25話(中編)


カーテンの向こう側でラクシャータさん達の会話が聞こえてきた。

「南さん達に知らせますか?」
「んー……どうしようかしら。
平定担当の子達、もうすぐ帰艦するって連絡があったみたいなのよねぇ」

もうすぐ帰艦……ゼロ達かな?
すべての着替えを完了し、クルッと一回転。
靴は足にすぐ馴染み、軽くてとても歩きやすい。
患者着をたたみ、紙袋に入れてから、カーテンをゆっくり開け、ヒョイッと表に出る。

「着替え終わりました!」
「あらぁーサイズぴったりみたいねぇー。
似合ってる!」
「かわいいよっ!!」
「とても良いですね」

嬉しいのと照れくさいので半々だ。
ラクシャータさんのところに行き、紙袋を渡す。

「これに着ていたやつ入れました」
「はい。もらうわね」

ベッドそばの写真立てがさらに増えている。
めちゃくちゃ良いカメラで撮影された写真のようで、ディートハルトが厳選したゼロはどれも美しかった。
ふふ、と息をこぼす。

「行きたいところある? 案内するわよ」
「ありがとうございます。
格納庫に行きたくて……」
「帰艦した誰かに会いたいんですか?」

顔がじわぁ、と熱くなる。

「……はい。
帰艦したゼロに、一番に会いたくて……」

ジェバイトさんは微笑ましそうな顔で頷き、ドライブさんは目をキラッキラ輝かせて、ラクシャータさんは満面の笑みで「行くわよぉー!」とウキウキの足取りで医務室を出ていこうとする。
慌てて追いかけ、足を止め、モニター前の2人に視線を戻した。

「あ、あの!
治療してくださってありがとうございました!!」
「いえいえ。当然のことですよ」
「そうだよ! いつだって助けるからねぇ!!」

2人にペコッと頭を下げ、あたしも医務室を出た。
通路をラクシャータさんと並んで歩く。

「みんなから聞いてるわよ。
長いこと体を抜け出ていたんですってね」
「はい。バベルタワー事件の一ヶ月前くらいから……だと思います」
「そんなに前から?
……そう。ずっとずっと頑張ってたのね。
あなたがゼロを支えて、ゼロがあなたを支えて……そんな感じ?」

顔がまた熱くなってくる。

「えー……まぁ、そう、ですね……」

胸の奥がドキンドキンとうるさい。
幽霊の時には感じなかったそれが、あたしにはひどく新鮮だった。
恥ずかしい。さっさと話題を変えよう。

「……幽霊状態の時、斑鳩を探検したことがありました。格納庫には行ったことあるんです。
でも天井すり抜けて一直線で飛んでいたから、どこの通路を通って行くかいまいち分からなくて。案内ありがとうございます」
「いいのよぉ。どこへだって案内するし、いつでも付き合ってあげるわ。
楽しいからね」

ウキウキした声だ。あたしも楽しくなってきた。

「空さんっ!!」

後ろの離れたところから名前を呼ばれ、その声がディートハルトの声で、消えない苦手意識で顔がクシャッとなった。
足を止めたけど顔を合わせづらくて、走る足音が近づいてきて、やっとぎこちなく振り返る。

「ど、どうも……お久しぶりです……」
「今お時間よろしいですか?
私はあなたと、空さんと対話したいと思っています」

苦手だと思っていた微笑みが今は無い。
ディートハルトの顔にいつもの余裕は少しも見当たらない。ポカンとしてしまう。

「か……格納庫で話します……?」

つい誘ってしまった。


  ***


広大な格納庫で、整備士の団員達があちこちで待機している。
ラクシャータさんが先ほど言っていた、平定担当の子達が帰艦するって話を思い出した。
休憩スペースは無人だけど、帰艦してきた団員さんが休憩しに来たら場所を移そうかな……と考えた。
ラクシャータさんは「誰か帰艦したら戻るわねぇ」と席を外し、ベンチに座るのはあたし達だけだ。
ディートハルトは両膝をぴたりと閉じ、その上に両手を乗せて、背筋はピンと伸ばして、良い姿勢で座っている。
人間ふたり分は距離を開けているから、ディートハルトの頭から足までよく見えた。

「空さん」

真剣な顔だ。
不思議と苦手意識がちょっと減ってディートハルトの顔を直視できる。
いつもの微笑みじゃないから?

「……はい」
「対話の時間をありがとうございます」
「そんな、ありがとうなんて……ちょうどあたしも話したくて……。
どうして……対話したいと……?」

あたしは幽体離脱できることをディートハルトにだけは秘密にしていた。
そのことでたくさん質問されるかもしれない。
ちゃんと話すつもりでいるけど、心にある苦手意識でどうしても身構えてしまう。

「私はあなたに謝罪したい。関係の修復をしたいと思っています」

んんん????

「『二人きりでは二度と話したくない』……空さんはそう考えているだろう、と私は思いました」
「ングッ」

痛いところを突かれてうめいてしまった。
「大丈夫ですか?」と聞かれ「なんでもないです」と答えた。

「あなたと言葉を交わしたいくつかの日、その全てを私は覚えています。
中華連邦に神楽耶様とラクシャータと逃げ延びた後、事あるごとに後悔の念に駆られました。
思い出すたびに思うのです。『私は間違ってしまった』と。
もっと慎重に言葉を選び、警戒心を抱かせない友好的な振る舞いをするべきだったと……。
空さんの私の印象は『最悪』にはならなかったと!
非礼の数々、まことに申し訳ありません」

うわー……見抜かれてるぅ……。

よく分からない心境の変化にあたしの気持ちは追いつけない。
突然すぎて、なんでそうなった!?と疑問で心の中が大騒ぎだ。
あたしの知らないところでディートハルトに何かあったのかな?
段階をすごいスッ飛ばしている気がする。

「わ、分かりました。全然気にしてないので大丈夫です。
でも別にそこまで重く考えなくても……。
あたしと話さなくても、接触しなくても支障ないはずですよ……」

ディートハルトの心にはゼロしかいない。
罪悪感なんて抱かず、ゼロ以外の人には心の底からの『ごめんなさい』は言わない人……それがあたしの中のディートハルトだ。
他人の評価は気にしないし、あたしが『最悪!』と思っても関係ない。
今のディートハルトは全然らしくない。

「支障はもちろんある。
私はあなたと、ゼロに向ける気持ちを共有したいのです。
空さん。あなたはゼロが好きですか?」
「うぇえ!?」
「もちろん好きでしょう。その想いがなければ黒の騎士団の一員にはならない。
私もゼロが好きです。大!好きです!!」
「きゃあああ!」
「私はゼロに心酔している。ゼロを思うと高揚するのです。
ゼロのつくる世界をすぐ近くで、この目で見たいと思っている」

ディートハルトは満面の笑みだ。はぁはぁと興奮の息遣いで語る。
すごい熱意だ。ディートハルトの告白に、あたしもちゃんと返してあげなければ!という気持ちになってしまう。

「あたしも大好きです。
ゼロのそばにいたいし、ずっとついていきたいと思います。どこまでも!!」
「ああやはり! 私はそれを聞きたかった!!」

『関係の修復をしたい』の具体的な事が何かピンとひらめいた。

「もしかして……あたしとゼロについてトークしたいってことですか!?」
「おっしゃる通り!
ハッハッハ!! 気分が晴れる心地だ!!」
「ゼロの好きなところ言い合いっこしたいってことですか!?」
「ハッハー素晴らしいッ!!
そうです! 私はそれを求めています!!」

長いこと抱えていた苦手意識が消滅した。
ふたり分空けていた距離をひとり分縮める。

「いいですよ。言い合いっこしましょう」
「ありがとうございます。
しかし、意見の交換会は後日開催致しましょう。
空さんと話したい方は他にもいますから」

満足そうに微笑んでいる。
苦手だった表情が、今は不思議と嫌じゃなかった。

「ディートハルトさん。
医務室にゼロの写真をありがとうございます。
ラクシャータさんから聞きました。あたしが目覚めた時に安心できるように飾っていくって」
「ふふふ。
あれは私のコレクションの中から選んだ特に素晴らしかった写真達です。
私が気に入っているのは至近距離で撮った1枚ですね。
仮面に景色がわずかに写り込んでいる」
「えっ! あのどアップのやつですか!?」

近くでただ撮っただけかと思ったら!

「うわぁーおしゃれ!! いいですね!
ゼロの近くにこんなのあったんだ……って写真見ながら思うやつ!
医務室戻ったらじっくり見ますね!」

ディートハルトの目尻が下がる。
嬉しそうなニヤニヤ顔だ。

「特別な写真ですね。
一般人はあんな近くでゼロを見れないから、至近距離で撮影できるのもすごいです。
貴方だから撮れるんだろうなぁ……」

得がたい逸材とゼロは言っていた。
独断で動いたり、誰も言わないような冷酷な進言をしたり、心に引っかかるアレコレはあるけれど。
唯一無二の働きをする人だから、ゼロは撮影を許したと思う。
苦手意識でディートハルトから離れていたけど、今では自分から近づきたい気持ちだ。

「ディートハルトさん。
対話したいって言ってくれてありがとうございます!
お話しできて楽しかったです」
「えぇ、私も心が踊りました。
充実した時間にしていただき、感謝していますよ」
「はい!」

整備士の人達が動き始めた。

「……そろそろ帰艦してくる時間ですね。
人がたくさんこっち来たら場所を空けましょうか?」
「ええ。そうしましょう。
空さんは」
「え?」
「……ゼロは新しい時代を作れると思いますか?」

あたしを見つめる瞳は淡くて薄い紫色だ。
まっすぐ見つめ返し、ディートハルトの質問に笑顔で答える。

「つくりますよ。
世界を変える理由がゼロにはあるから」
「ゼロはどんな世界にすると思いますか?」

熱心に見つめてくる。
目力が強くて、ひとり分空いているのにすごい至近距離にいる気持ちになった。
どんな世界に? 頭に浮かんだのは……

「……ブリタニアが無い世界」

ディートハルトは唇を結び、目を見開く。
いけない、喋りすぎた。話したことで好感度が高くなってしまったから。

ナイトメア用のエレベーターが動き始め、帰艦してきたナイトメアをどんどん格納していく。
エレベーター全台が稼働し、パイロットが次々降りて来る。無人になったナイトメアが収容されていく。
待機していた団員さんが手早くドリンクを渡していくのが見えた。
パイロットスーツの団員が数人、こっちに来る。零番隊の人じゃない。
帰艦したのは中華連邦で反対勢力を攻略していた人達か。
ペコッとお辞儀し、休憩スペースをディートハルトと離れた。

「空さんがここに来たのはゼロを迎える為ですか?」
「はい。やっと体に戻れたから、ゼロに一番に見てほしくて」
「空ちゃんっ!?」

心臓に悪い大声だった。
パイロットスーツの省悟さんがバタバタこっちに来る。

「ちょ、うそ、いつ! いつ帰ってきたの!?
記憶! 記憶は!?」
「思い出しました。ちゃんと体に戻ることもできて」
「空さんに関する情報はゼロの判断で秘匿しました。
作戦に支障が出るからと」
「いやいやいや! 全ッ然支障出ないから!!
長いこと心配してたんだからね!
藤堂さん! 藤堂さーーーーーん!!」

大声で藤堂さんを呼びに行った。
あっちにいるならあたしも一緒に行きたい、と考えたら、ディートハルトがスッと一歩前を歩いた。
並んで省悟さんの後を追いかける。

「空ちゃんが帰ってきた!!」

明るい大声は離れても聞こえてくる。
視線の先、ナイトメア用エレベーターから数歩離れたところに藤堂さんと四聖剣が揃っていた。
姿が見えた瞬間、駆け足になった。

「戻りました!」

藤堂さんと卜部さんと仙波さんは驚き、なぜか千葉さんは怒り顔でディートハルトを睨んだ。

「秘匿するな!! お前はもっと早く知らせろ!!」
「詳細は報告できない内容でした。
ゼロの判断を私は正しいと思っていますよ」
「もういい!」

プン!とそっぽを向き、千葉さんが歩み寄ってくれた。

「助けられなくてすまない。
空の無事を祈ることしかできなかった。
ずっと苦しかっただろう。斑鳩でゆっくり休息をとるんだぞ」

優しいお姉さんの顔だ。
涙腺がゆるみ、一気に泣きたくなった。
目が熱くなって潤んできて、グッと我慢する。

「バベルタワーの時からだったな。
元気な姿を見たいとずっと思っていたんだ。本当に良かった……」と卜部さんは涙ぐみながら言う。
「奇跡だな。
体を動かすのは辛くないか? けして無理はしないように」と仙波さんは微笑みながら言う。

藤堂さんが前に出てきて、大きな右手を差し出してきた。

「おかえり」

重くて低い、だけど聞いてて安心するしっかりした声。
省悟さんが衝撃を受けた顔で藤堂さんを見て、その『おかえり』がとても貴重な言葉だと思った。
差し出した手を握る。握手する。
ゴツゴツして厚みがある手に『これが長年戦っている人の手か』とドキドキした。
藤堂さんは体温が高い人だ。あたしには熱く感じて、体に戻ったのを改めて実感する。

「ただいま」

声に出して言った後、泣くのを我慢できなくなった。
目からこぼれ落ちた熱い涙は、頬を伝う間にぬるくなる。
視界がぼやけて、肩と喉が震えて、泣きたい気持ちがさらに強くなって。
さすがにドライブさんみたいにわんわん泣けない。ぐす、と音が出た。

「空……」
「ああ……」

目の前がぼやぼや歪んではっきり見えなくても、周りの空気の変化にはすぐ気づいた。

「あ、あの、うれ、うれしくて……。
『おかえり』が……ヒック、思、って……いたよりも、グス……すご、く、うれしくて……。
『ただいま』って、みんなに言えるようになって、ほんとう、よかったなぁって……」
「空ちゃん……ぎゅ、ギュッてしようか……?」

おろおろ心配する省悟さんの声に「お前はダメだ」と千葉さんがピシャリと言う。

「私がする。
胸を貸してやるから」

千葉さんはお姉さんみたいに言う。
顔が涙でぐしゃぐしゃになりながら頷いたら、藤堂さんの手が離れ、千葉さんがギュッと抱きしめてくれた。
あたしもギュッとしがみつく。

「うわぁあああん……!」

誰かが後頭部を撫でてくれた。
一人ひとり順番に。
家族みたいに優しい手で、あたしの涙はもっと出た。


  ***


休憩スペースに座らせてもらって、泣き腫らしたまぶたを濡れタオルで冷やす。
ドリンクを配っていた団員さんはあたしにも渡してくれて、少しずつ飲んだ。

「もうすぐでゼロが帰ってくるって連絡あったわよぉ」

右隣にラクシャータさんの声。

「ゼロの奴、整備士含めた男全員に一時退室を要請してきた。
相変わらず理由は伏せて、だ。
秘密主義も大概にしてほしいな」

左隣に千葉さんの声。呆れと怒りが半々だ。

「ゼロ様が理由が明かさなくても察することはできます。
衆人環視を避けたいからでしょうね」
「えっ」

目の前で聞こえた神楽耶ちゃんの声に、来てくれたんだ!と気持ちが明るくなる。
目を冷やしていたタオルを外した。

「神楽耶ちゃん!」
「目薬です。
これを使えばゼロ様がよく見えるようになりますよ」
「ありがとう」

両目に目薬を差す。
潤いが瞳に広がり、すっきりした気持ちで深呼吸できた。

「効くー……。
……神楽耶ちゃんありがとう。すごいスッキリした」 
「一番良いものを持ってきました」

千葉さんが立ち上がって数歩離れ、空いたところに神楽耶ちゃんが座った。

「要請の他に、空についても確認していました。
格納庫にいるのを知ったゼロ様が『そこで待つよう伝えてくれ』と」
「そこで待て? 空を名指しで、ですか……?」

「うふふ」とラクシャータさんは意味深に笑う。

「ほとんどの人に格納庫を出ていってもらって、あたしには待っててくれ?
それって……」
「空と同じかもしれないわね。
帰艦したら一番に会いたい……ふふ……」
「きゃああっ。
ゼロ様、私には分かります!
大勢に見られたくないというゼロ様のお気持ちが!」

千葉さんが困惑した顔になる。
『見られたくない? あのゼロが!?』と言いたそうな表情だ。

「ゼロが帰ってきた時、空になんて言うか気になるわねぇ」
「もしゼロ様が人目を気にするのであれば、私達も退室しましょう!」

やる気に満ち溢れた声に照れてくる。
ゼロが帰ってきた時を想像すると、あたしも藤堂さんみたいに『おかえり』を言いたくなった。

その後、帰艦した蜃気楼を千葉さんが操作して格納する。
蜃気楼を運ぶエレベーターが停止し、コクピットが開いた。
エレベーターの手前で待機していたけど、立ち上がってこちらに身を乗り出すゼロの姿が見えた。

「空! こちらに来てくれっ」
「ゼロ!?」

なんか様子がおかしい。何かのトラブル?
ゼロはすぐにしゃがみ、仮面が見えなくなる。
言われた通り、もっと近づいた。

「……そうだ。安心できるところに行く。
降りる時は足をかけて、ワイヤーをしっかり握るんだ。
それを守れば絶対に落ちないから」

なんか上からボソボソ聞こえる。
離れたところから見守っていたラクシャータさんと神楽耶ちゃんは、予期せぬトラブルを察知してこっちに来た。

「ゼロは上で何してるんだ?」
「誰かと話してるような……?」

上のほうでゼロ仮面がヒョコッと出てきた。

「空、今からC.C.が降りる。
着地を手伝ってほしい」
「え!? う、うん!」

C.C.の着地を手伝う? よく分からないまま返事する。
手伝いなんて不要だと思うけど。
カッコよく飛び降り、スタッと着地するのがC.C.だと思うのに。

降りてきたC.C.はあたしの知っているC.C.じゃなかった。
びくびくして、目をギュッと閉じて、小さくなって震えていて、周り全てを怖がっている。
『おかえり』すら言えなくなる姿だった。

「記憶障害だ。
そのC.C.は私達の知っているC.C.ではない」

上から聞こえるゼロの声に、一時退室を要請した理由がやっと分かった。


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