「ん〜、何て言えば良いのかな〜?」 取っ掛かりを探すように天を仰ぐ瞳とストローを回す綺麗な指を眺めながら、コーヒーを口へ運ぶ。 「うちって昔から教師とかそういうのが多い家柄?らしくて〜、私も小さい頃はとにかく"先生"と呼ばれるものになれってめちゃくちゃ色んな事教え込まれたんですよ〜、でもぜんっぜん何にも身につかなかったんですけど〜」 ストローから手を放すとテーブルへ両肘を付いた事で若干縮まった距離。 ふと甘い匂いが鼻腔を抜けた。 「でも妹は何でも出来たんで〜すっごい可愛がられてたんですよね〜。まぁそれは私がバカだからしょうがないんですけど」 何処か寂しそうな笑顔は、きっと思い出してしまっているのだろう。 自分だけが持つ、苦い記憶を。 「でも仲は良かったんですよ〜?」 「…動詞が過去形なのが気になるのですが、そこについてお訊ねしても良いでしょうか?」 「全然大丈夫で〜す。私が中3の時にデキちゃって、そこからあんまし。16になってすぐ結婚して家出るってなった頃かな〜?私と喋らなくなったの」 そうして言葉を切ると、ミルクティーを一口飲んだ。 「私親にカンドーされたから、その分妹に期待が寄っちゃったんですよね〜。多分それで私の事恨んでるんだと思います」 「…そうなんですね」 聞いてみれば、納得は出来る。 親に求められない分、自由奔放に生きられる姉と、親に求められる分、敷かれたレールを歩くしかない妹。 羨ましいという感情を抱くのはごく自然の事だ。 そして、妬ましいとも。 「あ、で、そのデキちゃった時にお世話になったのが悲鳴嶼先生なんですよ〜。めっちゃ相談乗ってくれて、彼氏も親も説得してくれて〜。懐かしいな〜」 「そうなんですか」 「ま、結局半年もしないうちに浮気されて離婚しちゃったんですけどね〜」 あっけらかんと言うその姿も、言い表せられない沢山の苦労を背負ってきたのが窺える。 「…では、今お子さんは?お時間大丈夫ですか?」 唐突に気になった事を訊ねれば右手の人差し指が天井へ向けられた。 「ココ、上にスタッフ専用の保育所があるんですよ〜。だから全っ然大丈夫ですっ」 その言葉に納得し返事をするより先 「それより妹の事だが」 突然喋り出した右横に、何を言い出すのだろうとつい眉を寄せながら視線を向けた。 good boy 「先程、"やっぱり"と言った意味が知りたい」 若干その横顔に敵意に似たものを感じて、もしかしてまたバグを起こしてるのか、と考える。 「それなんですけど〜…」 小さく唸りながら頭を垂れた後で上げた表情は、複雑な感情を湛えていた。 「妹、キメ学に行きたがってたんですよ〜。でも私がやらかしちゃったから約束もナシにされちゃって…」 途切れた言葉にどういう意味なのか考えようにも情報量が少なすぎて推測が出来ない。 「詳細をお訊ねしたいのですが…」 「どうぞどうぞ〜?」 「その、約束というのは?」 「えーと…」 頭の中を整理するように大きな瞳をあちらこちらに動かした後、一度頷いてから口を開いた。 「元々妹は私と一緒の中学に行きたがってたんだけど、親が許さなかったんですよ〜。勿体ないって」 そうして時折、戻ったり飛んだりを繰り返す時系列を整理しつつ、紡がれていく話へ耳を傾ける。 要点を纏めると、こうだ。 親の勧め通り、私立中学を受験した彼女の"キメツ学園に通いたい"その想いは燻ったまま消える事はなく、成績にも影響を及ぼし始めたため、両親は3年間トップ5の中に入っていられたらという条件付きで、キメツ学園への進学を許した。 提示された条件を満たそうと、ひたむきな努力をした彼女の夢があと1年足らずで叶うという時、姉の妊娠が判明した事で、両親はその約束を翻し、彼女の望みは叶わなかった。 恐らくご両親は、同じ事が起こる事を懸念したのだろう。 「妹にはそんな事になったら人生終わりだってすごい説得してましたよ〜。オーイ私の前で言う〜?って感じでしたね〜」 ケラケラと声を上げるその笑顔も、傷付かないように生まれた処世術なのかと考えると、少し胸が痛んだ。 「だから今、実習生として来たのか」 話の区切りが付いたと同時にボソッと呟くのは冨岡先生。 「そうなんですよ〜。実習に行かせないなら教師にならないとか言い出したらしいんですよね〜。だから妹にしては珍しいなぁって思ったんですよ〜」 姉という近しい存在の証言に因って、今まで全く見えなかった彼女の輪郭が、少しずつ掴めてきた気がする。 「急に親から電話来たんでビックリしましたもん〜。キメ学で知ってる人居ないのかってしつこいんで悲鳴嶼先生には連絡したんですけど、煉獄くんのは知らないし〜」 突然出てきた人物に反応したのは私だけじゃない。右横が僅かに身動きしたのを目端で捉えた。 「煉獄先生とはお知り合いなんですか?」 「中学の同級生ですよ〜。そう!キメ学で先生やってるんですよね〜!噂聞いてマジ!?ってなりました〜」 でも昔から熱血だったもんな〜と言ってからストローを銜える姿から冨岡先生へ動かす。 鋭い瞳は、私が何を訴えているのか的確に理解をしていて、すぐに前を向いた。 「…彼女…妹さんが過去に煉獄先生と会った事はありますか?」 私の質問に「うーん?」と首を傾げると頬を押さえて考える。 「…あったかな〜?」 暫く記憶を巡らせた後 「あ!」 思い出したように大きく声を上げた。 「私が入学したての時!妹がキメ学まで迎えに来たんですよ〜!」 「その時に煉獄先生との接触はありましたか?」 「えー…あったかな〜?他にも友達居たからそれちょっと覚えてないですね〜ごめんなさい」 「いえ、こちらこそ不躾な質問ばかりですみません」 直接的な接触があったにせよなかったにせよ、彼女は小学生の時点で、煉獄先生の存在を把握していて、今現在何かしら、特別な感情を抱いている。 だとしたらキメツ学園に拘る理由も、そこに繋がるのではないかと考えるのは自然の流れだ。 時計を確認してから、あと何か確認しておく事はないかと思索してから言葉を出そうとした所で、冨岡先生が口を開いたのに気付いてそれを止める。 「妹への心証を訊ねたい」 何度か瞬きを繰り返す大きな瞳に 「お姉さんから見て、どんな子だと感じますか?」 そう付け足せば、納得したように頷いた。 「ん〜、頭が良くて〜大人しくて?何だろう〜?」 一度間を置くと、悲しそうに伏せられる瞳が揺れている。 「何でも出来ちゃう子、かなぁ。だけど気が弱いから自分の気持ちが言えないんですよね〜」 そうして髪へ触れる右掌に、幻想ではない、その面影を垣間見た。 「せめて姉がこんなバカでチャランポランじゃなかったら、可哀想な目に遭わなくて済んだのに〜って」 崩す事のない笑顔からは侘しさしか伝わってこない。 無意識に目を伏せてしまった。 「その言葉は、どなたのものですか?」 口を突いて出てしまった言葉の意味を理解出来ないだろうと顔を上げる。 「そう、誰に言われ続けてきました?」 目が合った事で、先程より瞳が揺らいだのがわかった。 「ご両親…特にお母様」 反応するように力が入った口唇に、それが間違いではない事も知る。 恐らくこの姉妹は、聞かされ続けて来たのだろう。事あるごとに、ずっと。 "可哀想"。その一言を。 彼女が何故、感情が高ぶると悉く他人に向けて投げるのか、それが引っ掛かっていたけれど何て事はない。 洗脳だ。 "可哀想"は惨めで底辺という刷り込み。 勉強だけは出来る、自称頭の良い人間は何処の界隈でも、そうやって人を見下そうとする。 「私は、貴女がバカでチャランポランだと思った事は一度もありません。と言っても数回しかお会いしていませんが…」 つい、苦笑いを零してしまってから続けた。 「初めてお会いした際、仕事に対する情熱に心を動かされました。次にお見掛けした時には、どんなに余裕がない状況でも笑顔を崩す事なく分け隔てなく接する姿勢が素敵だと思いました」 「やだな〜ホメ過ぎですよ〜!」 「そして今日、その半生をお聞きして更に尊敬の念が強くなっています」 どれだけの苦労をしてきたか。 わかります、なんて言える筈がない。 想像を遥かに超えているだろう。 今、その心が還れる場所は、あるのだろうか? そんな事を、考えてしまう。 「数える程しかお会いしていなくても、私は貴女が好きです。こうしてお話をして、益々そう思いました」 大きく見開いた瞳を気配で感じる。 右横の。 「そんな風に思う人間も居るという事は、心の隅に置いておいてください」 意味を噛み砕くように瞬きをすると、また小さく頷く動きは恐らく理解はしていない。 「なんか照れますね〜ありがとうございま〜す!」 それでも無邪気に笑うその表情は、とても可愛らしい。 今はわからなくても、もしも辛くなった時に思い出して欲しい。 自分の存在を、僅かにでも肯定をする他人が居る事を。 そう、願いを込めた。 私に出来る事は、これ位しかないけれども。 そして右横から圧ではなく怒りを感じるけども。 鎮まるまで放っておこうと決めた矢先 「私もお姉さんの事好きですよ〜。クールでカッコイイのにえっちい事にはウブなのめっちゃ良いですよね〜。胸触った時の照れた感じすっごい可愛かったな〜」 まさかの返答が飛んで来て、これはマズイと物理的に逃げようとした時には既に身柄を押さえられていた。 強引に押し付けてこようとする顔を両手で防御する。 「名前は俺のものだ」 「わかりました。わかりましたので落ち着いてください。力が強いです」 「わかったのなら今すぐ俺にも無抵抗で触らせろ」 「嫌です。っていうかどう考えても無理一択じゃないですか」 言葉の意味を理解したのか、僅かに攻めてくる力が弛んだ。 「…着付けは出来るか?」 視線を向けた先には、こんな状況だと言うのに全く動じていない笑顔。 「日本舞踊習わされてたんで出来なくもないですよ〜。適当で良ければですけど〜」 「いや、問題はそこじゃないです。着替え持ってますし着付け云々じゃないです」 「なら後で頼む」 「了解で〜す」 …ちょっと待て。何故脱がす前提で話を進める? 「たくさん揉んでサイズアップしたら、またうちの子達、迎えてあげてくださいね〜」 「あぁ。今度はもっと悪女らしいものが良い」 「わかりました〜。入荷してきますね〜」 思ったんだけども、この2人 もしかして掛け合わせてはいけない人種だったのでは…? グッと引かれる帯の感覚に左腕を掴んだ。 「ちょっと、何本気になってるんですか。さっきの"わかった"のは冨岡先生の「気持ちが理解出来るならあとは受け入れるだけだ。至極簡単だろう?」」 この人此処が何処か…、そうなんだ。わかって言ってるから質が悪い。 「いえ、全く簡単じゃないですね。何処の世界にこんな所で脱がされるのを受け入れる人間が居ますか」 「え〜?私全然平気ですけどね〜。お姉さんやっぱウブ〜」 これはもう初心とかそういうものではないんじゃないかと眉を寄せてしまう。 人としての秩序というか… 「…っ…!」 しまった、考えを逸らしてしまったせいで抵抗が疎かになってしまった。 口唇を重なった瞬間に侵入してくるぬるっとした感触。 ただでさえ常に暴走の危険を孕んでいるのに、初めて第三者から煽られた事で完全に火が点いたらしい。 完全に鎮火しなければ…。 躊躇してしまいそうになる心を無にする。 目を瞑ってから思い切り顎に力を入れ噛み合せた。 「…つっ…!?」 距離を取ろうとする反射神経の良さに噛む力を弱めるのが遅れたせいで思ったより深く傷をつけてしまったらしい。 咥内で広がる鉄錆の味と、冨岡先生の口から垂れる赤い液体を視界に入れた瞬間、流石にやり過ぎたと狼狽えてしまった。 「すみません…!」 「…あちゃ〜、大丈夫ですか〜?」 苦笑いをしながらもミルクティーを飲む姿は焦りのひとつもない。 「飼い猫に…噛まれた」 親指で血を拭うとボソリと呟く表情は何故か嬉々としていて言い知れぬ恐怖を感じてしまった。 「ホントにすみません。流血させるつもりはなかったんですけど…痛いですよね…?」 「いや、名前に与えられる痛みは寧ろ気持ち良い」 何で満足気なんだろうか、この人。 「ジャージ先生ってMっ気強いんですね〜」 「名前に対してだけだ」 「へ〜」 心なしか微笑みが好戦的に変わったのを、冨岡先生も見逃さなかったらしい。 「何か言いたげだな」 「何でもないですよ〜?」 顎に人差し指を当てるとわざと視線を逸らす姿にちょっとドキッとしてしまった。 可愛い。その一言に尽きる。 「…でも〜、私が見た限りお姉さんってSじゃなくてMだと思うんだけどな〜」 あくまで大きな独り言の体で言い始めるのを止める前 「特にベッドの中では〜?ドMかなぁって〜」 とんでもない量の爆弾を投下された。 此処は駄目だ。早々に離脱しないと強力な増援のせいで戦死してしまう。 「…すみません貴重なお時間を頂戴いたしました。本日は此処で」 伝票を掴むと立ち上がろうとする手首を掴まれて動きを止めた。 「そうなのか?」 「何でそんな純粋に驚いてるんですか」 「言葉責めとか弱そ「すみません。もう十分です大丈夫です。それ以上はやめましょう」」 てへっと舌を出して笑っているのは可愛い。可愛いけれども言ってる事は悪魔に近い。 「ごめんなさ〜い。でもジャージ先生に振り回されて焦ってる姿めっちゃ可愛いなぁって思って〜」 嬉しいような嬉しくないような…、いや、嬉しいのは"可愛い"その一言だけであとは全く嬉しくない。 「そうだろう?」 何でこの人は得意げなの? 「こっち目線で見られないの残念ですね〜ジャージ先生〜。そっちからよりめっちゃ可愛いですよ〜」 そして何でこの人は更に煽っていくの? また暴走すると思いきや、フッと小さく笑うと 「客観的に見た所で何の面白味もない」 余裕たっぷりで返したのを少し関心したにも関わらず 「ムービーで良ければ撮「頼む」」 秒で食い付いていくキラキラした瞳と完全に面白がっている笑顔に"混ぜるな危険"そんな言葉が頭に浮かんだ。 余りにも有毒過ぎる (次は引っ掻きますよ) (猫っぽい。良い。最高だ) (あははっ、またMになってますね〜) [ 107/220 ] [*prev] [next#] [mokuji] [しおりを挟む] [back] ← ×
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