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【0話】

「は?抜け感?シャツイン?オーバーサイズ?……結局、どれが正解なわけ?」

 イデア・シュラウドは画面を睨んで、親指の爪を噛みそうになる。寸でのところで、親指を握り拳の中に閉まって首を横に振った。一回、落ち着け僕。深呼吸。イデアが深く息を吸って吐こうとしたとき、ひょっこりと弟のオルトが顔を覗き込んできた。

「ギャ」
「兄さ……わっ!」

 オルトは反射的に目を瞑る。イデアは見事にゲーミングチェアから転げ落ちて、大きな音を立てた。

「驚かせてごめんね、兄さん」
「いや、だいじょうぶ。でも、どうしたの」

 先ほどまでオルトは映画を見ると言っていたはずだ。オルトがイデアの部屋に遊びに来て、同じ部屋にふたりで居ても、最近はお互いの好きなことをして過ごすようになった。もしかして、オルトが映画に集中出来なくなるくらい拙者うるさかった……?イデアが顔を青くすると、オルトは不思議そうに首を傾げる。

「兄さん、メッセージ来てるよ」
「え、メッセージ?」
「うん」

 イデアは今し方睨んでいたウィンドウを閉じると、メッセージアプリを起動させる。差出人は、今日イデアが会う予定の相手だった。メッセージを開こうとして、指が止まる。会う前の連絡……わざわざ……?怯えながらも恨めしそうに画面を睨むイデアの隣から、小さな指がちょん、と画面に触れる。

「お、オルト!?」
「……えーっと、今日の服装は制服で良かったかなぁ?だって」
「……え、何故」
「何故って、兄さん。今日は“マジどき”の聖地巡礼に行くんでしょ?」
「そ、そうだけど……ハッ!」

 “マジどき”とは、「マジカルどきどきメモリアル」という有名な恋愛シュミレーションゲームの略称である。ある魔法養成学校が舞台になっており、無事卒業を目指し、様々な問題を抱えるキャラクターたちと一緒に成長し、時には支え、支えられそんな青春学園物語。全ての分岐、全てのエンドを制覇するほど、イデアはそのゲームにハマっていた。

「“マジどき”は青春学園物語……
 よって、リアル高校生の拙者たちが選択すべき服装は……制服!」
「そうだね。
 “マジどき”のイベントシチュエーションを再現するなら、
 尚制服の方がゲームに忠実でいいと思うよ!」
「よし、じゃあ制服の準備……」
「どうしたの?兄さん」

 イデアはいつものパーカーを手に取ろうとして、中途半端に手を止めてしまう。イデアの脳内では、紺色のセーラー服に身を包む女子生徒が首を傾げていた。そんな女の子と同じように、オルトも首を傾げる。今日の兄さんは動作が途中で止まりがちだなぁ。緊張してるのかな?でも、バイタルにそんな乱れはないし。オルトの心配をよそに、イデアは自分の優秀な頭脳がイヤになった。

 唐突だが、NRCには校則があるようで、ない。れっきとした校則は存在する。ただその校則をバカ真面目に守っている生徒が少ないのだ。校則の抜け穴をくぐるか、そもそも気にしないか、パワーごり押しで破るか。色んな問題児がいる。そのおかげで、NRCでは制服の着こなしも、さまざまだ。

 イデアは制服に関して、そもそも気にしない派に近い男だった。僕堅苦しい格好好きじゃないし、あと身体の線が出るのも好きじゃない。だから、唯一ちゃんと身に着けているのはスラックスだけ。NRCではスタンダードな着こなしから、個性的なものまで揃っている。しかし、彼女はいつもスタンダードな着こなしをしていた。拙者もそれに合わせた方がいいのでは?いや、でも、別に、あの子はそういう事、気にするような子じゃないし……たぶん。

 イデアが悶々としている間に、全て終わっていた。

「はい、兄さん出来上がり」
「え、なに……ぐえ、首元苦し」
「ええ?ちゃんと丁度いい加減で結んだはずなんだけどなぁ」

 オルトは不満そうに、むうと眉頭を寄せる。オルトはイデアはきっと制服の場所が分からないのだろうと思ったのだ。普段、イデアはパーカー、ボーダーTシャツ、スラックスという着こなしをしているから、本来のベスト、ブレザー、ネクタイと言ったアイテムはクローゼットの奥底に仕舞われている。

 今日の兄さんの目的は、ゲームの追体験をすること。きっと原作に忠実な兄さんなら、制服の着こなしも拘るはず。兄さんの推し、そして推しCPも、ふたりとも、制服の着こなしはスタンダードタイプ。兄さんも推しに合わせたいけど、場所が分からないから悩んでいたんだろうな。僕に聞いてくれたら、すぐ分かるのに!

「あ、兄さん、そろそろ……」
「アッ、もうこんな時間!?オルト色々ありがと!行ってくる!」
「うん!いってらっしゃい!」
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