20話(前編)


月が見えない夜、政庁でロイドさん達の会話を盗み聞きした翌日、ソラ・ラックライトの偽者はロケ撮影に映り込んだ。
前日と同じ服装で、白い花束を抱えた姿で。

スザクと軍が捜索に動いている中、現れた場所はフクオカ租界だった。
最高速度で飛び、ルルーシュのナビを頼りに現地に到着して、捜し続けた。
トウキョウ租界と違って車もけっこう走っている。
人通りの多い道も、無人の細い道も、建物の中も、行けるところは全て行った。

他の撮影・他の租界に現れるかもしれないと思ったけど、どのチャンネルをどれだけ見ても、偽者が映ることはなかった。
『おそらく監禁場所への移送が完了し、捜索を妨害する必要が無くなった。ヤツはもう二度と現れない』とルルーシュは判断した。
ロロの瞳は凪いでいる。もうすでに諦めたようだった。

「もう二度と会えないと思っています。
それよりもソラさんだ。
もしかしたら、嚮団のどこかに……」

嚮団の位置は今も不明だ。
C.C.が情報を得るまで、今は何もできない。
 

  ***


2日経った今も、軍は捜索を続けていた。
ロイドとセシルさん率いる調査隊はR製薬のビルに抜き打ち訪問する。
どの企業でも軍の視察はあるらしい。
R製薬が臨床試験を開始する話は前に聞いたことがある。
名前は知っていたけど研究所に入るのは初めてでドキドキした。
ビルに入ってすぐの受付で調査隊は待機する。
ロイドさんは研究主任に対応を求めたけど、今は出張で一週間は戻らないとのことだった。
ビル内は明るく清潔で、出会う研究者は全員微笑んでロイドさん達を歓迎した。
開発データは喜んで開示し、建物内を隅々まで案内する。
治験者もいて、話を聞いたりスケジュールを確認したり、視察内容は充実していた。
ロイドさんは常にニヤニヤしていて興味深そうに目を細めている。
会話には科学の専門用語が盛り込まれ、何を話しているかサッパリ分からない。
これぐらいでいいかな……と思い始め、視察の途中だけどあたしは帰った。

学園地下の指令室に戻り、ルルーシュの顔を見てホッとする。
ロロは宿題を頑張っていた。
やっぱりここがいいな!とあたしは笑顔で思う。

ルルーシュは中華連邦各地の反対勢力を攻略していた。
指令室のモニターに中華連邦の地図を表示させ、黒の騎士団の動きを確認している。
現在攻略中なのは5ヶ所。
C.C.から連絡はこないけど、順調に各地の攻略は進んでいる。
赤色の地図で2ヶ所が青く染まる。
攻略完了の目印みたいだ。

「剣門関はおちたか。
マカオの空軍施設もおさえた。
カザフスタンの守りには朝比奈と洪古 ホン・グを回せばいいとして、健業の内政担当は水無瀬と杉山に任せるか」

指令室にはロロと二人きりだ。
ルルーシュの表情は柔らかい。
ロロはノートから顔を上げた。

「順調みたいだね、兄さん」
「敵といっても、我々を受け入れない地方軍閥がバラバラに兵を挙げているだけだからな」
「地方軍閥をまとめられる旗印は兄さんが先に手に入れてしまったし……」
「そういうことだ」

携帯が鳴り、相手を確認したルルーシュは眉をしかめた。

「兄さん、誰から?」
「枢木だ」

今のスザクなら捜索状況をわざわざ連絡するはずがない。何の用件だろう?
ルルーシュは仮面をかぶるようにパッと表情を変え、電話に出た。

「もしもし、スザク。
ソラが見つかったのか?」

連絡を待ち望んでいたような明るい声。
未だ見つかっていないことを知っているのに、ルルーシュは本当に演技が上手い。

「『ごめん、ルルーシュ。まだ彼女は見つかっていない……。
……フクオカ租界で姿が目撃されたけど、保護する前に足取りが途絶えてしまったんだ。
捜索はしているけど情報が全然集まらなくて』」
「フクオカ租界? どうしてそんな所に……」

初耳の情報に驚き、疑問に満ちた声を出す。 
もちろん演技だ。本当にルルーシュはすごい。

「『僕の知ってる彼女は絶対にフクオカへは行かない。行く理由が無いんだ。
ルルーシュに電話したのは、聞きたいことがあったから』」

話している途中で底冷えする声音に変わる。
ルルーシュと違い、スザクは自分を隠さない。
月が見えない夜に深刻そうな顔で考え込んでいたのを思い出した。

「聞きたいこと……?」
「『キミがソラと友達なら、彼女がフクオカ租界に行った理由に心当たりがあると思ってね。
教えてくれるかい? ルルーシュ』」

ナイトオブセブンの声。
尋問かな? 少し恐ろしくなった。

「心当たり、か……。
友達にはなったが、俺はソラのことをまだよく分かっていない。
一緒にいた時間ならスザクのほうが……」
「『そうだね。家族みたいに暮らしていた。
でも知らないこともある。ルルーシュと友達になった、とかね。
ソラと話している時に手がかりになるような何かを言っていたかい?』」
「手がかりになるような何か……」

ルルーシュは少し沈黙する。
思い出すように考え込み、口を開いた。

「……そういえば、以前質問されたことがある。
トウキョウ租界に桜は咲くかどうか」
「『桜……?』」
「桜が咲く季節に会えるかも、と呟いていた。
トウキョウ租界で桜が咲く場所を教えたんだ。
フクオカ租界に桜の名所になりそうな場所はあったか?
もしあるなら行きそうだが……」

スザクは沈黙する。
思考を邪魔しないようにルルーシュも黙る。
しばし間をあけてから、

「『……ありがとう、ルルーシュ。
すごい参考になったよ』」

以前のスザクを思わせる柔らかい声音。
ナイトオブセブンとしての彼じゃない、本心から出る声みたいだ。
その後、スザクは挨拶を交わし、電話を終えた。
ふう、とルルーシュは息を吐く。

《お疲れ様、ルルーシュ》
《気を張った。なんとか乗り切れたな》
「兄さん、大丈夫だった?」
「ああ。問題ない」

モニターの地図を消し、校内の監視カメラの映像だけ残る。
席を離れたルルーシュをロロは目で追った。

「イケブクロの様子を確認する」
「G列車のテスト?」
「ああ。宿題の続きは帰ってから見てやるよ」
「いってらっしゃい」

ロロは笑みを浮かべて見送った。

ルルーシュは着替える為にクラブハウスへ戻り、あたしは外でふわふわしながら待つ。
ひとりでいると考えてしまう。
ルルーシュのそばにいたら良かったな……と内心後悔した。

《大丈夫かな……。
どうしよう……ひどいことされてたら……》


「拘束されたらおしまいだ。
救出できる所に監禁されたらまだいいんだけど、誰の手も届かない場所だったら最悪だね」



ずっと前に赤目に言われたことを思い出し、胸の奥から後悔が突き上げてくる。
涙が押し出されてきそうだ。

《こんなことになるなら……あたしの身体、保護してもらえば良かった……。
身体に戻ってから政庁を去った方がいいなんて悠長にしてないで……》

呟いた後、ハッと気づいた。

《……心拍計の故障、嚮団側にとっても好都合だよね……。
外してから数日以内に誘拐なんて……》

後悔と不安を、それよりも強い感情が吹き飛ばす。

《もしかして……ただの故障じゃない……?》

心拍計の開発はR製薬だとセシルさんが言っていた。
途中で帰らないほうがよかったな。
R製薬をもう一回調べたいけど…… 

《……後にしよう。今はルルーシュだ。
ルルーシュの行くところにフロストがいるかもしれないから》

不可視のギアス能力者の姿が見えるのはあたしだけだ。


  ***


池袋駅はビル内部に駅があり、プラットホームの天井はガラス張りのドーム状ですごい明るい。 
ルルーシュが行った先は関係者以外立ち入り禁止のエリアで、周囲は駅員以外無人だ。
マゼンタ色の長い列車が停まっている。

「『準急列車は3番線に10分遅れて到着します。
オオクボ駅までは2番線より発車します各駅停車が先着します』」

遠くでアナウンスが聞こえた。
目がギアス色の駅員がふたり、ルルーシュに報告していた。
よく分からないからあたしは少し離れている。
周囲に目を光らせ、フロストらしき人間の姿を捜す。
警戒しすぎかな……とも思う。
フロストがルルーシュのところに都合よく現れるわけないのに。

「……いいだろう。初期段階としては十分だ」
「では、このスタイルで作業を続行します」

確認作業を終え、ルルーシュは帰路につく。

《ルルーシュ、G列車って何?
あのマゼンタ色の列車のこと?》
《そうだ。あの列車にはゲフィオンディスターバーを搭載している。
トウキョウ租界内の各所を走らせることで、ブリタニアのナイトメアを停止させられる》

池袋の駅ビルには商業施設も各階に並んでいて、目に見える買い物客を数えていく。
全員がただの一般人っぽい。

《空。
今、俺の視界には10人いる。数は合ってるか?》
《うん。常に周りを見ているけど……“あたし”と同じ背丈の人もずっといないよ》
《そうか》

ルルーシュの顔つきが若干柔らかくなる。
ずっと緊張し続けていたみたいだ。

《俺には見えないものを空には見える。誰よりも心強い。
そばにいてくれて安心する》
《安心するのはあたしもだよ。
ルルーシュに危険が無くて良かった。
行く先々で人数言うからね》

商業施設のエリアを抜け、連絡通路に入ろうとした時、道のど真ん中に私服姿のシャーリーが見えた。
スザクらしき男の子と一緒にいる。

「シャーリー?」

声をかけたルルーシュに男の子も振り返る。
やっぱりスザクだ。

《どうしてふたりがここに……》
「……ルルーシュ」

こちらを見据えるスザクの瞳は厳しい。
電話で会話して数時間後の遭遇だ。
ルルーシュがここにいて疑問に思っている。そんな顔をしていた。

「珍しいな。
スザクとシャーリーがふたりでいるなんて」
「あ、ルル、私は……」
「さっきシャーリーから電話があって、僕と話がしたいって。
ここに来てすぐだから、僕は詳しい話はなんにも」

ルルーシュとスザクは同時にシャーリーを見つめる。
彼女の顔色はだんだんと悪くなり、言いづらくて苦しそうだ。
表情に“どうしよう”という途方に暮れた気持ちが色濃く出ている。

《みんなで屋上の展望エリアに行く?
ここより話しやすいと思う》

頷いたルルーシュは、スザクとシャーリーを展望エリアに誘った。


  ***


展望エリアは想像していたよりもずっと広大だった。
芝生も石畳も美しく、噴水まである。
カップルや家族連れが多い。
周囲をよく見て人数を伝えたけど、ルルーシュはどうやらそれどころじゃない。
スザクと並んで歩いているけどよそよそしい。
ルルーシュはスザクを見ないし、顔から笑みが消えたスザクは黒いサングラスで目元を隠している。
ふたりの前を歩くシャーリーもすごく気まずそうだ。

《シャーリー……どういうつもりだ……。
スザクを誘って一体なんの話を……》
《学園では話せない何かかな。
電話で言えるような内容じゃないのかも》

駅ビルは高層階だ。
租界の街並みがよく見える。

《うわー……ここ危ないよ。
見晴らし最高だけど柵が全然無い……》

どうでもいい、とルルーシュが思いそうなことをあたしは考える。
でもめちゃくちゃ気になる。
屋上端の立ち上がり部分に低い壁はあるけど、胸ぐらいの高さまでしかない。
飛び降りようと思ったら簡単に飛び降りれる場所だ。
危なくてハラハラする。

話をしないまま、屋上の最奥まで進んでしまった。
視界の先に広がるのは巨大な太陽光パネルと高速道路だけ。
さらにずっと遠くに、ぼろぼろに崩壊した廃墟が見える。
ルルーシュとスザクが足を止めた。

「境界線だな、ここは」
「租界とゲットー……。
……でも、なくしてみせる。いつか」

スザクの言葉にシャーリーは足を止める。
ぎゅっと両手を握り、緊張に身を固くしている。
いきなり振り向いた彼女の表情に、ルルーシュとスザクは息を呑む。
ひどく怯えていて、あちこち視線を動かしながら後ずさりする。

《シャーリー……?》
「どうしたんだ? シャーリー」

怖がってる。恐れている。逃げたがっている。
ルルーシュとスザクの後ろに誰かいるの?
バッと背後を確認して、でも彼女が怯えるような何かは見当たらない。

「いや!!」

バタバタと走る音が聞こえて視線を戻す。
シャーリーが、危ないと思っていたところによじ登っていた。

《シャーリーッ!?》

ルルーシュとスザクも慌てて駆け寄る。
それを見てシャーリーが「来ないで!!」と怒鳴ってふたりを制止した。

《シャーリー!
ダメだよこんなところで!!
落ちちゃう、落ちちゃうよ……!!》

つい口走ってしまう。
だってシャーリーの足元は幅が狭い。
どうしてこんなことをしているのか本当に分からない。
でも、彼女は怯えて、追い詰められた顔をしていた。

「シャーリー!!」
「うそつき! みんな偽物のくせに!」
「シャーリー、大丈夫だ。
ゆっくり僕のところに来て……!」

優しい声で、穏やかな笑みでスザクが一歩前に出る。
それを凝視しながら、シャーリーは少し後ずさった。

「私は……ああっ!」

足を踏み外す直前、ルルーシュとスザクはもう動いていた。
屋上から落ちたシャーリーの手をルルーシュが掴み、彼女の重さで引きずられて落ちたルルーシュの足首をスザクが掴む。

《ルルーシュ……!》

動揺して視界が揺れる。
とっさに周りを確認したけど、他に誰もいなかった。

ルルーシュは両手でシャーリーの左手首を握る。
風に揺られる彼女は放心した顔で地上を見てて、ハッと顔を上げてルルーシュを確認し、拒絶しようとした。

「いや! 離して! 離して!!」
「だめだ! 離さない!!」

ルルーシュは握る手に力を込める。
額には汗が浮かび、辛そうだ。

「俺はもう、俺はもう失いたくないんだ……。
何一つ……失いたくない!
シャーリー……!!」

願いを込めた力強い声に、シャーリーの顔から怯えが消える。

「うん」

ルルーシュの手首をシャーリーは握る。
スザクとルルーシュはお互い声を掛け合って、すぐにシャーリーを引き上げる。
安全なところに戻ってから、3人は力が抜けて座り込んだ。
あたしもその場に倒れ込む。
何も出来なかったけど、本当に心に悪かった。
ルルーシュは息も絶え絶えに荒い呼吸を繰り返している。
スザクの呼吸も乱れていた。
そっと顔を上げたシャーリーは、スザクとルルーシュをそれぞれ一瞥し、小さく微笑んだ。
何があってあんな行動に出たのか分からないけど、悪い夢が覚めたような穏やかな表情だった。

「……ねえ、前にもこんなことあったよね」
「え?」
「ほら、ふたりがアーサーを捕まえようとして」
「ああ、そういえば……」

スザクは思い出しながらルルーシュを見る。
ルルーシュもスザクに目を向けたけど、すぐに視線を外した。

「確かにあったな、そんなことが」
「引き上げる役はいつもスザク君だね」
「ルルーシュが上だったら、ふたりとも落ちてるよ」
「体力バカが。
そこまで言うんだったら落ちる前に助けろ」
「無理言うなよ」

聞いてて涙がにじみ出てくる。
言葉を交わす声は明るく楽しそうで、こんなふうにやり取りするのはもう二度とないと思っていた。

ふと誰も喋らなくなり、沈黙が降りる。
顔を背けたスザクにはわずかな険が浮かび、ルルーシュも憂いのある顔で口を閉ざす。
シャーリーも目を伏せ、黙り込んだ。

ピリリ、ピリリリリ────突然、携帯電話の着信音が鳴り響いた。

「ああ、ごめん」

ルルーシュは胸の内ポケットから携帯を出し、ディスプレイを確認する。
表示されているのはロロの名前だ。

「悪い。少し話してくる」

ルルーシュは早足でその場を離れる。
スザクとシャーリーは立ち上がり、ふたり並んで待ってくれた。
ルルーシュは自分の声がスザク達に聞こえない場所まで離れてから電話に出た。

「どうした、ロロ」
「『兄さん、気を付けて。
そっちにジェレミアが向かってる。
嚮団の刺客なんだ。僕のギアスが効かなかった』」
「あいつが生きていた?
刺客とはどういうことだ?」
「『分からない。
とにかく、僕が行くまで無茶はしないで!』」

プツ、と電話が切れる。
緊急事態が起こったのは分かったけど、理解しきれなくて状況が飲み込めない。
なんでジェレミア?
“???”がたくさん頭に浮かぶ。

「何かあったのかい?」

通話を終えてすぐにスザクが近づいて来る。
声と顔つきはナイトオブセブン尋問モードだ。
ルルーシュに詳細を聞きたいのに来ないでほしい。

《まずいな。スザクがいては!》
「友達からの電話ってわけじゃなさそうだけど……」

シャーリーが後ろからスザクの頭をパシッと叩く。軽やかな手つきだ。
スザクが「いてっ」と驚き顔になる。

「ダメだよ〜スザクくん!
私の用事が先でしょ?」
「あ、ああ……」

ぷんぷん怒るシャーリーにスザクは向き直り、目尻を下げた。
顔つきが学園にいた頃のスザクに戻る。
シャーリーも明るい表情に戻っていた。
ルルーシュはホッと息を小さく吐く。

「……そういえば、2人で待ち合わせしてたんだよな?」
「ヤキモチ焼いてくれた?」

シャーリーは目を細める。
慈しむ微笑みで。

「ありがとう、ルル」
「待ってくれないかな、先に……」

シャーリーはスザクの手を両手で握り、グイッと引っ張った。

「さ、行きましょスザクくん!」
「ああ、ちょ、ちょっと!」

強引に連れ出してくれた。
屋上から立ち去って安心する。
でも曇る心はすぐ晴れない。
『みんな偽物のくせに』というシャーリーの言葉が気になって仕方ない。
笑顔を見せてくれたけど心配だ。

《シャーリー、大丈夫かな……》
《ここは戦場になる。
シャーリーの安全を考えれば、スザクと一緒にいるのが一番いい。
行くぞ、空》

ジェレミアが刺客として向かってる。
しかもギアスが効かない。最悪の敵だ。

屋上を出るルルーシュの後を追う。
ロロの到着を願いながら、自分に出来ることをひたすら考えた。


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