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はるのつらら


高三になって研磨は変わった気がする。目線が少し高くなって、背中が少し広くなった。袖口から覗く腕が逞しくなった。運動部みたいな体格になったと思う。いや、実際運動部なのだから「みたいな」という表現は間違っているのだけど……。
久々に訪れた研磨の部屋で、部屋の主は瞬きをせずにゲームに没頭している。ゲームの音が飛び交う中、私はポータブルゲーム機から視線を上げて、その横顔に向かって口を開いた。

「研磨、もしかして腹筋割れてる?」
「は?」

なに言ってんの? と口にはされなかったけど、これでもかって程に顔を歪める研磨の表情はそれを物語っていた。

「なんか最近、線が太くなったよね」
「無いと思うけど」
「いや、絶対そうだ」

研磨はもともと格好いい。格好いいけれど、それは私だけが知っていればいいのに。これじゃあ絶対他の人の目にも止まってしまう。不安だ。皆がそれに気づいて研磨がモテモテになってしまったらどうしよう。
進級してクラスが離れ、以前より一緒にいる時間は減った。それが一番の不安。それを研磨に溢せば「ああ、そう」なんて言われたけれど、朝練がない日は一緒に登校してくれるようになったし、お昼は一緒に食べてくれるし。なにより研磨の鞄には私とお揃いのポチ丸風人形が付いている。まあ、これに関しては私がこっそりと研磨の鞄につけたのだけれど、それがそのままになっているので大満足。
そうやって研磨が私に気をつかってくれているんだなって嬉しくなったし、愛されてる!と有頂天になったけれど、やっぱり離れている時間があるのには変わりないわけで……。

「……モテたりしてないよね?」

三年になってから何度目か分からない質問をして、恐る恐る研磨の顔を覗けば深い深ーいため息。

「それ、何回聞けば気が済むの」
「何回も!」

めんどくさって顔をして、研磨は「ないから」と一言。それなら良かった安心。なんて簡単にはいかない。本当か? 研磨が知らないだけじゃないの? なんて疑ってしまうから、結局私の中では何も解決できないでいた。

「あぁー! 同じクラスが良かった!」

研磨は再びため息をついて、もう知らないとゲームを続ける。私はゲームをする研磨の、以前より逞しくなった身体を黙って見つめていた。


‐‐‐‐‐‐‐‐


「最近どう? 研磨に変化ない?」
「またそれー?」

放課後、ファストフード店で友達数名とポテトを食べながらの雑談。研磨と同じクラスの友達に定期的にしている質問。うんざりといった顔をされるが関係ない。私の死活問題なのだから。

「そんな頻繁に聞かれてもさぁ、何もないってば」
「何もないならいいの!」

これでとりあえず一週間は安心だ。ポテトを摘まみ、口へいれようとすると「あーでも」と友達が言葉を続けた。

「最近、同じ委員会の人と仲いいかも」

ぽとり。ポテトが私の口へ届かずトレイの上に落下した。ポテトを食べ損ねた口はぽかんと不格好に開いたまま細く呼吸を繰り返すだけで、酸素が充分に行き渡らずに頭が働かない。え? 今なんて言ったの? 考え付いたのはそんな疑問。

「今、花壇に水やり? するのうちのクラスのなんだけどさ。仲いいってか、まあ、普通に会話してるだけなんだけど。でも孤爪って女子と話したりしないじゃん? だから仲いい感じに見えただけ」

だから気にする程のことじゃないよと友達は笑うが、私の頭の中は真っ白。予期せぬ言葉に不安と焦り。そしてそれを確かめなければいけないという使命感にかられた。


-----


朝のいつもより早い時間。こっそり花壇のある場所を覗くと、部活の格好をした研磨と知らない女子生徒がいた。何を話しているのかはわからないけれど、会話をしているのは見てとれる。特別に楽しそうだとか、親密な雰囲気はない。けれど研磨が他の女子と話しているのを初めて見た。それが私にとって重要なこと。

同じ委員会をやりたいと言ったのに、研磨は楽な教科係をやるからと却下された。それなのにいざ研磨がなったのは面倒な委員。じゃんけんに負けたと言っていたし、それは仕方のないことだって分かっている。分かっているけれど面白くない。本当は今すぐ「なに話してるの?」と声をかけて二人の空気を壊したいが、さすがにそれをしてしまうのは私でも度が過ぎる行動だと思う。
自分の衝動をぐっと堪えて、校舎へとぼとぼと歩みを進めた。もやもやする。研磨が他の女子と話しているだけで、もやもやする。仕方のないことだって理解しているのに、傲慢な自分の考えに嫌気がさすし、それでも解消されない思いを気持ち悪くも感じた。


その日のお昼休みに研磨のクラスへお弁当を持って入ると、朝に研磨と花壇にいた女子と目があった気がした。その視線にまさか研磨に気があるのだろうかと変に勘ぐってしまう。ただでさえ朝からもやもやとしているのに、更にそれが加速する。
研磨に「委員会の子と仲いいの」って聞きたい。聞きたいけれど、これはウザ過ぎるよなぁ……。いつもなら構わず聞けるのだが、進級してから自分のウザさが輪をかけて酷いことを自覚しているだけあって、抑えどころは抑えなければ研磨に愛想を尽かされてしまう。
お弁当を食べながら溢れそうになったため息をお茶と一緒に流し込み、そっと盗み見た研磨の大きな瞳がいつの間にか私を真っ直ぐに見据えていた。そしてゆっくりと動き出した口。もしや朝覗いていたことがばれた? そんな思考から身構えて言い訳を考えていると、予想外の言葉が鼓膜を掠めた。

「今日、部活休みになったんだけど」
「え」

停止した思考。そして一気に別の方向へ思考回路が動く。今日はバイト。代わってくれそうな人いたっけ?

「バイト?」
「バイトあるけど、代わってくれる人いるかも!」

スマホを取りだし、バイト仲間とのグループメッセージへ代わりを探す連絡を入れていると「無理しなくていいから」と研磨は言う。私は無理してでも一緒にいたいのに。

「うん、でも私がそうしたいから」
「……そう」

結局お昼休みのうちに代わりは見つからず。放課後までには研磨に連絡をすることにして、教室へ戻った。休み時間になるたびにスマホを弄り、バイト仲間からの返事を確認する。けれど結局代わりは見つからなくて、研磨にそのことを伝えると「了解」とだけ返事がきた。

放課後になってスマホを見ると「来週のシフトを代わってくれるなら」と連絡がありすぐさま返信をして、研磨にもメッセージを送った。するとまさかの「予定いれた」なんて珍しい言葉。嘘、って驚きとタイミングがぁ……と落胆。それに研磨の予定は家でゲームくらしか思い浮かばないから、その予定の内容とは一体なんなのだろうかと困惑した。だから「予定?」と聞くと、「部活の人とちょっと」と曖昧な返事がきた。気になるがそれ以上突っ込んで聞くのは憚られて、頭を抱えながらスマホをしまうことしかできなかった。

せっかくバイトを代わってもらったのに時間を持て余し、しかも研磨の「部活の人とちょっと」ってやつが気になって晴れない気分のまま校舎を出ると、前方に研磨の後ろ姿を捉えた。研磨だ! って、なにも考えずに駆け出して、「研磨」と喉元まででかかった声は血の気が引く感覚と一緒に一気に引っ込んだ。なぜなら研磨が女子と並んで歩いていたから。たぶん委員会のあの子。
ぼけっと眺めた楽しげに笑った女子の横顔に、研磨がどんな顔をしているかなんて見たくなくて、私の足は踏み出せずに地に着いたまま動くことはなかった。


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あれから研磨と顔をあわせていない。避けている訳ではなくて、大会が近く研磨はバレー部の人たちとミーティングをしながらお昼を食べるらしい。今は会わない方がいいと思っていたから、正直良かったと安堵してしまった。きっと顔を見たら、あれこれ面倒なことを言ってしまいそう。それに本当は分かっている。私が悲観的に想像しているようなことは何もないであろうと。分かっているからこそ、抑えられない自分の感情をぶつけたりなんかしたくない。


研磨と顔を合わせないまま数日。そのことを気にしながらも、誤魔化すように休み時間に一人、ポータブルゲーム機を手にカチカチと指を動かす。そんな私の真横に誰かが立ち止まった気配がした。誰だろう。チラリとゲームの合間に視線を動かせば、研磨が黙って私を見下ろしていた。

「え! どうしたの!?」
「別に」

研磨が私のクラスに来るなんて初めてで、用がないとは思えなかった。ゲームをポーズさせてしっかりと研磨の方へ向き直り「何かあった?」ともう一度声に出せば、研磨は静かに口を開く。

「今日、バイト?」
「そうだけど……。もしかして部活休みになったとか?」
「いや。ミーティングだけ」
「そうなんだ」

ほっとしてしまった。断る理由があって良かった。こんな考えを知られたくなくて、手元のゲーム機へ視線を戻す。普段の研磨なら用事が済めば「じゃあ」なんて言ってすぐに背を向けるはずなのに、今日はその場から動くことがなかった。そしていつもするはずの、バイトの代わりを探す行動をしない私。不審に思われたかなと考えつつも、口にするべき言葉を見つけられない。


「何時までバイトなの」
「え? あー、21時までだよ」
「稼ぐね」

珍しい研磨からの問いかけだ。それを不思議に思いながらも「ゲーム買うのに必要だから」と返せば、研磨は特に表情を変えることなく「そう」とひと言。そしてチャイムが鳴るまでぽつぽつと会話を続けて、「じゃあ」と教室から出ていった。

研磨の奇々妙々な行動。最近会ってなかったから気をつかってくれたのか。それとも私が研磨に会いに行かなかったから、変に思われたか。今までになかった研磨の行動に、嫌なざわめきが胸を支配した。


-----


あーあ。研磨に気をつかわせてしまった。どうしたらこの不安は無くなるのだろう。研磨は何も悪くないし、いい加減煩い思いをさせずに普通にしていたい。いや、でもさ! 日に日に格好良くなる研磨が悪いよね! そう結論付けても、バイト中なのに頭の中は研磨のことで一杯だった。

「はあ」

本日何度目か分からないため息に、バイト仲間が分かりやすく顔を歪め「おい」と低い声色を出した。

「いい加減にしろよそのため息」

空気が不味くなると辛辣な言葉を吐き出したのは、偶然にも中学の時のクラスメイトだったやつ。怪訝な顔をして私の顔を覗き込むようにして近付き、ふんと鼻を鳴らす。

「辛気臭い顔しやがって。相談にのってやろうか?」

余裕そうな笑みを浮かべて、上から目線なのがムカつく。その馬鹿にしたような笑い方がムカつく。そんな人に相談なんてするわけがない。そう思って今度はわざとらしく呆れたように溜息をついて、「用はないしっし」と手振りをして見せれば更に顔を歪めた。

「はあ? なんだよその態度! どうせお前の悩みなんてゲームのことくらいだろ。ゲームオタク!」

休憩室でゲームをしていただけでこの呼ばれよう。別にゲームオタクと呼ばれるのが嫌な訳じゃない。こいつの言い方と顔がムカつくから嫌なだけだ。

「違うから。彼氏といろいろあったの」
「はいはい。どーせ脳内彼氏だろ」
「違うし! 本当失礼なんだけど!」

お互い憎まれ口をたたいて、やいのやいの言い合うのは昔からのこと。本当に腹立つ嫌なやつ。ふんとそっぽを向いて、バイトの仕事に戻った。そうやってバイト時間を終えて更衣室で着替えを済ませ、事務所へ戻れば同じ退勤時間だったため嫌でも再び顔を付き合わせることになった中学の元クラスメイト。

「送ってやるよ。ゲームオタクでも見た目は女子高生だしな」
「いいです。お断りします」
「はあー可愛くねえ。だから彼氏できねーんだよ」
「だから彼氏いるってば!」

そうやって言い争いをしながらお店を出ると、外にあるベンチに人影があった。スマホを弄り、ディスプレイの明かりがぼうっとその人の顔を照らしている。そのシルエットと、きらりと光る金髪が見慣れた人に見えた。

「え? 研磨?」

静かに声をかけると、ゆっくりと顔をあげて「お疲れ」と立ち上がりはっきりと見えた顔。研磨だ。研磨がいる。

「……もしかして、迎えに来てくれたの!?」
「それ意外になにがあるの」
「う、う、嬉しい」

泣きそうなくらい嬉しい。まさか研磨がバイト先に迎えに来てくれるなんて、夢にも思っていなかった。歓喜のあまり思わず両手で口を押さえて、ふるふると身震いした身体。そんな私にいつもみたいに呆れたような息を吐く研磨。

「わかったから。帰るよ」

そう言って引かれた手。嘘、手まで繋いでくれるの!? 雪でも降るんじゃないかってほどに驚いて、研磨を凝視するとどこと無く不機嫌な顔をしていた。

「マジで?」

そう後ろから聞こえた声に振り返って、満面の笑みを見せつける。

「彼氏が迎えに来てくれたから。彼氏が! お先です!」

彼氏がをこれでもかってくらいに強調して手を振れば、「マジかぁ」なんていう情けない声が聞こえた気がした。けれどそんな声はどうでもよくて、久々に触れた研磨の体温とか、いつもは一人で歩く道を研磨と歩いていることが幻想的に思えて胸が痛いくらいに弾んだ。

「さっきの人なに」
「え? バイトの人」
「仲いいの」
「中学が一緒だったの。でもそれだけ!」

ふーんと抑揚の少ない声に、眉間の皺はそのまま。今日の研磨は変なの。私のクラスに来たり、バイト先に迎えに来てくれたり、手を繋いで嫉妬までしてる。変なの。でも嬉しい。今この瞬間は不安なんかない。

「研磨どうして迎えに来てくれたの?」
「……この辺に用あって。そのついで」
「そっかぁ。嬉しい」
「わかったから」

にやける口元を隠すことなく笑って見せれば、研磨は眉間の力を弱めて「変な顔」と少しだけ口角を上げた。ああ、好きだな。研磨が好き。そんな研磨は私の彼氏なのに、どうしてそれだけじゃ満足できないんだろう。私ばっかり好きだって思うから?でもこうやって時々、研磨は私が好きなんだって思わせてくれる行動をしてくれる。どうしてそれだけじゃ足りないんだろう。どうして欲張りになっちゃうんだろう。
そんなことを考えていると、暗闇にぽっかりと浮かび上がるような研磨の虹彩が私を見据えていた。

「最近、学校で静かだったね」

鋭く獲物を狙うような眼光に息苦しさを覚える。

「え? そう? お昼一緒に食べてなかったからかな」
「前だったら昼に会わないと休み時間とか部活前とかにわざわざ来てたでしょ」
「あ、うん」
「今日もバイトだからってあっさりしてたし」

私の曖昧な解答をばっさばっさと切り落とす。そんな研磨には言い訳も誤魔化しも通用しないのだと思う。けれど、面倒だって顔をされるのをわかっていながら本心を話すのは勇気がいる。そんな私に駄目押しといわんばかりに、研磨は足を止めて繋がれた手を握る力を強めた。

「いつもと違うことされると気になる」

そう言って揺れた瞳に不安の色が見えた気がした。

「研磨も、不安になったりする?」
「不安とは違う、かな……」

はっきりと否定されて、なんだか虚しい。不安じゃなければ、研磨のそれは本当にただの好奇心なのだろうか。最初から、付き合ったときから知っていた温度差が、初めてどうしようもなく辛く締め付けられるように胸が痛くなった。

「研磨は私が別れようって言ったら、うんって言うんでしょ?」
「……まあ」
「私は泣きつくよ! すがり付くよ!」

温度差。冷静な研磨に対して、熱くなっている私。普段とは違うから気になるって研磨と、不安で不安で押し潰されそうな私。涼しい顔をした研磨と、泣きそうな私。どんどん差が広がる。

「……どうしておれなのって、思うし」
「なんで!?」
「なんでって……。そう思うでしょ。だから、まあ。別れたいって言われたら、普通に納得する」
「なにそれ」

なんでそんなこと言うの?じわりじわりと視界が滲んだ。研磨の馬鹿って言いたいのに、怒鳴ってやりたいのに、涙が溢れてしゃくりあげるように喉が鳴り、言葉にできなかった。

「それを言わせたいわけじゃないから……」

研磨は困った顔をしながら、自身の袖口で私の涙を拭った。自分の頬に触れる優しいそれが、更に涙を誘う。ぼろぼろと、止めどなく流れる。本当はずっと泣きたかったのかもしれない。泣いて泣いて、研磨を困らせてやりたかったのかもしれない。

「教室に来られるのも、朝一緒に登校するのも目立つから嫌だし。お揃いも恥ずいし。でもナマエが喜ぶから、妥協した。どうすればナマエが喜ぶかって分かってるけど、それを全部叶えるのは……無理」

知っていた研磨なりの努力。それ以上なにかを求めていたわけじゃない。それなのに、なんで私はもっともっとって満たされないのだろう。
暫く泣き続けて、研磨の服の袖をびっしょりと濡らした頃に落ち着いた涙。もう言いたいこと全部言ってやる。ばつの悪そうな顔をした研磨に「今日はどうしたの?」と、引きつった声で訴えた。

「この前の、埋め合わせ……」
「研磨、同じ委員会の人と仲いいよね」
「別に仲良くはない」
「でも女子と話すの今まで見たことない!」
「あの人は、バレー部の後輩と付き合ってるから。それで話しかけられることはある。この前の朝、それ心配で覗いてたの」
「え!? 気づいてたの……」
「普通に見えた」
「それに! 部活の休みだって言ってた日! その人と歩いてた!」
「それはバレーの試合、見に行くのにナマエを誘いたいから許可してって追いかけ回されただけ。あの後、部の人たちとトラの家で対戦高の試合の映像見ただけだし」

淡々と言葉を紡ぐ研磨に、嘘なんか微塵も感じられなくて。なんだ、そうだったんだってもやもやしていたものが消えて、少し胸が軽くなった。

「試合見に行っていい?」
「駄目って言ってもいっつも来るじゃん」

ふうって、研磨の溜息がこんなに落ち着くものだったんだって、初めて気がついた。それが嬉しくて、繋がれたままの手をぎゅっと握れば、「帰るよ」と研磨が歩き始めた。
私はぴったりとくっついて歩き、やっぱり研磨の腕は太くなったなって実感した。そうやって無言で私の家の側まで歩き続けた。


「研磨ありがとう」
「じゃあ」
「気を付けてね」

頷いて踵を返し、遠ざかる背中。研磨にとって、私はどれくらいの存在なんだろう。面倒だけど、無視はできないくらいの存在ではあるんじゃないかな。私は研磨が好きで好きで仕方がないのにな。そう思えば、研磨の背中に叫びたくなった。

「研磨! 好き!」

びくりと震えて、ゆっくりと振り返った研磨。表情は見えないけれど、きっとすっごく顰めっ面をしているに違いない。そして溜息でもついているのだろう。再び私に向けた背中を、見えなくなるまで見送ろう。

そうやって見送っていると、急に研磨が振り返って足早に戻ってきた。ずんずん歩く研磨にどうしたのって聞きたかったのに、止まることなく私の目の前まで来きたものだから言葉が出なかった。あまりの近さに吃驚して息を呑むと、鼻先を掠める研磨の匂い。それを感じた時には、緩く背中に回された研磨の腕の中へ閉じ込められていた。

研磨の腕の中で見た夜の町並みに、エフェクトが見えた。闇に浮かぶ灯り全部が星に見えて、自分と研磨の心音が共鳴するように動くのが感じられる。そのエフェクトに視線を奪われていると、ゆっくりと研磨が身体を離して間近で交わった瞳。
寒気を感じる程の真剣な眼差し。その奥に感じられる熱に引き寄せられるようにして、唇と唇が静かに重なった。


「早く家に入って」

耳元で聞こえたいつもより低い声に、頭が痺れたようにくらりとする。研磨。研磨も私が好きだって今叫んだんだよね? 研磨が言わなくても、私が見るエフェクトがそうだって演出している。
研磨の肩に手を添えて、今度は私から唇を寄せた。そして離れて見えた研磨の顔が真っ赤に染まっていて、もう一度「好き」って叫びたい想いが私の胸に溢れかえった。

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