 普段は頻繁に連絡しない知り合いやら、何ヶ月も止まったままだったグループLINEが決まって "良いお年を" 最後にそう締めてメッセージを送ってくる。 正直それを返すのは毎年面倒で本当に返さなくてはいけない案件以外は既読スルーを貫いていたため、今年はそれ程多くメッセージが届く事がなく、快適と言えば快適だ。 しかし今しがた送られてきた "今年は苗字先生とこうしてまた話せて俺にとって、とても嬉しい1年でした!良いお年をお迎えください" 彼からのメッセージは素直に嬉しいと感じる。 返す言葉を打つ間に音も立てず溜まっていく通知に、返事を送ってからそのトーク画面を開く。 ズラッと並んだ未読メッセージは、それこそ年の瀬だというのに宇髄先生が本命の彼女にフラれそうになっているという話題が中心でずっと盛り上がっていて、珍しく荒れている本人を励ましてるんだか追い詰めてるんだかわからない教師陣の返答を読みながら、失礼ではあるが小さく笑った。 私がわざわざ話に乗る流れでもないため、そのまま画面を閉じようとした瞬間 "私の事は気にしないでって言う女の心理って何なんだよ!胡蝶と苗字ならわかんだろ!?" 名指しをされて眉を寄せた。 good boy 気にしないで、という心理はまぁ大まかに2種類に分類されるだろう、と。 言葉そのままの意味か、そう言いながらも本当は気にして欲しい、か。 宇髄先生の話を掻い摘んで把握するならば、本命と本命容認の浮気相手とどちらと年末に会いどちらと年始会うか悩んでいた所、突然本命が身を引こうとしてきたといった経緯。 宇髄先生にとっては本命と浮気相手と分類されるのも全く以て納得いかないらしく、そこは平等だと何度も言っていた。 冒頭から既に私の理解を超えているため一切触れずにいたが、名指しをされるとそうもいかなくなる。 どう返信しようか考えた所で "そうね…。その人の気持ちは私にもよくわからないけれど、言葉通りに受け取ってはいけないんじゃないかしら?" 可愛らしい絵文字とやんわりと包む胡蝶先生に口角が上がる。 "そうですね。少なくともその経緯での気にしないで、というのは気にして欲しいという気持ちの裏返しの可能性が高いのではないかと思います" それを援護するために早々にそう送れば、既読がメンバー分ついたものの止まった流れに画面を閉じた。 ダイニングテーブルへそれを置いて手を洗う。 弱火に掛けていた鍋の中身をお玉で軽く掬って爪楊枝を刺し火が通っている事を確認してから出汁と醤油を加えた。 年末年始も私にとってはクリスマスと何も変わらない。 いや、少しは違うか、と完成間近の雑煮へ視線を落としながら考えた。 年越し蕎麦もおせちも好き好んで用意はしないが、この雑煮だけは独り暮らしを始めてからも欠かさず作っている。 単純に、弟が産まれ初めて迎えた年末に見よう見まねでこれを作った時、両親が褒めてくれたというのが大きい。 それから年末は私が作る雑煮で締める、いつの間にかそれが当たり前になり、その名残からか今もこうして自分だけの為にそれを拵えている。 小皿へ汁を掬い、味を確かめてからまぁ美味く出来た方かな、と考え火を止めた。 今日はもうこのまま年越しをするとして、明日からはどうしようか、と考えながら中に干してあった洗濯物をしまうためリビングへ向かう。 3日までは学校自体が閉庁しているため、何処かに行こうと思えば何処でも行ける。 実家に顔を出すのはその内の1日で十分だし、年始と言えば初詣か、とド定番な事を思いついたけど、わざわざ人混みに行って疲れるのも、と早々にそれを諦めた。 それを考えるとまだ駅周辺でショッピングをする方が有意義な気もする。 まぁ特別欲しいものも必要なものもある訳じゃないので行かなくても問題は… あぁ、そうだ。 畳んだ洗濯物をしまいながら思い出したのはクリスマスの冨岡先生との会話。 素敵な店員さんが居るという女性下着売り場は少し、気になっている。 そういえば年始のセールで福袋を販売していたのも同時に蘇ってきて、情報を調べてみようとまたダイニングへ戻り、椅子に腰を掛けた。 27の通知にそっとそれを開けばその殆どが宇髄先生1人のもので、結局何を話しても取り付く島もない状態になったらしく、これ程になく荒れているのが文章からもわかる。 さっきまで冷静に、そして律儀に返信をしていた不死川先生と悲鳴嶼先生も収拾がつかないと判断したのか、沈黙を貫いていた。 まぁ、私達が何を言っても解決出来る訳ではないし、宇髄先生も道を求めているというよりかは文にする事で頭の中を整理しようとしているように見える。 そういえば冨岡先生が荒れている時も、誰一人としてブロックや退会をしなかったな、私以外は。 そう思うとこの面子のスルースキルの高さと寛容さは半端ないのかも知れない。 だから本気で荒れられる、というのもあるのだろう。 "俺はどうすりゃいいんだ!!" もはや心の叫びに近い一文に "どっちか、と考える事で角が立つのなら、そのまま3人で年末年始を過ごしてみてはいかがでしょう?" ふと思い立った事を何の気なしに送ってみる。 すぐに付いた既読5の数字に、年の瀬なのに皆暇なのかなと考えるも私も人の事言えないか、と画面を閉じようとした。 "そうか!!それだよ!!" 宇髄先生の返信に思わず二度見してしまった。 絶対有り得ないと思ったのに、採用された事に驚きを隠せない。 そうして暫くして "さんきゅー苗字!!お陰で彼女の機嫌治ったぜ!!" 送られてきた文章には苦笑いをするしかなかった。 相変わらず宇髄先生を取り巻く世界は良くわからないけれど、少しでも役に立てたのならまぁ、良かったとも思う。 "俺も名前と年末年始を過ごしたい" 突然の出現に眉を寄せる。 何故わざわざグループの方に投げてくるのか。 いや、個人でも返す言葉は変わらないけども。 "無理です" "少しは熟考してくれないか" "熟考した結果その答えに至りました" "おいおい冨岡が送ってから1分も経ってねぇぞ?" 宇髄先生め、自分の事が解決したらってまたこちらをからかう気だな。 "熟考とはじっくりとよく考えるという意味ですよ。時間は関係ありません" クリスマスの時とは勝手が違う。 冨岡先生の要求を飲んでいたらそれこそ良いお年を迎えるどころじゃない。 そうだ。 "私今日から実家に帰ってるんですよ。3日まで居る予定なんで無理です" そういう事にしとこう。 "嘘だ。電気が点いている" すぐに来た返事につい玄関へ視線を向けてしまった。 "ストーカーみたいになってね?お前大丈夫か?" 不死川先生が若干引いてるであろう事がわかる。 "泥棒対策のためにつけっぱなしにしています" "換気扇から食べ物の匂いがする" 思わず溜め息が出た。 "犬みたいですねホントに" "本当は家に居るんだろう?" "居ますよ" "何故嘘を吐く" "家には居ますが想いは実家へ馳せてるので完全な嘘ではないですし、仕事初めには帰省している心も戻りますのでどうぞ私の事はお構いなく" "昨日も一昨日も会えてない上更に4日も名前に会えないなど耐えられない" そう言うのなら今チャイム鳴らせば良いのに、とも思うけどそこら辺はやっぱり従順を貫いているのか…。 その基準が未だ良くわからない。 "4日の内1日くらい付き合ってやったらどうだ" 伊黒先生の言葉に目を細めながらも、少しは考えてみる。 今日はもう1人でゆっくりしたいし、1日は気が向いたら駅方面に買い物に行きたい。 2日は実家に軽く顔を出すつもりで居るし、3日は休み最後なのでまた1人でゆっくりしたい。 まぁそう考えると、無理だという答えになる。 ただ此処でまたそれを言うとめんどくさい事になるのが目に見えてわかっているので "検討はしてみます。荒らしてすみませんでした。失礼します" 強制的に会話を終了させて画面を消した。 あぁ、そうだ。 下着専門店の情報を調べようと思ってたんだ。 公式ページに飛ぶと、今年も福袋の販売は行っているらしいが、いかんせん限定もののため確実に手に入るかといえば保障はない。 喉から手が出る程、欲している訳ではないし買えたら御の字、くらいの気持ちで行ってみようかと画面を閉じようとした時 コツッ… 僅かに音がした方向へ視線を向ける。 玄関の向こう側からだ。 まさか…。 眉を寄せるとモニターを確認する。 何の変哲もない風景が広がっているも、四角い画面では全部が見渡せる訳ではない。 念の為玄関へ向かうと、開けようとした扉が外側から加わる力で重くなっている事に気付いた。 「……冨岡先生?」 隙間からその名を呼べば掛けられていた圧が消えた所で扉を開ける。 「何してるんですか」 「名前がいつ俺と会うか検討した後の答えを待っていた」 「だからって何も玄関の前に居なくても…。私が気付かなきゃずっと此処に居るようでしたよ?」 「お前ならすぐに気が付くと思った」 「過度な期待はやめていただきたいんですけど…。というかそこまでするならチャイム押せば良いじゃないですか」 「鳴らしたら出て来てくれるのか?」 「そこまで鬼畜じゃないんで玄関先での応対くらいはしますよ。用がない場合すぐに帰って貰いますけど」 そこで眉を下げるのやめてくれないかなホントに。 「…良い匂いがずっと漂っていた」 「…え?あぁ。雑煮作ってたんで」 「名前は良い嫁になると思う」 「雑煮くらいで良い嫁になれるならこの世の人類全てが良い嫁とやらになれますよ」 「雑煮だけじゃない。名前の部屋を通り掛かると何かしらいつも良い匂いがする」 「大したものは作ってないです。自炊しないと食費が抑えられないんでやってるだけで」 「やはり名前は良い嫁になる」 「…そうですか。お言葉は有難く頂戴しておきます。ありがとうございます」 黙り込みながらも帰る気配は見せない冨岡先生に、ふと思いついた疑問を口にする事にした。 「そういえば冨岡先生は帰省しないんですか?」 「しない」 帰ってきたのが一言だけだった事から、もしかして触れられたくない事だったのか、と思考を巡らす。 「…すみません、無神経でした?」 何も考えずに訊ねてしまったと謝罪するも、僅かだけど驚いたように丸くする目にあぁ、失礼ではなかったのかと考える。 「一度家を出た身だと自覚があるため元々余り実家には帰らないだけだ。お前が危惧するような特別な事情がある訳じゃない」 「……そうですか」 それなら良かった。 不意にお姉さんは心配しないのだろうかと思ったものの、これ以上根掘り葉掘り訊くのはそれこそ失礼だろうと頷くだけにしたのだが 「俺が家を出た時と同じく姉が結婚し今はその旦那と実家に暮らしている。更に今年は子供が産まれたばかりのため俺が帰っても負担を増やすだけだろうと新年の挨拶も電話で済ませようと決めた」 急に喋り出すものだから理解をするのを遅れてしまった。 「…そこまで詳しく説明しなくても良いんですよ?」 「名前が気になっているようだったので話した。俺の話を聴きたいというのであれば更なる詳細も続けるが」 「いえ、良いです大丈夫です」 そうか、冨岡先生のお姉さん、結婚して子供が… その意味を噛み砕いてからその群青の瞳を見る。 「冨岡先生ってご飯いつも何時に食べてます?」 「…これといって時間は決めていない」 「じゃあ6時半になったらまた来てくれませんか?」 驚きと喜びが入り混じった表情がわかりやすい。 「雑煮、食べていってください」 「…良いのか?」 「正直言うと作り過ぎちゃったんで冨岡先生が食べてくれると助かります」 急に動きを止めるものだから苦笑いをするしかない。 「嫌なら遠慮なく断ってくださって構いませんが」 「嫌な訳がない。俺にとっては願ってもみない誘いだ。他に何か必要なものはあるか?今から買いに行ってくる」 「そんな急にそわそわしださなくても…。特に必要なものもないですし気にしないでください」 「…わかっ、た」 「じゃあ6時半に…」 そう言って返事を聞く前に扉を閉めた。 時計を確認してからあと1時間半あると確認し、冷蔵庫を開ける。 冨岡先生にああ言ったは良いものの完全に自分1人の夕食しか想定していたため、雑煮以外の何かを全く考えていなかった。 あり合わせで作れるかつ、雑煮に合うものは…。 味付けし冷凍していた鶏のもも肉を台所へ置いてから、先にシャワーを浴びてしまおうと早々に着替えを取った。 * * * 恐らく6時半、きっかりに鳴らされたであろう2回響くチャイムも、今は時間を確認している暇がない。 「開いてるんでどうぞ!」 玄関へ向かって声を掛ければ、ゆっくり開けられた扉。 冨岡先生を視界に入れ視線をフライパンへ戻すと左手でそれを返す。 「すみません、ちょっと今手が離せなくて。座って待っててください」 目の前にはまだ半分程しか巻いてない玉子焼きと半分も火が通ってない唐揚げ。 時間配分を間違えた訳じゃない。 シャワーを浴びた後、掛かってきた実家からの電話に出てしまった事で予想外に時間を取られ、計算が狂ってしまった。 「…何か手伝う」 「良いです。手伝う事は何もないんで」 大人しく椅子に腰掛けたのを気配で感じ、玉子焼きを巻いていく。 「器用だな」 「練習すれば誰でも出来ると思いますよ」 「やはり名前は良い嫁になる。そんなお前を俺が娶れると思うとこれ以上の幸福はない」 また遥か斜め上の思考を繰り広げる冨岡先生に丁寧に反論する余裕も今はなかった。 既に前提なのがおかしい (ちょっと黙っててくれませんか?気が散るんで) (エプロン姿がまたそそられる) (フライパン投げますよ) [ 51/220 ] [*prev] [next#] [mokuji] [しおりを挟む] [back] ← ×
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