黒子くんと洋服を買うお話


「嬉しそうだねえ、何かあったの?」

顔を覗き込んで、にやにやする綾に私は口をもごもごと動かす。

「今日…久々のデートなの」
「…?
え、彼氏居たの!?」
「…う、うん」

きらきら、と輝く綾の瞳に嫌な予感がした。
近付く綾と逃げる私。

「どんな人?背高い?イケメン?ねえねえ!」

迫ってくる綾をかわしつつ、時計に目をやる。

「あ、…ごめん!もう時間だ!行かないと!」
「え?あ?名前!逃げないでよ!」

***

ぴょこぴょこ。

珍しい。
思わずじっと見つめてしまう。
さらさら、流れるような綺麗な髪が特徴が一つの彼女が、
右サイドの髪だけ、ぴょこんと可愛らしく跳ねている。
それに気づいていない彼女は、きょろきょろと僕を探している。

「名前ちゃん」
「あ、テツヤくん。お待たせ」

声をかけると、彼女は嬉しそうに振り向いて、
にっこりと僕に向かって微笑む。

「…」
「テツヤくん?」

久々に見る彼女の可愛らしい笑顔に思わず僕は視線を逸らす。

「どうしたの?」
「い、いえ…。今日はどうしましょうか?」
「うーん、…実は服を見たいんだけど、いいかなぁ?」
「はい、構いません」
「あのね、迷ってるワンピースがあってね、それをテツヤくんに選んでほしいの」
「僕はあまり女性のファッションに詳しくありませんが…」
「…だめ?」

しょぼんとする彼女に、僕は慌てて首を横に振る。

「違います。自信はありませんが、頑張ります」
「うん!ありがとう!」

行こう行こう、と僕の手をとる彼女。

「そんなに急がなくても…」
「だめ。セール品だから、なくなるかもしんない!」
「…(…否定できない)」

***

「ね、これとこれどっちがいい?」

紺色のワンピースと水色のワンピース。
柄がどこか外国の童話の物語を連想させるような可愛らしい、デザインだった。

「うーん」

肌が白い彼女は紺色のワンピースが似合うことは決まっているけど…。
水色の明るい色もまた捨てがたい。
ううん。
彼女に決めてほしいと頼まれた僕だが、どちらも彼女に似合うのは間違いなくて、
思わず僕も、彼女と一緒に頭を悩ましてしまう。

「あ、じゃあ、試着してみるから、見てもらってもいい?」
「はい、分かりました」



「水色ですね」
「意外に早く決まったね」

くすくすと笑う彼女。
女の子と一緒に試着室に入るのは初めてなので、どことなくそわそわする。

髪が真っ黒な彼女は濃い色より、薄い色の方がその綺麗な髪色が映えて、
より一層綺麗に見える気がしたからだ。

Aラインのワンピースはシルエットが綺麗で、彼女はそこがお気に入りらしい。

「…かわいい?」
「ええ、とても。似合ってますよ」

ふいに、鏡を見つめていた彼女が照れくさそうに、でも知りたそうに、首を傾げて鏡越しに僕を見つめる。
僕はそんな彼女の目が、仕草がどうしようもなく、可愛いと思って、いつもより
だらしない笑みで見つめ返してしまった。

「テツヤくん、最近表情豊かだよね」
「…そうですか?」
「うん、前より笑顔が増えた気がするの。
それに、最近楽しそうだから、私も何か嬉しい」

久々に二人きりでゆっくりしている所為か、彼女はいつもに増してご機嫌だった。
可愛らしく笑顔で、僕にすり寄ってくる。
そんな彼女を後ろから抱き留めて、耳元で囁く。

「名前が嬉しいなら、僕も嬉しいです」
「…外ですよ?」
「知ってますよ?」

おどけた口調で話して、互いに照れ笑い。
そして、視線が重なって、彼女が自然に瞼を閉じる。
僕は可愛らしく睫毛を震わせて、僕を待つ彼女の唇にキスをする。

久々にしたキスはいつもより、気持ちが良くて、やっぱり彼女のことが好きだと実感した。

しばらく余韻に浸って居たくて、彼女の首筋に唇を落としていると、
ふいに彼女が僕の腕から出て、鏡に張り付いた。

「んっ!?」
「わ、どうしたんですか?」
「か、かみはねてる!」
「ああ、そういえば…」
「テツヤくん知ってたの!?」

ショックな顔をして、こちらを見上げる彼女に、頷く。
…どうして、さっき鏡を見たときに、気づかなかったんだろう。
……あ、でも、僕も言ってあげることを忘れてた。
というか、別に髪がはねていても可愛いのは変わりないので、さして問題ではない。
彼女にはそういう問題でもないらしい。

「やだ。髪は跳ねたまま、かわいい?とかぶったことしてたとか!
最悪、恥ずかしい」
「可愛いかったので、問題ないです」
「そういう問題じゃないの!」
「…?」

可愛いなら、いい気がする。

と、首を傾げながら言うと、彼女は顔を真っ赤にして、試着室から僕を追い出した。

***

「今度のデートは今日買った服着るね」
「はい、楽しみにしてます。あ」
「うん?」
「今度髪跳ねたら、ちゃんと言いますね」
「も、もう忘れて下さい!
…今度はもう跳ねてないもん」

キリっとした顔で言う僕に、彼女は拗ねたようにそう呟いた。
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