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05


 嘘でしょ嘘でしょ嘘でしょ!!!
 一体全体どうなってるんだ。揺れる世界に戦々恐々しながら石畳を駆け抜ける。爆発音に視線を上げて振り返ると、チラつく赤い炎が、どす黒い噴煙を照らしている。淡く光っているのは魔晄だろうか。暗くなった空へと緑色の光が吸い込まれていく様子に、鳥肌が立った。なんという災難だ。初めてのプレートの上にはしゃいでいたのが嘘のように、気分は最悪。唇を噛みしめながら必死に駆ける先はもちろん、彼女の元だ。

「エアリス、無事でいて……っ!」



***



「ねえカレン、今日プレートの上に行ってみない?」

 エアリスからそう提案されたのは昼過ぎのことだった。リーフハウスの子供たちの遊び相手になりながら、掃き掃除を手伝っていたところ。先日のハゲ男の襲撃以来、どうやらタークスとかいう神羅の人間がうろついているらしい。今までにない強さのマテリアの気配を感じるようになり、ここ数日、伍番街にはできるだけ留まらないようにしていたのだ。主にウォールマーケットや四番街スラムにいることが多かったので、エアリスに会ったのは2日ぶりのことだった。

「ミレイユさんから聞いたの。ID、届いたんだね」
「うん、昨日ね」
「じゃ、さっそく。探検、行こ?」

 わたしもお花、売りに行かなくちゃ。エアリスに腕を組まれてしまって、断れる人間がいたらお目にかかりたい。可愛すぎて尊い。あたしは天を仰いだ。一度別れ、準備をしてから再集合、初めての電車に乗ってプレートの上へ。八番街を少し散策してから、エアリスは花売りを、あたしは育てたマテリアの売却やら仕入れやらを行っていたのだ。気付いたら辺りは暗くなっていて、もう帰ろうとエアリスの元へ足を向けた矢先、大きな爆発音と共に足元がぐらぐらと揺れ始めたのだった。

「魔晄炉爆破なんて、ほんと、頭沸いてるんじゃないの!」

 聞こえてきたニュースに怒りが爆発する。どこの誰だか知らないけれど、迷惑この上ない! ブーツが石畳を蹴り上げる。幸いにも、エアリスの方があたしよりも魔晄炉から遠い場所に居る。そのまま腕を引いて電車に乗り込んで、できるだけ早く伍番街スラムに帰ろう。彼女のことだ、あたしを置いて一人で帰るなんてことしないで、待ち合わせの場所で待っているはず。大通りを曲がると、見慣れたピンクのワンピースが視界に入る。よかった、無事だった。金髪の男と話し込んでいる様子だが、客だろうか?

「警告しておこう。俺は強いぞ」
「うん、そんな感じ、するよ」
「脅しには屈しない」
「怖いお兄さん、脅しに来るとか警戒してる? ないない、そういう心配、しなくていいから」
「エアリス!!!」
「カレン! ふふ、ほら、ね」

 無事でよかった、と抱きつくと、エアリスはあたしを抱きしめ返した。やばい、いい匂いする。あと、めっちゃ走ったから息切れが激しい。一人ではあはあしているあたしの背中を、どうどう、落ち着いて〜とエアリスが撫でる。いや、あの、あたし、子どもじゃないよ、エアリス。

「連れか」
「うん。怖いお兄さんじゃ、なかったでしょ?」

 くすくすと笑うエアリスから身体を離して、声のする方を振り向いた。きらきらと光る金色の髪が、重力に逆らって空を向いている。星の光を集めたら、きっとこんな輝きになるに違いない。涼しそうな目元、緑がかった不思議な瞳に、吸い込まれるかと思った。急に心臓が移動してきたかのように、耳元でどくどくと脈打ち始める。や、やだ、どうしよう、すごく、かっこいい、かも。

「えっと、エアリス、この人は、」
「ふふ、お花、貰ってくれたの」

 ぴくり、と金髪さんが端正な眉を動かす。中性的な顔つきが相まってなんだかとってもセクシーだ。まるで、童話の中から抜け出してきた王子様、みたいだ。強くて、優しくて、みんなを護ってくれる王子様。

「とにかく……魔晄炉が爆発したんだ。あんた達も今夜は店じまいして、」
「きゃあ!!」

 突然、エアリスがよろめく。持っていた花籠が地面に落ち、摘んできたばかりの花が散らばった。なにかを追い払うように腕を振り回す彼女に、あたしも王子(仮)も呆気にとられる。ただ呆然と目の前の光景を眺めるしかないあたしたちの腕を、「助けて」そう叫んだエアリスが掴んだ瞬間、目の前を通り過ぎる煙のような闇に目を見開く。何もなかった空間には、ボロ布のような物体がひしめき合っていた。

「っな、」
「なにこれ……っ、エアリス危ない!」

 ローブのようなものを揺らしながら、それがこちらに突進してくる。咄嗟にエアリスを庇うと、王子(仮)は背中の剣を抜き、正体不明のそれをぶった斬った。う、かっこいい。筋肉質な後ろ姿は、惚れ惚れするほど頼もしい。それにしても、大きな剣だ。どこかでみたことあるような、

「これ、なに?」

 エアリスが戸惑う声。無気味なそれらはあたしたちのまわりを窺うように飛び回る。と、そのうちの一体がエアリスの身体を押し退けた。よろめいた彼女は路地裏の方へと押しやられる。「エアリス!」助けに行こうとするのを妨げるように、ボロ布があたしとエアリスを隔てた。まるでボロ布に意思があるみたいた。一体何なんだ、これは。戸惑っていると、突然、背後から大勢の足音。振り向くと、武装した兵士たちが走ってくる。その手にあるいくつもの銃口が、こちらを睨んでいた。はぁ?! こんな時になんなの、もう!!

「武器を捨てろ!」
「神羅兵?! どうしてここに」
「……あいつが見えてないのか?」

 飛び回るボロ布たちを意に介せず、兵士たちはこちらを睨んで動かない。エアリスの方に行こうにも、ボロ布が邪魔をするから移動すらできなそうだ。神羅兵の目的はわかんないけど、仕方ない、せめてエアリスだけでも逃がさなければ。

「エアリス、いっかい解散!」
「カレン、でも、」
「あたしは大丈夫! 行って!」
「おい、」
「わかった、気をつけてね!」

 走り出すエアリスを追って、ボロ布たちも路地裏に消えていった。心配だけど、きっと大丈夫だろう。そう信じよう。むしろ問題はこっちの方だよね。

「剣を地面に置け! ゆっくり!」
「って言ってるけど、神羅に追われる心当たりは?」
「あんたこそ、どうなんだ?」

 なくはない、かな。脳裏にハゲ男を思い浮かべながら呟くようにそう言うと、王子(仮)は溜息を零した。呆れたようなその表情もかっこいい、じゃなかった。でも、ちょっと王子っぽくないぞ。もう少し爽やかな方が似合うと思う。あたしの心情など全く知らない王子(仮)はゆっくりと大剣を構え直す。

「戦えるんだろうな」
「任せてよ」
「……足手纏いにはなるなよ」

 素っ気ないその言葉にニヤリ笑いを返す。足手纏い? なるわけないじゃん、そんなの。バングルのマテリアに意識を向けながら、そう吐き捨てた。


***


「おい、後ろ! 来てるぞ!」
「うわぁあ?!」
「攻撃されるぞ、ガードしろ」
「え、待って! 無理!」
「足元! 気をつけろ!」
「うっ、痛ぁー!」
「馬鹿、そっちじゃないこっちだ!」
「ぎゃあ!」
「……あんた、鈍くさいな」

 全然王子様じゃない!!!!!
 座り込むあたしを見下ろしながら、呆れたように溜息を零す金髪男を睨みつける。不遜なその態度に苛立ちが募ったが、完全に足を引っ張っていた自覚があるのでなにも言い返せなかった。ち、ちくしょう! よく考えればいつも戦うのはモンスターだし、一回だけ闘ったハゲ男にはまぐれ、というか不意打ちで勝利しただけだ。あーあ、人間相手の戦闘がこんなにも勝手が違うとは思わなかった。ぼそりとそう呟くと「負け惜しみか」辛辣な言葉。そうだよ!! 悪いかちくしょう!!

「ほら」

 手渡されたのはポーションだった。戦闘は散々だったが回避はうまくいったので、それほどダメージを受けたわけではない。放っておいても傷は治るけど、有り難く頂くことにしておく。ちなみに、座り込んでいるのは倒されたわけではなく、足元の瓦礫に躓いて勝手に転んだからだ。はいはい、鈍臭くてすみませんね。

「立てるか」
「うん、えっと、」
「……クラウドだ」
「カレン」
「カレン、立てるなら移動した方がいい。すぐに追手が来るはずだ」

 顔がぐいと近づいたと思ったら、二の腕を力強く引かれて立たされる。う、わ、びっくりした。急激に赤くなったであろう頬に気付かれないよう、クラウドから必死で顔を逸らした。くっそ! 馬鹿って言われたの忘れてないからな! ちょっと顔がいいからって! くそ!

「こっちだ」
「どこに向かうの? あたし、伍番街スラムに行きたいんだけど」
「七番街スラムだ。どっちにしろ電車を捕まえないと駄目だな」
「ん、案内よろしく」

 なにか言いたそうにクラウドが眉を潜めたけれど、溜息を付いただけで「こっちだ」と駆け出した。ハーンその顔むかつくな! 初めての場所ですからね! わからないだけで! 方向音痴じゃないですから! 文句を言おうと口を開いた瞬間、前方に軍事車両が現れた。ドリフトしながら急ブレーキ、進行を妨げるように止まった車から、バラバラと兵士が降りてくる。同時に、背後に退路を断つように軍用トラックが突っ込んでくる。武装した兵士の多さに目眩がしそうだ。

「袋のネズミだ!」
「てこずらせやがって!」
「カレン、やるぞ。援護頼む」
「はーい」

 剣を抜いたクラウドの後ろからファイアを唱える。シールドを持つ兵士には魔法が手っ取り早い。気力が持つかどうかが少し心配だけど、出し惜しみしている余裕はないもんね。一般兵を秒でのしたクラウドが、最後に部隊長と思われる男を斬り捨てる。しかし、息つく暇もなくまた湧いてくる神羅兵。キリがないんですけど!!

「追いつめろ! 逃がすな!」
「八番街警備二班。男と女を追いつめた。これより確保する」
「おい、その剣は――」
「クラウド、キリないよ、どうする?!」
「っ、あ」
「クラウド?」
「いや……カレン、こっちだ!」
「え、ま、ぎゃああああ!!」

 突然クラウドに抱き寄せられたと思ったら、そのまま肩に担がれた。視界がぐわんと揺れる中、クラウドが兵士を切り捨てて走り出す。石畳の振動が直接お腹に響いて吐きそうだ。それでも、銃を撃ってくる神羅兵に向けてファイアを放ったあたし、えらい。と、クラウドが石の欄干に飛び乗った。この下は線路だ。そして、向こう側から走ってくる、黒い鉄の塊。うそ、うそ、うそ、うそ!

「舌、噛むなよ」
「嘘でしょー!!??」

 この金髪との出会いが、あたしの運命を変えることに、この時はまだ気付いていなかった。



***



「状況は」
「すみません、逃げられました」
「男は金髪で大剣を持っていました。かなりの腕です」
「あ、そ。……女は?」
「フードを被っていたので、よく見えませんでしたが……金髪か、銀髪か。とにかく魔法が厄介で、」
「もういい」

 シッシッと手を振ると、兵士たちは敬礼をしてその場から去った。割れた石畳。ところどころに付いた煤を指先でなぞる。アッシュブロンドの癖毛が、深く鋭いエメラルドの瞳が、脳裏をチラついた。間違いない、カレンだ。ぞくぞくと湧き上がる感情に、唇の端が自然と釣り上がる。彼女の痕跡を探るように、ぺろりと指についた煤を舐めとった。やっと尻尾を掴んだと思ったのに、また手のひらからすり抜けていくのか。二番街の方に逃げてくれば、自分が捕まえてやったのに。八番街かよ。新人じゃねーっての。

「随分とかくれんぼが上手になったモンだ」

 相棒が相対してから、彼女は忽然と姿をくらましてしまった。下級兵からの報告は定期的に上がるから、ミッドガルには居るようだけれど。古代種の家にも、スラムの孤児院にも、痕跡はあれど姿は見えず。四番街やウォールマーケットの男のところにまで足を運んだものの、彼女を捕まえるどころか一目見ることすら叶わない。天文学的に運が悪いのか、はたまた彼女の動物的な勘が働いたのか。それとも、

「……あ」

 マテリアか。常に装備していたからすっかり忘れていた。そういえば、彼女はその出自からマテリアの気配に敏感ではなかったか。ならば、下級兵にだけ姿を見せていたことも頷ける。一般兵が装備しているマテリアのレベルなど、たかが知れている。だから、タークスの包囲網から……オレから、逃れられたのか。クク、喉の奥でひとり笑う。そうと決まれば、やることは一つだった。

「待ってろよ、カレン」

 絶対、見つけてやるからな、と。


200504



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