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手錠をかけて


昼休みの食堂。とっくに食事は終えているがお喋りに夢中で時間を忘れ、その場に居座る友達数名と私。彼氏が出来たなんて報告されれば、それはそれは盛り上がる。

「てか彼氏いないのナマエだけじゃん」
「部活が忙しいんですー」
「まだアイツが好きなわけ?」

そう言って視線を向けた方向を見れば、ずっと片想いの相手がいた。

「だって格好いいじゃん」

たぶん校内一、二位を争うモテ男。サッカー部エースの爽やか系イケメン。

「うちらもう高三よ? これから受験よ? いい加減告るなり連絡先きくなりしなよ」
「えーいいよ。振られたら終わっちゃう」
「万が一! 万が一付き合えるかもしれないじゃん」
「だってさー、付き合ったらいつか別れるかもしれないじゃん?」
「いや、別れないように頑張れよ」

綺麗な綺麗な片想い。失恋して終わってしまうのは寂しくて、付き合ったとしても別れを想像すると悲しくて。連絡を取り合って、万が一彼に失望するようなことがあったら今までの片想いが偽りになってしまうようで。私はただ彼を見てドキドキして、綺麗な片想いを綺麗なまま保存しておきたいのだ。苦くも甘くもない、無色透明の思い出を将来青春だっと振り返る程度でいい。
そう、何度も口にした言葉を友達に伝えれば分りやすくげんなりした顔をされた。

「もーそれアイドルの追っかけと同じじゃん。ファンじゃん。むしろ恋に恋してるだけじゃん」
「でも恋でしょ?」
「諦めるか新しい恋しなよ」
「パンくわえながら遅刻遅刻ーってイケメンにぶつかったら考える」

アホくさって友達の呆れた溜息をかき消すように、隣に座っていた男子生徒数名が一斉に椅子を引いた。それによって、あぁ、もうこんな時間かと私たちも椅子を引けばドンと軽い衝撃。
誰かにぶつかった。

「ごめんなさい!」

慌てて振り向けば、ずいぶんと高い位置から私を見下ろす綺麗な赤と目が合った。綺麗なものを見たときの感覚って、恐怖に似ていると思う。びりびりと痺れるような、ぞくぞくと寒気がするような、日常じゃ経験することのない感覚。そんな感覚とただならぬオーラに呑まれて、金縛りに合ったみたいに固まってしまった。息苦しい空気。しかしそんなのお構いなしに「いーえ!」と、想像より遥かに明るい声色によってぱっと途切れた緊張感。

「なにやってるんだよ天童」

天童と呼ばれた彼は、ぶつかっちゃったとこれまた明い声を上げて、赤い髪をひょこひょことさせながら食堂を出ていった。
長身赤髪、そうだバレー部二年の天童覚くんだと気づいたのは、その後すぐのことだった。


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あれからなぜか天童くんとよく会うようになった。いや、正確にはよくぶつかるようになった。昇降口、食堂、購買、自販機の側。振り返れば天童くんがいたり、角を曲がると天童くんがいたり。衝突すると言うよりは、トンという軽い衝撃と天童くんの匂いに包まれるように身体を支えられる日々。毎日のようにそんなことがあれば逐一謝ることはなくなり、なんなのよって軽口をたたき合うくらいには仲良くなった。


そして今日もまた天童くんとぶつかった。

「いったぁ……」
「まっ! ナマエちゃん先輩こんちはー」

急に横から現れて、なんとも白々しい反応をする天童くんに顔からぶつかり、ふらりとよろけたところを彼の長い腕に支えられる。いくら年下の後輩と言えど、異性には変わりなくて。優しげな目差。覚えてしまった天童くんの匂い。触れた身体は筋肉質で、近すぎる距離にドキリとする。それを誤魔化すように眉間に力を入れた。

「ねえ、天童くん。待ち伏せてるの? 君は当たり屋かな?」
「まっさかー! 運命だとか思わないの? そういう発想はないの?」
「……ない」
「そー? 俺はちょっとドキドキしてるヨ!」

飄々として悪怯れる素振りがないのはいつものこと。なんでか憎めない天童くんの行動と、懐っこい表情に、嫌悪感だとか苛立ちだとかは生まれない。そんな天童くんの腕から離れて「大事故になったらどうするのよ」とため息混じりに呟けば、「そしたら責任とってあげるネ」なんてへらりと笑った。

「気を付けようね、お互いに」
「ウィース」

それじゃあと、目的地である購買へ向かって進めばペタリペタリと後ろを歩く天童くんの足音。チラリと視線を向けると両手を上げて大きな目を瞬かせた。

「俺も購買に用あんの。ストーカーじゃないヨ!」

まだ何も言っていないのに私の思考を先回りする。「はいはい」呆れた返事をすれば「ねえねえ、ナマエちゃん先輩知ってた?」と、今から面白い話するよって顔をして私の横に並び、腰を曲げてわざわざ顔を覗き込む。

「サッカー部のあの人カノジョできたって! めちゃかわの!」

食堂で私たちの会話が聞こえてたらしい天童くんは、直接話してもいない私の恋路についてえらく詳しい。そして、失恋だね? しんどい? 辛い? 俺の胸で泣く? なんて忙しく口を動かす姿は楽しそうだ。人の不幸は蜜の味と言わんばかりに。

「泣くほどではないけど、甘いものでも食べて元気だそうってくらいは落ち込んでる。今もそれ目的で購買にきたし」
「やっすいなぁ」

生意気な後輩だと文句を言おうと天童くんに視線を向ければ、表情なく前を見据えていた。急な変化にぎょっとしながらその視線を辿ると、前方から歩いてくる可愛らしい女子の隣に並ぶ私の想い人。あー確かに彼女可愛いなぁ。めちゃかわの彼女だ。そうやって見つめていればバチリとぶつかった視線。

「あれミョウジじゃん。あ! もしかして彼氏できたのかよ!」

足を止めて、天童くんと私を交互に見る綺麗なアーモンド型の目。それにつられて天童へ視線を向ければ表情を崩し、「は?」と困惑した声を上げていた。

「んーん、当たり屋の後輩」
「なんだそれ」

歯を見せて笑った顔が眩しいほどに爽やかだ。その横で遠慮がちに頭を下げためちゃかわの彼女。それに対して天童くんは、なんとも言えない仏教面をしている。一応先輩だぞと思いながら幸せそうなカップルに手を振って別れた。

「なんて顔してるのさ、天童くん」
「……あの人と仲良いの?」
「いや? 特には」

私の答えが気に食わないと言いたげに睨まれた。なぜ睨まれなければいけないんだ……。友達とは違ってこの後輩には、曖昧な答えは通じないらしい。

「昔、習い事が一緒で。その時は結構仲良かったかな」
「……ナニソレ。純愛かよ」
「内緒ね。私の友達にも」
「なんで?」
「なんでも」

まだ何か言いたそうな顔をしているが、視線を逸らせば黙って口を閉じた。私の意を酌んでくれたのかと思ったが再び開かれた口。

「本当に泣かなくていいの?」

そう言って逸らした視線を、無理矢理に顔を突き合わせて交える天童くん。その瞳は心配そうに揺れていた。

「泣かないけど?」
「あー、そ」

それっきり会話はなく、購買でチョコレートを買う私の横で天童くんはそれをただ眺めた。購買になんの用だったんだと聞けば、欲しいものが売り切れだったの残念! と大袈裟に肩を落として見せる。本当に何が目的だったのか。
歩きながらチョコを口にした私に「一個チョーダイ。おねがーい」とすり寄る後輩は、私を慕ってくれているのか、からかっているのか……。よく分からない。

「天童くん甘いの好きなの?」
「好き! チョコのアイスが一番好き!」

チョコのアイスが好きって……、なんだか可愛いな。

「アイスじゃないけど。どーぞ」
「ありがとー! ナマエちゃん先輩大好き!」

好きって言葉を簡単に口にする天童くん。好物を言うような口調で私に向けられた言葉に一瞬呼吸が止まるが、それに深い意味は無いんだろうなと静かに息を吸い込んだ。


------


モテる彼に彼女が出来ることは今までに何度か経験したし、それに傷つくほど距離の近くない私にとってはなんら変わらない日常。少しの変化があったとすれば、それはイレギュラーな後輩の存在だろうか。

「天童くん。いつか怪我するよ? 私か、君が」

階段の踊り場で重心傾く私の腕を掴み、もう片方の腕で肩を抱く天童くんへ忠告する。

「うん」
「うん、じゃなくてさ……」
「うん。ダイジョーブ」

大丈夫と言いながら表情なく黙って私を見据える赤い虹彩が、伏し目がちな睫毛によって陰り、赤黒くて毒々しい。いつもの陽気さがなくて、その緊張からか速まる鼓動。それを悟られまいと、肩を抱く腕から逃れて距離を取る。けれど腕は掴まれたまま。それを離す気は無いらしい。

「ナマエちゃん先輩」

すがるような弱々しい声。いつもの元気はどこへやら。

「今時間ある?」
「時間って……、もうすぐ授業始まるよ」

何かあったの? 落ち込んでいるの? なんて思ったのも束の間。次の瞬間にはいつもみたいにぱって表情を明るくして「まあまあ固いこと言わずに!」「いいもの見せたげる!」とぐいぐい私の腕を引いて階段を駆けおりた。

「ちょっと!? 授業!」
「大丈夫ダイジョーブ!」

私の意思を無視して楽しそうに声を弾ませる予測不能な後輩は、いつもに増して自由だ。廊下を走しる赤頭の彼は「とーるよー!」と声を大きくして、人に道を開けろと高らかに笑う。そして理科室の扉を躊躇なく開けた。
漸く解放された私の腕。天童くんは窓の鍵をあけ、長い身体をぐにゃりと折りたたみ軽々と障害物を飛び越えるようにして外へと出た。一瞬の出来事。軽い身のこなし。まるでアクション映画のワンシーンのようだった。

「ほら! ナマエちゃん先輩も早く!」

窓の外から私に手を伸ばす天童くん。

「いや、でも」
「はい! 5秒前! ごー、よんー、さーん」

そのカウントダウンに急かされて、理科室の椅子を踏み台に窓のサッシに足をかければ両手で私の支えになってくれて、ふわりと宙へ浮くように私も外へ飛び出した。なんだろう、ドキドキする。

「今見えそうで見えなかった!」

そう言って私のスカートを凝視する天童くんを睨めば、「ヒエー」とわざとらしく怯えたふりをして見せる。そんな姿に喉元まで出かかった文句はチャイムの音で引っ込んだ。

「授業始まっちゃったよ……」
「ネ! 諦めてこっち来て」

私の手首の辺りを引いて校舎裏へと進む。静かな校舎。上履で外を歩くのが、目の前を歩く天童くんが隠れるように屈みながら進む姿が、授業をサボって太陽の下にいるのが。ドキドキする。悪いことをしている背徳感。子供みたいに笑う天童くん。冒険しているみたいで、ドキドキする。


天童くんに連れてこられたのは、校舎裏。あまり日の当たらない場所。唯一ひなたになっている場所には、丸い毛玉が転がっていた。

「猫だ」
「可愛いでしょ! 寮の管理人が保護したんだって」

猫はこちらに気がつくと、ごろごろと喉を鳴らしてしゃがみこんだ天童くんの足元にすり寄り、撫でてもらうのを待っているようだ。

「最近仲良くなったの」

猫を見つめる瞳が、笑った顔が、ふにゃりと緩んだ口角が優しいげだ。日の光りに照らされた髪がいつもより鮮やかで、長い指先でなぞるように猫の背中を撫でる仕草が綺麗だと思った。花も生えない校舎裏。天童くんは真っ赤な花であった。

「元気でた?」
「え?」

不意に交わった瞳。綺麗だなんて考えていたせいで、心臓が音を立てて跳ね上がる。

「だって失恋したじゃん」

しゃがんみこんだ姿勢のまま、膝に肘を立てて頬杖をつく。肩に耳がつくほど顔を傾けたまま話す天童くん。セリフとは裏腹に私を励ます気なんかないような気がする。

「してないよ」
「は?」
「失恋、してないよ。彼女ができても変わらない」

苦虫を噛み潰したように顔を歪ませて、「マジかよ」と低い声を出した。

「そんなに好きなの?」
「うん」
「ならなんで泣かないの? なんで全然平気そうなの? 無理してんの?」
「片想いが好きなの」

「キャーカッコイイって言ってりゃ満足なんでしょ?」なんて馬鹿にしたような事を言う天童くんに「そんなんじゃない」と反論しても、彼にはあまり意味がないように思える。だって怖いくらいに表情が消えたから。

「そんなの片想いじゃねーヨ」
「なにそれ」
「気になる人が、長い片想いしてるって知ってから俺はケッコーしんどいよ?」
「気になる人?」
「ナマエちゃん先輩が、あの人に向ける想いがファンのそれとは違うって知ってから、めゃちゃくちゃ嫉妬したよ」
「は?」
「まだ分かんないの? 偶然あんなに何回もぶつかるわけないじゃん。イケメンとぶつかれば考えるって言ってたっしょ?」

天童くんは猫に視線を向けたまま「まあ、俺はイケメンじゃないけど」と自嘲気味に笑った。そして立上がり、私に近づいて冷たい眼光が上から刺さる。

「これが俺の一番だって直感を、永遠のものにしたい。綺麗なものは綺麗なままでとっておきたい。そのために、引き際を絶対に読み間違えたくない。ナマエちゃん先輩もそういう人種だと思った。でも全然ちげーね」

私の両肩に長い腕を置いて、じりじりと近付く顔。まるで私の内側を覗き込むように目を見開いて、馬鹿だよね先輩ってと、告白紛いな言葉を忘れてしまうようなひと言。

「アンタさぁ、もう失恋してんだって」

初めて聞く声色は、温度なく淡々としていた。

「それ認めたくないだけでしょ? 何年も脱け殻の空っぽの想いだったものにこだわってさ、意味あんのか理解不能」

言い返したいのに、言葉が出ない。なぜなら、つらつらと天童くんの口から吐き出された言葉は、誰に話したこともない真実だったから。

「俺もね、ちょっと似た思考があるから分からなくもないヨ。これ以上のものはないだろうなって俺の勘を信じたいし。だからこれから先、これ以上のものがあっちゃいけないって焦燥感もある。それに出会わなくてもいいって思える今を永久保存したいヨ。でもナマエちゃんのはなんなの? 逃避? 意地? それとも本当に純愛なの?」
「……純愛だよ」

絞り出した声に目を丸くさせ、ケラケラと笑ったかと思えば「嘘だネ」と低く唸りを上げた。別に天童くんに理解されなくったっていいはずなのに、彼の瞳が嘘を許してくれない。言い訳も言い逃れも許してはくれない。やっぱり綺麗なものには恐怖がつきまとっている。

「純愛だと思ってた。思いたかった。好きだったけど、いつのまにか……どこかにいっちゃった……」
「ほーら、それのどこが純愛ヨ」

目から涙が溢れそうになる。なんで? 失恋を思い知ったから? 違う。そんなの前から知ってた。目の前の後輩が怖いから? 違う。本当に怖かったら肩に触れている天童くんの腕を振り払うだろうから。だから、たぶんこれは敗北のような屈辱だ。自分ですら見たくなかった己の本心を、無理矢理に引っ張り出されたからだ。

「彼が好きだから追いかけてこの学校に入ったし。自分の進路を左右しちゃうくらい好きだったのに、それがなくなったなんて虚しいじゃない。私の行動が全部無意味になるじゃない。自分の薄っぺらい好きが恥ずかしくなって隠したかった。だから、今他の人を好きになったりしない」
「なんで?いいじゃん別に。他のやつ好きになって、そいつに出会うために来たんだとか都合よく置き換えればいいじゃん」

あっけからんと、非の打ち所がないセリフに言葉が出なかった。

「それにさ、ナマエちゃんさ、俺のこと満更でもないんでしょ?」

全てが予想外。全てが予測不能。それでも今までで一番予想だにしなかった事を言われた。

「違う」
「違わねーヨ」
「好きじゃない」

好きじゃない、好きじゃないって、天童くんにぶつかるたび。受け止められるたび、触れられるたびに幾度となく自分に言い聞かせた。「違う」って、天童くんを睨むように訴えた。

「そんな顔されたらさ、俺が俺を止める理由。見当たらないんだけど。観念してさ、好きだって言えヨ。ねえ、好きだって言ってヨ」

すがりつくような脅迫を、私は最後まで否定し続けた。



「……あっそ、分かったヨ」

軽くなった肩。

「今までつきまとってすみませんでしたネ、センパイ」

初めて敬語で話した後輩は、冷たく「もう二度と話しかけませんから、ご安心してお過ごし下サイ」そう言い捨てて私の前から消えた。
静まり返った校舎裏。気づけばいつのまにか、そこには猫の姿もなかった。


--------


それから天童くんとぶつかる事はなかった。注意深く歩いていてもぶつかっていたのに、それが無くなった。声を聞くことも、あの瞳が私に向けられることも、匂いすら感じない。感じたことのない虚無感に、私の頭の中の天童くんが嘲笑う。

「これが失恋だヨ? ナマエちゃん先輩」

もう呼ばれることのない、誰も呼びはしない長ったらしい呼び名を噛む事なく喋る。その長い呼び名を案外自分が気に入っていたのだと、失ってから漸く知った。


昼休み。何度目かの校舎裏。ひなたに寝転ぶ猫は私に近付こうとはしない。私も近付かない。天童くんに会いたいけれど、話したくない。そんな矛盾した気持ち。猫を見ていたいからって理由付けて、静寂の中を過ごす。滑稽。滑稽である。そんな自分に嫌気が差して、校内へ戻ろうと歩くとドンという強い衝撃に耐えきれず、コンクリートへ横滑りしながら地へ手をつけた。

「うわ」って懐かしい声と膝と手の平の痛みに涙が滲んだ。

「え? ナマエちゃん先輩?」

久しぶりに呼ばれた長ったらしい呼び名。そのせいでコンクリートに涙の染みが出来た。

「……痛い」
「うっわ、血出るんじゃない? ハッ、どんくさいネー」

じわりじわりとぶつけた場所が熱くなる。天童くんがどんな顔をしているかなんて知らない。けれど私の傍でしゃがみこみ、「イタソー」なんて言う。全部全部、君のせいなのに。

「猫が」
「ん?」
「猫が懐かないの」
「あー、アイツ餌くれないと見向きもしねーヨ」

くすりって笑って、煮干し上げれば一発ヨって楽しげな声色。

「懐いてくれてた子に、そっぽ向かれた」
「そりゃー自業自得じゃねーの?」

そうね、ごもっとも。

「あーあ、やっぱ血出てんじゃん」
「……天童くんのせいじゃん」

いつもなら手をつくことなんて、なかったのに。いつもなら受け止めてくれたのに。いつもなら泣きたくなんかならないのに。

「俺のせいかヨ」

そうだよって言ってやりたい。でも言えない。分かってるから。そうじゃないって。自業自得だって分かってるから。

「そっかー、俺のせいか。ならさ、責任取ってあげようか。なんかあったら責任取ってあげるって言ったし」
「……せきにん」
「そ、責任。どーする? ナマエちゃん」

わざとらしく先輩って呼ばないずるい後輩。私が何て言うか分かってるのに聞くずるい人。

「……とって」
「ん?」
「責任」

天童くんはケラケラと笑った。そして「うん」って嬉しそうに頷いて「ごめんね、痛いよね」って私を抱き寄せた。

「好きって言ってくんないの?」

強く腕を回して、耳元で囁く天童くん。彼は何が怖いんだろう。なんでそんなに声が震えているんだろう。なんで私なんだろう。なんで私は天童くんなんだろう。

「好き」
「……本当に?」
「嘘だったら問題でもあるの?」
「あるヨ。だって俺は本気だもん」

間近で交わる視線。知らなかったな、恋ってこんなに怖いものなんだな。怖いものってのはやっぱり美しいんだ。

「天童くんが怖い」
「へ?」
「裏切られるのが怖い。今の気持ちが疑われるのが怖い。いつかこの気持ちが無かったことになるのが怖い。……これ以上好きになるのが怖い」
「なにそれ、サイコーじゃん」

塞がれた唇。怖い怖い本気。本心も本気も本物も、目を背けてきたものが今、目の前にある。天童くんは美しい。偽ることを許さない、真実だけを見ている。怖いのに離れる方が怖い。

「ずっとじゃないと、私は嫌」
「うん。俺も」


私たちは儚さを美とは認めない。儚さを閉じ込めて、永遠こそが美であると疑わない。それと隣り合わせの恐怖に支配されている。恐怖を抱えた私たちは、幼稚な永遠の誓いを確かめるようにキスをした。臆病な私たちは、これから何度も鍵をかけて閉じ込めるのだろう。重い想いを閉じ込めるのだろう。

まずは手始めに、手錠の代わりにキスを何度でもしようではないか。

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