思い出と恋の食べ物

名前ちゃんは相変わらず臆病だ。
泣いていた・・・。
今すぐ彼女に、会いたい。



「苗字さん?」
「うわあ、テツヤくん!?」
「何、してるんですか?」

今日の宿題の漢字のノートを忘れたのに気付いて、取りに戻ると僕の机に彼女が何かをかけていた。
小さな袋・・・?

「え、な、なんで・・・。」
「漢字ノート忘れたので、取りに来たんです。」
「へ、へぇ・・・。」

彼女はそわそわしながら、前髪を弄って、もう片方の手で、その小さな袋を取ろうとした。

「それ、なんですか?」
「え、こ、これは・・・えっと、あ、その。」
「・・・バレンタイン?」
「な、なんでっ!?」

分かったの!?と言葉続くはずだったんだろう。
驚き過ぎて、言えてないみたいだけど。
彼女の表情を見れば、だいたい言いたい事は分かる。

「・・・え、あ、でも、」
「えっ。」

彼女は顔をへにゃと歪めて、
ぶわっ・・・!
その表現がぴったりなぐらいに、目から涙を零し泣き始めた。

僕は彼女が泣く姿を初めて見て、焦った。

「え、え、どこか痛いとこ、とか、何か、変なこと言っちゃったとか・・・っ」

僕の問いかけに全部首を振って、彼女はえぐえぐ泣き続ける。
僕はどうしたらいいか分からず、初めて自分から彼女を抱きしめた。

彼女にとって、こいうスキンシップが、安心感を与えるものだから。

「・・・て、テツヤくんにね」
「はい。」
「クッキー渡そうと思ったんだけど・・・いらないとか言われたら、どうしよって、思ってたら、」
「そんなこと言いません。」

身体を離して、彼女が後ろに隠す様に持っている、小さな袋を手に取った。

「あっ。」
「苗字さんからなら、喜んでもらいますよ。」
「う、うう〜・・・ごめん〜」
「えっ。」

今度は彼女の方から僕に抱きついて来た。
袋を持ちながら、頭を撫でる。

「テツヤくん優しいのに、私テツヤくんのことひどいって勝手に、うわああん。」
「ちょ、え、な・・・?」

このとき、僕は知った。
彼女はとても臆病な子なんだと。
相手に近づきたいのに、相手のどこまで踏み込んだらいいのかとか、もし何か行動を起こして、相手が傷ついたり、
また自分が傷ついたりするかもしれない・・・ってことを、たくさんたくさん彼女は考えてしまって、結果彼女自身一人が傷つくのだ。
勝手な自分の思い込みで。
自分のそんなところを、彼女も知っていて、自覚してるんだろう。

だから、相手に、今回は僕に、こうやって謝っているんだ。
相手の反応をマイナスの方向へ考えて、勝手に相手をひどい人にしてしまうから。

「・・・大丈夫ですか?」
「う、うん。」

すんすんと鼻を啜りながら、彼女と廊下を歩いた。

「ジャムクッキーですか。」
「あ、ジャム、嫌いだった・・・?」
「嫌いじゃないですよ。」
「そっか。良かった。」

安心したように笑う彼女を、無性に抱きしめたくなった。
クッキーを落とさないようにしながら、彼女の肩をぎゅうっと一回だけ抱きしめた。

「テツヤくん?」
「ありがとうございます。とても嬉しいです。」
「・・・えへへ、そう言ってくれると、私も嬉しい。」

ふんわり、彼女特有の幸せそうな笑顔。
今日初めて見た、特有の笑顔は目元が真っ赤だった。



彼女は臆病な自分が嫌だと言うけれど、僕はそう思わない。
今の彼女は過去の彼女より、相手に近づくことを避けているように感じる。

過去の彼女はスキンシップが大胆で、すぐ顔に出て、幸せそうに頬を緩ませる可愛い笑顔の女の子。
今の彼女はどこか冷めて・・・いや、大人しくなったのか・・・?
自分の殻に閉じこもるような感じ。
彼女は距離感をとるのが下手だと言っていた。
その所為か、僕と接する時でも、どこか過去よりぎこちない。

中学の間離れていたのも原因だろうけど。

そんな彼女は臆病なところだけは、変っていなかった。
そして、その臆病なところが嫌だということも。

でも、彼女がそうやって臆病になるのは、相手のことを考えるから、だと思う。
相手のことも、自分のことも、考えて考えて・・・一人で傷つく。
彼女は人より、きっと、人と向き合うことが、とても真剣なんだと思う。
どんなに些細なこともでも。
相手と実際向き合っているとは、違うかもしれない。
臆病で踏み出せないことも、多いけれど、近づきたいって気持ちもあるから、バレンタインも
僕が帰った後に行動に移したんだろう。

彼女は踏み込むことはしない。
それでも、近づきたいから、サインを送る。

・・・僕はそんな彼女のサインを見逃したくない。
僕は人と接することが苦手で、臆病な彼女が愛しく・・・感じる。
それだけ、真剣に相手のこと、僕のことを考えてくれてるんだと、分かるから。
彼女が、それだけ考えるのは、相手のことが、大切で、傷つけたくなくて、嫌われたくない存在だから・・・と僕は勝手に思っている。

彼女はその臆病な所為で、日々不安になったり、彼女自身が傷ついてるんだろう。

僕はそんな彼女をほっとさせたい。
僕の前でぐらい、気を抜いて、傷つかないように、何も考えず、リラックスして欲しい。
彼女が好きだから、幸せそうな、あの笑顔が好きだから。
見たいと思うし、・・・もちろん、僕自身が彼女に近づきたいと思うのもある。
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