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04


「カレンー!」

 辺りに響いた明るい声に、目深に被ったフードを少し上げる。目の前の兄ちゃんから通りへと視線を向けると、エアリスが満面の笑みでこちらに駆け寄って来た。風に揺れる栗色の髪が、彼女の可愛さをことさら引き立てている気がしてならない。マテリア屋の兄ちゃんは、先ほどまで吊り上げていた目尻を、これでもかというくらい下げて彼女を見つめていた。うんうん、わかる、わかるよ。あんな可愛い子が彼女だったら嬉しいよね。あたしもそう思う。今、確実に彼と心が一致した。一瞬前まで買取価格交渉で怒鳴り合っていたことも吹っ飛んでしまいそうな以心伝心具合だ。

「カレン、やっと、見つけた!」
「やあ、エアリス。今日も元気だな」
「ギークさん。こんにちは」

 エアリスに微笑まれて兄ちゃんの鼻の下が伸びる。そのことに、絶対、気づいているはずなのに、完璧に無視してエアリスはあたしに向き直った。ここ数日で気づいたことだが、彼女、儚げな見た目に反して相当なしたたかものだ。無論、褒め言葉である。スラムで生きていくにはきっとこれくらいの図太さがないと無理というわけだね。図太さ、なんて言ったらエアリスに何をされるかわからないので心の中で呟くだけにしておくけど。触らぬ神になんとやら。

「カレン、お仕事、一区切りつきそう?」
「こいつが売れればね」

 コツン、とカウンター上のマテリアをつつく。どれだけ高く売れるかで、今日のあたしのおまんまのランクが決まるというわけだ。エアリスに助けてもらってから数日、こうやってマテリア屋に交渉に来るのが日課になっていた。マテリアの感知能力を使い、伍番街スラム中のマテリアをかき集めては売りつける。そうやって生計を立てることにしたのである。しかも、どういうわけか、あたしが装備したマテリアは成長著しく、かなりのスピードでレベルアップしてくれる。よって、より高値で売れるというわけだ。

「2つで1800ギル」
「500ギルだ」
「1600」
「650」

 全く折り合いがつかず兄ちゃんとバチバチ睨み合っていると、隣でエアリスが困ったように吐息を零した。な、なんですか、急に。しかも、妙に色っぽいんですけど。

「カレン、住む家もないのに、」
「う、」
「マテリア見つけるために、モンスターの巣の中に飛び込んで」
「ぐ、」
「魔法でモンスター、倒して、一生懸命育てたマテリアなんだよね」
「はぁ……わかった、こっちの、レベル1の方だけ。600で」
「よし、売った!」

 ニッと微笑むと、兄ちゃんは溜息を漏らしながら600ギル差し出した。ほくほくとした気持ちでそれを受け取る。よしよし、これでとりあえず今日の飯にはありつけそうだ。

「ふふ、ありがとう、ギークさん」
「今日だけの特別だからな! それと、レベルアップしたマテリアを必要とする人は、この辺りじゃ少ない。うちよりも、他で売った方がいいと思うぜ」
「他っていうと……」
「プレートの上か、ウォールマーケットだね」

 プレートの上、ウォールマーケット。どちらもまだ足を踏み入れたことがないが、噂を聞く限りなかなかに心理的ハードルが高い。でも、ずっと同じ場所、同じ相手とだけで商売を続けていくのも無理があるよなあ。仕方ない、明日あたりウォールマーケットまで足を運んでみよう。プレートの上に行くにはIDが必要だし。あたしの偽造IDはまだ手元に届いていない。ミレイユさん曰く、「七番街に伝手があるからちょっと待ってな」だってさ。請求額がコワイナー。

「そうだ、カレン、お昼は食べた?」
「まだだよ。たった今、資金調達したところだから」
「良かった! あのね、母さんが、たまにはうちに食べにおいでって」
「エルミナさんが?! 行く行く!」

 今日は最高の日に違いない! テンションが上がってエアリスの手を握ると、笑ったエアリスはそのままあたしの手を引っ張って駆け出した。二人して、子供みたいだ。途中、リーフハウスの園長に会ったので、行き先を告げておいた。あたしは今、リーフハウスの一室を借りている。もともと誰かが住んでいたらしいが、今は伍番街スラムを出てしまったそうだ。一応部屋のものには触らず、ベッドだけ借りている状態だけど、なんとなく落ち着かないから、早く独り立ちしたいな。

「エルミナさんのご飯、楽しみだなぁ〜。野菜スープ、あるかな?」
「それは帰ってからの、お楽しみ……あっ、」

 突然エアリスが立ち止まったので、危うく彼女に頭突きするところだった。フードを少し上げて、周囲に視線を巡らす。坂道の手前、空き地の入り口に、一人の男が立っていた。質の良さそうな黒いスーツは、スラムの雰囲気とは相入れない。しかし、纏う空気が、サングラス越しの鋭い瞳が、男が只者でないという証拠だった。唇がゆっくりと開かれる。響くような低い声。

「最近報告に上がった怪しい女はお前か」
「なにこいつ。エアリスのストーカー?」
「うーん、そんなもの、かな」
「……違う」

 黒い革手袋が無遠慮にあたしを指差す。ちょっとカチンときたので睨み返してやった。答えるエアリスの声に深刻さは感じられない。不思議に思ってちらと彼女を窺うと、困ったような、戸惑っているような複雑な表情だった。どうやら、目の間のスキンヘッド男に、形容し難い感情を抱いているようだった。まあ、どちらにせよ、歓迎している様子ではない。そうと決まれば、答えは簡単だ。さっさと終わらせて美味しいお昼を頂く! 以上!

「じゃ、あたしがやっつけてやる!」

 フードを外して正面からスキンヘッドの男を睨みつける。マテリアのセットは万全だ。まあアレだ、ちょっとサンダーとか食らわせれば逃げ帰るだろ。いざとなったら炎系魔法もあるしね! しかし、好戦的なあたしとは裏腹に、男は驚愕に目を見開いていた。え、な、何。戸惑ったように唇が開かれる。

「まさか……カレン、なのか?」
「……誰、アンタ」
「何を、言って、」
「カレン、記憶、ないの。あなた、なにか知ってる?」
「記憶が……?」

 困惑したように男は頭を抱えた。どうやら、昔のあたしを知っているらしい。どういうことだ。本当なのか、と問うてくる男に、一体どう返答すればいいのか。いや、本当なんだけど。本当に記憶ないんだけど、素直にそう返すのはなんとなくしゃくだ。

「エアリス、このハゲ何者?」
「彼、ルード。タークスって、神羅の一員」
「へぇ。ねえ、あたし、神羅と関わりがあったの? それともアンタの個人的な知り合い?」

 ハゲ、という挑発が効いたのか、はたまた男の中で整理がついたのか。一瞬動きを止めた男が、ゆっくりと顔を上げる。サングラスをかちゃりと鳴らす様子からは、先程の狼狽などまるで無かったかのようだ。余裕ぶったその態度にイラっとする。マテリアに光が灯った。

「……此処では話せないな」
「あっそ、じゃあいい」
「勘違いするな。お前を連れて帰る、ということだ」
「勘違いしないで。アンタの話はもう聞かない、って意味だよ!」

 バリ、と空気を裂く音。走る稲妻と、舞い上がる砂埃。目の前、霞の向こう側、男が立っていた場所には影も形も無い。

「なーんだ、大したことな、」

 ぞ く り。
 背後から感じたそれは、まさしく“殺気”だった。首筋に迫る気配に、必死に身を捩る。チリ、と何かが肌を掠めた。手だ。男の。まじか。紙一重で男の手刀を躱して、転がるように広場へと逃げ込む。なんだあいつなんだあいつなんだあいつ!!!

「攻撃が雑だな。やる気があるのか?」

 嘘でしょダメージ全然入ってないように見えるんですけど?! 虚勢を張って無理矢理唇を釣り上げたけど、うん、これ絶対、顔めっちゃ強張ってるね間違いない。ていうかあたしよく避けれたな死んだと思った!! 男がゆっくりとこちらに向かってくる。全力で逃げ出したいけど出口は男の後ろだしそもそもエアリスを置いてはいけないし。ヤバイこれ絶対絶命だ。

「考え事をしている暇は無いはずだが」
「っあ、ぐ、」
「カレン!」

 攻撃は見えていたのに、身体が動かなかった。伸ばされた腕、男の指先が喉に喰い込んで苦しい。遠くでエアリスの悲鳴が聞こえた。息ができない。サングラス越しにこちらを窺う瞳が腹立たしい。観念しろ。唸るような男の声を無視して、その腕を掴んだ。

「む、何を、」
「――サンダガ!!!!」

 轟音、衝撃。
 続いたどさりという音は、あたし自身が地面に放り出された音らしい。電撃が走ったからだろう、身体中がびりびりする。くそう、すごく、痛い、けど、まあ、起き上がれないほどじゃない。ゆっくりと上半身を起こすと、駆け寄ってきたエアリスが心配そうに顔を覗き込んできた。落とされた時に打ち付けた腕を押さえる。

「カレン、だいじょうぶ?!」
「なんとかね。男は?」
「……気を失ってるみたい」
「そっか。いや、さすがに、あのレベルの魔法も効かなかったら恐怖なんですけど!」
「すごかった、カレンの魔法」
「ありがと。とにかくここから離れよう? こいつ起きたらもうやだよあたし……」
「うん、立てる?」

 エアリスの手を借りながら、彼女の家へと向かう。歩いているうちに身体は楽になったが、鮮明に思い出すのは素早い攻撃と鋭い殺気で。首筋に感じたチリチリとしたそれのせいで、鳥肌が止まらない。いや、よく生きてたな、あたし!

「なんなの、神羅ってみんなあんなに強いの?! こわっ!」
「彼は特別。タークス、エリートだから」
「でもわかった。アイツここらへんで感じたことないくらい強いマテリア持ってた。今度からは察知して事前に逃げられるよ」
「逃げるの? 記憶、気にならない?」

 回り込んだエアリスが歩みを止めたので、必然的にあたしも立ち止まった。エアリスの翡翠のような瞳が、じっとあたしを見つめている。その瞳が、どうしてか、不安に揺れている、気がして。

「気にならないわけ、ないけど。でも、あたし、今の生活で困ってないから。エアリスがいて、リーフハウスの子供たちやスラムのみんながいて。神羅に連れて行かれたら、何されるかわかったもんじゃない」
「そう、だね……うん、カレンが決めたなら、応援、する」
「ありがと。もし記憶が戻っても、エアリスが一番だからね!」

 にい、と笑ったら、エアリスも笑い返してきたけれど。どうしてだろう。その顔が泣き出しそうに見えたなんて、なんだか、言えなかった。



***



 日の落ちた空き地で、男はゆっくりと身体を起こした。まだ意識が朦朧としているのか、頭を少し振ってから周囲を確認する。当たり前だが、彼の探し人は影も形も見当たらない。ひとつ溜息を吐いてから、男はスーツのポケットから端末を取り出した。かけ慣れた番号をコールすると、すぐに応答があった。口を開く。切れたのだろう唇が、ピリと痛んだ。

「おまえから任務以外の連絡なんてめずらしいな、と。何があった?」
「カレンがいた」
「…………は、ァ?」
「古代種と行動を共にしている」
「な、にが、」
「……記憶が、ないらしい」
「っ?!」
「そっちの仕事は終わりそうか」
「あ、ああ、そうだな……」

 沈黙。電話越しの相棒の様子に、男は眉根を寄せた。心情を察することなど、容易だった。いや、“容易”という言葉で、片付けていい程度の感情ではないことを、男はよくわかっていた。「レノ?」名前を呼ぶと、男の相棒は小さく息を吐いた。

「ルード、俺が行くまで手ェ出すな」
「……」
「すぐに戻る。ツォンさんには、言うなよ、と」
「! おい、」

 既に通話は切られ、無機質な音がスピーカーから響いている。また溜息を零して、ルードはそれをポケットに仕舞った。全く、相変わらず手のかかる二人だ。


200625 修正



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