「おはよう!」
「あら、早起きね。」
「今日から、この時間に起きるの!」
「何か行事ごと?」
「違うよ・・・テツヤくんと、一緒に途中まで、学校行くの。」
「まあ、青春ね。ふふ。」
お母さんは笑いながら、紅茶を口に含んだ。
テーブルにつくと、美味しそうなサンドイッチとサラダが並んでいた。
「あ、そうそう。名前、今日はお弁当ないから。お昼何か買って食べてね。」
お母さんは五百円玉をお昼代と言って、私の手のひらに乗せた。
*
玄関を出ると、テツヤくんと目があった。
「あ、テツヤくん、おはよう。」
「はい、おはようございます。」
少しだけ薄暗い道を、テツヤくんと歩く。
「何か新鮮。こんな時間に行くの初めてだよ。」
「眠たくないですか?」
「大丈夫。早起きっていいね。」
「なら良かったです。」
基本、登下校は一人なので、一緒に誰かと登校するなんて、新鮮だ。
しかも、相手はテツヤくんで…いわゆる、恋人またはカレカノまたは男女交際という関係だし。
テツヤくんのことは好きだけど、そいう関係って初めてで何か実感が湧かない。
「名前ちゃん?」
「え?」
「どうかしたんですか?」
「ううん。何でもない。」
「そうですか?ぼーっとしていたので、やっぱり眠いのかと。」
「ううん。久しぶりに誰か学校行くから、何か懐かしいって感じ。」
「懐かしいですか?」
「うん、中学のときは友達と行ってたけど、友達引っ越して、今一緒に行ってないんだ。」
「そうなんですか。それは寂しいですね。」
「うん、最初の頃は寂しかったけど、…それに、今日はテツヤくんが居るから。」
「えっ。」
私は自分で言った言葉が恥ずかしくなり、少しだけ早歩きにした。
「テツヤくんは何時の電車にの」
と言うとした瞬間、手が後ろに引かれた。
「えっ?」
「手、繋ぎませんか。せっかく、恋人になったんですから。」
テツヤくんはほんのりと染めた頬のまま、私を見つめる。
私はその目線に、きゅんと胸が疼いた。
昨日の夜のように。
「う、うん。」
テツヤくんと手を繋ぐのは初めてじゃない。
でも、恋人という関係になってからは、初めて繋いだ。
しかも、これは、指と指が絡みあって…恋人繋ぎという奴である。
いつもより深く触れている感じがして、そのテツヤくんの体温が嬉しいと感じる。
でも、ちょっとだけ、恥ずかしい。
ああ、今きっとは私は顔が真っ赤だろう。
テツヤくん曰く私は人から触れられるのに弱いらしい。
「真っ赤ですね。」
ボソっと隣で、テツヤくんが口にする。
「わ、わかってますー。」
照れ隠しにわざと、べえと舌を出した。
「子どもみたいですよ。」
「高校生は子供だよ。」
「そいうところも、可愛いですけどね。」
「えっ!?」
「また赤くなりましたね。」
「テツヤくんってやっぱ、意地悪だよね。」
「正直なだけです。」
「…また、そいうこと言うー!」
容赦のない甘い言葉に我慢できなくなった私が吠えると、テツヤくんは噴き出した。
*
「へえ、テツヤくんはいつも本読んでるんだね。」
「名前ちゃんは何かしてますか?」
「うーん、ぼーっと窓の景色見てるよ。」
「名前ちゃんっぽいですね。」
手を繋いだまま、私たちは立ちながら電車に揺られていた。
「そう?テツヤくんって授業真面目に受けてる?」
「…まあ、人並みにですかね。」
「人並みって何ですか。実はけっこーサボっちゃう?」
「いえ、サボるというより、眠ってしまいます。」
「え、寝ちゃうの。」
「はい。先生に気付かれないですけどね。」
「…へぇー。」
「どうかしたんですか?」
わざと、変な返事をした。
私は眉を顰めたまま、テツヤくんの耳に口を寄せた。
「ちょっと、だけ、テツヤくんの寝顔見られるの嫌かもって思っただけ。」
顔を元に戻して、窓に視線を逸らした。
「名前ちゃん。」
「何ですか。」
「名前ちゃんって、意外に言い逃げしようとしますよね。」
「…恥ずかしいから、仕方ないです。」
そう言うと、テツヤくんも私の耳に口を寄せる。
「抱きしめたくなるような、可愛いことあまりしないで下さい。」
「なっ!?」
私は思わず大きい声が出そうになって、繋いでない方の手で口を押さえた。
ふふっと柔らかい笑いが耳元で漏れる。
「名前、電車の中ですから、静かにしないといけませんよ。」
「こいう時だけ、呼び捨てずるい。」
せめてもの抵抗でテツヤくんを睨んでも、逆に私が攻撃を受けた。
「すみません。名前ちゃんが可愛いくて…ね?」
そんな風に首を傾げられたら、もう何も言えない。
(この確信犯め・・・。)
*
「じゃあ、私こっちだから。」
「じゃあ、また。」
テツヤくんとは駅からの途中の道まで一緒、
途中の道でテツヤくんはまっすぐ行く、私は右に曲がる。
そう言って、お互いの学校へ行こうとしたとき、「名前ちゃん」と呼ばれて、
「え、どうしたの?」
私は何だろうと思いながら、振り返った。
すると、テツヤくんが困ったような顔をしていた。
「すみません。離れたくないのは、僕も同じなんですが、離してもらわないと学校に行けません。」
「えっ…?」
「手を。」
「手?」
ふと自分の左手を見下ろした。
そこには解こうとしているテツヤくんの手を、未だに握ったままの私の手。
私はその状態のまま行こうとした自分に気付き、慌てて解いた。
「ご、ごめん。気付かなかった。」
「ふふ、無意識だったんですね。嬉しいから大丈夫ですよ。」
テツヤくんは恥ずかしいと項垂れる私の頭を撫でてくれる。
「…。」
「テツヤくん…?」
ふとキョロキョロするテツヤくんに私が首を傾げていると、一瞬だけ大好きなぬくもりに包まれた。
「えっ。」
「ずっと抱きしめたかったんです。ここは人がいつ来るのか分からないので。
また抱きしめますから、そんな物足りない顔しないで下さい。
それは僕も同じですから、ではまた明日。」
驚いて固まる私をよそに、テツヤくんはふんわりと微笑み学校へと向かった。
(…テツヤくんって手慣れてる…?
…にしても恋人ってこんなにくすぐったいものなんだろうか。…嫌ではないけど…やっぱり、くすぐったいや。)
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