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賽を投げつける


夏休みの炎天下の中。バイト帰りの途中に暑さに負けてコンビニへ立ち寄った。週刊少年誌を立ち読みして充分に涼んだところでアイスを購入し、さあ、 外へ! さあ! 外へ……。
なかなか進まない足。アイスが溶けるぞ! 頑張れ自分! と葛藤しているとコンビニを横切った見覚えのある人影。嘘だ。まさか、でも確かめたい。その一心でコンビニから飛び出し、走り出した。大きな鞄を肩からさげて、夏の日差しに照らされ透けるように色を変えている髪。歩き方、後ろ姿でわかる。見間違いじゃなかった。

「白布!」

びくりと肩を弾ませて見返った顔。眉間に皺を寄せて訝しげに私を見つめる瞳。白布だ。白布が帰ってきたんだ。

「ミョウジ?」
「久しぶり! なんで制服じゃないの?」
「こんなにクソ暑いのに着てられるかよ」

部活は? 寮に帰らないの? 夏休みの帰省? 私の口煩い質問に白布は気だるい声色をしながらも、ひとつひとつ答えてくれた。

「あ、そうだアイス食べる?」
「まじ、いいの」
「うん。白鳥沢合格祝い」

すでに溶け始めている甘いコーヒー味のアイスを割って白布へ手渡せば「いつの話だよ」と笑った。その懐かしい笑顔に、心臓が音をたてて痛みと熱を誘発させる。

「つかこれ一人で食べる気だったわけ?」
「悪い? 二人用なんて書いてないよ」
「成長ないな。中学の時もこれ、一人で馬鹿みたいに食ってたよな」
「馬鹿は余計ですー」

白布と私は同じ町内に住む同級生。中学まで白布にとって私は、一番仲のいい異性だったと思う。少なくとも私はそう思っていた。高校生になった今は、知らない。連絡を取り合っていないし、現に今日白布が地元へ戻ってきていることを知らなかった。だから、それくらいの距離感。まめに近況報告をしあう仲ではないことは確かだ。

「ねえねえ、制服姿の写真ないの?」
「ない」
「嘘だー! 見たい! あの白鳥沢のアイドルみたいな制服姿の白布見たい!」
「馬鹿にしてんだろ」

二年ぶりの白布は少し目線の高さが上がっている気がした。表情だって大人っぽくなった。太陽に晒されている腕は筋肉質になっているし、汗がつたう首筋は妙に男っぽい。知らない白布は私をドキドキさせる。

「帰ってくるなら教えてよ」
「なんでだよ」

なんでって、そんなの好きだからに決まっている。私は白布のことがずっと好きだった。決定的な理由なんて分からないけれど、気づいたときにはそうだった。目が合うだけで、会話をするだけで胸が踊って、白鳥沢を目指そうと勉強だってした。まあ、成績はそこまで上がらなかったわけだけれど。

「寂しいじゃん」
「は?」
「高校変わって疎遠になるとか。寂しいじゃん」
「へー。お前彼氏いないんだろ」
「なにそれ! 失礼!」
「なら彼氏いるのかよ」

いないけどさ。ニヤリって余裕そうな顔に腹が立って「教えない」と強がって見せるも、白布はふんと鼻を鳴らすだけで何も言わなかった。

「そーいう白布はどうなのさ」

中学時代モテていた白布は、告白を部活だとか勉強だとかを理由に断っていた。だから私も告白できなかったし、この仲のいい友達という立ち位置を捨てる勇気もなかった。

「そんな暇ない」

聞きたかった期待通りの答えに安堵する情けない自分が嫌になる。白布の言う通り、成長のない自分が嫌になる。そんな落ち込んだ気分を悟られたくなくて、無理にでも明るい話題を口にする私は滑稽だろうか。

「そういば白布テレビにでてたね! インターハイ出場校ってチラッと映ってたよ! 二年でレギュラーなんて凄いじゃん!」
「よく見てんなぁ」
「友達に自慢しちゃった!」
「自慢にならないだろ」

なるよ。私の好きな人は自分の目標を叶えるために努力を惜しまない人だって。凄く自慢になるよ。言えないくせに、言えない想いばかりが募っていく。
可愛い綺麗な顔をしているのに男らしいところ。口は悪いけれど本質をちゃんと見抜いているところ。冷めているようで熱い。努力を惜しまない。白布のいいところ、好きなところはぽんぽん頭の中に浮かぶのにそれを言葉にする術は、今も昔も私には持ち合わせていなかった。


白布といろいろな話をした。互いの高校の話、中学の時の同級生の話、部活、バイト、他愛ない話。途切れることなくそんな話をしながら、汗だくで歩く帰り道に終わりが見えた。私と白布の別れ道。もっと一緒にいたい、もっと話したい。けれど、ひき止める理由も言葉も思い浮かばない。だから自然に「じゃーね」って手を振った。次に会うのはいつだろうかって、傷んだ胸を無視して。

「おう」

白布は簡単に私に背を向けて歩き出す。その背中を黙って見据えた。自分の気持ちを押し止めるようにべっとりと頬に張り付いた髪の毛が息苦しい。好きだって叫べば、少しは楽になれるのだろうか。そんなことを想っていると不意に見返った白布。

「帰らねぇの」

急なことで取り繕う暇もない。

「え! あ、帰るよ!」
「暑くないのお前」
「あ、暑いよ!」

離れた距離。大きく声を出したせいか、息が楽になる。ああ、今なら言えそうな気がする。

「明日、暇?」

言えそうな気がするって思ったのにぐっと喉に言葉が詰まった。予想外。白布がそんなことを言うなんて思わないじゃん。なかなか返事をしない私に「どーなんだよ」と、呆れたように口を開く白布は何を考えているのだろう。

「明日、暇!」
「ふーん」
「なんなのよ! ふーんって!」
「だってお前、家に帰れないくらい寂しいんじゃないの?」

夏の暑さではない熱が私を襲う。白布が私の言葉を気にするなんて思ってなかったし、気づかうようなことを言うだなんて想像もしていなかった。

「なっ! 寂しくない!」
「ならなんで突っ立てるんだよ」

やっぱり私は白布の中で、少しは特別だって自惚れていいのだろうか。そうなのかな。そうだったらいい。それが錯覚であっても、せめて今だけ。今だけはそう信じさせてほしい。それが数年越しの秘めた想いを伝える勇気となるから。

「それは、なんか……勿体なくて」
「はあ?」

分りやすく意味が分からないといった顔をして、きっと綺麗な顔を歪めているであろう白布。距離が離れていて良かった。白布の顔はよく見えないけれど、私の顔もよく見えないはず。だから真っ赤に染まって、嫌でも「あなたが好きです」って顔を見られなくて良かった。告白を前に、告白をしている顔を見られずに済んだから。

白布知ってた? 私、ずっと好きだったんだよ。知らないだろうな。だから少しでも驚いて、狼狽えて、困ればいい。困って困って、この地元にいる数日間だけでもいい。頭の中に私を住まわせて欲しい。


「久々に会った好きな人を、少しでも長く見ていたかっただけ! 文句ある!?」

溜まりに溜まった想いを吐き出して、身体が軽くなり風が吹き抜けた気がした。

「は? お前、……はあ?」

白布の聞いたこのない、なんとも言えない声が心地好い。生暖かい風が頬に張り付いた髪の毛を自由にする。髪の毛が頬から離れて、肺に酸素が回ってふっくらと膨らむ。全身の血流が一気に走る。これがスタートだって言っているみたいに。


明日、めいいっぱいにお洒落をして白布を今よりももっと驚かせよう。少しでもドキドキさせて、これがあなたに惚れてる女ですって意識させよう。告白はその合図だ。ずっとずっと好きでした。

「あなたが好きです」

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