黒子くんと登校するお話

「おはよう!」
「あら、早起きね。」
「今日から、この時間に起きるの!」
「何か行事ごと?」
「違うよ・・・テツヤくんと、一緒に途中まで、学校行くの。」
「まあ、青春ね。ふふ。」

お母さんは笑いながら、紅茶を口に含んだ。
テーブルにつくと、美味しそうなサンドイッチとサラダが並んでいた。

「あ、そうそう。名前、今日はお弁当ないから。お昼何か買って食べてね。」

お母さんは五百円玉をお昼代と言って、私の手のひらに乗せた。



玄関を出ると、テツヤくんと目があった。

「あ、テツヤくん、おはよう。」
「はい、おはようございます。」

少しだけ薄暗い道を、テツヤくんと歩く。

「何か新鮮。こんな時間に行くの初めてだよ。」
「眠たくないですか?」
「大丈夫。早起きっていいね。」
「なら良かったです。」

基本、登下校は一人なので、一緒に誰かと登校するなんて、新鮮だ。
しかも、相手はテツヤくんで…いわゆる、恋人またはカレカノまたは男女交際という関係だし。
テツヤくんのことは好きだけど、そいう関係って初めてで何か実感が湧かない。

「名前ちゃん?」
「え?」
「どうかしたんですか?」
「ううん。何でもない。」
「そうですか?ぼーっとしていたので、やっぱり眠いのかと。」
「ううん。久しぶりに誰か学校行くから、何か懐かしいって感じ。」
「懐かしいですか?」
「うん、中学のときは友達と行ってたけど、友達引っ越して、今一緒に行ってないんだ。」
「そうなんですか。それは寂しいですね。」
「うん、最初の頃は寂しかったけど、…それに、今日はテツヤくんが居るから。」
「えっ。」

私は自分で言った言葉が恥ずかしくなり、少しだけ早歩きにした。

「テツヤくんは何時の電車にの」

と言うとした瞬間、手が後ろに引かれた。

「えっ?」
「手、繋ぎませんか。せっかく、恋人になったんですから。」

テツヤくんはほんのりと染めた頬のまま、私を見つめる。
私はその目線に、きゅんと胸が疼いた。
昨日の夜のように。

「う、うん。」

テツヤくんと手を繋ぐのは初めてじゃない。
でも、恋人という関係になってからは、初めて繋いだ。
しかも、これは、指と指が絡みあって…恋人繋ぎという奴である。

いつもより深く触れている感じがして、そのテツヤくんの体温が嬉しいと感じる。
でも、ちょっとだけ、恥ずかしい。

ああ、今きっとは私は顔が真っ赤だろう。
テツヤくん曰く私は人から触れられるのに弱いらしい。

「真っ赤ですね。」

ボソっと隣で、テツヤくんが口にする。

「わ、わかってますー。」

照れ隠しにわざと、べえと舌を出した。

「子どもみたいですよ。」
「高校生は子供だよ。」
「そいうところも、可愛いですけどね。」
「えっ!?」
「また赤くなりましたね。」
「テツヤくんってやっぱ、意地悪だよね。」
「正直なだけです。」
「…また、そいうこと言うー!」

容赦のない甘い言葉に我慢できなくなった私が吠えると、テツヤくんは噴き出した。



「へえ、テツヤくんはいつも本読んでるんだね。」
「名前ちゃんは何かしてますか?」
「うーん、ぼーっと窓の景色見てるよ。」
「名前ちゃんっぽいですね。」

手を繋いだまま、私たちは立ちながら電車に揺られていた。

「そう?テツヤくんって授業真面目に受けてる?」
「…まあ、人並みにですかね。」
「人並みって何ですか。実はけっこーサボっちゃう?」
「いえ、サボるというより、眠ってしまいます。」
「え、寝ちゃうの。」
「はい。先生に気付かれないですけどね。」
「…へぇー。」
「どうかしたんですか?」

わざと、変な返事をした。
私は眉を顰めたまま、テツヤくんの耳に口を寄せた。

「ちょっと、だけ、テツヤくんの寝顔見られるの嫌かもって思っただけ。」

顔を元に戻して、窓に視線を逸らした。

「名前ちゃん。」
「何ですか。」
「名前ちゃんって、意外に言い逃げしようとしますよね。」
「…恥ずかしいから、仕方ないです。」

そう言うと、テツヤくんも私の耳に口を寄せる。

「抱きしめたくなるような、可愛いことあまりしないで下さい。」
「なっ!?」

私は思わず大きい声が出そうになって、繋いでない方の手で口を押さえた。
ふふっと柔らかい笑いが耳元で漏れる。

「名前、電車の中ですから、静かにしないといけませんよ。」
「こいう時だけ、呼び捨てずるい。」

せめてもの抵抗でテツヤくんを睨んでも、逆に私が攻撃を受けた。

「すみません。名前ちゃんが可愛いくて…ね?」

そんな風に首を傾げられたら、もう何も言えない。
(この確信犯め・・・。)



「じゃあ、私こっちだから。」
「じゃあ、また。」

テツヤくんとは駅からの途中の道まで一緒、
途中の道でテツヤくんはまっすぐ行く、私は右に曲がる。

そう言って、お互いの学校へ行こうとしたとき、「名前ちゃん」と呼ばれて、

「え、どうしたの?」

私は何だろうと思いながら、振り返った。
すると、テツヤくんが困ったような顔をしていた。

「すみません。離れたくないのは、僕も同じなんですが、離してもらわないと学校に行けません。」
「えっ…?」
「手を。」
「手?」

ふと自分の左手を見下ろした。
そこには解こうとしているテツヤくんの手を、未だに握ったままの私の手。

私はその状態のまま行こうとした自分に気付き、慌てて解いた。

「ご、ごめん。気付かなかった。」
「ふふ、無意識だったんですね。嬉しいから大丈夫ですよ。」

テツヤくんは恥ずかしいと項垂れる私の頭を撫でてくれる。

「…。」
「テツヤくん…?」

ふとキョロキョロするテツヤくんに私が首を傾げていると、一瞬だけ大好きなぬくもりに包まれた。

「えっ。」
「ずっと抱きしめたかったんです。ここは人がいつ来るのか分からないので。
また抱きしめますから、そんな物足りない顔しないで下さい。
それは僕も同じですから、ではまた明日。」

驚いて固まる私をよそに、テツヤくんはふんわりと微笑み学校へと向かった。

(…テツヤくんって手慣れてる…?
…にしても恋人ってこんなにくすぐったいものなんだろうか。…嫌ではないけど…やっぱり、くすぐったいや。)
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