5万打 | ナノ

交点のある場所


※家族構成に関する捏造が含まれております。ご注意下さい。



「ナマエってさ! 三組の木葉秋紀と同じ中学だったでしょ?」
「あ、うん。そうだよ」
「木葉の連絡先知ってたりしない!?」
「ごめん、知らない」
「あー、マジかぁ」

大袈裟に落胆して見せたのは、同じクラスのちょっと派手目な可愛い女子。特別仲がいいってわけではないけれど、普通に会話くらいはする子。

「木葉の連絡先どうにか手に入ったりしない? こうさ、中学の人の伝とか!」
「え、どうだろう……。急用? 何かあったの?」
「そんなの決まってるじゃん!」

さっきまでの勢いを失い、いじらしい顔をした彼女は恋をする乙女であった。

「それなら、本人に直接聞いた方がいいんじゃないかな」
「それができたら苦労しないよ! あ! ならナマエが今から行ってきてよ。知らない仲じゃないんでしょ?」

ほら! 早く! と半強制的に席を立たされ教室を追い出された。「お願いね!」と満面の笑みで手を振っている。その行動力があればできそうなのに……。聞いて来るまで帰ってくるなと言わんばかりに扉まで閉めちゃって。仕方ない、とりあえずクラスまで行ってみるかと三組を目指して歩みを進めた。

三組を覗き込めば、木葉秋紀くんはすぐに見つかった。それこそ先程の女子と同じ雰囲気の少し派手目の女子数人と、男子数人。目立つグループの中心にいた。
昔と変わらないなと、その光景を眩しくも懐かしいしくも思った。私と木葉秋紀くんは、知らない仲ではない。それに実を言えば出身小学校も同じ。そしてちょっとした秘密を共有した仲だった。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


小学二年生。同じクラスの木葉秋紀くんは明るくてスポーツ万能。勉強もできてクラスの人気者だった。勿論女子にも大人気。それに比べて私は大人しい地味な女子。それは今も変わらないのだけれど…。そんな私と木葉秋紀くんは同じクラスでも会話らしい会話をしたことがなかった。それが変わったのはその年の夏の事。

兄が所属していたバレーボールクラブ。父母会の親二名が付き添う決まりになっていて、月に二回ほどある母の当番の日に私は一人で留守番が怖いと言う理由で毎回ついて行っていた。

「お前体育館で本読むなよ。留守番してろ」
「やだ」
「二年生にもなって恥ずかしいやつ」

兄は決まって私に意地悪を言う。妹がついてくるのは恥ずかしいと、私を邪険にするのだ。「お母さんといたいだけで、お兄ちゃんは関係ない」そう言いたくても口では言い返せずに、睨むだけの私。

その日も変わらず兄に嫌みを言われながら体育館につき、母の隣で本を開くともう一人の当番の人が現れた。

「こんにちはー。遅れてすみません」
「大丈夫ですよ」
「下の子の歯医者が混んでて」

そう言って「ほらもう泣かないの」と、母と話しながら自身のスカートを握る男の子の背中を叩いた。おずおずと上げた顔、涙目の男の子と目が合う。あ、秋紀くんだ。そう思った瞬間、かっと顔を赤くさせて秋紀くんは体育館から出て行ってしまった。

「え?どうしたの?大丈夫なの?」

私の母が心配そうな声を上げれば、秋紀くんのお母さんはあっけからんとして「そのうち戻ってくるでしょ」とカラカラ笑った。そんなやり取りなんか私の耳には届いてなくて、あのクラスの人気者の秋紀くんがあんな顔をするなんて信じられない。よっぽどのことがあったんだ。大変だって、不安に駆られた。

「私探してくる!」


体育館を出て必死に探し回れば、秋紀くんはすぐ近くの公園のブランコに俯きながらゆらゆらと揺られていた。

「あ、あき、秋紀くん!」

私の声にばっと顔を上げて、涙は出ていないものの目は真っ赤。「なんだよ」って怒ってるみたいな声が少し怖かった。追いかけて来ておいて、なんと声をかけていいか分からず黙って隣のブランコに腰かけた。初めての距離感。居心地の悪い沈黙。キイキイと錆びた音だけが響く空間。なんでか胸が苦しくなって泣きそうになる。私には何が出来るんだろうって、俯く秋紀にかける言葉を探した。

「あ、あのね。私ね。まだ一人でお留守番できないの。…怖くて」
「え?」
「お兄ちゃんにいっつも恥ずかしいやつって言われる。だから、今日の事は秘密だよ」

私なりの精一杯。声が震えて、下手くそな励ましにもならない身の上話に秋紀くんは笑うことなく「うん」って頷いてくれた。

「俺、虫歯なの隠してたんだ。そしたらすげー痛くなって。歯医者もすげー痛くて。…だから、ナマエも今日の事秘密な!」

そう言ってニッと笑ってくれた。

それから秋紀くんは、私の母が当番の日にひょっこり現れて、体育館から私を外に連れ出してくれた。学校では相変わらず話すことはなかったけれど、母が当番の日は公園で遊んだり体育館の隅っこで遊んだり。そして二年生最後の当番の日、秋紀くんがぽつりと「今日で最後だな」と呟いた。

「え?」
「俺も来年からクラブに入るし」
「そうなんだ。私も来年はお兄ちゃん中学生になるし、ここには来ないかな…」
「そっか」

そしていつも通り遊んで、いつも通りにばいばいと手を振って別れた。それ以降、秋紀くんと話したことはない。進級してクラスが離れて、中学でも同じクラスになることはなかった。秋紀くんは人気者の変わらない秋紀くん。私も大人しい地味な女子生徒。変わらない。ただ時々見かける秋紀くんが眩しくて、自分とは交わることのない違う世界の人に見えた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


昔の事を思い出しながら、楽しそうに笑う秋紀くんを見ていると名前を呼ばれた。

「珍しいね、ナマエがうちのクラスに来るの」

同じ部活の友達がどうしたのって声をかけてくれた。その子に秋紀くんを呼んでなんて言う勇気はなくて、とっさに出た言い訳が「数学の教科書忘れちゃって」だった。

「まじで?うちのクラスと教科担任同じだったよね?あいつ忘れ物煩いよねー」
「ね、だから困ってて」
「でも今日うちのクラス数学ないよ?私持ってないし」

これ以上嘘をつかなくていいやって胸を撫で下ろして「そっかありがとう」と自分のクラスへ戻ろうとすると、「誰か今数学の教科書持ってない!?」そう友達が大声を出した。そのせいで視線が一斉に集まり教室内が静まり返る。空気の変化に身体が強ばった。しかし、その静寂はすぐに破られる。

「持ってるよ」

そう言って手を挙げたのはまさかの秋紀くん。

「木兎に借りパクされててさっき返ってきたんだよな」
「木葉ナイスー」

そんな二人のやり取りを見ていると、秋紀くんが教科書片手に近づいてきた。そして「はい」って、教科書を差し出す。数年ぶりに向かい合った秋紀くんと視線が交わる。高い位置にある切れ長の、つり目がちな目の中にある瞳が真っ直ぐに私を見据えている。私に向けられることの無いはずの眼差しが、秋紀くんの纏う空気が、呼吸をしづらくさせる。

「あ、ありがとう」
「いーえ」

教科書を受取り、交わった視線から逃れたくて一礼をし、無理矢理視線を断ち切った。足早に廊下を歩く。煩くなった心臓が痛い。予想外の出来事に吃驚したから。嘘をついてしまったから。秋紀くんと久々に話したから。ばくばく煩い心臓を抱えたまま教室へ戻れば「どうだった?」とこの一連の出来事の根源が期待の眼差しを向けるので、「この教科書次の休み時間に木葉くんに返しに行って」そう早口で捲し立て、秋紀くんの教科書を押し付けた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


あれから秋紀くんとあの子がどうなったのかは知らない。ただ、教室の片隅に座る私にも聞こえる声量で野球部の人の話をしているのが聞こえたから、良くも悪くも進展はあったのだと思う。

久々に秋紀くんと話してどきまぎしたけれど、時間と共に忘れた。そして自分の日常を取り戻しつつあった朝の通学電車。自宅からの最寄駅。同じ小学校出身なのだから、たまに見かける秋紀くんがなぜか私の隣に。

「はよー」

不意に声をかけられて、固まってしまった。そんな私にヒラヒラと目の前で手を振って「起きてる?」なんて言ってくる。

「おは、よう」
「お、起きてんな」

なぜ声をかけられたのか分からない。高校三年間で始めての出来事に動揺を隠せない。

「今日あちーね」

そう言って、空を仰ぐ秋紀くんの思考がまったく読めない。何も言えずにいる私にゆっくりと切れ長の目を動かして「ね?」と、もう一度私に問う。

「うん」

息を呑み込むみたいな返事。それを聞いたであろう秋紀くんは、黙って電車が来る線路の方を眺めた。そして、さらりと揺れる前髪を触りながら再び口を開く。

「借りたもん自分で返しに来ないのは、ちょっとどうかと思うんだけど。どー思う?」

さっきまでと同じ口調。特別な感情はないような、からかう様に弾んでいるような、感情が読み取りにくい口調。そんな事を言われて顔を見ることができず、余計に秋紀くんが分からない。ただ、恥ずかしさなのか罪悪感なのか、かっと熱くなった身体に力が入った。

「…良くないと、思う」

叱られた子供みたいに情けなく出たか細い声。そんなのお構いなしに「だよな」と言葉を続ける秋紀くん。私の無礼に怒っているのか、責めているのか。理解出来ない、分からないって怖い。

「…ごめんなさい」

そんな恐怖心から救われたくて出た謝罪の言葉を「いやいやー。そうじゃないっしょ」と否定されたところで、ホームにアナウンスが流れた。自然と途切れた会話。そして電車に乗り込めば、秋紀くんは当然のように私の隣に立って吊革に掴まった。どうして隣に?そう思って秋紀くんを盗み見れば、ばちりとぶつかった視線。

「今日の昼。一緒に食わね?」
「え、」

お詫びに奢れって意味かな。それで秋紀くんの気が済むのなら。分かったと頷いて見せれば、「決まり」って満足げに笑った顔に心臓が音をたてて跳ねた。

それから秋紀くんとの会話はなく、電車が進むにつれ込み合う電車内。秋紀くんは秋紀の友達と。私は私の友達と会話をしている。時折電車が揺れて少しぶつかる肩。そんなのは日常茶飯事で、いつもなら特に気に止めることでもないのに、ぶつかる相手が秋紀くんってだけで身体が熱をもつ。

学校最寄駅につき、いつもより長く感じられた通学電車から漸く解放されて、人波にもまれながら改札へ向かう。そしてぎゅうぎゅうに他人と近い距離もこれで終わりだとICカードをかざした時、視界に入った後ろの人のICカード。急いでいるのか近いなと感じた瞬間、私に覆い被さるようにして「昼、食堂な」と耳元で秋紀くんが囁いた。全身が粟だって身震いをするような感覚に立ち止まってしまった。秋紀くんはそんな私を余所に、悪戯な笑みを浮かべて学校の方向へと足を進めていた。


‐‐‐‐‐‐‐


朝の出来事はなんだったのだろう。不可思議。そして「早いな、待った?」と、食堂に現れた秋紀くんと対面している今の状況もまた不可思議である。

「いや、そんなに」
「なら良かった。てか弁当?」

私が握っているお弁当の袋を見て、「マジか、ごめん」と何に対しての謝罪なのか分からない言葉を述べた。そして券売機に向かった秋紀くんに続けば不思議そうに私を見る。

「え?学食も食べんの?」
「教科書のお詫びに奢れって意味なのかと思って」
「は?んなわけねーじゃん!」

怒鳴るみたいな声にびくりと肩が跳ねた。そんな私を見て、ばつが悪そうに前髪をかきあげた秋紀くん。

「あー。…席、取ってて」
「うん」

奢れって意味じゃなかったんだ。ならどういう意味だったんだろうと、適当な席につきながら考えたが全くそれらしい答えにたどり着くことは無かった。程なくして秋紀くんが学食を持って現れ、私の前に座り二人で会話なく食べ始める。何か話すべきなのか、何か話があるから今こうして向かい合っているのか。

「自分で作ってんの?弁当」

不意に沈黙を破った秋紀くんは、もぐもぐと口を動かしながら私を見据えている。

「お母さんが作ってくれてる」
「そっか。おばさん元気?」
「うん」

それから私の兄の話だとか、秋紀くんのお兄さんの話。私と秋紀くんの数少ない共通の話題をぽつぽつと話した。けれど今のこの状況を説明する話題は一つも出ない。

「あ、あのさ」
「ん?」
「なんでお昼一緒に食べようって言ったの?」
「駄目だった?」
「駄目じゃない、けど。理由が分からないから」

理由ねえ、そう呟いて私を見据える瞳が何でか熱っぽく見えて、視線を合わせていられない。そして再び訪れた沈黙。それを破ったのは「木葉」と秋紀くんを呼ぶ知らない声だった。

「お、新しい彼女!?」
「ちげーよ」

ケラケラと楽しげに話す秋紀くんと知らない男子。その男子と一緒にいた女子が、秋紀くんの食べかけのお皿から唐揚げを一つ摘まんで「もらい!」と口の中へ放り込んだ。それを見て、明るい声色で文句を言う秋紀くん。さっきまでとは違って賑やか空間。明るくて楽しそうで、眩しい。私とは別世界。やっぱり秋紀くんは、私とは交わることのない場所にいる気がする。

疎外感。その居心地の悪さに食べかけのお弁当に蓋をして、「次、移動だから」と秋紀くんの返答を待たずに食堂から飛び出した。


‐‐‐‐‐‐‐‐


「一緒に食べてて先に行っちゃうのはさー、ちょっとどうかと思うんだけど、どー思う?」

あれから数日後の休み時間、何の前触れもなく私のクラスに入ってきて、何食わぬ顔でそんな言葉を口にした秋紀くん。

「…良くないと、思う」
「だよな」

私の前の座席に座って楽しそうに話す姿から、怒ってはいないらしい。私をからかっているのか。借りた教科書を自分で返しに行かなかったり、食事中だったのに急に帰ったりして良くない態度をとった自覚はあるけれど、私をからかう理由になるのかな。

「今日の放課後予定ある?」
「部活が、ある」
「何時におわんの?」
「18時くらい、かな」
「待ってっから一緒に帰ろ」

え?何で?って言葉は呑み込んだ。それより先に「決まり」って、秋紀くんがあの時みたいに笑うから、自分の心臓が邪魔をして言葉にできなかった。

「また逃げられたら困るから連絡先教えて」

そう言ってスマホを私へ向ける秋紀くんに黙って従ってスマホを差し出せば、画面には木葉秋紀の文字が表示されて、なんとも現実味のない文字だとまじまじと眺めてしまった。

「昇降口で待ってるから」

そう言い残して秋紀くんが教室から去ったあとも、現実味の無いスマホ画面をチャイムが鳴るまで眺めていた。


そうして現実味の無いまま訪れた放課後。昇降口につけば下駄箱にもたれかかり、スマホを弄る秋紀くんがいた。少し傾いた日が秋紀くんの髪の毛を照らして、灰色の空間に光が灯ったように輝いている。長い手足、通った鼻筋、スマホを弄る指ですら綺麗に見える。そんな人がどうして私を待っているのだろう。

「あ、」

秋紀くん。そう呼ぶのが憚られた。小学生の時は、皆が皆名前で呼びあっていたから気にしなかったけれど、ここは高校で、名前を呼ぶのは特別だってことくらい私でも知っている。

「お、部活終わった?」
「うん」
「お疲れー」

帰るかと歩き出した秋紀くんに続く。変なの。秋紀くんと一緒に歩いているのが、変なの。秋紀くんが話しかけてくれるのが、変なの。秋紀くんが笑いかけてくれるのが、変なの。歩きながら変なのって頭の中でずっと考えていた。

「寄道しね?」
「寄道?」
「時間ヤバイ?」
「やばくないよ」

決まり。そう言って笑った顔が昔みたいで、でも違って。心臓がおかしくなる。人気者の秋紀くんに、少なからず憧れみたいな感情は持っていた。そんな秋紀くんと二人っきりで過ごしたあの時の時間は特別で、眩しすぎる思い出。そんな思い出の公園に十年ぶりに、足を踏み入れた。

「懐かしくね?」
「うん。懐かしい」
「なんも変わってねー!」

はしゃいだ声色で、ブランコに腰かけた秋紀くんに倣って私も腰をかけた。想像より低いブランコは、流れた年月を表しているようで、なんでか物悲しくなる。キイキイと錆びた音。沈黙までもが同じ。それを感じたのは秋紀くんも同じようで「ほんとなんも変わってねー」と呟いた。

「でもナマエは変わったな」

不意に呼ばれた名前。そんなことを言う秋紀くんに視線を向ければ「変わった」と、切ない表情をして寂しそうに笑っていた。秋紀くんの言わんとすることが分からず、なんと言っていいかも分からない。

「木葉くんも、変わったよ」

私の言葉にムッとした顔。

「ほら、変わってんじゃん。前は木葉なんて呼んでなかった」
「もう名前で呼べないよ」
「なんで」
「なんでって…、木葉くんは、私と違って人気者だし…」

秋紀くんは目を丸くてケラケラと笑った。何の飾り気の無い笑顔が懐かしくて、胸が苦しくなるのはなんでだろう。

「人気者って!」
「人気者だよ。昔からずっと」
「確かに小学生の時は人気者だったかもなぁ」

クツクツと笑を堪えながら、懐かしそうに視線を空へ向ける。秋紀くんが、遠い人が私と同じように、私の隣で同じことを考えているのが嘘みたい。

「中学生の時はモテモテだったし」
「そうかぁ?」
「学校で一番可愛い子と付き合ってた」
「そうだっけ?てか俺が誰と付き合ったとか知ってるんだ」
「木葉くんは、目立つから」
「ふーん?でもその感じだと俺、変わってないじゃん」
「変わったよ。学校で私に声かけるなんて、今までなかった」

淡々と続いていた会話が途切れ、「あー」と言葉を濁し地面を蹴った秋紀くんのブランコが大きく揺れた。長い足を真っ直ぐに伸ばして揺られる姿が、可笑しくて顔が綻ぶ。それを誤魔化すように、私も地面を蹴ってブランコを揺らした。そうやって暫く二人で揺られて、その揺れが収まりブランコの軋む音が止んだ。

「俺は変わってねーよ。バレー続けてるし、今でも歯医者は嫌いだし、好きな子だって変わってない」

俯いて前髪で隠された表情。どうしてそんな話を私にするのだろう。秋紀くんの元カノは何人かは知っている。その中に今も秋紀くんが想いを寄せる子がいるのかなと、ぼんやり考えながら足元の砂に残る自分の靴の跡を眺めた。

「中学の時、一番可愛い子とは付き合ってない」
「え?あ、…そう、なんだ?」

わざわざ否定しなくてもいい気がするのに。足元から視線を上げると、真剣味を帯びた視線に凛とした横顔が空気をピリつかせた。

「俺の中で一番可愛い子は変わってない。ずっと。この公園で、俺の泣き顔見て、一緒に泣きそうな顔しながら自分の秘密を教えてくれた子がずっと一番。一番可愛いくて、声かけられないくらい緊張して、ここ十年くらいそのきっかけ探してた。ここで遊んだあの日から、俺は変わってねーよ。そんでここ数日、頑張って声かけてるんだけど、どう、っすか…」

ゆっくりと交わる視線。揺れた瞳は涙が出るんじゃないかってほどに透き通って見えた。その目が泣いているようにも見えて、あの日のこと、昔のことが頭の中を駆け巡った。

小学生、ここで過ごした時間。学校では遠くから見つめるだけで交わらない視線が、ここでは私だけを見てくれた。中学生、すれ違うたびに目線の高さが離れていることに気づいた。不意に聞こえてきた声が知らない声になっていて、秋紀くんの隣に並ぶ女の子は秋紀くんと同じくらいに眩しい人だった。高校生、時々駅で見かけてはわざと俯いて見ないようにした。見ることすら許されない遠い人だと思ったから。

「告白したつもり、なんだけど」

何も言えずにいる私を伺うように、不安の色を浮かべた顔が私を覗き込んでいる。

「…私、秋紀くんは凄く遠い人だと、思ってる。違う世界にいるくらい、遠い人」
「俺もそう、思ってた。ナマエには簡単に声かけられないくらい、遠い人だって。絶対届かないと思ってたから、可愛い子に告白されたら付き合ってたし…」
「なんで急に声かけてくれたの?」
「ナマエが教科書借りに来たときに、周りのやつに紹介してとか言われて。それで焦ったのもあるし、このきっかけ逃したらもう二度と声かけられないって思ったから」

お互いに遠い人。今までだったら知るはずのない秋紀くんのことを知って、少しだけ近い距離に来れた気持ちになった。

「俺ってどんな存在?」
「眩しくて遠い人、だった…かな」
「少しでも恋愛感情あったりしない?」
「…特別な人だとは、思う」
「ゆっくりでいいからさ、考えくんない?」

秋紀くんと付き合うなんて、想像できない。想像できないのに、断る言葉も思い浮かばなくて。押し黙った私の前に秋紀くんがしゃがみ込み、真っ直ぐに私を見据えた。その視線に顔が赤くなるのが分かって、俯くように頷いた。

「決まり」

そう言って立ち上がった秋紀くんが、「帰るか」と私の手を引いた。繋がれた手。大きくて、少しかさついた綺麗な指が私の手の甲を包む。初めて知る秋紀くんの体温。こんなに近くにいる、遠かった人。騒ぎ立てる心臓と、上昇した身体の温度が教えてくれている。本当はずっとずっと分かっていた。憧れの人。眩しすぎる特別な人。

「秋紀くんが、好き」

私の好きな人。

秋紀くんは「マジで?」と何度も私に確認をして、信じられないと言いたげな顔で私を腕の中へ閉じ込めた。柔らかく香る匂いとか、私に触れる筋肉質な身体とか。体温、鼓動。見ているだけじゃ知る由もなかった秋紀くんを知って、漸く同じ地平線上に並べた気がした。
交わった交点の上で、ここにある全ての感情を閉じ込めるように、彼の存在を確かめるように背中に腕を回してきつく秋紀くんを抱きとめた。

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