黒子くんを考えながら帰るお話


ザーザーと降る雨。
雨が傘に当たって、音を立てる。
スクールバックを持ちながら、傘を指すのは非常にめんどくさい。

(朝晴れてたのになぁ…。)

テツヤくんと初めて登校して、少し…いや、大分調子が良かった。
授業もいつもより集中出来たし、綾にも気分が良いんだねと言われた。

テツヤくんとの関係はたぶん、今まで友達だった。
または懐かしき元小学校のクラスメイト。

恋人。
お互いにワガママ言い合える存在なのだ。

きっとこんな関係にならくなくても、テツヤくんは私にとって安心できる存在だった。
でも、関係が確かなものになって、一層私に安心をもたらす存在になったのだ。

ぴちゃぴちゃと、水たまりを踏んでしまう。
ローファーに水が入って、靴下が濡れる。
そのまま歩くと、靴の中で、濡れた靴下からぐじゅぐじゅと音がした。
感触が気持ち悪い。
傘の柄を持っている手も、いつのまにか濡れてしまっている。

この季節の雨は、肌寒さと雨自体の冷たさが混ざって、身体が冷える。
傘の柄をもっていない左手を寒さに耐えれず、ブレザーのポケットに突っ込んだ。
ポケットの中の何かと手が当たって、固い感触がした。
その何か同士で触れ合い、カチャカチャと音を立てた。

(…これは…)

ポケットからそれを取り出すと、三百九十円が出て来た。
これはお昼のパン代のおつりだ。

視界に入ったコンビニを見て、足をとめた。

(…さむい。)

スカートの下からすっと来る寒さに、ぶるりと身体が震えた。

私はコンビニに向けて、足を進めた。

(何か温かいものをでも、買っていこう。)


コンビニの床は若干濡れていて、滑りやすそうで危ない。
私は飲み物を買うか、あんまんを買うか悩んでいた。
うろうろするのは好きではないので、適当に雑誌を取った。

ぺらぺらと捲ると、今流行りの何とか〜とかいろいろ書いてある。
そういえば、黒子くんとはこのコンビニで再会したんだよなぁ。
テツヤくんは今何をしているんだろう。
外を見ると、雨の所為で暗くなっているけれど、まだ四時前か、少し過ぎたところだ。
…きっと、テツヤくんは部活中だろうなぁ。

バスケ…か。
体育館をボールをドリブルしながら走るテツヤくんを想像した。
最近寒いけど、身体を動かしたら暑いのかな。

私は起きて、学校に行って帰って、宿題して、寝て…そんな一日を毎日ただ繰り返している。
テツヤくんは毎日学校が終わったら、部活があって、家に帰って、そして一日を終える。
毎日毎日、大会を目指して、実力を付けているんだろう。
…とても、充実した毎日なんだろうなぁ。

私は…どうなんだろう。
テツヤくんのように、何か好きだと言えるものはあるだろうか。
……特にない気がする。
好きなものはあるけど、それが好きで、頑張って高めて結果を出したい…そんな感じではないのだ。
漫画だって買えるから読むだけだし、音楽だって聞けるから聞くだけ。
私はできることをして、日々満足しているのだ。
…何かを頑張って生きているテツヤくんが羨ましい。
テツヤくんと夏休み会ったとき、バスケの話をしていたテツヤくんの顔はどこか生き生きとしていて、眩しかった。
…テツヤくんみたいに、なりたい、な。

…あ、そういえば、明日英語の授業あった。
予習しないと。
…したいものはないけれど、しなければならないものはある。
それは、勉強だ。
勉強はとても退屈で、めんどくさいものだ。
将来こんな知識必要か?と日々、頭の隅で思いながら、勉強している。
でも、人生は何が起こるのか分からないのだ。
この夏テツヤくんと再会して、秋には恋人という関係になった。
私はこんな風になるなんて、全然予想もしていなかった。
テツヤくんへの気持ちだって、あやふやなものが、
テツヤくんとの関わりを重ねる内に、確かなものへ変わっていったのだ。

それなら、今勉強している知識がいつか、どこかで役に立つかもしれない。
…それに、も、もし、あくまで、もしもの話だけど。

テツヤくんと私がけ、結婚何かして、子どもが生まれて、大きくなったとき、
何かを聞かれたら、答えれる親でありたいと思うのだ。

私の親は雑学を多く知っていて、子どもの頃はよく、あれはなに?なんでこうなるの?といろいろ尋ねると、
分かりやすく教えてくれたり、時には困った顔して、次の日に得意げな顔で教えてくれた。

(…今思うと、ちゃんと調べてくれたんだろうなぁ。…感謝しとこう。)

とりあえず、まあ、私の考えをまとめると、知識は持っていて損じゃない。
だから、とりあえず、まあ、私は勉強を頑張ろうと思う。

ふと窓の外を見ると、雨は上がっていた。

(けっこうな時間居たかも。)

私は雑誌を置き、コーンスープを一つもってレジへと向かった。




「ただいまー。」
「おかえりなさい。」

いつもは部屋に直行するけど、今日はリビングへ足を運んだ。

「ねえ、お母さん。」
「んーどうしたの?」

お母さんはトントン野菜を切りながら、振り返った。

「あのね、ありがとう。」
「え、急になに?」
「えへへ、なんでもなーい。」
「ふふ、変な子ね。」

お母さんの笑い声を聞きながら、部屋に向った。

(…コーンスープを飲んで、予習しよう。)



「はぁー…。」

私は玄関の外で、空を見上げていた。
すっと息を吸うと、雨の匂いが鼻に入ってくる。
雨の匂いと言っても、大分薄れてる気がする。

(…真面目にやると、あんなに英語の予習って疲れるんだ。)

つまり、息抜きである。
暖房をつけた部屋で、勉強すると身体が火照って、寒さが欲しくなる。

「…星見えないし。」

(いつか、綺麗な星が見えるところに行ってみたい。…テツヤくんと。)

そろそろ部屋に戻ろうとしたとき、私を呼ぶ声がした。
声の方へ振り向けば、少し驚いた顔のテツヤくんをみつけた。

「あ、テツヤくん、おかえり。」
「ただいまです。…何をやっているんですか?」
「うーん、息抜き?」
「息抜き?」

よく分からず聞き返す、テツヤくんの傍に駆け寄った。
そして、抱きついた。

「…名前ちゃん?」
「へへ…ちょっとね、テツヤくんはほんとに、いいなぁって。」
「そうですか?」
「うん。」

さっきから疑問符ばかりつけているテツヤくんだけど、ちゃんと私の背中に腕を回してくれた。

きっと、この時間に会えたのは予習をいつもより頑張った私へのご褒美だと思う。

(あくまで、きっとだけどね。)(…よく分からないけど、名前ちゃんの幸せそうな顔が可愛いからいいか。)
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