5万打 | ナノ

週末の攻略法


教室の片隅で、いつものように無言でそれぞれのゲームに集中していたとき、珍しく研磨が口を開いた。

「ねえ」

付き合ってからそれなりに経つけれど、滅多にない研磨からのお声がけ。何事かとゲームを一時停止、ポーズさせて研磨に視線を向けた。

「なに?」

研磨の視線はゲーム機に向けられたまま、忙しなく指が動いている。カチカチと聞き慣れたこの音をこんなに焦れったく感じたのは初めてだ。

「なになに? どうかした?」
「……今週末、部活ないんだけど」
「え!?」

思わず出た大声を慌てて手で口を押さえ、無かった事にしようとする私。そんな行動をしても研磨は想定内だったようで、以前だったら肩を弾ませたり睨まれたりしたのに、今では身動ぎせずにカチカチとゲームを続けている。

「バイト?」
「いや! 大丈夫!」

バイトだけど代わってもらおう! 土下座してでも!

「研磨の家行っていい? 朝起きたらすぐ行っていい?」

私たちのデートはもっぱらお家デート。お菓子を買って、ゲームをして私のくだらない話を研磨が適当に聞いてくれる。そんなまったりとした時間を過ごすのが定番。

「日曜だから親、いるし」

親がいると言うのは私を親に会わせたくないってだけで、深い意味はない。以前居合わせた研磨のお母さんに根掘り葉掘り質問攻めされて、わかりやすく顔を歪めて見せた研磨の顔は記憶に新しい。

「そっか、じゃあうち来る? たぶん親仕事だし。あ、でもお父さん今週出張だったから日曜はいるかも……」

え? という事は無し? 日曜デートは無し? 嘘……この世の終わりだってくらいに絶望して、なんとかお父さんを家から追い出せないか必死で頭を働かせるが、駄目だ。思い浮かばない……。

「た、たまにはさ、どっか、行かない? なーんて…」

駄目元で研磨にそう伝えれば、研磨は先程と変わらない調子で「いいよ」と言った。やっぱり駄目だよねと頭を抱えて止まった思考。まって、いいよって言った? 言ったよね!?

「え、いいの?」

少しだけ揺れた髪の毛が、研磨が頷いたのだと教えてくれている。

「え! いいの!?」

ようやく交わった視線。しつこいって顔。「嘘! 本当!? どうしよう! どこ行く!?」研磨は視線をゲーム機へ戻して「どこでも」とだけ口にした。普通のデート、初めてだ!

「映画とか!?」
「見たいのあるの」
「今から調べる!」

ゲーム機からスマホへと持ち替えて、今上映中の映画のタイトルを読み上げる。

「……DVDでよくない」
「なら水族館とか!」
「日曜に行って魚じゃなくて人を見ることになりそうだね」
「ゆ、遊園地?」
「並んで終わりそう」
「ど、どうぶつ、えん」
「わざわざ混むところに行きたがるね」
「……公園?」

正解がわからない。研磨は呆れたのか、口を閉ざしてカチカチというゲーム機の音だけが私の鼓膜を揺らした。普通のデート、難しい。難問だ。皆はどうしているんだろう。日曜までまだ時間あるし、友達に聞いて少し勉強しよう。そう決めて、スマホの友達とのグループトークへ「いつも彼氏とどんなデートしてるの」と打ち込んでいると、研磨から聞こえるゲーム機の音が止まった。

「普通に駅前とかじゃだめなの」
「……え、全然いいです」
「じゃーそれでいいじゃん」
「うん! 駅前万歳!」

駅前デート! なに着ていこう? 楽しみだ、楽しみ過ぎてやばい! スマホの打ちかけた文字を消して「駅前でおすすめのランチ食べれるところある?」そう打ち直して友達からの返信を馬鹿みたいにわくわくしながら待った。


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待ちに待った日曜日。メイクも服もバッチリ、フル装備。待ち合わせ一時間前から待機している私に抜かりはない。晴れでもなく雨でもない曇り空。暑くも寒くもない気温。まさにデート日和!
スマホのゲームアプリをしながらも、頭は研磨のことでいっぱい。だから「ねえ、一人?」なんて、一時間近くスマホ片手に突っ立っている私に声をかけて来る人がいても、その声は全然耳に入らない。
ちょうど待ち合わせ時刻になった頃、スマホから顔を上げれば研磨が少し遠くの方で足を止めたのが見えた。

「研磨ー!」

「えぇ」という知らない男の声を無視して研磨に駆け寄れば吃驚。制服でも部屋着でもジャージでもない研磨。お洒落! 素敵! 格好いい! 好き! そんな興奮で荒くなった鼻息を誤魔化すように、何か話さなきゃって口から出たのは「格好いい!」という隠しきれない本心だった。

「今の人、なに」
「え? 誰? どの人?」
「いや、どの人って……」

研磨の視線を追えば、たぶん私に声をかけてきた人。顔を見ていないからどの人かわからない。

「それよりさ! どこ行く?」

研磨は難しそうな顔をして、しばらく私の後ろへと視線を向けていたが、ねえねえとしつこくかつ、然り気無く研磨の手を握れば私に視線を向けてくれて「本屋」とひと言。そして研磨も然り気無く私の手から自分の手を抜き取って歩き出した。
手を繋ごうとしたのがバレたか、と残念に思いながらも隣に並んで、先程更新したゲーム記録を自慢すればいつも通りに「へー」と私に返事をしてくれた。もしかして機嫌が悪いのかと思ったけれど、どうやら思い違いだったらしい。


本屋で研磨のお目当ての本を買って、お昼にしようということで、友達おすすめリストを読み上げる。

「ガッツリ系と軽い系とパンケーキ系! どれがいい?」

パンケーキ系って何と呆れた顔をしながらも「軽い系」と私の予想通りの答えが返ってきて、さっそくお店へと向かった。サンドイッチを食べて、食後にスマホアプリで一戦交える。そうやってお腹とゲーム欲が満たされたので、ぶらぶらと駅前を見て回った。


「見て! 研磨! ポチ丸がいるよ!」

ゲームセンターの入り口にデカデカとした文字で「ブサカワ猫」と書かれている。

「ブサカワだって」

そう言ってクスリと笑う研磨に「失礼しちゃうよね!」と迷わず百円玉を投下。真剣にどの猫がポチ丸に一番似ているか吟味していると、研磨も横からクレーンゲームのケースを覗きながらぽつりと呟いた。

「なんでポチ丸なの」
「ん? 名前?」
「そう」
「んー、小学生の時にね、友達の家の柴犬に子犬が産まれてさ。それを見に行ったらどうしても飼いたくなって。しつこくおねだりして許可をもらったの。それで我が家に迎え入れる一ヶ月くらい前だったかなぁ」


今でも鮮明に覚えている。おばあちゃんがガリガリで真っ黒に汚れた子猫を抱えて帰ってきた日の事。

最初は猫だなんて分からないくらいに真っ黒で。カラスに襲われていたらしいその子猫は、酷い怪我をしていてた。慌てて病院へ連れていき、熱心に看病して元気にはなったものの、怪我のせいで少し歪んだ顔をしていた子猫に貰い手は見つからなかった。保健所へやるならと、うちで飼うことになったのだが、散々犬が飼いたいと言っていた手前、素直に子猫を可愛がれなかった私にお父さんがガツンとひと言。

「こいつは猫じゃない。犬だ。だから名前もポチだ」

そんなアホみたいな言葉のおかげで素直になれて、ポチをこれでもかってくらい可愛がった。犬を可愛がるように。そのかいあってポチはお座りとお手ができるようになっていた。そんなポチを可愛がったのはおばあちゃんも同じで、ポチと二人でいる時間が長いためか、オヤツをたくさんあげたらしく、あっという間にコロコロ太ったポチ。コロコロずんぐりむっくり。丸々と太ったポチを見て、お母さんが「まる」なんて呼び出して……。


「まあ、それでポチ丸なの。……あ! 見て! 研磨! 二個とれた!」

上機嫌でゲットしたそれを研磨に見せれば、研磨は顔を綻ばせて「よかったね」と笑った。その顔に胸がぎゅーってなって凄くくっつきたくなったけれど、それをぐっと堪える。

「一個あげる。学校の鞄につけてよ! お揃い!」
「つけない」

受け取ろうとしない研磨に、無理矢理ポチ丸風人形のチェーンキーホルダーを握らせた。そして何となく目についたクレーンゲームの隣にある太鼓の音ゲー。うわ、懐かしい。迷うことなく「勝負だドン!」とバチを握れば、後ろから「あー!」ってゲームセンターの中にまで聞こえそうな大きな声が聞こえてきた。
びくりと肩が弾む。何事かと恐る恐る振り返れば、長身の梟谷学園の制服をきた男子生徒数名がこちら、研磨の方を指差して凝視していた。

「彼女かよ!? デートかよ!? コノヤロー!」
「木兎さん煩いです」

そんな会話をしながら研磨に詰めよって、「なあなあ! どーなの!」と質問攻めしている。研磨は「いや……」と早くこの場から立ち去りたいって顔をしているが、知り合いらしい面々はそれをさせまいと研磨を囲んでいた。

どうしよう。

以前、同じようなことがあった。バレー部の後輩に「彼女ですか!」と、研磨と一緒にいるときに聞かれて自信満々に「はい!」なんて言ったら研磨はその日、口をきいてくれなかった……。

同じ轍は踏まぬ!

「あの!」

一斉に集まる視線。

「私が研磨を好きなだけなんで!」

沈黙。そして「ヒュー」と口を鳴らして梟谷学園の人たちに拍手をされた。どうだ! この片想いともとれる回答! まあ、研磨に好きなんて言われた事は無いけど……。付き合っているかどうかは有耶無耶にできたはず。

「マジか! いーなー!」

木兎さんと呼ばれていた人が、私の両肩をバシバシ叩いて「頑張れよ!」なんて励ましてくれる。はい! とバチを握ったまま返事をした私。こっそり伺った研磨の表情は、目を大きくさせて固まっているだけ。そして私の肩を叩いていた木兎さんが私の握るバチを見て「あ!」と目を輝かせた。

「俺もこれやりたい!」

周りから「木兎ー空気よめー」と聞こえるが、もう一つのバチを握ってすっかりやる気だという表情。

「一緒にやろーぜ」

そう言って私を見つめる瞳。どうしようと研磨にSOSの意味を込めて視線を送る。

「赤葦と向こうにいるから」

え、なぜ!? てか赤葦って!? そう思って梟谷学園の人、一人一人に視線を向ければ、一際涼しげな目をした人が少しだけ頭を下げた。

「あ、あかあし? さん?」

黙って頷く赤葦さん。私の動揺を無視するように「俺の奢り!」と木兎さんがお金を入れて勝手にゲームスタート。そしてデートなのになぜか初対面の人と太鼓を叩き始めた私。


結果はフルコンボだドン。

「うおー! すげーな!」

キラキラした目を真っ直ぐに向けられて、なんでか照れてしまう。そういえば最近は研磨とばかりゲームをしていたから、このスゲーって眼差しを向けられるのは久々だ。そして「次あれやろーぜ!」とゲームセンターの中へ入り込み、私に手招きをしている。どうしようか困って振り返れば、研磨は少し離れた所で赤葦さんと話しをしていた。それにムッとして「今行きます!」と八つ当りみたいな感情をゲームへとぶつけた。

あれやろう、これやろうと際限のない木兎さんの誘い。ゲームセンターにある様々なゲームをやった。主に体を動かす系。そしてエアーホッケーを終えたところで、私の体力が限界を迎えた。

「次はあれ!」
「あ、いや、その! ちょっと休憩、しません!?」

息も絶え絶えに訴えれば、いーからいーからと何も良くないのに膝についた腕を掴まれ、グイグイと引っ張られた。いや、本当に無理なんですけど! 部活終わりってさっき言ってませんでした? なんでそんなに元気なんですか? と、言いたいのにゼエゼエ虫の息の私には、言葉を発する余力すら残されていない。

本当に、無理。体力の限界だ。

そう思った時。不意に視界に入った金髪。あ、研磨だって思ったらなぜか右腕を振り挙げていて、それを振り下されたのと同時。掴まれていた腕に激痛が走った。驚きと痛さで反射的に腕を引っ込め、木兎さんの手が離れる。

「そろそろバイトの時間でしょ」
「え、」

バイトなんてない。けれどそれが、ここから脱出するための嘘だってことくらい私にもわかる。

「あ、うん」
「それじゃあ」

そう言って研磨は私の手を引いた。「そっか! またなー!」と手を振る木兎さんに頭を下げて、黙って研磨に掴まれた手を見つめた。ゲームセンターを出て、研磨の掴む力が弱まる。そして私の指と研磨の指が触れて、そっとその指を握れば研磨も握り返してくれた。手、繋いでる。研磨と手! 繋いでる! 吃驚して研磨の横顔に視線を向ければ、こでもかってくらいに眉間に皺を寄せていた。

「もうああいう事言わないで」
「え? ああいう事?」
「好きだとか、なんとか」
「あぁ、……うん。ごめん」

上手くやったと思っていたのに、そうでは無かったらしい。

「普通に彼女って言えばいいじゃん」
「え、いいの?」
「ナマエはおれの……彼女でしょ」

予想外の言葉に、身体がぶわっと熱くなって「そうだよね! 彼女だもんね!」と何回も口にすれば「煩い」と怒られた。怒られたって、全然平気。手を繋いでいる事、彼女でしょの一言が嬉しすぎて、調子に乗ってしまう。

「研磨の手刀、結構痛かった」

なんて言ってみる。研磨はなんて言うかなって覗き込めば嫌そうな顔をされた。

「好き勝手振り回され過ぎ」

いやいや、研磨が見捨てたんじゃん。そう思いながらも、それが嫉妬だったら嬉しいなって願望を口にしてしまった。

「嫉妬? だったりしてー、なんて……」

言ってから後悔。珍しく饒舌だった研磨の口が閉ざされて、嫌な感じのする沈黙。そしてさっきまでの幸せな気分がすっと消えた。なぜなら研磨が鋭い視線を向けて、私を睨みつけたから。その鋭すぎる刃物みたいな眼光に思わず息を飲む。


「……悪い?」

眉間に皺を寄せて険しい顔。そんな顔で肯定を意味する言葉。
私は研磨の彼女。研磨が嫉妬した。それは私の事を好きだって意味していて。そこまで考えつけば、目の前に花火みたいな光が現れては消えた。ボス戦というよりは、ボスの前の中ボスを倒すときのような興奮煽る音楽がガンガンと鳴っている。どうして興奮するとエフェクトが見えるんだろう。研磨にも見えたりするのかな。私の後ろにお花とか見えたりするのかな。

「にやけすぎ」
「だって嬉しいんだもん!」

研磨に寄り添うようにしてくっつけば「歩きにくい」と文句言うだけで、私を拒むことはなく好きにさせてくれた。


研磨、私の事好きなんだって。

今日家に帰ったらポチ丸に言い聞かせよう。そう決めて、研磨にくっつきながら家までの道のりをゆっくりと進んだ。

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