21話

 
早朝5時過ぎ。
薄暗いG列車の車内で、少年が座席に固く拘束されている。

「死ぬまで我に従え」

ルルーシュのギアスに少年の瞳が赤く染まる。
舌を噛んで自決するのを防ぐ為に取り付けていた器具を、ジェレミアはソッと外した。

「今の主人は俺だ。俺以外の人間には従うな」
「はい。
僕の心も、命も、全て捧げます」

まばたきしないで、少年────フロストはルルーシュを一心に見つめる。
数日前には考えられない状況。
やっとだ。やっとここまできた。
ルルーシュが質問し、フロストが粛々と答える。
誰の邪魔も入らない空間で、真相がどんどん明らかになる。

咲世子さんが見抜いた、変装した撹乱者はやっぱりフロストだった。
今回の誘拐を考案し、実行したのも彼。
共犯は誰だとルルーシュは問う。
フロストは“R製薬の地下開発部”と答えた。

「R製薬、だと……!?」
《ルルーシュ!
その製薬会社って!!》
《……前に空が教えてくれた製薬会社だな。
エリア11で臨床試験を開始した》

それだけじゃない。その名はつい先日聞いたばかりだ。
軍がその製薬会社に視察と称して立ち入り捜査をしたのは間違いじゃなかった。

「……R製薬は、なぜ彼女の誘拐に加担した?」
「あの女を欲しがってるから。
実験体にしたいって。あの女の血を研究したいって言っていた。特別な体質だって。
あの女を殺してくれるなら僕は誰でも良かったんです」
「殺す? なぜ殺したいと思った」
「僕が、僕であるために。
あの女が死んだら、僕は前の僕に戻れるから」
「前の僕……それは仕事が出来ていた頃のお前か」
「はい。
あの日、あの日から……僕はダメになりました。
あの女のせいで僕の全てが狂ったんです」

赤い瞳に深い憎悪と、無表情だった顔に怒りが浮かぶ。

「その女と何があった。全て話せ」
「はい。前の……ブラックリベリオンの日です。V.V.と共に、ナナリー・ヴィ・ブリタニアを拉致しに行った時、あの女に邪魔されました」

遠いあの日を思い出す。
ナナリーをイベント用品保管室に隠して、廊下へ出て、その後で何が起こったかは今も思い出せない。

《あたしが……V.V.の邪魔を……》
「殺して、持ち帰るよう命令されました。
でも、殺せなかったんです。
何回も何回も何回も何回も何回も何回も殺したのに、全然死ななくて。
僕は……あの女の首を持ち帰った後から……血を見ると硬直するようになりました」

フロストが身震いし、赤い目から涙が流れた。
ジェレミアもルルーシュも時間が止まったみたいに動かない。

《くび……?》
《空! 聞くな!!》
「首だけになってもあの女は生きていて、何をやっても死にませんでした。
赤い目も、耳障りな声も、こびりつく血も、全部ぜんぶ気持ち悪い!!」

その後の会話は音として聞こえていたのに、内容が頭に残らない。
なにもわからなくて。
何を喋っているのか分からなくて。

ルルーシュがフロストの額に拳銃を向けていて、ジェレミアがルルーシュの腕に手を置いているのが見えて、あたしはやっと我に返った。

「お待ち下さい、ルルーシュ様。
殺すのは全ての情報を得てからです」

ルルーシュは唇を噛んでいた。
青ざめた顔で、目は血走っている。
紫の瞳には殺意が溢れていた。

銃口を下ろし、だけど拳銃を握ったまま、ルルーシュはフロストを改めて見つめた。
瞳に冷静さが戻ったの確認した後、ジェレミアは一歩下がる。
ルルーシュは質問を続けた。聞こえる声がどんどん遠ざかって────


『くび、くびが……あたしのくびが』

『廊下に出た瞬間でした』
『……急に……首が無くなったように感じたんです……。
目を開けてるのに目の前が真っ暗になって……。
自分の中で全部がぐちゃぐちゃになったように思えて……』



────やっと理解した。
首を奪われた後、残った亡骸が再生して、“ソラ・ラックライト”は生まれたんだ。

ぼんやりしている間に、ルルーシュは全ての情報を聞き終えたようだった。
外に出るよう言われてその通りにする。
中から一発の銃声が聞こえた。

《実験体……》

R製薬の地下開発部、と言っていた。
あのビルの地下にあの子は捕まっている。
実験体として奴らに好き放題されている。
絶望の中、今もずっと。

目の辺りを激しい衝動が突き破りそうになった。
泣きたいのに声も涙も出ない。
真っ暗だった空が夜明けの色で明るくなっていく。
G列車の扉が静かに開き、ルルーシュとジェレミアが降りてきた。

「ソラ・ラックライトを助ける。
行くぞ、ジェレミア」
「はい。私が全てを破壊します。
迅速に救出しましょう」

朝日がふたりを照らし、光を纏っているように見えた。
神々しくて、美しくて神秘的だった。


  ***


《必ず助ける。だから空は、外で俺達の帰りを待っててくれ》

R製薬のビルに突入する前、ルルーシュに強くお願いされた。
切実な声に心がギリギリ痛む。
ルルーシュがここまでお願いするなんて。
きっとあたしは中で、見てはいけないものを見て、聞きたくないことを聞いてしまうんだ。
でも、あたしは……

《……嫌だ。嫌だよ。
ルルーシュのそばにいたい。
ひとりで……ここにいたくない……》

限界だ。
フロストの話を聞いてから、もう精神的にギリギリだった。
ルルーシュの顔を見ないと自分の心を保てない気がする。
目の奥が熱い。泣きたいのに涙は出なかった。

《分かった。俺のそばにいていい。
俺だけ見て、俺の声だけ聞くんだ》
《ありがとう……》

R製薬のビルはルルーシュのギアスで完封した。
ビル内にいる研究者全員がルルーシュに従い、無抵抗で床に伏せている。
軍の人間には悟らせなかった地下開発部に案内してくれるのは、主任のグモン・ロウカイと名乗る男だ。
彼はかつてバトレー将軍の部下として、不死の研究に従事していた研究者だった。

「不死の研究……“CODE-R”か」とジェレミアは怖い顔で呟いた。
案内する道中、ギアス色の目で恍惚とした笑みを浮かべ、ペラペラと語る。

クロヴィスの死後、バトレーと共に研究していた人間はナリタの研究所と製薬会社に分かれた。
カムフラージュとして開発していた新薬を世に出し、本国の信頼を得ながら、裏で研究を続けていた。
新薬────細胞を修復したり治癒力が向上するR2-14は人体実験の果てに完成したもので、それを知ったルルーシュとジェレミアの表情が嫌悪で歪む。
ブラックリベリオン後の租界再建でR製薬は活動拠点を手に入れ、バトレーによる国外への誘致を断り、研究を本格的に再開した。

“ソラ・ラックライト”をなぜ誘拐したのか……そのキッカケも意気揚々と語った。
彼はブラックリベリオンの渦中、侵攻する黒の騎士団から逃げる為に避難したアッシュフォード学園の奥の建物で、血の海に倒れている彼女を発見した。

「まるで……高名な画家の作品のような光景でした。
採取した血が財宝のように思えて、神の贈り物のように感じたのです。
大勢の人間から搾り取ったような大量の血は全て彼女のもので、無傷で生きている奇跡を見て、私は彼女をC.C.の再来だと思ったんです」

平気で誘拐・人体実験する人間だ。
その感性とその考えにはついていけないし、一生理解したくない。
別の惑星から来た宇宙人を見ている気分になる。
あたしはルルーシュの顔に意識を集中して心を癒やした。

地下は巧妙に隠されていた。
重要な研究室を通り、無菌室を進み、複雑な手順と生体認証をクリアして、地下開発部に行ける出入り口がやっと現れる。
学園地下の指令室よりも厳重だ。
ギアス色の目を爛々とさせながら、得意げにペラペラと話し続ける。

「誘拐は我々も考えていました。
いつか必ず、手中に収めるつもりでいましたから」

彼女が皇帝の下にいた頃からR製薬は目をつけていたそうだ。
心拍計モニターの依頼をして、位置情報と生体データを得て、エリア11に渡ったことを歓喜しながら、誘拐のタイミングをずっと見計らっていた。
接触してきたフロストは彼らにとって好都合だった。
ルルーシュが誘拐の方法を聞き出す前に目的地に到着する。

最奥の実験場に、“ソラ・ラックライト”はいた。
捕まっている姿に心が潰れそうになる。
自由を奪われ、たくさんのコードが伸びる鋼鉄の座席に拘束され、大きな機械で頭と左腕を固定されて────

「空……っ」
「外道めがッ!!!!」

────あたしは“コードギアス”でいつか見た、囚われて人体実験されているC.C.の写真を、その場面を思い出す。

シャキン、と鋭利な刃物を抜く音が聞こえ、ジェレミアは驚く職員達を斬り捨てる。
大きく跳躍し、一瞬で彼女のいる場所まで接近して、伸びるコードを一閃し、左腕を固定する機械を片手でもぎ取る。
たったひとりで破壊する後ろ姿はドキドキするほどカッコよくて。
潰れそうだった心が何倍にも大きく膨れ上がった。
警告音がビービーうるさい中、頭を固定するヘルメット型の機械をゆっくり外す。

「日常と平穏を奪われ、封殺され、地獄のようだったろう……」

座席に縛り付けるベルトを丁寧に外していく。
ルルーシュが駆け寄る足音も聞こえた。

「私もかつては実験体の身……。
改造の日々は思い出せぬが、貴殿の絶望はよく理解できる……」

解放した後、抱き上げてくれた。
彼女は静かに眠っている。顔色は悪い。
薄いワンピースのような服を着ていて、赤黒い染みで点々と汚れている。
腕には無数の注射痕があって痛々しかった。
触れてもすり抜けるのは今も同じだ。
引っ張られる感覚もしない。

「ルルーシュ様、どちらにお連れしましょうか?」

ジェレミアの問いにルルーシュは視線を外す。
何もない右隣に顔を向け、右手を差し出した。
その手にあたしは自分の手を重ねる。

「空。どこに行きたい?」
《ルルーシュ……》
「どこへでも連れて行ってやる。
軍が管理する大病院でも、シャーリー達のいる学園でも、ナナリーとスザクの居る政庁でもいい」
《あたしは……》

自分の内側、奥のほうから強い何かが湧き上がってくる。
心がぎゅっと締め付けられて、目を覆い隠して泣きたくなる。
シャーリー達に会いたいけど違う。
ナナリーやスザク達を安心させたいけど、それは今じゃなくていい。
ずっと願っていた。

《……C.C.のところに帰りたい。
黒の騎士団の、みんながいるところに帰りたい……》 
「わかった。すぐ帰ろう」

ナナリーに向けて話しているような、愛に溢れた優しい声。
心の奥が満たされる。気持ちが晴れ上がっていく。
大好きだと思った。
愛してる、と強く思った。

「ジェレミア。
俺が所有するナイトメアに彼女を運んでくれ。
その後は彼女の実験記録をコピーし、研究員やデータを全て抹消する。
全てを破壊しろ」
「はい!」


  ***


ソラ・ラックライトを運んでもらった後、ジェレミアを残し、蜃気楼はトウキョウ租界を脱出した。
ゼロ衣装のルルーシュの腕の中で、彼女は今も眠り続けている。
目的地は蓬莱島の斑鳩。
ゼロの通信に南さんが出た。

「『ゼロ! 何かあったのか?
また緊急通信なんて……』」
「なんの話だ?」
「『なんの話って……昨日会議中に……』」
「その緊急通信は覚えがない。後で精査する。
それよりも、医療班を斑鳩のブリッジと医務室に待機させておいてくれ。大至急だ」
「『……医療班? ゼロ、負傷したのか!?』」
「私ではない。空だ。
トウキョウ租界の研究所に監禁されているところを保護した」
「『え!? ちょ、ちょっと待て! 監禁!?』」
「人払いを頼む。
今の空を衆目に晒したくない」
「『わ……分かった!!』」
「意識が戻らない。激しく消耗している。
可能ならば星刻にも連絡を、助力を求めてくれ。データを解析できる人間を集めたい。
頼んだぞ、南」
「『ああ! 任せろ!!』」

通信が切れる。

《そ、そんなに危ないの?》
「実験記録の内容によっては医療処置が必要になる。
奴らが数値をただ解析しているだけなら問題はないが……。
……おそらく、手を施してもこの身体は目覚めない。必要なものが欠けている」

実験記録をコピーしたUSBメモリーは今ここにある。
ルルーシュの顔には疲れがにじみ出ていた。
今すぐ休んでほしいと思えるほど辛そうなのに、紫の瞳は全然曇らない。
あたしの好きなルルーシュの瞳のままだ。

「ずっと考えていた。
空の精神がこの身体に戻れない理由を」

最悪な真相が明らかになったのに。
笑えない状況なのに、ルルーシュは微笑んだ。
前を見据える眼差しは力強い。

「……首だ。フロストが持ち去った首なんだ。
足りない最後のピースは、持ち帰るのを命令したV.V.の手中にある。
それを取り戻せばきっと」

身体に戻れる確証はない。
奪われた首が今も残っているか分からない。
それでも取り戻しに行かなきゃいけない。

《あたしは身体に戻れる、だね。
嚮団の場所が分かったらあたしがV.V.の位置を特定する》
「いつもと違うな。
たったひとりで先行するつもりか」
《うん。これはあたししか出来ない。
一定の速度で飛ぶから内部の地図を作ってほしい。
V.V.への最短ルートが分かれば全員でそこを一斉に叩ける。
あたしはV.V.を絶対に逃がしたくない》
「そうだな。逃げる暇は与えない。
嚮団にいるギアス能力者を足止めには使わせない」

弟達みんな、だったかな。
ロロがそう話していた。
嚮団には大勢のギアス能力者がいるはずだ。

ルルーシュはゼロの仮面をかぶり、蜃気楼は最高速度で海を飛行する。

そのうち鉄色の蓬莱島が見えてきて、
小さかった斑鳩がどんどん大きくなり、
蜃気楼は降下し始めた。
甲板が近づくにつれ、集まっている人の姿がよく見えるようになる。
医療班の人達とラクシャータさん、南さんと杉山さん。扇さんはいない。玉城は必死な形相で大きく手を降っている。C.C.も怖い顔でこっちを見上げている。ディートハルトだけ冷静だ。
甲板に着地した蜃気楼は搬送しやすいようにしゃがみ、ハッチを開ける。

「ゼロ! 空ーーーーーーー!!」

玉城が絶叫する。
医療班がすぐ駆け寄り、引き渡しながらゼロは傷病の状態や血液型を伝えた。
研究所に監禁────それしか知らない南さん達は息もできない顔で立ちすくむ。
「なんで空が……」とあ然とする杉山さんの声も聞こえた。

「ゼロ。先方には一報入れました。
半刻で到着するそうです」

ディートハルトは普段と変わらない声音で報告し、ラクシャータさんはストレッチャーで運ばれていく姿を苦しげな顔で睨んだ。

「あの腕……ただ監禁されてたわけじゃないわね。
データの解析ってまさか……」
「人体実験か」

C.C.の言葉に、場の空気が凍りつく。
全員が声も上げられない様子だった。
玉城はボロッと涙をこぼす。

「枢木の野郎は何してたんだ!?
そばにいたんじゃなかったのかよ!!
何やってんだよアイツはよォ!!
チクショーーーーーーーーッ!!!!!」  

腹の底からの怒声。
本気で怒ってくれて、胸の奥が温かくなる。
ゼロはラクシャータさんにUSBメモリーを掲げて見せた。

「解析したいデータは全てここに入っている。
予備の端末を使ってくれ。
画像と映像も記録されている。治療に必要な情報だけ参照したい。」

ゼロの手から受け取るラクシャータさんは、
「最悪ね。これは男連中には見せらんないわ」と呟き、きびすを返して甲板を立ち去った。
ディートハルトがゼロにスッと歩み寄ってくる。

「ゼロ。この一件を世間に公表しますか?
軍と総督のお膝元での非人道的な所業は、瞬く間に全世界に……」
《え!? 嫌だ止めてよ!!》

後ろで「いやちょっと待て!!」とか「なに言ってんだお前!!」と非難の怒号が飛んでくる。

「もちろん、被害者を特定できない形で編集します」
「公表はしない。却下だ」
「……はい」

ゼロの氷点下の声に、ディートハルトは深く頭を下げて頷いた。
マントをバサッとさせてゼロはディートハルトから離れる。

「多くは語れないが、諸君に状況説明をしたい。
ブリーフィングルームに集まってくれ」

ゼロの呼びかけに南さん達が歩き始める中、C.C.だけが一歩も動こうとしない。
甲板の人影が蜃気楼とC.C.だけになった後、腕を大きく広げた。

「空」

C.C.の声は大きくて、あたしがここにいることを信じている呼びかけだった。

「おいで、空」
《C.C.!!》

呼びかける声につられ、ひとっ飛びでC.C.の下に行く。
風の音が聞こえた。
C.C.の呼吸の音も、小さいけどちゃんと聞こえる。

「おかえり。
よく頑張ったな」

語りかけてくれる。
抱き締めてもらったような気持ちになり、安心感が胸いっぱいに広がる。
視界がぼやけて、目の前がよく見えない。
熱いものがどんどん溢れていく。
あっちの体もきっと涙を流している。
医療班が驚くだろうなぁ、と頭の片隅で思いながら、涙を止めることができなかった。


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