それはまるで、蛍のようでした―…。 漁火か、篝火か。 場違いなことを考えたのは、現実逃避に他ならない。 そんなものたちを遥かに凌駕する炎はごうごうと燃えさかって、足を竦ませる私の腕を誰かが掴んだ。 「名前さん!危ないです!」 泣きじゃくりながら、それでも心配してくれる姿に重ねるなという方が無理だろう。 今まさに、この業火に焼かれ続ける人物を。 「ねえ、千寿郎くん」 気丈に出した言葉とは裏腹に膝はがくがくと震えて、その場に座り込んでいた。 「とても、綺麗ね」 上空を見上げた私は、さぞかし気が狂ったように映ったのだろう。 だけど違う。とても冷静で、自分でも嫌というほど、頭は冴えわたっていた。 パチパチと音を立てて上がる火は、空へ向かうにつれ小さな塊を作っては消え、それはまるで―… 「蛍みたい」 瞬きの代わりに流れた涙は告げていた。 煉獄杏寿郎という人間の、命の終わりを。 蛍 鎹鴉が杏寿郎さんの死を告げて、それからどうしたか。たった数日を、私は憶えていない。 あぁ、どうして。なんで。そんなものは愚問だった。 いつかどこかで、こうなることを知っていたからだ。 「俺は鬼殺隊に入り、父上から炎柱を継承した!果たすべき責務は決まっている!」 ただでさえ燃えるように強い眼を更に強くして言い切ったのはまた、杏寿郎さんも私の気持ちを知っていたからだ。 命を賭して。 私はそんな鬼殺隊など嫌いだった。今も大嫌いだ。 歴代の炎柱を送り出した煉獄家はそんなに偉いのか。どうして貴方は迷いもなく言い切れるのか。 そんなもの、これっぽっちも理解などしたくなかった。 理解などしたくなかったのに、唐突にだ。そうだ。前触れもなくわかってしまった。 穏やかな死に顔を目にした時。 これは、杏寿郎さんが"望んだ死"であったということを。 「傷だらけ、ですね」 左目に伸ばした手は震えたまま、ついぞ触れることは叶わなかった。 あれだけ、その身に触れたくてたまらなかったというのに。 「どうでもいい!早く終わらせろ!」 罵声に近いものに、気を取られてしまったからしれない。 ああ、杏寿郎さん。 貴方は死んでも尚、報われることはないのですね。 貴方が鬼殺隊に入らなければ。柱などにならなければ。もっとご自分を大切にされていられたならば。 「俺が蛍のよう?面白いことを言うな、君は」 こちらの気持ちなど、とうに見抜いていて不思議そうな顔ではぐらかす。今ではもう、そんなお姿すらも懐かしい。 貴方の生き様に重ねて見たのです。その短く儚い命を。 ああ、嘆かわしい。 何故、貴方でなければならなかったのか。 何故、私はうずくまったまま動けないのか。 陽が昇って沈んで、ただその繰り返しを、愛するひとがいない世界で続けていく。 この喪失は、一生消えることはないのだろう。 ならばこの悲しみとともに生きて死ぬのだと、覚悟をしていた。 「ごめん、ください」 幼く、それでいて弱った声が響くまで。 「煉獄さんからの言伝です」 そう言った褐色の髪と瞳をした少年は、言った。 「ありがとう」 どうしてでしょうか。 その瞬間に、あなたの姿を重ねたのは。 一言しか遺してくれなかったのはきっと、優しさなのでしょうね。 蛍のようでした。 儚く短い命だから? いいえ。もう、そうではないことは、私が良くわかっておりますとも。 あなたは力強く、まるで燃え盛る炎のように生きた。 そして今、後進の曙光となる。 その炎は、この先消えることはないのでしょう。 今日もまた変わらず夜は来て、絶望に打ちひしがれるけれど、空を見上げられるようにはなりました。 「杏寿郎さん」 月明かりの下、その名前を呼んだからでしょうか。弱く強く灯る光を思い出したのは。 消えたはずの炎は、まるで蛍火のように遺る。 ねえ、だから私はやっぱり、蛍のようだと今も思うのです。 その一瞬が永遠だと 貴方は教えてくれたひと 鬼塚ちひろ "蛍" より [mokuji] [しおりを挟む] ← ×
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