5万打 | ナノ

カラメル分の願い


花巻とは所謂腐れ縁ってやつで、やつの元カノの人数を知るくらいには仲が良い。そんな花巻はバレー部で、よくバレー部の話が話題となる。そして新学期、三年に進級して隣の席になったのは松川くん。話したことはなかったけれど、花巻からよく話は聞いていたし勝手に知った気になっていた。けれど松川くんは、話に聞いていたより寡黙で仏頂面。なんともとっつきにくい人だと思った。


クラスは違えど選択科目が同じの花巻。課題見せてなんて調子のいいことを言ってきたので、購買のプリン一個で手を打った。

「ねー、花巻」
「あ?」
「松川くん全然話と違うじゃん」
「あれ? そう?」
「そーだよ。なんか怖いよ」
「なんだそれ」

話しかけんなオーラが凄いと訴えれば、偏見だと怒られた。

「松川に年上の彼女いるんですかって聞いてみ?」
「年上の彼女いるの!?」

大学生? 社会人? とくいぎみに身を乗り出せば、花巻はなにも言わずにただにっと笑うだけ。その怪しげな笑顔が私の好奇心を掻き立てた。

その日の自習の時間。真面目に取り組む生徒半分、そうではない生徒半分。くすりくすりと控えめな話し声が響く教室。隣の席の松川くんは前者だった。いつもの仏頂面でペンを走らせている。

「ね、松川くん」

プリントに飽きた私は好奇の目で彼を見つめた。

「え? なに?」
「年上の彼女がいるの? すんごい美人のお姉さま」

一瞬の沈黙、そして松川くんは分りやすく顔を歪めた。

「誰から聞いたの? 花巻?」
「うん」
「それ嘘だから。真に受けないで」
「あ、嘘なんだ」
「そう」
「そっかー信じちゃったよ」

「何で信じちゃうかな」呆れたような笑い方。松川くんってそうやって笑うんだ。それが同級生にはない雰囲気で、なんでか胸がざわめく。

「だって松川くん同級生に興味なさそうじゃん」
「いや? そんなことはないけど」
「そー? イケメンなんだからガツガツしなよ」
「イケメン? 俺が?」

初めてしっかりと交わった視線。松川くんは瞬きをして驚きを隠すことなく、私に困惑した顔を向けた。濃い目の顔、机に収まりきらない長い足、ペンを握る指だって他の人とは違って見える。彼をイケメンと呼ばないなら世の中イケメンなんて絶滅危惧種になってしまうぞ。

「うん。イケメン」
「及川がいるからイケメンってからかいにしか聞こえないけど」
「そう? まあ、確かに及川くんイケメンだけど……、なんか幼稚じゃん」

私の言葉に松川くんは「ミョウジさんって辛口だね」と喉を鳴らすように笑って、頬杖をついた。それがなんの笑みなのかは分からないけれど、仕草が、雰囲気がイケメンのそれだ。

「あー、またやっちゃったかな」
「ん?」
「偏見だった? 花巻の話鵜呑みにしてるかも。私及川くんと話したことないし」
「いや、及川に関しては間違いじゃないな。あいつ時々すげー年下に思える」

それは松川くんの成人年齢が、とまで考えてそれを言葉にするのはやめた。花巻情報は若干私をからかっている節があるし。現に松川くんは大人びたオーラがあるものの、普通に話しやすい男子生徒だったから。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


あれから松川くんと私はたびたび会話をするようになった。他愛もない雑談。最初は遠慮がちにミョウジさんなんて呼んでいたのに、いつのまにかミョウジって呼び捨てになっていて、時々私をからかうような冗談を言うくらい仲良くなった。


「これ、花巻から」

昼休みに、食堂から戻ってきたらしい松川くんが、私の机にプリンをちょこんと置いた。そういえば、また課題見せてなんて言われたから、プリンねと言って見せたのを忘れていた。危ない危ない。

「松川くんの手を煩わせて申し訳ない」

いえいえと言って、自分の席の椅子を引いた。そしてプリンを食べる私をじっと見ている。松川くんも食べたいのかな。そう思ってプリンから視線を上げれば、ばちりとぶつかった目と目。

「好きなの?」

あまりに真面目な顔をしてそんな事を聞くから、口に入れたプリンを丸飲みしてしまった。んぐって変な声が漏れたけれど、松川くんはそれを気に止める様子はない。

「……あ、うん、好きだよ」
「そっか」
「今度松川くんも食べてみなよ。結構ここの購買プリン美味しいよ」

固すぎず、柔らかすぎず絶妙なのよってもう一口プリンを口へ運べば、松川くんは面食らった顔をしていた。そして再び「そっか」と、今度はふっと気の抜けた笑い方をして「今度食ってみる」と小さく呟いた。その松川くんの笑い方が以前に見たときと違って、なんでか真っ直ぐに見ることができなかった。目をそらし「そーしなよ」って言うのが精一杯。ドクドク煩い心臓。松川くんって色んな笑い方をするんだなって、ちょっと吃驚して、ちょっとドキドキした。


その日を境に私は何となく松川くんを視線で追っている。松川くんは大人びた見た目だけれど、よくよく観察してみれば普通に他の男子と馬鹿みたいな会話をしたり、はしゃいだりする。ただ他の男子より温度が二度ほど低くくて、ころころ表情が変わったりはしない。控えめに笑うのがよく目についた。だから、いつもはしない笑い方をされれば意識してしまう。そんな顔するって知ってしまったら、気になるに決まってるじゃん。

そうやって、松川くんを目で追ってしまうこととか煩くなる心臓とかに理由をつけて、今度は意識的に松川くんを見ないようにした。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「ナマエって最近さ、松川と仲良いよね」

お昼休み、友達とお弁当を囲んでいると不意に投げ掛けられた言葉。松川くんの名前が出ただけで、むせかえりそうになる。

「ん? あー、そーね。最近仲良くなったよ」
「今度さ! いつ練習試合するか聞いてくれない!?」
「及川くーんってやりにいくの?」
「応援! 応援しに行くの! 松川も試合でるでしょ? 一緒に行こうよ」
「えー、バレーよく知らないし……。てか花巻に連絡した方早くない?」
「駄目! 忘れたの!? ナマエ、花巻にからかわれて全然違うこと教えられたじゃん」

あぁ、そんなこともあったなーと思い出しつつも、やんわりと断ったつもりだったが及川くんファンにそれは通じない。とりあえず練習試合の話は聞いてみますということで解放された。皆も及川くんに直接聞きに行けばいいのに。そうすれば話すきっかけにもなって一石二鳥。なんてことを以前言ったら怒られたけれど。なにやらファンにもルールがあるとか、ないとか。

大変だなとぼんやり考えながら教室に戻れば、松川くんが男子数名とカラカラと笑っていた。表情を崩して口を開けて笑っている。年相応の笑顔になんでか吃驚した。心臓がドンっていって、目が離せなくて。明確な理由なんか知らない。兎に角吃驚したんだと思う。だから松川くんに練習試合のことを聞くのをすっかり忘れてしまった。


放課後、練習試合いつだったと期待の目を向ける友達に「あ、忘れてた」と正直に話せば物凄く嫌な顔をされた。何をしていたんだと私を睨み付ける面々。ごめんごめんと謝りながら昇降口へ向かうと、幸か不幸か松川くんと花巻がちょうど靴を履き替えている。それを見つけた友達に「ほら今だ」って背中をぐいぐい押され、もー自分で聞いてよって泣き言みたいな言葉は友達に届いていない。

私に背を向けて校舎を出る二人。急いで靴を履き替えてその背中に向かって声をかけた。

「花巻」

意識的に呼んだ花巻の名前。

「おーす。帰り?」
「うん。これから部活?」

「見りゃわかるだろ」と顔が言っている。わかるよ、わかるけども! なんで今松川くんの名前を呼ばなかったんだろうとか、なんで今松川くんを無視してるみたいに花巻ばっかりに視線が行くんだろうとか。そんなことが頭の中をぐるぐるしている。

「あのさ、近々練習試合あったりする?」
「練習試合? 土曜にあるよ、うちの体育館で。なにミョウジ来んの?」
「いや、友達が及川くーんってやりたいんだって」
「はいはい、及川のファンね」

心底つまらなそうに花巻が呟いた。それから無駄にぺらぺらと滑る口。時間とか詳細とかを聞いて、嘘じゃないよねって何回も念を押して。二人が部室棟のある方へ足を向けたところで「部活頑張れー」と手を振った。花巻がそれに答えるように手を上げて、なぜか松川くんは立ち止まり、黙ってこちらを見据えている。

「見に来れば」
「え?」
「試合、ミョウジも見に来れば?」
「え? あー……うん。ん?」

煮え切らない私の返答に、松川くんがもう一度「見に来れば」ってプリンの時みたいに真剣な顔をして言うから、「見に行く」って言うしかなかった。


‐‐‐‐‐‐


初めて見たバレーの試合。ギャラリーは「及川くーん」って黄色い声援で溢れていて、なぜかその及川くんの横断幕の端っこを握りながらの観戦。バレーをよく知らなくてもうちの学校が強いことは分かったし、なにより気づいてしまった。あぁ、私は松川くんが好きなんだなって。
嫌でも松川くんばっかりに目が行って、松川くんの活躍に胸がぎゅってなって、格好いいなって見惚れて。好き以外のなんでもないじゃんこんなの。

及川くんのファンばかりだと思っていたギャラリーでは、岩泉くんとか花巻を見に来たって感じの会話がチラホラ聞こえて、勿論松川くんの名前だって上がっている。なんだ、やっぱりモテるんじゃん。でも私は松川くんが直々に試合見に来ればって誘ってくれたわけで!と急に強気になってみたり。試合が終わって、差し入れ渡そうって色めき立った声に手ぶらな自分がなんとも情けなくて、急に弱気になってみたり。恋とは難解だ。

一人学校を出てコンビニへ寄り、お気に入りのプリンを買って再び学校へ戻った。バレー部は一応解散したらしく、及川くんが女子に囲まれていた。けれど他の部員の姿は無くて、ガサリと揺れたビニール袋がなんとも滑稽。ガサリガサリとプリンを揺らしながら校門を出ようとすれば「おーい」って聞き慣れた声に呼び止められた。

「まじで来たんだ、珍し」

花巻、そして松川くんである。

「試合お疲れ様、です」

なんで敬語? と馬鹿にした花巻の声なんかどうでもよくて、松川くんに「良かったら」とコンビニの袋を突きだした。

「俺には?」
「花巻にはない」
「はぁ? なんで?」

なんでって、松川くんが特別だから。そう思って松川くんを見れば、ほら。また知らない笑い方をしていて、顔を見ることができない。

「ありがと」

花巻が袋の中を覗きこんで「プリンじゃん」って、「これミョウジの好きなのじゃん」って笑う。そう、そのプリン。好きなの。そう、松川くんが、

「好きなの」

届かない告白。及川くんのファンの声とか、風の音とか。周りの音に溶け込んでしまうような声量でこっそり伝えた。松川くんはそれに気づいているのかは分からない。分からないけれど口を開いた。

「花巻、呼んでる」

後ろの雑音に反応している。

「え? あ、岩泉?」
「そう」

及川くんの傍で岩泉くんが怒鳴っているのが聞こえた。そちらの方へ花巻が歩き出し、必然的に松川くんと二人きり。心臓がこれでもかってくらい煩い。差し入れも渡せたし、帰ろうかな。この場から逃げたい。目の前の松川くんから逃げいたいなって考えたとき、不意に松川くんの息づかいが聞こえた気がした。


「俺も好きだよ」

吃驚して呼吸が止まると思った。けれど松川くんがプリンを見ていたから、あぁって納得。

「それ、美味しいよね」
「うん。好きだよ」

今度は真っ直ぐに私を見ながらそう言った。

「あ、うん。私も、好き……」

初めて見る意地悪く笑った顔。何が好きなのって聞く勇気なんか無いのに、松川くんはまた同じ言葉を繰り返す。

「好きだよ」
「あ、っと。うん」

どんどん心臓が速度を増す。「私も」そう消えそうな声で呟けば、「時間ある? なんか食いに行かない?」って何事もなかったかのように歩き出した松川くん。私は頷くことが精一杯で、松川くんの好きな食べ物ってなんだろうと想像した。好きな食べ物、好きな色、好きな曲。最後には好きな人を知れたらって思う。それが私ではないか、なんて期待は、プリンの底に隠れたカラメルくらいはしてもいいだろうか。

back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -