名前ちゃんは相変わらず臆病だ。
泣いていた・・・。
今すぐ彼女に、会いたい。
*
「苗字さん?」
「うわあ、テツヤくん!?」
「何、してるんですか?」
今日の宿題の漢字のノートを忘れたのに気付いて、取りに戻ると僕の机に彼女が何かをかけていた。
小さな袋・・・?
「え、な、なんで・・・。」
「漢字ノート忘れたので、取りに来たんです。」
「へ、へぇ・・・。」
彼女はそわそわしながら、前髪を弄って、もう片方の手で、その小さな袋を取ろうとした。
「それ、なんですか?」
「え、こ、これは・・・えっと、あ、その。」
「・・・バレンタイン?」
「な、なんでっ!?」
分かったの!?と言葉続くはずだったんだろう。
驚き過ぎて、言えてないみたいだけど。
彼女の表情を見れば、だいたい言いたい事は分かる。
「・・・え、あ、でも、」
「えっ。」
彼女は顔をへにゃと歪めて、
ぶわっ・・・!
その表現がぴったりなぐらいに、目から涙を零し泣き始めた。
僕は彼女が泣く姿を初めて見て、焦った。
「え、え、どこか痛いとこ、とか、何か、変なこと言っちゃったとか・・・っ」
僕の問いかけに全部首を振って、彼女はえぐえぐ泣き続ける。
僕はどうしたらいいか分からず、初めて自分から彼女を抱きしめた。
彼女にとって、こいうスキンシップが、安心感を与えるものだから。
「・・・て、テツヤくんにね」
「はい。」
「クッキー渡そうと思ったんだけど・・・いらないとか言われたら、どうしよって、思ってたら、」
「そんなこと言いません。」
身体を離して、彼女が後ろに隠す様に持っている、小さな袋を手に取った。
「あっ。」
「苗字さんからなら、喜んでもらいますよ。」
「う、うう〜・・・ごめん〜」
「えっ。」
今度は彼女の方から僕に抱きついて来た。
袋を持ちながら、頭を撫でる。
「テツヤくん優しいのに、私テツヤくんのことひどいって勝手に、うわああん。」
「ちょ、え、な・・・?」
このとき、僕は知った。
彼女はとても臆病な子なんだと。
相手に近づきたいのに、相手のどこまで踏み込んだらいいのかとか、もし何か行動を起こして、相手が傷ついたり、
また自分が傷ついたりするかもしれない・・・ってことを、たくさんたくさん彼女は考えてしまって、結果彼女自身一人が傷つくのだ。
勝手な自分の思い込みで。
自分のそんなところを、彼女も知っていて、自覚してるんだろう。
だから、相手に、今回は僕に、こうやって謝っているんだ。
相手の反応をマイナスの方向へ考えて、勝手に相手をひどい人にしてしまうから。
「・・・大丈夫ですか?」
「う、うん。」
すんすんと鼻を啜りながら、彼女と廊下を歩いた。
「ジャムクッキーですか。」
「あ、ジャム、嫌いだった・・・?」
「嫌いじゃないですよ。」
「そっか。良かった。」
安心したように笑う彼女を、無性に抱きしめたくなった。
クッキーを落とさないようにしながら、彼女の肩をぎゅうっと一回だけ抱きしめた。
「テツヤくん?」
「ありがとうございます。とても嬉しいです。」
「・・・えへへ、そう言ってくれると、私も嬉しい。」
ふんわり、彼女特有の幸せそうな笑顔。
今日初めて見た、特有の笑顔は目元が真っ赤だった。
*
彼女は臆病な自分が嫌だと言うけれど、僕はそう思わない。
今の彼女は過去の彼女より、相手に近づくことを避けているように感じる。
過去の彼女はスキンシップが大胆で、すぐ顔に出て、幸せそうに頬を緩ませる可愛い笑顔の女の子。
今の彼女はどこか冷めて・・・いや、大人しくなったのか・・・?
自分の殻に閉じこもるような感じ。
彼女は距離感をとるのが下手だと言っていた。
その所為か、僕と接する時でも、どこか過去よりぎこちない。
中学の間離れていたのも原因だろうけど。
そんな彼女は臆病なところだけは、変っていなかった。
そして、その臆病なところが嫌だということも。
でも、彼女がそうやって臆病になるのは、相手のことを考えるから、だと思う。
相手のことも、自分のことも、考えて考えて・・・一人で傷つく。
彼女は人より、きっと、人と向き合うことが、とても真剣なんだと思う。
どんなに些細なこともでも。
相手と実際向き合っているとは、違うかもしれない。
臆病で踏み出せないことも、多いけれど、近づきたいって気持ちもあるから、バレンタインも
僕が帰った後に行動に移したんだろう。
彼女は踏み込むことはしない。
それでも、近づきたいから、サインを送る。
・・・僕はそんな彼女のサインを見逃したくない。
僕は人と接することが苦手で、臆病な彼女が愛しく・・・感じる。
それだけ、真剣に相手のこと、僕のことを考えてくれてるんだと、分かるから。
彼女が、それだけ考えるのは、相手のことが、大切で、傷つけたくなくて、嫌われたくない存在だから・・・と僕は勝手に思っている。
彼女はその臆病な所為で、日々不安になったり、彼女自身が傷ついてるんだろう。
僕はそんな彼女をほっとさせたい。
僕の前でぐらい、気を抜いて、傷つかないように、何も考えず、リラックスして欲しい。
彼女が好きだから、幸せそうな、あの笑顔が好きだから。
見たいと思うし、・・・もちろん、僕自身が彼女に近づきたいと思うのもある。
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