short | ナノ





駅の前に車を停めて、シフトレバーを動かす。
時計を確認して、終電まであと10分ちょっとかって思いながら、だから田舎は嫌なんだよなって考えた。
「悪い。送って貰って」
そう言うとシートベルトを外す冨岡さ…義勇と、もうちょっと一緒に居たかったなって思うから。
まだ名前で呼ぶのは慣れないなって思ったけど当たり前か。まだ半日も経ってないんだもん。
「ううん、大丈」
口唇が塞がれて、目を閉じる。
「…んっ」
引き寄せられる肩と絡め合う舌に、幸せだなって、このままずっと離れたくないなって、そう思った。

「そんな寂しそうな顔しないでくれないか?帰りたくなくなる」
「…え?してないしっ!」

ドキッて心臓が動いて顔が熱いのに、つい強がりで返してしまう。
小さく笑ってるから、多分バレてるけど。

「帰ったら電話する」
「…うん」

もう一度キスをしてから車を降りると駅に入っていく背中が見えなくなるまで手を振って、やっぱり不思議だなって思った。



わん はんどれっど えいと
ぷらす わん



「…ふふっ」
だって何か、自然に笑っちゃう。

「気持ち悪い奴だな」

後ろから聞こえた声にビクッとした。
ほんとに、これでもかってくらい身体が跳ねたけど、それが誰かはすぐにわかったからルームミラー越しを見てみる。
やっぱり…

「ビックリさせないでよ、愈史郎さん」
「お前が勝手に驚いただけだ」
偉そうに腕を組んでる横で、犬はスヤスヤ寝てて、それにもちょっとビックリした。
「何でタンジロが吠えないの?」
だから油断してたのに。居ないだろうって。
この人姿見えないからいつどこで見張ってるかわかったもんじゃないし。
「コイツくらいすぐ手懐けられる」
「あ、まさかタンジロの精神的ストレスって!」
「黙れ」
うん、怖い。黙ろう。
「元々コイツが俺に吠えてたのは敵意からじゃない。同気相求から来るものだ」
「どうき…何?」
「だからバカとは話したくないんだよ…」
重い溜め息を吐かれて、そっちがわかりやすく言わないのが悪いんじゃんってちょっと思った。
「お前12年一緒に居るくせに気付かないのか?」
「何が?」
振り向いた先で、めちゃくちゃ呆れた顔してる。
「バカと話してるとバカが移る」
そう言ってドアを開けようとするから止めようとしたのに
「歩けなくなったふりをしてたのは半年前に湖で冨岡義勇の匂いを見つけたからでコイツなりにお前のためを考えてたんだ。なのにお前ときたら自分の事ばっかで何も見ようとしない。だからバカはいつまで経ってもバカなんだよ」
一気に捲し立てた後、すごい乱暴に閉められてちょっとムカついた。
壊れたらどうしてくれるんだって。
これ頑張って自分で買ったのに。中古だけど。
そんでバカなのは否定出来ないけど。
そのまま背を向けようとするから窓を開けるためにシートベルトを外した。
「…ちょっと!何か用があったんじゃないの!?」
ハンドル式だから開くのがすっごい遅いしめんどくさい。
だから安かったんだけど。
「お前に用はない!コイツの様子を見に来ただけだ!もう此処には来ない!!」
めっちゃ怒鳴られた。
何なの?めっちゃ不機嫌なんだけど。私何かした?
「良いか!?コイツは俺がわざわざ過去にまで出向き珠世様に頼み込んで鬼にして貰った言うなれば忘れ形見だ!お前は死ぬまでコイツの世話をし続けろ!わかったな!?」
「…は?…え!?」
全然意味がわかんないまま消えちゃって、ゆっくり後ろを振り返る。

タンジロが鬼…?
嘘でしょ?
え?どういう事?
だって太陽の下でも平気で散歩してたよ?今まで。
人なんか食べないし…。
いやでも獣医が言ってた。全然身体が衰えてなくて奇跡だって。そういう事?
でも抜け毛とか酷いし髭も少なくなってきたからもう歳なんだなって、そう…
あぁ、そう。生え変わり?確かにそんな時期だね。そうだそうだ。

え?何でタンジロが鬼なの?
過去に行ったってどういう事?
手鏡は3つだから行けたとしても帰ってこれないはずなのに。

しかも、もう来ないって何で?

もしかして私が血鬼術使ったって疑ってたの見てた?悪趣味とか思ったのバレた?
だからあんな怒ってんの?

そしたら謝るから、バカって何回言っても良いから

「嘘でしょ!?愈史郎さ──ん!?」



だから
謎だけ残して行かないで



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