5万打 | ナノ

磁力戦線


※オメガバースの独自解釈を多く含んでおります。性的描写が含まれていますので閲覧の際はご注意ください。



私の父方の家系は代々αの血が強いらしく、親戚もαが多くいた。エリート家系。強要されているわけではないだろうが、結婚もα同士が多く、その血筋は脈々と受け継がれていた。しかし、私の両親は一族の反対を押しきってΩの者と結婚した。そのせいで母は親戚の集まりに参加したことがなかったし、幼いながらになんとなく自分が避けられているのを理解していた。

それでもまだバース性が分かるまでの幼少期は、親戚の集まりに参加していた。周りからは運良くαの父とよく似た外見の私をそれなりに歓迎してくれたし、その外見と私の行動がαのそれを思わせる事が多く「きっとαだろう」と皆口を揃えた。

遠縁にあたる二つ下の宮兄弟は、親戚の中では年が近いということもあって親戚の集まりがあればよく一緒に遊んでいた。大人は私を避けても、子供同士には関係ない。ましてやバース性がまだ明確に表れていない私たちは仲がよかった。侑はよく私に懐いてくれて、ナマエちゃんナマエちゃんと私の後ろを着いて歩く姿が可愛らしかった。そして治も同様。侑ほど口数は多くなかったけれど、やはり兄弟であった。

ただ、宮兄弟を初めて目にしたとき稲妻が走ったように身体が痺れて、息苦しいほどに目眩と動悸がした。喉が焼けるほど痛くて、首をかきむしりたくなる衝動。その日の夜、私は原因不明の高熱、意識障害、痙攣を起こして入院した。診断結果は熱性痙攣と診断された。

そんな事があったせいか、宮兄弟に会うとなんでか畏縮して心のどこかで恐怖している私がいた。トラウマなのだろうか。年下の少年を怖いなんておかしい。しかも二人はよく懐いてくれているのに。そんな本心を隠して、私は二人と年に数回顔を合わせていた。


そんな恐怖の理由を理解したのは中学生になった初めての夏。来年にはバース性の検査を受けるため、親戚の話題は私の話で持ちきりだった。どんどん父に似る顔付きにαで間違いないとか、αでなくともβであろうとか。そんな耳を塞ぎたくなる話題を気にせず宮兄弟は私の手を引いて「こっち来て」と無邪気な笑顔でその場から連れ出してくれた。

「ナマエちゃん! 俺らな、バレー始めたんよ! 今から治とやるから見てて!」

そう言って広い、がらんとした裏庭でボールをぽんぽん二人で繋いで見せる。私は「凄いね、上手だね」と手を叩きながら悪寒を感じていた。身体が震えて、呼吸がしづらい。次第にそれに耐えきれなくなり、腰かけていた縁側にうずくまってしまった。

「ナマエちゃん!? どないしたん!?」
「だい、じょーぶ」
「あかん! 熱あるやん! オカン呼んでくる! 治はナマエちゃんについたって!」

侑の小さい背中を眺めながら苦痛に耐えていると、急に視界が反転して、獰猛な獣のような顔をした治の獲物を射殺すような視線が私を貫いた。心臓が破裂するのでないかと思えるほど暴れている。

「なんなん、この匂い」
「は、え?」

なに? 怖い。怖い。怖い怖い怖いよ。全身異常なくらいに汗をかいて、どんどん呼吸がおかしくなって治に感じる得たいの知れない恐怖心に壊れてしまいそうになった。

私を押さえつけて馬乗りになり、急に近付いた顔。そして激痛が走った。治が私の肩の辺りの肉を食いちぎるがごとく歯を立てたのだ。その光景を目の当たりにした宮兄弟の母親が声を上げた。

「治! 何してんの!?」

その声を最後に、ぷっつりと記憶は途絶えた。気を失って、目が覚めた時に聞かされたのは、私はかなり危ない状況だったこと。もう親戚とは縁を切ったこと。そして私はΩであること。あれはヒートと呼ばれる症状だったらしい。そして治は一般的な人よりαの確立が早く、私のヒートに当てられたのだろうと言うこと。右肩に貼られたガーゼは一日経っても血で染まっていた。

大学生になった今でも、右肩にはうっすらと小さな歯形が残っている。


‐‐‐‐‐‐‐‐


「ナマエちゃん?」

大学の校門の側。聞き覚えのない声に、懐かしい関西訛り。振り向いた視線の先には金髪の整った顔立ちの男が立っていた。一瞬背筋が凍る思いをしたが、それはすぐにおさまった。

「……侑?」
「うわー! 久しぶりやん! 元気しとった!?」
「うん。侑も元気そうで良かった」
「8年ぶりか? 相変わらず俺らのこと見分けつくんやなぁ」
「なんとなく、ね」

私は侑と治を見間違えたことはなかった。それを双子は面白がって喜んだのが、懐かれた理由だったのだと今は思う。どうやって見分けているのか、とよく聞かれたが「なんとなく」と答えていた私。しかし本当は、治のことを見ると身の毛がよだつような感覚があった。だから見分けがついた。あの事があってから、あれがαとΩの因果だったのかと思ったが成長するにつれて、それだけではないと考えるようになり、それは確信に変わった。現に今、久々に再会した侑もαであることは感じられたが治から感じたあの感覚はない。

「せっかく会ったんやから飯いこうや」
「……え」
「ええやん。俺らただの大学の先輩、後輩。な?」

昔と変わらず人懐っこい笑顔。親戚どうこうは関係ないという事を強調して、半強制的に近場の定食屋に連行された。

「東京におるのは知っとったけど、まさか同じ大学とはなぁ」
「ね、吃驚した」

大学の話をしながら定食を食べて、早々に食べ終わった侑がしばらく私を観察するように眺めた。そして私が食べ終わる頃に口を開く。

「てかナマエちゃんって、あんましΩぽくないな」

その言葉は今までよく言われたし、実際に父の強いαの血筋のおかげか私の発情期の症状は軽いものだった。薬を飲めば直ぐに落ち着いたし、期間も短い。ヒートで死ぬほど苦しんだのはあの日、治に噛まれたあの日だけ。今も昔もあの一回だけであった。だからずっと疑問だった。あの日のことが。それでも明確にわかっているのは、もう二度と治には会ってはいけないということ。


「あのさ、治は……」

今どうしてる? あれからどうだった?あの日はどうなったの? 聞きたいことは山ほどあっても、どれも言葉が続かなかった。

「治は向こうの大学行っとるよ。バレーも続けとるし、アホみたいに飯ばっか食うとる」
「そっか…。あの、私に会ったこと…」

そこまで言いかけると侑は「わかっとるわかっとる」と言って「言わへんよ」とニッと笑って見せた。それから侑は、今までの時間を埋めるように自分の過去について話してくれた。主にバレーの話。そして私のこともいろいろ質問してきた。当たり障りのない程度で。そうやって雑談をして、最後には連絡先を交換して「またなー」と手を振る侑と別れた。


‐‐‐‐‐‐‐


侑との偶然の再会に動揺をしたものの、あれから侑と会うことは無かったし今までの日常に戻って、過去を思い出す時間がなくなった頃。恐れていた事態がおきた。

大学を出てすぐに身の毛がよだつ感覚。その感覚に身体が震えて汗が吹き出した。その方向を見てはいけない。私は恐怖の対象と逆の方向へ走った。振り返らず必死に走る。

「待って!」

声を聞いただけで熱くなる身体。本能が危険信号を点滅させている。止まっては駄目と。しかし、呆気なく私は捕まった。掴まれた腕が燃えるように熱い。熱くて熱くて焦げそうなくらいに。

「ちょっと待って! 頼むから」
「…嫌。離して」
「逃げんゆうなら離したる」
「逃げないから、離して。早く!」

私の声に驚いたのか、すぐに腕は解放された。そして恐る恐る振り返れば、侑とは違って銀髪になった治がいた。

「久しぶり、やな……」

ぶつかる視線。やっぱり侑とは全然違う。心臓がおかしくなって、全身が熱くなって、呼吸が苦しい。あぁ、やっぱり会っちゃ駄目だったんだ。ヒートだ。発情期でもないのに、いつものヒートと比べ物にならないくらいのそれが私を襲う。

「なに、しに、きたの、」
「ヒートか」

治が顔を歪め、片手で鼻と口を覆った。きっと私のフェロモンに反応しているんだろう。αだから。いや、たぶんただのαではない。私と治だからだ。運命? 赤い糸? 磁力線? そんな甘いものなんかじゃない身体の異常。

「消えて、はや、く」

立っていられずにその場にしゃがみこみ、必死に呼吸をする。会いたくなかったのに会いに来て、お願い事も聞いてくれない治。「そんなんできるか」と、軽々と私を抱き上げて人気のないところへ連れていかれる。その最中、私の心臓と治の心臓が共鳴し合うように音をたてた。汗とそうでない物が全身をグズグズにして、喉に何かつまっているかのように苦しい。触りたい触って欲しい。自分の奥深いところに治のを突き立てて欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。

「おろし、て。薬、飲まないと」

人気のない場所。薄暗くて油と汚水の臭いが充満している建物の裏道。私を下ろした治は完全にフェロモンに当てられていて、ぎらついた顔になっていた。それでも自分の腕に爪を立てて、必死で逆らおうとしているのが見てとれる。治を警戒しながら、欲しいと訴える自分の本能を抑えつけて、震える手でうなじを守る防具をつけ薬を口にした。

「しんどい、か?」

自力で立てない私にそんな言葉を投げかけるなんて、どういう神経をしているのだ。治のせいでこうなっているのに。沸き上がる怒りとともに、ヒートの症状が増している。グズる下半身、治の顔色がそれを証明している。うなじがじりじりと疼いて、それに抗うように右肩が痛んだ気がした。このままじゃ駄目だ。ヒートに耐えられなくなるか、治の理性が失われるか。そんなのを待つだけなんて。発情期の時、一錠しか飲まない薬。個人差はあるが、三錠まで服用可と聞いたことがある。その分副作用があるらしいけれど、そんなこと言っている暇はない。一気に二錠飲み込んだ。

「何しに、来たの、」

私の質問に治からの返事はない。荒い息づかいをして、ギリギリのところで立ち止まっているような顔。そうか、治も苦しいのか。男の顔をして、あの日の少年とは比べ物にならない体格になった治。治が欲しい、そう頭の中で何度も回っていた思考がぐわんと歪んだ。視界が揺れてヒートとは違う何か。頭がぐらぐらして上下左右、自分が見ている方向も分からない。急な吐気。口の中が酸臭くなり、ごぽりと胃が音を立てて逆流した。治が何か言っているような気がしたが、もう耳も目も正常に機能していなかった。


‐‐‐‐‐‐‐‐


どれくらい眠っていたのかわからないけれど、目が覚めるとそこはΩ専門の病院だった。ここに来るのは二度目。あの日以来だ。自分がどういう状況だったのか医師から簡要な説明を受け終えると「婚約者の方がずっとお待ちなのですがお通ししていいですか?」と、信じがたい言葉を言われた。婚約者なんていないし、状況からいって治だろう。「αの方なんで、別室でお待ち頂いていたんですけど」そんな言葉を続けられても、会うわけにはいかないだろう。こんな目に合っておいて。会いたくないと伝えようとすると、病室の外が騒がしくなり勢いよく開いた扉。

「ナマエちゃん無事か!?」

現れたのは侑だった。


「治から連絡あって、ナマエちゃんの治療が終わってから途中で入れ替わったんよ。双子って便利やろ?あいつ泣きながらチンコおっ勃たせよってておもろかったわ」

侑は努めて明るく話しくれた。病室に入ったとき、酷く怯えたような顔をしていたし、心配し恐怖していたのだろう。一人静かな病室でカラカラと笑ってみせ、その笑い声はカラリカラリと止んだ。

「ごめん。笑えんよな。死ぬ思いしたんやもんな。ほんまにごめん」

それから、都市伝説だと思っていた運命の番についての話を侑と聞いた。ストレス、感情が高ぶったり、精神が不安定になったりするだけでヒートが起こるらしい。そして今回倒れた原因は私の薬の過剰摂取によるものだった。普段の倍以上の量を飲んだのだから当然だ。

「あの、運命の番ってのは何ともならんのですか」

真剣な表情をした侑に対して医師は不思議そうに「今みたいに精神が平穏であれば、ヒートは起こらない」と言った。治と侑が入れ替わったのを気づいていないのか。運命の番は実在する話だが、あまりに前例が少ないため情報も限られていた。

「精神安定剤をお出ししておきます。あくまで御守り程度だと思っておいて下さい。薬は万能薬ではないから。何よりの解決策は、番になることであるのは確かです」


そんな医師の話を聞いて、再び侑と二人きり。侑は真剣な顔をして私に頭を下げた。

「ほんまにごめん。治に話したの俺や。軽率やった」
「うん。もういいよ、頭上げて侑」

侑はぽつりぽつりと治の話をした。あの日の事。私が起こしたのはヒートであったが、まだ確立していないΩに、あの場にいたα誰一人として私のフェロモンに気づいてはいなかった。反応したのは治だけ。成長して治も私と自身の事に気づいていたらしい。絵空事を言う治に、侑は初恋を拗らせたのだろうと思っていたが、何年経っても治の変わらない姿勢を知っていたからこそ私の事を話してしまったと懺悔した。

「軽率やった。なんも考えんで、俺」
「わかってる。大丈夫だよ」
「……治とはもう会う気はないよな?」
「うん」
「せやよな。わかっとる。わかっとるんやけど、俺は治の事のがわかってまうねん」

「お願いします。一度だけでいい。顔を見て話聞いたって下さい」そう声に出して、私がそれを承諾するまで侑は頭を上げなかった。


‐‐‐‐‐‐‐‐


画面をチカチカと点滅させて、唸りを上げた携帯。何度か深呼吸をして通話ボタンに触れた。

「あ、ナマエ、さん。ですか?」

低く耳障りのよい声にゾワリと身体が震えた。

侑と話し合って、いきなり治と会っても同じことの繰り返しになるだろうから、感情の起伏を防ぐために治に慣れる事から始めることにした。とりあえず電話で会話をすることにしたのだ。

「……はい」
「身体、大丈夫?ですか?」
「うん」
「ほんまに、すみませんでした」

取って付けたようなぎこちない敬語。私との距離を測りかねているのが治らしいと思った。

電話越しでも私と治は、普通で居続けることができなかった。沈黙の多い電話は次第に荒い息づかいになり、それはお互を増進させ「ほな、また」と切羽詰まったように治が言って10分に満たない通話が終了する。ヒートまではいかないが、火照った身体。自身のグズルそこへ手を伸ばせば、ズップリと簡単に指を呑み込んだ。

一ヶ月間、ほぼ毎日電話をしたが殆ど進歩は無かった。弾まない会話、声を聞いただけで疼く身体。このままでは目標であった、近々ある私の発情期後に会うのは無理だろう。

「治、今日から危険がない範囲で無理をしよう」
「どういうこと?」
「今日は何があっても15分間通話する」
「俺は、ええけど」

それから毎日5分ずつ時間を伸ばした。私の強硬手段は、続けて気づいたが何の解決にもなっていなかった。いつも通りある程度の時間が過ぎれば火照り始める身体。電話越しだから、我慢が効く程度の症状がかえってもどかしい。決まって治の方が辛そうな溜息をついた。

「なあ、時間まだやけど、切ってええ?」
「……だめ。それじゃあ意味、ないじゃない」
「せやけど、……無理やて、」

熱くて敵わんと、男の色気を含んだ声が耳元に届きドクリと心臓が膨らんだように脈打った。

「触っていいよ」
「は?」
「電話、切ったらいつもしてるみたいに、今やりなよ」
「本気か、それ」
「うん」
「ほんなら、ナマエさんも、一緒に」

格別に乱れた治の息づかいに、自然と自分の密部に手が伸びて、発情期にする時と同じように指を動かした。

「声、声聞きたい。なあ、声聞かせて」

快楽と全てを加速させる治の声。我慢することなく自分を解放させて、嬌声を上げた。「俺のこと呼んで、名前呼んで」と言われれば「治、治」と嬌声と彼の名前を何度も叫びながら絶頂を迎えた。

電話越しに欲任せの行為を曝け出したこの日から、私と治は変わった。たぶん、抑えきれなくなっても大丈夫という心の余裕ができたのだと思う。普通に雑談だけで電話を終わらせるまでに、落ち着きを保てるようになった。

「それじゃあ、そろそろ発情期だから。終わったら連絡するね」
「おん。身体、大事にな」

それから間も無くして始まった発情期。薬を飲んで耐える。けれど今回の発情期私は、聞こえるはずのない治の声を想像して自慰した。それも何度も治の名前を唱えながら。


‐‐‐‐‐‐‐‐


「なんか、ごめんね」
「えーよえーよ。むしろ謝らなあかんの俺ってかあいつやし」

治との再会は侑の住むマンションでとの事になった。二人きりはまだ安心できないし、何かあったときに助けてくれる人も必要だ。侑と雑談しながら治を待つ間、立ったり座ったり。落ち着きない私を侑は可笑しそうに笑った。そんな笑い声をかき消すように鳴ったチャイム。やっと来たかと出迎えた侑が「なんや手ぶらかい」という悪態をつけばムッとした顔をして鞄から取り出したプリンを、押し付けるように渡した治。そんな治の姿を確認すると、わかりやすく心臓がドンと跳ねた。

治は少し顔をしかめてゆっくりと私に視線を向ける。先程と変わらぬ表情の侑からして、目に見えぬ運命とやらの仕業なんだなと改めて実感した。

「久しぶり」


私の正面に座って数回、深呼吸をするような息を吐き出して真剣な顔。その熱のこもった眼差しに、普段は感じることのない強いαのそれを感じる。

「そんな怖い顔せんとー。明るくいこーやー」

へらへら笑って侑が私の隣へと腰を下ろした。

「どこ座ってんねん」
「どこって椅子やん?」
「そーやないやろが」
「なんやねん。俺の家で俺がどこに座ろうと勝手やろ」

小競合いが始まってやいのやいのする姿が、昔私を取り合っていた幼子に見えて思わず笑ってしまった。そんな私を同じ顔が目を丸くして見ている。

「ごめん。なんか懐かしくて」

柔らかくなった空気。さっきまでの私と治を縛るそれがなくなった気がした。なんだ、こんなに簡単な事だったのか。昔みたいに普通に、なにも考えないで普通にしたらいいんだ。軽くなった肩。それは治も同じようで、難しそうにしていた顔が心なしか綻んでいた。

「あーアホらしい。アホ治。お前が座るなゆうから俺は寝る。あとは勝手にしい」

侑なりの気遣いを見せて、ベッドに潜り込み布団まで被って自身の存在感を消した。そんな姿に、自分の口元が緩むのがわかる。その厚意を受けて、ここにきて漸く治と向き合う勇気がでた。

「治、元気だった? あれからずっと気にしてた。侑のこと。……なにより、治のことを気にしてた」

治は私の言葉を聞いて少しずつ言葉を紡いだ。暫く自分がおかしいのかと悩んだこと、αの自分が恐ろしく思えたこと。それでもあの日以来、αが確立してもあんな風にΩに当てられることはなかったと苦しそうに語った。

「あの時は本当に、ごめん。怖かったやろ? 痛かったやろ?」
「うん。まだ治の歯形残ってるよ」

その言葉に治は虹彩を揺らして動揺する。その顔が可笑しくて笑って見せれば、治は勢いよく頭を下げてまた謝罪の言葉を口にした。

「あれは誰にも防ぎようがなかったし、誰も悪くない。だからもう気にしないで」

なにも言わず肩を震わせて、テーブルに乗せられた己の拳に爪を立てて唇に歯を立てている。

「あと、この前の。身勝手に会いに行って、ごめん。ずっと、会いたくてなんも考えんと会いにいってもうた。謝りたいのもあったけど、ただ。ただ、会いたかった……」
「私は、会いたくなかった」
「……ん」
「でも今、こうやって昔みたいに話せて、再会できて良かったって思えてる。だからそれも、もう気にしないでいいよ」

ん、と頷いて手で目元を覆った。泣いているのだろうか、それを堪えようとしているのか。けれど、漸く罪の意識から救われたのかと思うと治を抱き締めてしまいたくなる衝動。この衝動は母性か、それとも私たちの運命がそうさせるのか、それとも別のなにかか。

「俺、ナマエさんのこと、運命とか関係なくずっと、好きでした。……今も」

その言葉を遮るように「それはあかん!」と存在を忘れかけていた侑が声を上げて飛び起きた。

「なんやねん! 最後まで黙って寝とけや!」
「ナマエちゃんは俺の初恋や! 抜け駆けは許されへんぞ!」
「はあ!? 侑彼女おるやろが!」
「それとこれは別や!」
「何が別やねん! それに初恋は幼稚園の先生やろ!嘘つくな!」
「嘘やない! ナマエちゃんこと好きやった! 治と付き合うなんて許さへんからな!」

私を無視して始まった喧嘩。昔とは違って低い男の声が少し怖いが、なんとも耳障りのよい喧嘩。それに耳を傾けながら昔、三人の大好物だったお店のプリンをつついた。


後日、私は治と侑と三人で出掛けることになった。そうやって運命を無視して、共に時間を過ごすことにした。こっそり芽生えた私の気持ちが運命とは別のところから来たと思えるようになり、運命でもいいと口にするには、もう少し先の話。

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