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5万打企画、No.6「かまびすしい彼女」の続編となります。



欠伸を噛み殺しながら見慣れた自分の下駄箱を開いて一瞬の思考停止。そしてゆっくりと下駄箱を閉じて名前を確認する。

ミョウジナマエ。間違いない。私の下駄箱である。

恐る恐る再び下駄箱を開けば、上履きの上に乗せられた光るように白い紙。それを取り出すと、宛名も差出人も書かれていない真っ白な封筒があった。なんだこれは。まるでラブレターみたいではないか。

「あーらら」

頭上から聞こえた声に視線を上げると、そこには表情に特別な変化はないのに、瞳の奥をビー玉のようにくるりと光らせた川西が立っていた。

「おはよう」
「はよ」

そしてじっと私の手に握られた封筒を凝視している。

「なんだと思う? これ」
「手紙、ですかね」
「やっぱりそう見える? ラブレターかな」

なんてね、と笑って見せると不意に握っていた封筒が私の手から消えた。そして封筒の行方を視線で追えば、眉間に深い深ーい皺を寄せた賢二郎が封筒の表やら裏やらを鋭い視線で観察していた。

「なにニヤついてんだよ」
「賢二郎は何怒ってるの? ヤキモチ? ヤキモチ妬いてるの?」
「は? 馬鹿じゃねーの。どうせ呪いの手紙かなんだろ」
「呪いの手紙って! 小学生でもあるまいし!」

人目気にせずケラケラ笑う私の額に、スパンと音が出そうな勢いで封筒を突き返してきた。目にはいったらどうするのよ! 危ない!

「物好きがいたもんだな」
「それ賢二郎が言うの!?」
「俺はいいんだよ」

サラリとそんなことを言いながら歩みを進めた賢二郎を追う私の顔はゆるゆると緩んでいて、鼻唄が出そうなほど機嫌は上々である。

「川西今の聞いてた!?」
「聞いてた」
「賢二郎はヤキモチ妬いちゃうくらい私のことが好きなんだってさ!」

「言ってねぇ」と声を低くさせる賢二郎。もし賢二郎がラブレターなんかもらったりしたら、私はヤキモチを妬くなんて可愛いものじゃ済まないだろうな。例えるならそう、ヤキモチが爆発するんだろうなと思う。ドッカーンって。
それはさておき、この白い封筒は本当にラブレターなのだろうか。そうではない気がする。なぜなら誰かに告白されるなんて、全くもって心当たりがないからだ。自分で言うのもなんだけれど、私と賢二郎は目立つカップルであると思う。だって賢二郎はバレー部だし。目立つ容姿だし。なにより言い合っている姿をよく目にするってみんなに言われるし。ラブレターでなければ、これはなんだろう。呪いの手紙? いや、それよりもきっと怖いものではないだろうか。

「あのさ、この手紙は果たし状ではないのかと思うわけですよ」
「は?」
「ほら、賢二郎って口悪いけど黙ってれば格好いいじゃん? 夢見る乙女からの決闘を申し込む手紙なんじゃないかと思うわけ」

「ほう」と珍しく川西が感心した声を上げ、賢二郎は呆れたため息を吐いている。

「口喧嘩は賢二郎に鍛えられてるから安心して! 格闘戦になったら……ちょっと自信ないけど……。武器を使えばなんとなると思う」
「武器使うなよ」
「なによ。賢二郎だって腕っぷしは弱そうじゃん」
「俺と比較するんじゃねぇ」

他人事のように呆れ返る賢二郎を無視して私は川西へ視線を向けた。

「川西! 何かいい技ない?」
「技?」
「そう! こう、バシっと勝てそうなやつ」
「技ねえ……。寝技は得意だけど」
「本当? ならそれ教えて!」
「なら昼休みに、」

そこまで言った川西の頭が大きく揺れ、賢二郎の右腕が振り抜かれていた。これは川西より賢二郎の方が戦闘力が高そうである。

「馬鹿なこと言ってないで中身確認してからにしろよ」
「後で一人でゆっくり読みますー」

自分の教室についたため、二人に手を振って教室に足を踏み入れるといきなり強い力で腕を引かれ賢二郎の胸板へと頭から衝突した。

「ちゃんと俺に言えよ」
「あ、え? 何が、」
「言えよ」
「……うん」
「必ず言えよ」
「やっぱヤキモチ?」
「うるせぇ」

ぐしゃりと乱暴に頭を撫で、賢二郎は私に背中を向けて歩き出してしまった。私と賢二郎の様子を見ていた川西は「朝から見せつけるなぁ」とのんびりとした口調で呟き、なぜか鞄から取り出した辞書を私へ差し出す。

「え、なにこれ」
「なにって、武器よ。武器」
「あぁ、なるほど。お借りします」
「健闘を祈ります」

お互いに一礼したところで、予鈴のチャイムが鳴った。


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“突然の手紙に戸惑ったでしょうが、お許しください。”

そんな書き出しから始まった手紙は、正にラブレターであった。綺麗な文字で綴られた文章は、真っ直ぐにあなたが好きですと告げている。男子高生が書いたとは思えない言葉選び。それが少し胡散臭さを思わせるが、正直ときめいた。差出人の名前はない。ただ伝えたかったのだと、そう書いてあった。
そして手紙を読み終えて空笑い。なぜならこれは私宛では無いと思ったからだ。“サッカー頑張ってください。応援しています。”文末の言葉にやっぱり女子が書いたのか、間違って私のもとに届いたのかと納得したが、武器まで用意した私の行動が恥ずかしい。
勿論なにかの間違いじゃないのって予想はしていましたとも。けれどこの顛末を賢二郎と川西にどう伝えようか一人、頭をかかえることとなった。


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「おい」

お昼休み。いつもなら絶対に教室まで迎えになんか来てくれない賢二郎が、教室の入口で仁王立ちしていた。私を見下ろす瞳はぐらぐらと熱で揺れていて、不機嫌を隠すことなく見せつけている。

「どうしたの」

そう言いながらも自分の口角はみるみる持ち上がり「やっぱりあれ、ラブレターだったよ」なんて笑顔で伝えると、それをよく思わなかったらしい賢二郎はこめかみを震わせた。

「調子のんなよ」
「のってませんって」

明らかに調子にのった私の態度に賢二郎は舌打ちをして歩き出した。足早に歩く賢二郎は、迎えに来てくれたくせに私を置いていく勢いである。急いでその背中を追えば、賢二郎が食堂とは違う場所を目指して進んでいることに気がついた。

「賢二郎、どこ行くの?」

ねえねえと、いくら声をかけても賢二郎から返事はなく、振り返ることもない。そこで賢二郎が相当ご立腹であることを知る。

「ねえ、何怒ってるの? 無言でキレられても困るんだけど」
「うるせぇ」
「うるせえって! 本当意味わかんない!」

少しはこっちを向けと賢二郎の腕を引けば、逆に腕を掴まれて無理矢理に歩かされた。

「ちょっと! 痛い! 暴力反対!」

ぎゃーぎゃー喚こうがそんなことはお構い無し。賢二郎の歩みは止まらず、目的地らしい視聴覚室と書かれた空き教室へと放り込まれるようにして投げ飛ばされた。

「信じられない! 賢二郎、最低!」
「手紙もらったからって浮かれてんなよ」
「それで怒ってるの? 普通に言えばいいじゃん!」

横暴な賢二郎の態度にムカムカとお腹の辺りが熱を孕み、謝れといった意味を込めて睨み付ければ冷ややかな視線で睨み返される。

「まあ、いいや。お前寝技教わりたいんだったな」
「は?」

それはもう必要ない。そう言いたかったのに、鬼の形相で距離を詰めてきた賢二郎の威圧に思わず後ずさる。それが更に賢二郎を苛立たせたようで、いくら距離を取ってもどんどん追い詰められる。そして背中が壁につき逃げ場がなくなった途端、賢二郎が壁に物凄い勢いで足を突き立てた。その攻撃力の高い音にびくりと背筋が伸び、スカートの裾を握りながら恐る恐る視線を上げると、賢二郎は全身に怒りを凍りつけたような寒々とした眼光で私を貫いた。

「寝ろよ」
「い、嫌だ」
「嫌じゃねぇよ、早くしろ」

加速する賢二郎の怒り。近づく顔は私に頭突きでも食らわせる気ではないのだろうかと思う。それなら、やられる前にやってやる。私は思いっきり自分の額を賢二郎の額へと打ち付けた。
ゴンという鈍い音が室内に響く。

「い! ったぁ」

自分の額を押え、滲む視界で捉えた賢二郎はよろよろと額を押さえながら「ふざけんなよ」と声を震わせた。

「ふざけてるのは賢二郎じゃん!」
「アァ?」
「手紙は……私宛じゃなかったし」
「は?」
「だから間違いで私の下駄箱に入ってたの!」

賢二郎はポカンと口をあけて数秒固まり、 自身の前髪を整えながら「早く言えよ」と一言。

「聞く耳もってなかったじゃん」
「さっさと言わないのが悪い」
「はあ?なにそれ! 横暴! 最低! むかつく! てか寝技ってなによ!」
「本当にわかんねーの?」
「わかるし! 柔道とかのでしょ?」
「まあ、そうだな」

器用に口角だけを持ち上げで、嫌な笑みを浮かべたと思えば怒りを纏っていた空気がくるりと反転して、怪しげな雰囲気に変わりそれに呑み込まれる。
賢二郎が私の胸ぐらと腰をつかんでぐいぐいと引っ張り、それを不審に思いながらも従うしかなく歩みを進めた。そして壁から充分に離れた所で急にぐんと力任せに引っ張られ、慌てて大きく踏み出した右足。その踏み出した右足をぱんと払われて、身体が宙に浮く。もうこれ柔道じゃん! そう思った時にはドンと床に背中から落ちるが、賢二郎が素早く私の後頭部をガードしていたおかげで頭を打ち付けるという惨事は免れた。しかし背中やら腰やらがとても痛い。

「痛い! 痛い痛い痛い!」

本当になんなの!? 信じられないと賢二郎を見据えると、私に馬乗りになって前髪の奥から恐ろしいくらいに綺麗に輝く瞳がゆらめいていた。

「男女の寝技なんてこれしかないだろ」

そんなことを言われて漸く寝技の意味を理解する。

「まっ、待って!」
「待つかよ」

賢二郎がゆっくりと顔の距離を詰めてきたため、ぐっと目をつぶると額に軽い衝撃。先ほど賢二郎に打ち付けたせいで異常なほどそこに痛みが走る。

「誰にでも愛想振り撒いてんなよ」
「痛いよ。ていうか愛想なんて振り撒いてないし」

すると賢二郎はなん組の誰それ、なに部の誰それ。バレー部先輩やら後輩の名前をつらつらと言ってのける。その意味がわからず「は?」なんて間の抜けた音を口から溢せば、賢二郎は口の奥が苦いとでも言いたそうに顔を歪めた。

「お前のどこがいいんだか」
「彼女に失礼じゃない!?」
「だよな。お前俺と付き合ってんだよな」
「ねえー、失礼!」
「俺の彼女が他のヤツにあれこれ言われんのクッソ腹立つ」

なんの話? 首を傾げた私に賢二郎は「わからなくていい」なんて本当に横暴である。そしてもういいやと地べたに座ったままの私の腕を引いて立たせた。


「昼飯食べ損ねたな」
「賢二郎のせいじゃん」

そんな会話をしながらゆっくりと廊下を歩いた。少し痛む額を気にしながら彼氏の過激なヤキモチにほくそ笑んで、それを嬉しいなんて思ってしまう自分の異常さに目を瞑る。

「手紙、どうしようかな。サッカー部の人宛みたいなんだけど」
「ナマエの下駄箱周辺のヤツ宛なんじゃねえの」
「そうかも。でもさ、私が渡すのは違うじゃん?」
「サッカー部の練習見てる女がいたらそいつが怪しいんじゃね」
「おお、なるほど」


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放課後、賢二郎の言葉通りグラウンドへ行けば熱心にサッカー部へ視線を向ける女子生徒がいて、声をかけてみると顔を真っ赤にして手紙を受け取ってくれた。そのことを夜、電話で賢二郎へ伝えると「へー」とどうでもよさそう。

「あーあ。私もラブレターとか貰ってみたい」
「貰ってどうすんだよ」
「賢二郎からのラブレターが欲しいなぁ」
「馬鹿言ってないで寝ろ」

ブチリと切られた電話。

次の日、下駄箱を開くとノートの切れ端が乱雑に上履きの上に乗せられていた。シワのよったその紙を手に取ると“百万年早い”なんて言葉が走り書きで書かれていた。百万年って、何回生まれ変わればいいんだ。

「モテモテっすね」

いつの間にか現れた川西が私の手元を覗きのみながらヒューと口を鳴らした。

「いいでしょ。ラブレターもらっちゃった」

ふーんと興味なさそうな返事を無視して、スマホケースの内側へラブレターをしまっておいた。

「朝練なかったの?」
「なかった」
「あ、辞書ありがとう」
「いえいえ。役に立った?」
「それが出番はなかったのよ。私、武器がなくても戦えたから」
「へー。お強いことで」

無意識に未だに赤くなっている自分の額を撫でる。するとその行動をじっと見ていた川西が「あぁ」と一人納得したような声を上げた。

「賢二郎とバトったの?」
「え?」
「お揃いじゃん」

トンと自身の額を指差し、仲良しですねなんて嫌味なのか褒めているのか。
賢二郎にラブレターでも書こうかな。書き出しは、そう。おでこの赤い貴方へなんてどうだろうか。

おまけ
Thanks100000hits

横暴な彼氏

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