7

【7話】
0
 お店を出て、彼女は怪訝な顔をしていた。

「イデアくん本当に食べた……?」
「食べたよ。ナマエ氏も僕が食べるところ見てたでしょ」
「見てたけど」

 彼女は標準装備のダッフルコートを着ることで、満腹になったお腹を隠すことに成功した。だが、イデアは隠す必要もないほど、スマートなままだった。彼女はイデアのお腹をじーっと見たが、お腹を凹ましている様子もない。そんな彼女にイデアはタブレットを押し付けて、距離をとる。タブレットアタックを食らった彼女はうべっと変な声を出した。

 ランチというより、ブランチの時間帯だったため、外はまだ明るい。普段なら、友達とこれから遊びに行ったりするけど。イデアくんはもう帰るかな?彼女は既に歩き出しているイデアに付いて行く。方向的には、いつもの公園に戻っているはずなので、どうやらイデアは彼女を送っていくつもりらしいと彼女は勘違いした。本当は彼女を引き止める理由を探しているのだが、こんな人通りが多いところで、足を止めて「これからどうする?」なんて芸当は到底無理だった。気力や体力的にも。それゆえイデアは行きたくなくても、いつもの公園に向かうしかなかった。

「イデアくん、もしかして食べても太らない体質?」
「うん」
「え、ルピナちゃんと一緒だ!」

 いいなぁと彼女が頬を膨らませる。いや、ルピナちゃんは確か三年後の番外編で、年相応の体型になるんだよな。一人だけ飛び級ってのもあるけど、元々不摂生だったから、初潮も遅くて。だから、食べても太らないって、ゲーム軸のルピナちゃんは勘違いしている。でも、これネタバレだから、言えない。イデアがネタバレに耐えていると、彼女は惜しむように口を開いた。

「今日楽しかったね」
「う、うん、せ、拙者は楽しかったけど、君も楽しかった……?」
「うん」

 恐る恐るイデアが尋ねると、彼女は笑顔で頷いた。その笑顔はいつもより、確かに楽しそうに見えた。イデアは思った。どうかこれが自分の主観ではなく、事実であったらいいと。とろとろと歩くイデアの横を、彼女はのんびりと歩く。彼女はイデアによく質問をした。イデアは彼女に質問されることが嫌いじゃなかった。自分の好きなことに彼女が興味をもって、知ってくれようとすることが、とても嬉しかったし、そんな優しい彼女と一緒にいることが本当に楽しかった。

 ど、どうしよう。あの角曲がったら、ナマエ氏帰っちゃう。今日が終わったら、もう僕と会う理由がなくなる。いや、もう今の時点でないけど。だって、もう目的イベはクリアしちゃったし。イデアが悶々と考えている間にも、足は進んで、あっと言う間に公園に到着してしまった。彼女の学校へ通じる鏡へ、着いてしまった。

「イデアくん……今日予定ある?」
「え、ええ?」
「もし気力?体力?残ってたら、もう少し一緒に遊ばない?」

 彼女が首を傾げる。正直イデアは気力も、体力も全て限界だった。でも、もう少し一緒に居たい相手にそう言われたら、勝手に首が頷いていた。

1
 彼女は公園の中をズンズンと歩いて行く。しかも、何かルートがあるようで、真っ直ぐ行けばいいところをわざと茂み通ったり、花壇の周りを三周したり。そして、いつもの彼女が学校へと帰って行く鏡の前へ到着した。じょ、女子校に侵入なんて無理!捕まる!と怯えるイデアの手を、だいじょうぶ!と引いて、彼女は鏡の中へと飛び込んだ。

「ナマエ氏、ここは……?」
「ここね、うちの卒業生が勝手に作った“場所”。三年生になると、先輩に教えてもらえるんだ」

 イデアは目を開いて、驚いた。鏡を抜けると、白い教会の中にいた。天井のステンドグラスは立派で、温かな日差しが零れていて、目を細める。うう、拙者ここにいるだけで抹消されそう。「な、なぜ教会?」「うちの学校鏡の間がこんな感じだから、似た作りにしたのかも」そんな会話をして、彼女はイデアの手を引いて教会の外へと向かう。

 教会の扉を開けると、そこには御伽噺の世界が広がっていた。優しい陽だまり、心地いい風で揺れる木々、そして野原をかけていくリスやウサギたち。異空間、本物に見間違うほどの動物や植物。驚いでいるイデアの横で、彼女は入り口のすぐそばにある石像に、手をかざして魔力を注いだ。その石像は、麓の街の商店街の入り口にもある像と同じものだった。その像は、地元に馴染み深いナゾのキャラクターで、特徴は丸くて大きな耳。ネズミなのか、クマなのか、それとも別の生き物なのか。地元民でさえ分からないことから、ナゾのキャラクターの位置にいるのだ。

「……へえ。その石像がこの空間の動力源で、そこに魔力をチャージすることで、この空間が維持できてるのか」
「すごい!イデアくんよく分かったね!」
「ま、まあ、専門分野に近いですし」

 でも、あくまで拙者の専門分野に近いってだけ。ここはバーチャルなんかじゃない。別次元に本当に実在させている場所。分かりやすく言うなら、うち(NRC)の寮がある亜空間みたいなモンか。

「昔の先輩たちが自分の得意分野をそれぞれ組み合わせて、作ったんだって。この空間を維持する為に、三年生は順番で定期的に魔力を注ぐ決まりなの」
「でも、あの量の魔力でこれだけの空間を維持する仕組みって……」
「気になる?」

 彼女はブツブツ呟くイデアの顔を覗き込む。バーチャルデイスクを展開して、分析を進めようとしていたイデアはハッと我に返る。な、なんでナマエ氏はここに僕を連れて来てくれたんだろう。そもそも、僕男子だけど、入っていいの?イデアは自分の胸に両手を引き寄せて、しどろもどろに言葉を繋げる。

「し、仕組みも気になるけど……、ナマエ氏はなんでここに僕を連れて来たの?」
「ここ誰もいないから、良いかなって思って」

 イデアくんと遊ぶには持ってこいの場所だ。ここだったら、人目がない。イデアくんもリラックスできるはず。

「え、誰も?ナマエ氏と同じ三年生は遊びに来れるんじゃ……?」
「もちろん。遊びに来れるけど、今日は私が魔力当番だから」
「ど、どういうこと?」
「暗黙の了解なんだよ。魔力当番の子以外は、ここに入っちゃいけないの」
「な、なぜ?」
「うち女子校でしょ?」
「う、うん?それとなんの関係が?」
「学校に、ましてや寮に男の子連れ込めないから、だったら連れ込める場所作ろうってなって」
「……えっ、まさか!?それがここ!?」
「そう。先輩たちのバイタリティすごいよね」

 彼女はくすくす笑って、イデアは顔を真っ赤にした。つつ、連れ込むって!?えっ、ナマエ氏どういうつもり!?混乱するイデアを余所に、彼女は普段と立場が反対だなとご機嫌だった。いつもは私が質問してばかりだから、イデアくんにいっぱい質問されるの新鮮だなぁ。

「ここならイデアくんといっぱいできるし」
「え、ええっ!?いっぱい!?」

 ナマエ氏!?ここで一体何する気!?イデアがあらぬことを考えていると、彼女はゴソゴソとショルダーバッグからスッイチを取り出した。

「スピナちゃんの続き!」
「そ、そだね!マジどきね!」
「うん」

 彼女はイデアの手を引いて、この環境には不似合いな人工的な造りのベンチへ連れていく。このベンチももちろん、卒業生が作ったものだ。彼女が腰を下ろすと、イデアも隣にちょこんと座った。タブレットの距離感で座ってしまい、かなり近かったがイデアの意識は既にゲームにあったので、気が付かなかった。

「今日やっとルピナちゃんの過去イベントっぽいし」
「いやー拙者も楽しみでしたわ」

 ナマエ氏がルピナちゃんの過去見て、どれだけ泣くか。絶対ナマエ氏のことから、ボロ泣きだろうな。拙者もめっちゃ泣いたし。そんなイデアの思惑を知らない彼女は楽しみだなぁとセーブをロードした。

2
「る、ルピナちゃん家族のために頑張ってたんだ……」
「ナマエ氏、ハンカチどぞ」
「ありがとう……これからは私が居るからね、一緒に未来を変えて行こうね」

 ぐずぐず泣く彼女は泣き過ぎて咳き込んだ。うーっと唸る彼女の背中をイデアが撫でてやると、彼女は甘えるようにイデアに擦り寄った。イデアの胸にもたれかかって、ぴいぴいと泣く姿はまさに子どものようだった。イデアはなんだか懐かしい気持ちで彼女をあやしてやった。小さい頃のオルトも、全力で泣いてたな。ナマエ氏って本当に五歳児ですわ。てか、これルピナちゃんルートの主人公の心境では?ルピナちゃんを最初は妹的な存在だと思ってたけど、女の子として意識しちゃうヤツ……。

「ルピナちゃんの過去を思うと、心が痛いけど。主人公に会えて、本当によかった……」
「ルピナちゃんルートは救いが半端ないですからなそう思うのも無理はない」
「イデアくん……どうしよう」
「ん?」
「私ルピナちゃんに情が湧き過ぎて、他のルートができるか心配になってきた……」
「あーそれは分かりますぞ。拙者も推しのルートやった後、その心配味わいましたわ」
「大丈夫だった?」

 イデアは彼女の質問にニヤリと笑って、頷いた。

「マジどきの魅力は何と言っても、主人公がどのヒロインにとっても欠かせない存在になるという完成度の高いストーリー性。ナマエ氏の心配は無用。気付いたら、次のルートに夢中になってること間違いなし!」
「ふふ。イデアくんに言われると、そんな気して来た」
「ナマエ氏……次は」

 ビシッと二人が固まる。ふたりはやっと自分達の距離の近さに気付いたのだ。彼女は咄嗟にごめんと口にして、イデアは何も言えないまま、二人は素早く身体を離した。互いにベンチの端によって、小さくなる。自分の心臓の音しか聞こえなかった。落ち着かないソワソワする時間をどうにしかしようと、自分の膝を見つめて考える。彼女は手元で幸せにそう笑うルピナちゃんと目が合って、空気を変えようと口を開いた。

「ま、マジどきって本当にストーリーとキャラクターの魅力だよね。私あんまり恋したいなーとか思ったことないんだけど、この二人見てると羨ましくなって来ちゃった」
「……た、た確かに。マジどきは、人を好きなる事の尊さ素晴らしさを思い出させてくれる非常に魅力的なゲーム。マジで青春物語」
「そうそう。すごく誰かを好きになってみたくなるよね……私には縁のない話だけど」
「ナマエ氏が!?」

 珍しくイデアが大きな声を出す。隣から強い視線を感じて、彼女はイデアの方へ振り向いた。そこには、信じられないものを見るような目で自分を見つめるイデアがいた。私そんなに恋してそう?意外と、経験豊富そうに見えたり?まさかと思ったが、イデアは思った以上に自己評価が低いようなので、その基準で自分のことを買い被り過ぎているのだろうと彼女は落ち着いた。

「え、うん……でも、イデアくんはカッコいいし頭もいいし優しいから、すぐ恋人できそう」
「マ?ナマエ氏正気?」

 イデアの怪訝な表情に、彼女は悲鳴を上げそうになる。もはや怪訝を通り越して、不快な表情であった。美人の怒った顔は怖いのだ。彼女はビビリながらも、素直に答える。

「え、ええ、正気だよ」
「……ナマエ氏優しいもんね。ウソも方便って言うしね」
「そんな事ないよ。本当にイデアくん素敵だなって思ってるよ」
「いやいやそう言うしかないもんね。ごめんね、気使わせて」
「本当だってば!」
「はいはい。流石優しいナマエ氏」
「……」

 彼女は頬を膨らました。イデアはそっぽを向いているから気付かない。基本的に彼女のことを5歳児だと思っているからイデアは彼女に優しく甘い。でも、この点に関してだけは譲れない。どんなに頑張っても、異性から見て自分が魅力的だと思えない。絶対ない。人間は酸素なしで生きられないように、それくらいに絶対ない。そもそも自分が誰かに大切に想われて、しわせになるなんて柄じゃない。

「好きなことに没頭できるところ」
「え?」
「好きなことを話してる時の顔が楽しそうでいい」
「ナマエ氏?」
「色んなこと知ってる。頭良い。オルトくん……弟思い!背が高い!」
「ちょ、急になに」

 いきなりイデアが該当すると思われる特徴を上げる彼女に、イデアは怯えて振り返る。彼女はムッとした顔のままイデアを見上げていた。ナマエ氏睨んでもあんまり怖くない顔してるなって、そうじゃなくて。なに!?この急な(恐らく)褒め殺しタイム!

「イデアくんが自覚のないようだから教えあげようと思って」
「はっ!?」
「イデアくんの素敵なところ私が教えてあげるね」

 彼女がにんまりと笑う。彼女は恐ろしい悪魔になったつもりで微笑んでいるが、悪ガキの笑顔にしか見えなかった。だが、彼女の笑顔よりも、イデアは彼女の言っていることの方が恐怖だった。計算高く腹黒いヤツよりも、タチが悪い。やばい。拙者ナマエ氏にヤられる……!


「も、もうご勘弁を……!」
「ゲームのネタバレに配慮してくれるところ」
「それはオタクとして当然のことであっ」
「怖がりなのに、男の子に絡まれたとき助けてくれた!少女漫画のヒーローみたいでカッコ良かったし」
「そ、そそその後、腰抜けてカッコ悪かったし、所詮拙者がカッコいいヒーロー枠は無理でして」
「カッコいいだけのヒーローなんかいっぱいるけど、イデアくんは可愛いって思わせてくれる!」
「いや、それ褒めてなくない?」
「どうして?イデアくんもヒロインの完璧じゃないところ好きって言ってたよ?」
「……うぐっ」
「イデアくんは放っておけないって思わせる魅力がある!かっこよさも、可愛さも両立してる!すごい!」
「……わ、わわかった。分かったから、これ以上やめて」

 本当に耐え切れなくなったイデアが弱々しく白旗を上げれば、彼女は両手を高く上げた。勝者のポーズだ。イデアはドヤ顔している彼女を長い前髪の下から、じっと見つめる。彼女は眼差しに気付かない。自分がどれだけイデアの関心や執着を買っているか知らないで、さらに買わせるようなことをしてくる。イデアは思い付いた。あ、この流れならイケるな、と。開発のアイディアが瞬間に似ていた。イデアは自分の思惑がバレないように、少し視線を逸らしながら口を開く。

「で、でもさ、僕が素敵なことがも、もしも事実だったとして、僕の素敵なところを知ってくれる人間がいるとは思えない」
「イデアくん人間は誰しも赤の他人なんだよ」
「ナマエ氏気に入ったセリフすぐ使いたがる人でしょ」
「うん」

 イデアの言葉に、彼女は誇らし気に頷く。イデアは眉を下げて、息を吐くように笑った。ほんとナマエ氏、五歳児。だから、僕みたいな悪い大人に捕まるんだ。

「それに、逆を言えば、イデアくんの素敵なところ知ってもらえれば、こっちのもんってことでは?最初頑張れば、あとは何とかなるよ」
「何とかって、不確かなことは好きじゃない」
「えー」
「て、てかさ」
「?」
「そこまで言うなら、ナマエ氏が僕と付き合ってよ」
「エッ」
「ほら、やっぱりその反応……」

 せっかく普段の表情になったのに、イデアは辛気臭い顔に戻ってしまう。彼女はイデアの言葉にドキドキしていた。そのドキドキが甘いものなのか、焦りからなのか。自分でも分からない。イデアは知らない。彼女は純粋なだけじゃなくて、純粋かつネガティブなだと言うことを知らない。イデアの軽率な発言に純粋で、ネガティブな彼女は困るし、そういうことを軽率に言われたくないし、言われると悲しくなる。

「え、えー?それとこれとは話は別って奴じゃ……」
「奴じゃないね」
「うっ」
「ほらね。僕を好きになってくれる人なんていないんだよ。ましてや恋人になってくれる子なんて……こんな陰キャオタクなんかと」
「……ぐっす」
「!」

 人間とは愚かな生き物である。過去に犯した失敗を繰り返してしまう生き物なのだから。イデアは鼻をすする音に大袈裟なほど、肩揺らして、ギギギと横を振り向く。本当は振り向きたくなかった。イデアの横で、彼女は初めて二人で話したときのように目を潤ませている。今にも、涙が目から溢れそうだった。

「あばばば」
「……イデアくん」

 拙者のバカー!ナマエ氏は純粋ピュアピュアの五歳児なんだってば!上手くやらないと、傷付けるだけで終わっちゃう。囲うとかそういう話じゃ、無くなる。ぐずぐず泣く彼女に、イデアは意味もなく両手を伸ばそうとして引っ込める。その仕草を繰り返していると、小さな両手がイデアの両手を捕まえる。イデアはヒェと悲鳴を上げた。

「後悔するよ」
「えっ、確かに拙者と付き合ったら、ナマエ氏に間違いなく後悔させちゃうけど」
「違うよ、イデアくんが後悔しちゃうよって言ってるの」
「ぼ、僕!?」
「お付き合いする相手、そんな適当に決めていいの?イデアくんが困る事になるよ」
「な、なな、んで?」
「……だって」
「だって?」

 彼女がきゅっと唇を噛む。一瞬目を伏せて、涙がポロリとこぼれ落ちる。ナマエ氏やっぱりヒロイン素質ありすぎでは?泣き方綺麗すぎか?彼女の目と鼻の頭は痛々しく真っ赤になっていた。じっといつもイデアを優しく見つめてきた瞳が、真っ直ぐイデアを見上げる。

「私が本当にイデアくんのこと好きになったら、どうするの?」
「へッ」
「イデアくんは私のこと好きじゃないのに、私だけ好きで。でも恋人なんて……私は、やだよ」
「じゃ、じゃあ、そうなったら、ナマエ氏が頑張って」
「えッ」
「僕がナマエ氏のことが好きになるように、ナマエ氏が頑張ってよ」
「……イデアくんすごい理不尽なこと言ってるの自覚ある?」

 なぜか彼女は怒りも呆れもせずに、楽しそうに頬を緩めている。あるよ、すごく。自分で何言ってんだろうって。でも、迷ってる間にナマエ氏と離れ離れになるのは嫌だから、なんとか繋がり持とうとして必死なんだよ。

「そもそも言い出しっぺはナマエ氏ですし」
「えーそういうこと言う?」

 くすくす笑っていた彼女があっと呟くと、イデアの手を離す。そして、もじもじと自分の人差し指をちょんちょんと合わせた。イデアは本当にその仕草する人類いたのかと驚いた。

「そ、そもそもさ、イデアくん……私のこと異性として見れるの?」
「え?」
「だ、だだって、恋人になるって、そういうことでしょ?た、確かに、プラトニックな関係もあるかもしれないけど。そうじゃないなら、その……」
「ま、まっ」

 嫌な予感がする。イデアは彼女に待ったをかけようとするが間に合わない。彼女はふるふると羞恥心で震えながらも、言い切った。大事なことだから。

「き、キスとか、え、えっちなこととかするでしょ。い、イデアくんは……私と、そういうこと、できる?」
「……」

 ぴしり、とイデアは固まる。真っ青を通り越して、真っ白になったと思ったら、真っ赤になる。髪も、頬も、首も耳も全て、桃色に染まった。ぷるぷる震えて目を瞑ったままの彼女は気付かない。ちりちりとパチパチと花火のような音が聞こえて、ゆっくりと目を開く。そこには固まっているイデア。彼女は羞恥心に襲われて、また新たなに涙を溢そうする。溢れそうになった瞬間、イデアに両腕をガシッと掴まれた。彼女は目を丸くして、驚いた。

「で、できるよ……」
「ひえっ」
「ナマエ氏こそ……ぼ、ぼぼ僕とそういうこと、できる?」
「……」

 イデアの髪と同じ色に頬を染めて、彼女はポカンと口を開いた。他人から聞かれて、彼女はやっと自分がなんて質問してしまったのだと気付いた。ふたりが切迫している中、チュンチュンと平和な小鳥の囀りが響いた。もはや怖い顔しているイデアを見上げて、彼女は震える唇を動かした。

 この日から、イデアのファーストキスの味は、チョコバナナの味になった。



- ナノ -