24話(後編)


ルルーシュとちょっと会話しただけなのに、神虎との距離はかなり離れていた。
赤目とシンクーさん二人きりの空間には不安しかない。

《シンクーさんに話しかけたりしてないよね……》

驚くから黙っててほしい、と強く思いながらコクピットに飛び込んだ。
中に入ってすぐ、聞こえたのは、

「う、ぐ、……あ、あぁあ……っ」

シンクーさんが声をおさえて泣いていた。
聞いてしまった罪悪感と、入ってしまったことへの後悔が、胸の奥で鋭く刺さる。
誰にも見せずに隠していただけで、シンクーさんはずっと泣きたかったのかもしれない。
あたしはすぐ外へ後退した。神虎に並んで飛行する。

嚮団が遠ざかり、見えなくなって、高速でずっと飛び続け、斑鳩への距離が近づいていく。
C.C.もジェレミアもいる。ジークフリートは撃墜した。
心配することはひとつも無いはずなのに、まだ何か嫌なことが起こりそうな不安がある。
胸騒ぎは消えない。

ルルーシュの声を聞けば、不安も胸騒ぎも消えるのに。
話せる状況じゃないのは分かってる。
それでもあたしは────“ルルーシュの声を聞きたい”と思ってしまった。

《……ここで生体反応?
元のポイントに戻っていたか、V.V.》

いつもと違う小さな声が聞こえた。あたしに言っていない、まるで独り言みたいな……。
気を取られているうちに神虎はあっという間に飛んでいく。
あ!と思って慌てて追いかけ、斑鳩の甲板が見えてきた。

甲板に到着、コクピットが開く。
マントで包んだ赤目を抱えて飛び降り、軽やかに着地する。
さっきのルルーシュのアレが気になって仕方ない。目の前のことに集中できない。

「私はあなたをまっすぐ医務室へ送り届けたい。不審に思われたくはないから、けして声は上げないでくれ」

マントの内側に向けて呟き、颯爽と歩く。
シンクーさんは本当にすごい。どんな姿になっても受け入れてくれる人だ。

《何!?
しまった! これは神根島の!》
《っ!! ルルーシュ!?》

遠く小さく聞こえた、緊急事態が起こった時の切迫した声。
目には見えない大切な繋がりがブツンと切れた。

《……ルルーシュ?》

引き千切られたように感じた。
結びついていたものが解けた、ルルーシュの『話したくない』のあの時と全然違う。

《ルルーシュ! ルルーシュ!!
あたしの声聞こえる!?》

視界が狭くなる。周りが見えなくなる。

《ルルーシュ! 聞こえたら返事して!!》

がくがくと視界が震える。動けなくなる。
待ってるのに返事が聞こえない。

《な、何かあったんだ……》

目の前をちゃんと意識して見る。
シンクーさんの姿がない。医務室に行ったんだ!
急いで追いかける。最短距離で飛行する。
医務室に飛び込めば、

「なんで出ていかなきゃいけねーんだよ!
説明しなきゃ分かんねぇだろうが!!
お前もゼロみてぇなこと言いやがってよォー!!」

玉城が喧嘩腰でシンクーさんの前に立ちはだかっていた。

《あああもう! 玉城どいてあげてよぉ!!》
「おい落ち着け玉城」
「うるさいわねぇ。静かにしてちょうだい」
「消化できない苛立ちで当たり散らすのは黒の騎士団の幹部として相応しくない振る舞いですよ、玉城さん」

後ろからぞろぞろと南さん、ラクシャータさん、ディートハルトが出てくる。
シンクーさんは玉城の後ろ、ラクシャータさんに視線を向けてホッと表情をやわらかくした。

「よかった。すぐにお会いできた。
ラクシャータさんにだけお伝えしなければならないことがあるんです」

ディートハルトの目線が下がる。ゼロマントの包みをジーッと凝視する。

「あなたはゼロと共に作戦に出ていたはず。なぜひとりだけ帰艦を?
そのマントはゼロのものですね」
「んな!? ぜ、ゼロに何かあったのか!?」
「静かにしろ玉城」

シンクーさんは深く頭を下げた。ポニーテールがバサッと落ちる。

「お願いします。ラクシャータさんを残して全員退室を。
火急の要件なんです」

最初に動いたのは南さんだ。 
ひとり歩き、玉城をバシッと叩いてから行く。

「行くぞ玉城。
説明は全部終わってから聞いたらいい」
「んだけどよォ……」

医務室を出ていく背中を見送り、玉城はシュンとした。
白衣姿の治療班の人達もぞろぞろと医務室を後にする。

《ゼロ……大丈夫かな……。
斑鳩に留まってくれって言われたけど……》

あの声は大丈夫じゃない声だった。
V.V.に何かされたかもしれない。

《ゼロにはC.C.がいる。だから大丈夫。大丈夫……》
「私もここを出ることにしましょう。
ゼロには後ほど、玉城さんが退室を渋っていたと報告しましょう」
「ハァ!? なん、今出るところだよ!!」

歩き始めたディートハルトを、玉城は怒った顔で追い抜いてスタスタ歩く。
医務室を出る前に「絶対後で説明しろよ!!」と怒鳴ってから退室した。

「ありがとう」

出ていくディートハルトは、シンクーさんのお礼にピタリと止まる。

「今回の作戦の詳細をゼロは話してくださらなかった。
私が知っているのはブリタニアの研究施設を叩くことだけ。
ゼロのマントを手に単独で帰艦された、あなたが何を持ち帰ったのか……私はそれが知りたい。
お時間あるときにぜひ話を聞かせてください」

好奇心大満開の笑みをニヤーッと浮かべ、ディートハルトも退室する。シンクーさんは感情を隠した真顔でそれを見送った。
プシュー……と音を立てて扉が自動で閉まる。

「断る。
と言いたいところだが、執拗に追い回される予感がするな」
「アイツしつこいわよぉ。でも悪いヤツではないのよね。
あの子が目覚めた時に安心できるように、来るたびゼロの写真を飾っていくのよ」

ラクシャータさんは奥に顔を向ける。
たくさんの医療機器に囲まれ、白いベッドであたしの体は眠っている。
そばにはオレンジの薔薇の花束と、写真立てが
6つ並んでいる。
目を凝らして確認する。どアップだったりポーズが決まってる全身の写真だったり、全部違う。

《安心できるように……》

ディートハルトへの気持ちはずっと変わらないけど、ほんの少しだけ苦手意識が和らいだ。

「話したくはないが、空さんを思う気持ちは認めよう」
「それじゃあ本題ね。
火急の要件、聞かせてちょうだい」
「はい。
空さんにはどんな治療も……どう働きかけても目覚めない。今もそうですか?」
「そうよ。解明もできていない。
おそらく監禁されている時、データに残ってない何かをされた。
私達にできることがあるなら目覚めた後ね」

ラクシャータさんは悔しそうだ。
それでもシンクーさんに目を向ける時にはいつもの笑みを浮かべる。

「人払いはそのマントの中身を私だけに見せるため?」
「はい。
見せないまま、あちらの空さんにこれを渡すことをラクシャータさんはきっと認めない。だからお見せします」
「ゼロに頼まれたもの?」
「そうです。ゼロが私に託してくれた。
けして大きな声は上げないように」
「声を? いいわよぉ。何を出してきても動じないから見せてちょうだい」

キセルを口元に近づけ、不敵に微笑む。
シンクーさんはマントの包みを開き、目を閉じたあたしの生首を表に出した。
ラクシャータさんは声を上げなかった。
緊張した顔で、大きく目を見開いて凝視する。

「これを空さんに渡せば元に戻る、とゼロが」

ラクシャータさんは無表情で歩み寄る。
まばたきを一度もすることなく、キセルをくわえ、生首に両手を伸ばした。
シンクーさんはジッと動かない。
閉じたまぶたをラクシャータさんは親指で覆い隠すように触る。
きれいで余裕のある表情が、初めてくしゃりと大きく歪んだ。

「眼球に……動きが……。
なに、これは……」
「遠い昔に聞いたことがあります。
人は心と体と魂で構成されていると。
おそらく、そのひとつが……」
「……これね。
なんてこと……」

ラクシャータさんは両手を軽く上げ、一歩後ずさる。
くわえていたキセルを右手で支えた。
生首から目を逸らし、嫌悪と怒りがにじみ出た表情になる。

「データに残ってない何か……それが、これだって言うの……?
あの子に、なんてことを……!」

ラクシャータさんはベッドに向かって歩き始めた。少しだけ前のめりで、苛立ちを隠せない早歩きで。
その後ろにシンクーさんは続く。

「“それ”を調べたいところだけど、そんな猶予はあの子に無い。
元に戻るとゼロが言うなら……やることはひとつよ」
「ありがとうございます」

あたしもシンクーさんに並んで近づく。
やっとだ。やっと戻れる。
目の辺りが熱くなり、ほぼ同時に、ベッドで眠るあたしも涙を流した。

「……これは……ああ、涙が……」
「ゼロがこの子をここに連れて来た日、ゼロが話していたのよ。
誰にも見えない空が泣いた時、同じように涙を流すって」
「ああ……空さん……。
今、お返し致します」

取り払ったマントをラクシャータさんが「持っておくわよ」と受け取った。
シンクーさんは生首を手のひらで優しく持ち、花束を捧げるような丁寧な仕草で、眠るあたしの胸元に置いた。
閉じていた赤目のまぶたがそっと開く。

「黎 星刻」

微笑みながら呟く生首にラクシャータさんはギクリとして、シンクーさんは小さく頷いた。

「防衛機制が働いた時、この子がどうして最初に君のもとに行ったのか……ようやく分かったよ。
助けてくれてありがとう」

元気な笑顔でニコッとする。ラクシャータさんは固い表情で一歩後ずさった。
赤目はあたしにも視線を送ってくれる。

「七河空。
キミは死んだことで最終段階に至った。好きなタイミングで戻れるようになったからね。
まずは一回体に戻って、その後ゼロのところに行っておいで。
行きたいと強く思うだけで、キミはこの世界のどこにでも行ける。
ちょっと疲れたからボクはあっちでゆっくりしてるよ。久しぶりに全話見たくなっちゃった」

生首が吸収されていく。
合成した映像みたいな光景だった。

《ありがとう。行ってらっしゃい》

目を細めた穏やかな表情の後、生首は跡形もなくきれいに消えた。
あたしの意識も遠くなる。待ち望んだ、久しぶりの感覚だ。
ベッドにぐらりと倒れ、あたしの体にぶつかって、海に潜ったような感覚になって。
何も見えなくなって、そして────

「(いや、いやだ、こんなところで。
花を、持って行けてないのに、スザクに、何も言わないで、こんな……。
やめて! いやだ、助けて……!
さわらないで!!)」

────内側で自分の声が響く。
自分の瞳が別の誰かの瞳になったように、知らない景色が目の前に広がった。
声が内側から響く。ミレイやジノ達、“ソラ・ラックライト”が大切に思っている人達の名前を叫んでいる。
実験場に連れて行かれた時の、苦しくて辛い絶望の記憶だった。

「(ナナリー様……スザク……。
ごめんなさい。ごめんなさい……!)」

彼女の記憶が一斉に流れ込んでくる。
あたしが本物の幽霊になるよりも前、新たに生まれた心が蓄積してきた記憶の全てを。
彼女じゃなくて、あたしの記憶になっていく。
実際に体験したみたいに、
鮮明になってきて────

「ああああああああああぁッ!!!!」

────視界に広がる医務室の天井。照明がチカチカと目に痛い。

「人を呼ぶわ!!」

ラクシャータさんの声、走る足音。
目の前が揺れて、頭が痛くて割れそうで、飛び起きてすぐに両手で頭を押さえた。

「う、あぁ、ああ……あああああああ!!」
「空さん!!」

シンクーさんが力強く支えてくれた。
目の前が真っ暗になって、知らない景色の数々が浮かんでいく。
知らないナイトオブラウンズの人、たくさんの会話、膨大な情報に吐きそうになる。
新しく得た記憶にギアス能力者もいた。
ヴァルトシュタイン卿、アーニャ、租界で見つけた・追いかけてきた少年 フロスト
の赤く輝く瞳。ギアスのことが分からないまま、彼女は意識して避けていた。
彼女の記憶はまるで暴力だ。衝撃が頭の奥をずっと殴ってくる。
ずっと触れなくてずっと痛みを感じなかった。だから強烈で、その激痛を受け入れることができなくて、少しでもいいから楽になりたくて、この体から離れたいと思ってしまった。
スッ、と痛みが消える。

「……え?」

目の前が見えて気づく。
下にいるのはあたしを抱きしめるシンクーさんと、気を失って倒れ込む自分の姿。
幽体離脱だ。体が透けていて、医療機器の上から見下ろしていた。

「や、ヤバ、戻らないと!」

慌てて自分の体に飛び込み、一気に感覚が戻り、頭の激痛を感じなくてホッと息を吐く。
本当に好きなタイミングで戻れるようになったんだ。
ハッと、背中を支える腕と、近すぎるシンクーさんに気づく。顔がボッと熱くなった。

「……空さん?」
「だ、大丈夫です! もう痛くない! だから!!」
 
腕の中でバタバタするあたしに、シンクーさんは微笑んで離れてくれた。
ドキドキしていたら、医務室の扉が開いて玉城が飛び込んでくる。

「空が目覚めたって!?」

「出入り口で止まるな!!」と南さん。
「どきなさい!!」とラクシャータさん。

ドンと押されて玉城が入室する。
他にも医療班の人達、神楽耶ちゃん、ディートハルトや杉山さんも入ってくる。
視線がぶつかる。みんなが見てくれる。
目が熱くなって、涙がみるみる溢れてくる。

「戻れたよぉおおおおおおお!!!!」

ベッドを降りて駆け寄りたいのに体が上手く動かせない。
ドタドタ走る音が近づき、ガバッと抱き締められる。

「うわぁあああああ空ーーーー!!」

号泣する玉城は温かい。あたしもギュッとする。
ただいまを言いたいけど、それよりも。
あたしは今すぐルルーシュのところに行きたかった。

「ずっと心配してくれてありがとう、玉城」

立ち上がったり歩いたり、それと同じように、意識して幽体離脱したらスルンと体から抜けることに成功した。
ふわっと宙に飛び上がる。
あたしの体は眠りにつき、驚き顔の玉城が支えるのが見えた。
全員が見上げてくれている。
この状況にみんな心が追いついていないようで、医務室はすごい静かで誰も声を上げようとしない。

「あ」

気の抜けたあたしの声。

「あたしのこと、見えてる……?」

マヌケな声が出た。
幽体離脱できるのを知っている人達はウンウン頷き、神楽耶ちゃんはきらきら笑顔になり、初見の医療班の人達は叫びだす寸前の顔で硬直している。
シンクーさんは泣き笑いの顔で見上げてくれて、ディートハルトは真顔でカメラをパシャパシャ撮る(なに勝手に撮影してるんだコイツと思った)。

「ごめんなさいラクシャータさん!
なんか自由に幽体離脱できるようになったからゼロのところに行ってきます!!」
「何言ってるの! やっと戻れたのに!」
「本当にごめんなさい!
でも好きなタイミングで戻れるようになりました!」

目を閉じて、体に戻ることを意識したら瞬時に感覚が戻った。
至近距離に玉城がいて「おわ」と少し驚く。
「ごめん玉城」と伝え、みんなを見てバッと手を上げた。

「はい! 戻ったよラクシャータさん!!」

そしてまた幽体離脱を意識して、スッと体から抜け出した。
ラクシャータさんは頭を抱えた。医療班の人達は目をゴシゴシする。
ディートハルトはカメラを覗き込んで動画撮影している(あとで絶対消してやると思った)。

「ゼロのところに行くんだろ! 絶対帰ってこいよな!!」
「空さん、私もすぐにここを出立して作戦に戻ります」

玉城とシンクーさんに手を振り、天井を見上げる。

「行ってきます!!」

行きたいと強く思うだけで、あたしはこの世界のどこにでも行ける。

「ゼロのところへ!!」

ルルーシュのところに行きたい!!と思えば、パッと景色が変わった。
そこは広い広い、別世界。
淡い黄色の夕焼け空、見覚えのあるどこかの神殿。 
目の前に蜃気楼が立ち、そばでルルーシュが倒れていた。ゼロの姿じゃなくて学生服だ。

「ルルーシュ!!」
「……空!
おまえ、その姿は!?」

ルルーシュはガバッと起き上がる。
抱き締めたい気持ちで至近距離に飛んだ。

「戻ったよ! シンクーさんが赤目をあたしの体に運んでくれたの!」
「斑鳩で待機していろとあれほど……。
……どうしてここに!」
「ごめん! 自分の意思で戻れるようになったの! だから……」
「ルルゥーーシュぅうううう!!!!!」

上のほうからエコーのかかった皇帝の声。
顔を上げ、目が飛び出るほど驚いた。
円盤状の階段をのぼった先、遺跡みたいな神殿でラスボスみたいに皇帝が立っている。

「なんでいるの!?」
「下がっていろ! 近づくな!!」
「ふははっははははは! はははははは!!」

特大の笑い声の後、皇帝は息を吐く。
ルルーシュが全身で警戒する中、ニヤリとした。

「……忘却の娘か」
「お久しぶりです。
自分のことを全て思い出して、追い求めていた人にも会えました。
もう忘却の娘じゃありません」

ルルーシュが勢いよくこちらを見る。
説明を求める目に『後で話すね』の意味でパチッとウインクして、皇帝を睨んだ。
威圧感はあるけどそれ以上にムカついている。
怖いなんて気持ちにならないほど、腹が立ってしょうがない。

「あたしの名前は七河空です!!」

前に見た追悼放送で『もし本人と対面することになったら、ものすごい威圧感に潰されて何も言えなくなる』と思っていたけど今は違う。
思ったことを全部言ってやりたい気持ちでいっぱいだった。


[Back][25話/前編へ]
  


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -