友達のすすめ | ナノ
「黄瀬くんもう新しい彼女ができたんですか?」
「告白されたんで」
「可愛い?」
「まぁ、アンタよりは」
「うーん。私より可愛い子が多すぎてよくわかんないです」
「アンタは少しプライドとか持ったらどうっスか?」

プライド? 何の話しだろうか。

「今俺はアンタを馬鹿にしたんスけど」
「そーなの? 黄瀬くんひどい」
「もっと努力してみたら? サロンとか紹介するっスよ。てか、アンタ彼氏は?」
「いないよ」
「だと思ったっス。というより彼氏がいたことあるんスか?」
「あるよ!」

中学生の時の話だけど……。一緒に帰って、大きなデパートに行って、恥ずかしくてろくに会話もできなかった。それで高校が別れてなんとなく別れた? のかな。自然消滅ってやつ。

「ふーん」

興味ないといった顔をして、黄瀬くんは携帯をいじりだす。

「好きなタイプは?」

会話しながら携帯をいじって器用だ。

「優しい人、かなぁ?」
「優しいっていうのはアンタの思い通りになるってこと?」
「そうじゃなくて、……なんて言えばいいのかな。他人の痛みをわかろうとしてくれる人、同じ目線に立とうとしてくれる人がいいです。共感できなくても、否定しないで分かろうとしてくれる、そんな優しい人」

考えながら話す私の目を見て、黄瀬くんはさっきとは違った表情で話を聞いてくれた。

「ごめんなさい。何言ってるかわからないですね」
「いや、何と無くわかるっス」

そう言って直ぐに顔をそらされてしまった。

「黄瀬くんのタイプは?」
「束縛しない子」
「なら今の彼女は束縛しない人なんだ」
「さあ?」
「さあってなんですか」
「まだ付き合ったばっかだし。そんなことわかんないっスよ」
「それなのに付き合うの?」
「付き合ってみなきゃわかんないじゃん」

なるほど。恋愛ってそういうものなんだ。確かに付き合ってみないと人のことはわからない。私だって黄瀬くんと友達になって、黄瀬くんのことをいろいろ知ったし。今はこうやって友達と過ごせることが嬉しくて、それだけで楽しくて仕方が無い。それでもいつか私にも、彼氏ができたりするのかなー、なんて。


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黄瀬くんから久々にお出かけのお誘いメールが来た。最近は黄瀬くんの仕事が忙しかったようで、大学でも見かけることがなかったし、黄瀬くんは彼女が出来るとあまり私と遊んでくれない。それはそうだ。彼女より友達を優先するわけにはいかないだろう。

現在私は黄瀬くんとの待ち合わせ場所へ移動中。携帯で調べたところによると、待ち合わせ場所へ行くには西口からでないといけないのだが……。

「北口」

そう目の前に広がる文字に絶望感。私は目的地へとたどり着けるのでしょうか……。とりあえずもう一度地図の確認をしにいこう。

「現在地現在地……」
「もしかしてお困りですか?」
「え?」

不意にかけられた言葉に驚いて振り向くと、そこには切れ長の目が特徴的な、整った顔立ちの男の人がいた。

「何回か見かけたから困っているのかと思って」
「あ、はい。あの、西口に行きたいんですけど」
「そっか。俺も西口に向かうところだったんだ! これは運命だよ! そうに違いない! さあ、行こう!」

私の左手を握り、その人はゆっくりと足を進めた。一人で歩く時は人に流され真っ直ぐ進むことすらままならなかったのに、この人の後ろ歩くのは凄く楽で、真っ直ぐ真っ直ぐ目的地に向かって進んでいる気がする。

「あ、あの!」
「ん?」
「どうして……」
「どうして? 可愛い子が困っているのに放っておけるわけがないだろう?」

「可愛い」だなんて初めて言われた。それがお世辞だってわかっていても顔が熱くなった。それに異性の人に握られた左手に、私の鼓動は速まるばかり。

「俺は君との出会いは運命だと思うんだ」
「運命? ですか?」
「そう! 今日この駅に来たのは本当に偶然でね。普段はあまり使わないんだ」

私もここに来たのは初めてだ。運命。運命の出会い……。

「そして君に出会えた。これは偶然と言う言葉で片付けていい出会いではないと思う」

握られていた手を離されたかと思うと、男の人は急に振り返った。そして、宙に浮いたままの私の左手を両手で握って言ったのだった。

「俺と付き合ってください」


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「それでその人と付き合うってことにはなってないっスよね」

黄瀬くんと合流してランチを食べているとき、私は先ほど起こった出来事を話した。

「え?」
「だーかーらー。お断りしたんスよね」
「よろしくお願いしますって言いました」
「はあ!? アンタ正気っスか! 何考えてるんスか!!」
「その人初対面の私に対して凄く親切だったんです」

思い出すのはまだ左手に残るあの人の体温。ドキドキと未だに心臓がうるさくなる。

「そんなの下心あるからに決まってるじゃないっスか」
「だって私みたいな綺麗でも可愛くもない人間に、優しくしてくれたんですよ! この大都会で!」
「大都会って……」

深い溜め息が聞こえたかと思うと、黄瀬くんは眉間にシワを寄せながら言葉を続けた。

「いいっスか。駅でふらふら何回も案内板を確認してたアンタを、上京したばかりの田舎者だとその男は判断したんス。それでアンタならイケるって思ってナンパして来ただけの話っスよ」
「でも運命かもって」
「それが胡散臭いって言ってんの。アンタも話のわからない人っスね」
「付き合ってみなきゃわからないです」
「どうせヤるのが目的っスよ」

いつもとは違う黄瀬くんの声色。きっとイライラしているんだ。でも親切にしてくれた人のことを、こうも頭ごなしに否定してくるのは納得できない。

「黄瀬くんが言ったんじゃないですか。付き合ってみなきゃわからないって」

私の言葉に黄瀬くんは目を見開き、数秒の沈黙。そして乱暴に私の胸ぐら掴み、力任せに引き寄せられた。初めて間近で見た黄瀬くんの顔は、最初に思った綺麗だという印象ではなかった。ただただ怖かった。力強く握られた服。皮膚と服がすれて首が痛い。怖くて何も言えない。そんな私に黄瀬くんは低い聞いたこともないような声で私を刺したのだ。

「アンタなんて力でどうにでもできるんスわ。そこんと、こちゃんと理解しておいた方がいいっスよ。そんでもアンタは痛い目みないと理解できないなんで、もう勝手にしろよ」


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帰り道。黄瀬くんが吐き捨てるように言った言葉がぐるぐると脳内で回っている。そして瞳を閉じれば黄瀬くんの怒った顔。首の痛み。涙が出るのは首の痛みのせいじゃない。友達を怒らせてしまったからだ。
黄瀬くんは私を心配してくれたんだって今ならわかる。私は初めてナンパをされて、浮かれていただけなんだ。恥ずかしい。

涙のせいで視界がぼやける。泣きながら人混みの中を歩くのは惨めで恥ずかしくて、顔を上げて歩けない。足元を見ながら歩いても、案外周りがよけてくれてぶつからないものなんだな。なんて考えながら、初めて黄瀬くんとお出かけした時に買ってもらったパンプスを見て更に涙が出た。
黄瀬くんはもう、私と顔を合わせるのも嫌だろうな。

「痛っ。あ、ごめんなさい。すみません」

人にぶつかってしまった。と言うよりは、うつむいて歩いていたため、頭突きをしてしまった。

「なんて顔してるんスか」
「黄瀬くん……」

顔を上げれば、呆れた顔をした黄瀬くんがいた。黄瀬くんは私の左手を引っ張り「場所変えるっスよ」と言ってズンズンと足を進める。
さっきまで止まらなかった涙は自然と止み、握られた手に、あの親切な人には感じなかった安心感が黄瀬くんにはあった。

「ほら顔拭いて」

差し出されたハンカチ。連れて来られたのはひっそりとした公園。

「黄瀬くん。ごめんなさい。私、黄瀬くんが心配してくれてるんだって……」
「あー。俺も言い過ぎたとこもあったんで。そんでもやっぱ相手の連絡先は消すっスよ。着拒も。いいっスか」
「それは無理です」
「は!? アンタいい加減に!」
「あの! そうじゃなくて! 連絡先交換してないんです」
「え?」

あの時私に「付き合ってください」と言った男の人に、私は「よろしくお願いします」と言った。私の言葉が聞こえていたのか聞こえていなかったのか、その人は瞬きすることもなく固まってしまったのだった。どうしようかと悩んでいたとき、黄瀬くんからの電話。固まっている所悪いですが時間が無いのでと、私は目的の改札口へ向かって走り、黄瀬くんと合流したのだった。

「なんスか……それ……」
「でも、その人は運命だと言っていたので、また会えると思う」
「はいはい。そうっスね。アンタ案外脳内お花畑なんスね」
「アレですよ。女の子は恋する乙女なんですよ」
「似合わないこと言わないで欲しいっス。見て、鳥肌」
「本当だ! 鳥肌!」
「何はしゃいでるんスか……」

立ち上がった私に黄瀬くんは仕切り直しにどこか行こうかなんて言ってくれて。

「冷たい物が食べたい」
「アンタさっきも食ったでしょ」

お互い顔を見合わせて笑った。

ケンカをしましょう

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