5万打 | ナノ

ため息が
白くなる頃に


夏に初めてドライブをした時にキスをして、秋に初めての旅行で身体に触れられた。本当に言葉そのまま、触れられただけ。二人っきりの旅行。勿論意識したし、きっと私の初体験になるって思って準備万端で挑んだのだが、まさかの生理。旅行に緊張し過ぎたせいなのか、遅れていた生理がドンピシャで来てしまったのだ。メンタルと生理って関係しているんだな。女性って不思議。なんて身をもって実感したわけなんだけれど、問題はその事を二口に伝えられずにいた事。

「私、今日生理なんだ」

なんて言えるわけもなく、旅行中もずっとその事が頭の中をぐるぐる。そして夜になり、そういう雰囲気になってキスをして、深い深いキスをして「いいよな」って囁きながら二口の手がスルスルと私の身体を撫でて、初めて服の中に入ってきた時に「ごめん」という言葉が出た。

「はあ?」

これでもかってくらい顔を歪めて、ドスの効いた声。ここまできて漸く生理だと伝えると、二口が分りやすく落胆した。嘘じゃねーだろうな、嫌なら嫌って言えよ、なんで早く言わねーんだ、等々。言いたいだけ文句を言って、お酒を浴びるように飲んで私を抱き枕にして眠った。


あの旅行の日からそういう雰囲気どころか、キスすらしていない。だからと言って、二口が私に冷たくなったとか扱いが変わったとか、そういった変化があるわけではなかった。いつも通りに連絡を取り合って週末は二人で過ごす。いつも通りだけれど、身体の触合いがない。喧嘩をしているわけではないから、明確な理由が分からず、しばらく頭を悩ませた。悩んで、悩みに悩んで出した結論は、あの日をやり直す事だと思った。つまりはお泊まりデートだ。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


いつも通りのデート。お昼を食べ終えて、食後のコーヒーを飲んでいる時に切り出した。作戦なんかない。当たって砕けろだ。

「今日、二口の所に泊まってもいいかな」
「あ? なんで」

社寮は何度もお邪魔したことはあるけれど、泊まったことはなかった。寮といっても普通のマンションだし、広くはないけれど泊まれないこともない感じがするのに、二口はどんなに遅い時間であろうと私を家まで送り届けた。

「ずっと一緒に、いたいから?」
「なんで疑問系なんだよ。明日学校あんじゃねーの」
「あるけど……」
「つか最初からそのつもりだったろ。邪魔くせーデカイ鞄持ち歩きやがって。いい年して親と喧嘩か?」

かなり勇気を出して言ったのに、馬鹿にされたように鼻で笑われた。いつもは言い返すところだけれど、今日はなんでもいい。二口が泊めてくれるのなら。

「そんなところ」
「ふーん。まあ、いいけど」


‐‐‐‐‐‐‐‐


「晩飯何か食いたいのある?」

そう言いながら車を大型スーパーのある方向へと走らせる二口。もしや手料理を振る舞ってくれるのか?

「二口料理できるの?」
「まあ、簡単なやつなら」

自炊してるし、とぼそり。なぜか焦る。やばいな、明日からちゃんとお母さんのこと手伝おう。料理を覚えようと心に決めて「二口の得意料理が食べたい」と伝えた。

「ならカップラーメンだな」

なんて言っていたのに、しっかりと食材を購入した二口。部屋についてから、慣れた手つきで冷蔵庫を整理してちゃちゃっと下拵えを始めた。

「何か手伝う?」
「料理できんの?」

そう聞かれて言葉に詰まる。やればできる、と思う。そんな無能な私に「キッチンせめーから一人で遊んでろ」しっしと、あしらわれた。

実際手伝ったところで邪魔になるのは目に見えていたので、大人しくテレビをつけた。最近買ったという二人掛けのソファーに腰を下ろし、テレビの内容なんかそっちのけで今夜起こるであろう事を想像する。旅行用に買った下着はあるし、いろいろ準備万端。心の準備だって。今日の私に抜かりはない。パジャマだって可愛いのを持ってきた。こっそり二口を盗み見れば、サイズ感のあわないキッチンで忙しそうにしていた。初めて見るその姿、黙っていれば格好いい横顔。夜を想像して手元にあったクッションに顔を埋めた。


そうやって頭の中で甘い妄想をしながら二口を待っていれば、出てきたのは親子丼。玉子がふわふわしてて、玉葱はお出汁が染みてて、柔らかいお肉。

「す、凄い美味しい……」
「高校のとき調理実習でやったやつ」

なんてことはないって顔で、親子丼を食べながらチャンネルを変える。調理実習のことなんて微塵も覚えてないんですけど。もしかして二口って頭いいの? 運動できて料理もできて頭もいいの? そんな二口と私は今夜……。そこまで想像して一気に親子丼を掻き込んだ。

洗い物くらいはやりますと手を挙げて、テレビを見ながらのんびりと過ごす。その間もずっと私の頭の中は肌色な妄想ばかり。その事しか頭になくて、近くで感じる二口の一挙一動に過剰に反応していた。そんな私を煩わしそうに「なんだよ」って睨む二口に「なんでも」とぶっきらぼうに答える。そうこうしていると二口が、「風呂どうする?」なんて言ってきていよいよ来たかと、鼻息が荒くなった。

「どうするって?」
「湯、張る? せめーから俺はいっつもシャワーで済ますけど」
「私もシャワーでいい」
「そ?」

なら先に入るわ、そう言って二口が姿を消せば心臓はバックバク。口から何か出るんじゃないかってくらい暴れて、呼吸困難になりそうなんて馬鹿みたいなことを考えたら変な汗まででてきた。


「タオルと一応着替え出しておいた」
「ひゃい!」

なに言ってんだコイツって顔をされた。そりゃそんな顔にもなる。急いで脱衣所へ逃げ込み、シャワーを浴びて漸く出番がきた下着を身につける。そして可愛いパジャマは無かったことにして、二口の用意してくれた服へと袖を通す。

「でかいけど……」

でかいけど着れなくもないサイズ。ただのぶかぶかな服を着た自分。思っていたのとは違ったが、まあ、いいや。二口の匂いがしてドキドキするから。それを着てリビングへ行くと「お、ちょうどいいじゃん」と、くつろいだ体勢で二口が顔だけをこちらへ向けている。

「案外着れた」
「それ後輩が忘れていったやつ。取りに来ねーからお前用にするか」

今すぐ私のドキドキを返せ。そして今すぐこれを脱ぎ捨てて可愛いパジャマに着替えたい。てか後輩の服を彼女に着せるか普通。ビキビキと自分の顔が歪んだ。そんな顔を見て何か察したであろう二口。めんどくせぇーなって顔をされた。

「新品だから問題ねーだろ。さすがに着たやつ出さねーわ」

新品と聞いて少し安堵したけれど、私と二口の温度差にむしゃくしゃ。もやもやしながらも二口の隣に座って、大して面白くもないテレビを眺めた。
そのまま穏やかに経過した時間。後輩の服のせいかちっとも甘い空気になんかならなくて、しかも二口はソファーで寝ると毛布にくるまり早々に部屋の明かりを消した。

つまりは、何もなかった。いつも通りに過ごして、別々の場所で寝る。二口はそれらしい素振りを微塵も見せず、いつも通り。私ばっかり意識して馬鹿みたい。そう思ったら二口の匂いのするベッドで涙が溢れた。バレないように必死に息を殺して泣いたつもりだったのに、二口には聞こえていたようで静まり返った部屋に舌打ちが響いた。

「なんで泣いてだよ、うぜーな」
「な、ないて、ない!」
「その嘘なんか意味あんの?」

こっち向けよ、嫌だ、こっち向けよ、嫌だの応酬。結局二口が布団を無理矢理引き剥がして馬乗りになり、うずくまる私を力ずくで仰向けにさせた。

「泣いてんじゃねーか」
「無理矢理、引っ張るから」
「なに、俺がわりーの」

呆れたようなため息をついて、頭をかく二口。

「二口がなんにもしてくれないから……」
「はぁ? 飯つくってやったじゃん。迎えにだっていっつもいってんだろ」
「そうじゃなくて……」

消えそうな声で「キスとか」と言えば、二口は目を真ん丸にして口を結んだ。

「旅行の日のこと怒ってるの?」
「あのなー。俺一回生殺しにされてんだぞ? 中途半端にやっといてヤれねーのが一度しんどいわけ。なんもしねーで我慢してた方がましなんだよ」

バーカって言って柔らかく笑った。視線が交わり、ゆっくりと塞がれた唇。久々の感触と温度。角度を変えて、舌を絡めて、服の上から胸の膨らみに触れる。唇を離して、今度は熱を帯びた視線が交わる。触れたい、触れて欲しい。それを言葉にしようとしたとき、ギシギシ激しく何かが軋む音が聞こえた。そして艶かしい女の甲高い声。どんどん大きくなる嬌声ははっきりと聞き取れる程になった。

「あ、んん。あっあっん」

その声にぎょっとして、音が聞こえる方向。壁へ視線を向ければ、ガンガンと二口が壁を拳で叩いた。

「うっせーぞ! よそでヤれ!」

一瞬で音が鳴り止んで、二口の大きな溜息が鼓膜を震わす。

「あー、だから泊めたくなかったんだよ」
「壁、薄いんだね……」
「ここではヤらねーからな。それでもヤりたいってなら断らねーけど」
「や、やらない」

「だよな」と言って覆い被さっていた二口が私から離れ、横へ寝転んだ。


「今度、どっかホテルでも行くか」

天井を見つめながら呟く二口の横顔に「クリスマスとかどうですか」と恥ずかしい提案をしてみる。そんな私を馬鹿にすることなく、でも笑って言葉を続けた。

「ベタだな。どんなのがいーの」
「どんなの?」
「なんも言わねーとクソ安いラブホになるぞ」
「夜景! 夜景の綺麗なホテル!」
「ぶはっ、了解。まじでベタ。ベッタベタじゃん」

噴き出して、げらげら笑う二口の肩の辺りをバシバシ叩けばその手を掴まれて、天井から私に視線を移し横向きになってクツクツとまだ笑っている。

「じゃー夜もコース料理とか?」

私の想像するベタなクリスマスデートに付き合ってやるよとでも言いたげな目線。むかつく。むかつくのにあと一ヶ月もない先の事を想像するのが楽しかった。

「ディナーは私が予約する」
「そ? じゃー頼むわ」
「プレゼントもいんの?」
「私は、何か用意するつもり……」
「へー」

イルミネーション見んのとか、ケーキも食うのとか。思い付くままにクリスマスの話をする二口。下着は赤いの買うのと聞かれ、「買わない!」と私が怒鳴ったところで途切れた会話。静まり返った部屋。隣から先程よりは控えめに何か、たぶんベッドの軋む音が聞こえる。その行為を想像して顔が熱くなった。私の方を向いたまま涼しい顔をしている二口は、なんとも思わないのだろうか。

「二口はああいうの聞いて、興奮とか、する?」
「あ? 隣の喘ぎ声?」
「あ、あえぎ、」

恥ずかしげもなく、いつも通りの口調。そしてにやりって意地悪な顔をして私に腕を回して抱き寄せる。

「しねーよ。でも、」

そこで言葉を区切って近づく顔。さらに私の顔が熱を持つ。

「ナマエのその顔はそそる」

そんなことを色っぽい声で囁かれて、顔どころか全身が熱くなった。そんな私に触れるだけのキスをして急に起き上がり、「ゲームでもするか」なんて言って部屋に明かりをつけた。
この日、私と二口は旅行の日以来の朝を一緒に迎えた。お互いにコントローラーを片手に迎えた朝は、少し目が疲れていたのだった。

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