「わ名前ちゃんお洒落さんだね」
「それ完全にバカにしてるヤツじゃないですか」

 彼女は高校生になって受ける二回目のテストを終えて、夏休みに突入していた。夏期講習も、部活もない彼女がわざわざ休日に学校へやって来たのは、美化委員の仕事のためである。真夏でも枯れないように生きている花たちのために、今日も彼女はジョウロで水を運んでいた。それに、夏休み期間は普段手に付かないところのも、お手入れもするらしく、ジャージ着用が必須とされた。そう。美化委員会は委員会のクセに、中々面倒な活動が多いのである。その中で、彼女は不純な動機で精を出していた為、担当の教師から非常に気に入られていた。

「それがそのプレゼントなわけ」
「はい、先生に日差しが強いからと。しかも、タオルまで」
「アハハ」

 昼神は珍しく腹を抱えて笑った。大きな身体がお腹を抱える姿はリアクションも大きく見えるので、少し新鮮だった。彼女は立派な農家さんのような麦わら帽子に、首元にタオルを巻いて、園芸スタイルとして満点の格好していた。しかし、ひと夏の恋に立ち向かうには、まだ初期装備(制服)の方が大変マシな格好だった。

「めっちゃ笑うじゃないですか」
「いやっ、だって、すごく……ンフッ、似合ってるよ、かわいいかわいい」
「うわ、私初めてです、かわいいって言われてこんなに嬉しくないの」

 彼女がイヤそうに眉を顰めれば、昼神はまた目尻に涙を溜めて笑った。相変らず、彼女は昼神とどう仲良くなればいいか方向性が定まっていない。その所為だろうか。昼神せんぱいの爆笑が見れたから、この格好も良いのかも、と本当にそれでよいのか名前よ、とちびまる子ちゃんのナレーションが入りそうなことを思っていた。



 昼神と別れた彼女は花壇の水やりと草むしりのため、黙々と手を動かしていた。暑い日差しに、何度ぬぐっても、額から汗が垂れて来る。やっと終わったと彼女が腰を上げると、後ろからナォンと鳴き声が耳に入った。彼女が振り向く前に、その鳴き声の正体が足元に擦り寄って来た。

「シロン、こんにちは」

 ニャォン。シロンと呼ばれる白い猫は鴎台高校で保護されている猫のことである。そして、彼女と昼神が出会うきっかけにもなった存在だった。ゴチゴチ、と彼女の足に頭突きを繰り返すシロンに、彼女はくすぐったいような笑い方をして、しゃがみ込んだ。つぶらな瞳が彼女を見上げて、ニャアアアと何か訴えるように鳴く。

「なに一緒に遊ぶ?」

 ニャアアアとまた強い声で鳴くと、シロンはある一本の木に目掛けて走っていった。彼女がシロンの後を追いかけると、シロンはいつも登って降りれなくなる木の下で彼女を見上げていた。彼女は緑の葉っぱたちが作る影に、思わずほっと一息。すずしい。そよそよと優しい風が彼女の額を撫でる。忘れずに持って来た水筒で水分補給。

「わっ、まって、まって」

 待てない。シロンはカリカリと容赦無く彼女のジャージを引っ掻いた。まだ新品なのに。ダメダメ、とシロンを抱き上げると、ニャアアアア!と一際鳴かれて、彼女は思わず目を瞑る。

「君はもしかして、抱っこが御所望なの?」
「そうだよ、早く座って」
「エッ!」

 彼女が溢れそうなほど目を見開いて、大きな声を上げると、後ろからクスクスと笑い声が聞こえて来た。彼女の大好きな声は木の後ろから現れた。

「昼神せんぱい!」
「せいかーい。シロンは膝に乗せてもらうのが好きなんだよ」

 昼神は部活の休憩中らしい。よくよく周りを見れば、外の風に当たるために、それぞれ好きなところで涼んでいた。昼神は彼女の足元に座ると、彼女にも座りなと声をかける。素直に彼女が座れば、彼女に抱っこされていたシロンが膝の上で居場所探しを開始する。ふみふみと柔らかな足に太ももを踏まれて、彼女は肩を震わすが耐える。くすぐったい……!ハッ、しまった!昼神せんぱいの前だから見栄はって、お姉さん座りしてしまった……この座り方足痛くなるのに。彼女が自分の行動に後悔していると、シロンはなかなか居場所を見つけられない。

「名前ちゃん胡座にしなきゃ」
「え?」
「シロンが座り辛いって、ずっとうごうごしてる」
「……いや、でも、胡座はちょっと」

 彼女が恥ずかしそうにもじもじしても、昼神は笑顔で言い放つ。

「俺別に胡座気にしないよ?……それにっ、フッ、そんな農家さんスタイルで、可愛がられてもっ」
「ほら、これで座りやすいかなぁ

 言葉の途中で顔を背ける昼神に、彼女はヤケクソだった。シロンは無事居心地のいい場所をゲットした。彼女は尊い犠牲になったのだ。



「あれ?名前ちゃんまだシロン抱っこしてたの?」
「寝ちゃって……」

 昼神は午前中の部活を終えて、食堂に向かうところだった。遠目から彼女がまだ数時間前と同じ格好でいたのが見えたので、気になったのだ。シロンは彼女の膝の上で丸くなって、すぅすぅと小さなお腹を上下に動かしていた。昼神は彼女の顔色と、そばにある水筒を見て、熱中症の心配はなさそうかと念の為確認をとる。

「一回寝ると長いからなぁ……おっ?」
「あっ、起きた?」

 シロンはぱちぱち、と目を開く。少しぼーっとした顔をすると、クアと耳を倒して、全力であくびをひとつ。猫は全力であくびをしても可愛いままなので、羨ましいものである。また彼女の膝の上で、のび背伸びをして、うむご苦労と言うように、彼女の膝から降りて去っていった。

「丁度良かったねえ、名前ちゃん」
「はい良かったです」
「名前ちゃんお昼食堂?」
「いや、私弁当なんです」
「そっかあ、じゃあまたねぇ」
「はい、また」

 そこで、ふたりも別れたはずだった。



 昼神が食堂に向かう廊下の途中で、彼女の幼馴染を発見。別所はきょろきょろと誰かを探しているようだった。

「別所、どうしたの」
「名前が居ないんです、今日一緒に食堂でお昼食べようって言ったんですけど」
「え?名前ちゃん今日お弁当って言ってたよ?」
「え?名前今日朝一緒に来ましたけど、お弁当持ってないって言ってましたよ」

 両者ともに、頭上にはてなマークが登場する。昼神は先ほどの彼女の様子を思い出して、表情を険しくした。もしかして、名前ちゃんやっぱり熱中症だったのかも。あの子なら、俺に気使いそうだしなぁ。昼神が急いで体育館へ向かうので、何も分からない別所も昼神の後を追うことにした。


「やっぱり、名前ちゃんまだ居た……」
「昼神さん?」

 渡り廊下から見える大きな木の下で、彼女はまだ座り込んでいた。彼女は難しい顔をしている。昼神が駆け寄ろうとしたとき、彼女が立ち上がろうとして、コロンと転がった。ウン?ふたりとも彼女の様子に首を傾げる。なにかが、おかしい。彼女はヨロヨロと立ち上がって、フラフラ、ヨロヨロと歩き出す。その歩き方は体調不良にも見えるが、ちょっと違う。彼女はまた身体をビクッとさせて、へなへなと座り込んで、足に手で触れて、またまたビクッとなっていた。

「名前足痺れてるんですかね……座ったまま昼寝でもしたのかな」

 別所の呟きに、昼神はきょとん、として、アッと思い出す。昼神が休憩を終えてからお昼休憩になるまで、余裕で一時間以上立っていた。彼女はずっとシロンのために、あの姿勢を保っていたのだ。足が痺れても、辛くても、シロンのお昼寝の邪魔をしないように。その事実に気付いた昼神は、未だにヨロヨロと不安定な歩き方をしている小さな背中が無償に愛しく感じた。

「別所……」
「え、はい?」

 彼女を救出に向かおうとしていた別所は、昼神のただならぬ静かな声に足を止める。

「名前ちゃんって可愛いね」
「え、はい、そうですね、名前はかわいい……エ?」

 あんな千鳥足で、農家スタイルさんですけど?

あとがき

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