百円均一の店名が印字された大きめな袋を抱え歩く義勇へ視線を送る。 「重くないですか?」 「重くない」 間髪入れない返答に、苦笑いをしながら続けた。 「先にドラッグストア行けば良かったですね」 結果論であるとわかっていながらも、口に出さずにはいられない。 髪留めとマグカップを主な目的として足を踏み入れた筈が百円という魔力に抗えず、結局あれもこれもとすぐには必要性のない物を籠に入れてしまい、予期せず大荷物になってしまった。 ドラッグストアまではまだ良いとしても、これで食糧の買い出しとなると流石に申し訳なさが募る。 「夕飯、宅配にします?」 思い付いたままを訊ねてみた。 それならスーパーに行かなくても、朝食の材料はドラッグストアで購入が出来るし明日の弁当については冷凍ものが何点かストックしてあるため何とかなる。 わざわざ大荷物を抱え移動する手間と、身体的に増える負担を減らすためにそう提案したにも関わらず 「そんなに早く帰りたいか。俺も同じだ。帰ってすぐ名前を抱きたい」 真剣な表情で言いのけるものだから、眉間に皺を作るのも忘れてしまった。何でかって、呆れすぎて。 「そういうの減退させる薬とか置いてないですかね…」 半分以上本気でそう呟いたものだから、訪れたドラッグストアの一角、真剣な顔で目当ての物を選んでいる横顔の隣で、手持ち無沙汰を解消しようと視線を向けた先、"精力"という二文字に反応してしまった。 あぁ、でもこれは促進するものかと気付いた瞬間に眉を寄せる。 これ以上促されたらたまったものじゃない。嫌という訳ではなく、文字通り身が持たない。確実に死を迎える。 思い出すつもりじゃなかったのに、先程の事が鮮明に蘇ってきて、じんと疼く何かに我に返った。 何を考えてるんだろう私は。 「欲しいのか?」 ドキリとした。それはもう、息を潜ませた位には。 咄嗟に違います、と言い掛けたのを 「…何がですか?」 そう言葉を変えて答える。 否定で即答しようものなら、確実にこちらの考えを読んできた上で敢えて暴走スイッチを入れかねないためだ。 「精力増強剤だ。さっきからずっと見ている」 「…あぁ、いえ、増強剤ではなく抑えるものはないかと思いまして」 「身体が持たないか」 ふっと笑う冨岡先生、じゃない、義勇は何というか、顔だけ見ればカッコイイなと思う。顔だけ見れば。 台詞に関してはその通りなので否定は出来ない。 「決まりました?」 早々に話題を切り替えた所で手元に視線を落とす。 「まだだ。どちらかが良いか悩んでる」 言葉通りに、それぞれ手に持った箱を見比べ始めて、首を傾げてしまった。 good boy 「何が違うんです?」 「端的に言えば品質と値段だ。こちらは最薄で品質が良い分値が張る。対してこちらは安価ではあるが、若干品質は劣る。それでも問題はないが、何より数が多いのが利点だ」 「…成程。コスパかクオリティかって事ですね」 頭を働かせようとして、ふと疑問が湧く。 どうして私達はこんな所でこんな事を真剣な表情で話し合っているのだろうと。 でも、これはだいぶ重要な話になってくる。 「そういえば、今使ってるのじゃないんですね」 「他の物も使ってみたい」 「成程…。それは、そうですね」 一応は納得してみる。 「以前、購入を決めたきっかけは何だったんですか?」 「あれは俺が買ったものじゃない。宇髄が寄越した」 「へぇ、そうなんですね」 若干目を見開いてから、まぁあの人ならこういう物の類は詳しそうだなと、今度は妙に納得してしまった。 そうなると、また悩むのも何となくわかる気もする。 「どちらも買ってみたらいかがです?」 「それも少し問題がある」 少し寄った眉を見た。返事は視線だけで返す。 「これは最高に着け心地が良いらしい。宇髄が絶賛していた」 「…そんなにですか」 というか、どんな話してるんだこの人達は。 そういう情報の共有は男性にとって当たり前の世界なのか。ちょっと私には理解がし難い。 「あぁ。まるで生でしているようだと。俺も名前のナカでそれを体験してみたい」 止める間もなく全部言われてしまった。まぁ、それに関しての気持ちもわからなくもないけど。 「だが癖になるんじゃないかという懸念もある」 「成程」 確かに最初から最上のものに慣れてしまうのは余りよろしくないと言える。 これからの事を考えた上での真剣な悩みなのだと思うと、微笑ましくなった。 「…義勇」 名前を呼んだ事で向けられた瞳が少し驚いてる。 伝えるなら多分、今が適しているのではないかと決意をして、口を開いた。 「ピルって、知ってます?」 「聞いた事はある。避妊薬だろう?」 「ご存知なら話が早いですね。私、それを服用しようと思ってるんです」 若干顔を顰めたその表情が何故かと疑問が湧く前に 「飲まなくて良い」 出された一言に、こちらまで同じ顔をしてしまう。 「副作用があると聞いた」 「まぁ、それは…。でもざっとですけど調べてみた所そこまで酷いも「それでも駄目だ。お前の身体に何かあったらどうする」」 真剣な群青色の瞳に心臓が脈打ってしまったけれど、今はそこじゃない。 「何か起こらないために服用をしようと思ってるんですけど…」 「それなら俺が我慢する」 言い切ると高品質の箱を棚へ戻す動作に益々眉が寄った。 「この件は既に冨岡先生1人が我慢すれば解決する問題じゃないんですよ。今朝の事覚えてます?」 「俺が名前の身体を触ったという話か」 「それだけじゃないんです」 どう、口に出せば良いのか一瞬迷う。 「冨岡先生が起きなかったら、最後までしていた。そう言ったら驚きます?」 凄く真面目な、それこそ、これからの私達を決める大事な話をしている筈なのだけど 『清掃のお時間です。従業員は各持ち場をお願いします』 定期的な放送の後、流れてきた何とも言えない間の抜けた音楽に気を取られてしまった。 そのせいで下がった眉に反応も遅れてしまう。 「責めてるんじゃないですよ。あの時は私も、少しなら、良いかなと…思いました。だけどそれじゃ」 突然抱き締められた、というより拘束されたと言った方がしっくりくる力強さに、またスイッチが入ったかと身構えるも、優しく髪を撫でる手に力が抜けた。 「俺との将来を真剣に考えている。そういう事か?」 「…まぁ、そうですね。冨岡先生が私を慮ってくださるので、そこに関して私もきちんと考えなくてはならないですし、譲歩出来る所は譲歩していきたいと思っています」 「好きだ」 「…それは、どうも。店員さんの視線が痛いので放していただけると有難いです」 居る場所といい、持っているものといい、此処には暫く来られないな、と冷静に考える。 それでも放す所か強くなる腕に本気度が伝わってきた。 「約束してくれないか?」 「何をですか?」 「体調に異変を来たしたらすぐに止めてくれ」 一瞬、理解をするのに時間を要した事で、更に言葉が続く。 「名前の負担にはなりたくない」 自然と口角が上がってしまうのは、未だ流れ続ける場違いなBGMのせいもあるかも知れない。 いや、場違いなのは明らかに私達か。 「わかりました」 一言だけで答えた後その腕から解放されて、拾い上げられる百均の袋へ目を向けた。 多分音からして割れてはなさそうだけど、この人はホントにすぐ色んなものを棄てたがる。 「帰ろう」 そうやってひとつだけしか持たない箱に苦笑いが零れた。 「これ、忘れてますよ」 仕方ないので棚から高品質な物を手に取る。 「それは「折角なので買っていきましょうね」」 半ば強引にレジへと背を押せば、嬉しさからかブツブツと呟き始めて、またご自分の世界に入ってしまったと呆れより可笑しさが勝ってつい噴き出していた。 * * * 手を繋いで歩きながら、ふと思いついて口を開く。 「夕飯、何食べます?」 「名前を食「何頼みましょうか」」 遮ってから思うけど、別に今のは言わせておけば良かったかも知れない。今に始まった事ではないので返答はしないけど。 「何がある?」 「色々ありますよ。ピザとか」 そこまで言ってから、あれ?あと何があるんだっけと改めて考える。 たまに宅配のチラシが入っているものの、ほぼ目を通さないで破棄しているから今すぐに思い出すのが難しい。確か 「…お寿司と、この間新しくオープンしたとかでとんかつ屋さんのチラシも入ってませんでしたっけ?」 「記憶にない」 返される一言は、多分私と同じ行動様式からくるものなのだろうというのが窺える。 「あと何でしたっけ?」 「蕎麦はないのか?」 「お蕎麦ですか。どうでしょうね?帰ったら調べてみましょうか」 「あぁ。…その前に名前を食べたい」 横顔が嬉々としていて、まぁその気持ちもわからなくはないと思った。 同じ気持ちというんじゃなくて、それは断固否定するけれども、新しいものを手に入れて試したくのは理解出来るという、そちらの感情。 駄目って言っても効かなさそうだな、と小さく吐きそうになった息は 「思ったんだが」 その一言で止まった。 「何ですか?」 「名前を食べるというのは表現として適切じゃないかも知れない。正確には俺が名前のナカに入るのだから食べるのは名前で、俺が食べ「どっちでも良いですホントに突然真面目にふざけるのやめてくれませんか」」 どうしてそう、どうでも良い事を考察しだすのか。いや、考えるのは良いけども何故口に出そうとするのか。ホントにその思考だけは良くわからない。 「ふざけてはいない。名前に食べられたい」 「食べません」 「そんな事言って下のく「義勇シャラップ!」」 途端に噤む口に、盛大な溜め息をひとつ。 手に負えない時は犬として扱うと反応が早い気もする。 それでも繋いだままの手に籠もる力と 「また義勇と呼んでくれた」 寂し気な微笑みに、ハッとした。 「すみません。また戻ってましたね」 どうもまだ意識をしないと"冨岡先生"に戻ってしまう。 「謝らなくて良い。その分今のように名前で呼ばれると身体中が歓喜して震え立つ」 「それ怒られてビクッとしてるのをそういうものだと錯覚しているんじゃないですか?」 「名前に怒られるのもまた興奮する」 「…そうですか。ホントに底がないですね」 ふと宇髄先生の顔を思い出した。同じ事を言っていたなと。 「名前は俺の精力増強剤みたいなものだ」 「…嬉しくないんですけどホントに。これっぽっちも感動しないんですけど」 真っ直ぐ前を見据える瞳を窺えば、何処か寂し気なものになっていて、目を窄める。 「宇髄が言っていた。避妊薬の飲み始めは特に不調が顕著に出やすいと」 「…宇髄先生とそんな事まで話してるんですね」 「俺が名前を好きだと知った時から色々教示はされている。避妊薬については最近だが」 あぁ、だからか、と少し今思う所がある。 何と言うか、私もそこまで経験がある訳ではないから何とも言えないけれど、初めて女性に触れる割に、行動がスマートだという印象は若干なきにしも非ずだった。 特に―… 「特にホックの外し方は念入りに指導された」 「……」 言葉に詰まってしまったのは、全く同じ事を考えていたためだ。 納得はしつつも呆れてもしまう。一体何を教えてるんだあの人は。 「だからいとも簡単に外してきてたんですね」 「軽々と外せなければ名前を落とす事など出来ないと言われた」 「それで落ちる人間は皆無だと思いますが…」 何処の世界にホックを外すのが上手いからといって惚れる人間がいるだろうか。 恐らくは、からかい半分で教えたんだろうな。この人は大真面目にそれを習ったと想像すると微笑ましいというか憎めないというか…。 「心配せずとも実践したのは名前だけだ」 「そこに関しては…、ありがとうございます」 まぁ、それは良かった。素直にそう思う。 「…じゃあどうやって練習したんですか?」 つい気になって訊ねれば 「美術室の像に着けていた」 また想像を遥かに超えていく宇髄先生の行動に、つい想像力が働いてしまった。 「ホントに何やってるんですか…」 「安心しろ。下着も宇髄が用意した新品な上、俺はホック部分にしか触れていない」 「それは…、徹底していただいて、ありがとうございます」 お礼を述べてから考える。どうしてこんな話をしているのかと。 「それで避妊薬の話だが」 タイミング良く戻される筋道にドキッとしてしまった。 本当にたまに心を読まれているんじゃないかと疑ってしまう時がある。 「本当に無理はしないでくれ」 また寂しそうになる群青色の瞳に、一呼吸置いてから答えた。 「宇髄先生に何言われたんですか?」 「避妊をするのならその選択が確実だが、薬故にどうしても負担は掛かると」 「そういえば冨岡先生、薬お嫌いですもんね」 保健室での嫌がりようを思い出して小さく笑いが零れる。 「今はそうでもない。名前のお陰でだいぶ服用するようにはなった」 「それは良かったです」 「薬そのものに関しての抵抗はなくなったが、避妊薬についてはこればかりではない。本来であれば飲まなくて良いものだ」 そこまで聞いて、冨、じゃない義勇だ義勇。 義勇の考えてる事が全て理解出来た。そう思う。 「ピルの目的ってそれだけじゃないんですよ?」 僅かに疑問を宿す瞳に目を合わせた。 この調子じゃ多分、宇髄先生は教えてないだろうな。 「月経に伴う様々な症状を改善するという利点が大きいんです。最近ではそちらの目的で服用するのが主流になってますよ」 「…そうなのか」 「そうなんです。私にとってもメリットが大きいという事なので、義勇が気に病む必要はないかと」 嬉しそうな表情になっていくのは、その事実を知ったからなのか名前で呼んだからなのか。恐らくは両方だろう。 「…それでも無理はしないで欲しい」 弛んでいる頬を引き締めると念を押してくる姿は正に真摯な紳士そのもの。 「わかりました」 自分でも驚く位、優しい声色で頷いていると自覚する。 見つめ合ったまま足を止める義勇に、目を窄めるより先に 「…可愛い。やはり名前は俺の精力増強剤だ」 また袋を放棄すると抱き締めてくる腕の強さについ「ぐぇ」と声が出た。 出来れば減退剤の処方を願う (効果が顕著過ぎません?) (しかし安定剤の作用もあるな) (余り安定してるようには見えないんですけど) [ 135/220 ] [*prev] [next#] [mokuji] [しおりを挟む] [back] ← ×
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