19話(前編)

地下作戦室の空気はひたすら重苦しかった。
ロロは仏頂面で座ってるし、テーブルの端で着席しているヴィレッタはひたすら気まずそう。
ルルーシュは見るからに動揺していて、咲世子さんだけがいつも通りの表情だ。

モニターに、咲世子さんが影武者をしていた日々の報告写真が表示されている。
どんな学園生活を送っていたかの記録だ。
それを眺めながら、あたしは“泣きっ面に蜂”ということわざを思い浮かべた。

「ナイトオブラウンズが生徒会メンバーになった。その問題もクリアされていないのに。
こ、これはなんだ?」

モニターを凝視するルルーシュは驚愕でわなわな震えている。
あたしも同じ気持ちだ。

写真は30枚以上。
全員違う女子生徒が映っていて、ルルーシュと距離が近い。
ギャルゲーのスチル?と思ってしまう。

《ルルーシュがたくさんの女の子と仲良くしてる!!!!》
《違う! これは何かの間違いだ!!》

咲世子さんは曇りない瞳で微笑んだ。

「“人間関係を円滑に”というご指示でしたので。
お誘いは全て断ることなくお受けしました」

ルルーシュは『確かに俺が指示したが』という顔で口を開き、『ここまでやれとは言ってない』と言いたそうに渋い顔をした。
ロロが激怒の顔で立ち上がる。

「咲世子! 前にも言ったでしょ!
影武者なのに良い顔しすぎだって!!」
「いや待て。それ以外はよくやってくれている」

ロロはため息をこぼし、ゆっくりと着席する。

「兄さん……。
咲世子が昔から仕えてくれていたからって……」
「正確には、アッシュフォード家に雇われて」
「知っています!
ナナリーのお世話係だったんですよね!」

あのロロが珍しく声を荒げている。
かなりお怒りだ。

《ナイトオブラウンズの件は後回しだな》
《大変な事になったね……》

咲世子さんが端末を持って来た。

「ルルーシュ様、明日のスケジュールですが」
「明日?」
「咲世子が安請け合いして、他の人との約束を入れちゃったんだよ」

ルルーシュはため息ひとつ。
「……仕方ないな」とすんなり受け入れた。
ロロは不満たっぷりに咲世子さんを睨んだ。

「それでも、くのいちですか?」
「正確にはSPです。篠崎流37代目の」

咲世子さんから端末を受け取り、ルルーシュは明日のスケジュールに目を通す。
それをあたしは後ろから覗き込む。

上から下へ、スケジュールは続いていく。
女子とお出かけしたり、ゼロとして重要な交渉をしたり、どこまで続くんだと恐ろしくなるような過酷なスケジュールだった。

《なにこれ……何人分のスケジュール……?》

よくよく見れば、夜にシャーリーの名前がある。
ルルーシュがバッと顔を上げた。

「咲世子! このスケジュールは!?」
「休日ですので、24時間すべて組み込みました。
現在、108名の女性の外出依頼を受けています。
キャンセル待ちが14件、予約は6ヶ月待ちの状態で……」

咲世子さんの声はちゃんと聞こえたけど、すぐに理解できなかった。

《ひゃくはち》
 
ロロは咲世子さんを恨めしそうに睨んでいる。
頭が回らない。

《きゃんせるまち……》

嫌でも理解する。これはヤバイ事態だ。
ルルーシュは渋い顔で頷いた。

「……分かった。
トラブルを避ける為にも、今後一切、あらゆる誘いを受けないでくれ」
「かしこまりました」

過密で過酷なスケジュールなのに、ルルーシュは予定を変更しない。

《やるの!? 全部自分で!?》
《咲世子に全て任せていたツケが回ってきた。戒めとして受け入れる。
しかし、このスケジュールに、まさかシャーリーまで入っているなんて……》
《さっきのシャーリーの様子が変だったのこれが原因じゃない?
108人と約束だよ! 絶対ひとりは居るよ! 『副会長とデートするんだぁ〜』ってウキウキで話しちゃう子!》
《デート?
男女がただ出掛けるのをデートとは言わない》

難しい顔、困惑しきった声だった。
逆にこっちが困る。

《……ルルーシュにとってのデートは?》
《好きだと思う者同士ですることだ》
《あー……ルルーシュはそう思うか……。
でも、女子にとってはそうじゃないんだよ……。
女子の噂は広がるの早いよ……あっという間に女子寮を駆け巡って……そしてシャーリーの耳に届いて……》

自分の好きな人がたくさんの女子と遊んでる。
そんな話は絶対ショックだ。

《そ、そうか……》

事の重大さ、深刻さにルルーシュも気づいたようだ。
覚悟を決めた顔をした。

「それと、シャーリーさんのことでルルーシュ様に謝罪を」
「謝罪?」
《他にも何かあるの!?》
「……昨日のこと、と言っていたな。
何があった?」
「シャーリーさんを抱き締めました。
強く、つよく」
《えぇ!!!?》「咲世子ッ!!!!」

あたしとロロの声がきれいに重なった。

「何やってるの!!」

『僕でも抱き締めてもらったことないんだよ!』と言いたそうな顔で怒っていたロロは、

「申し訳ありません。
この司令室が知られる恐れがありました」

と咲世子さんが答えた瞬間、バツが悪そうに口を閉ざした。
ルルーシュは頭痛に苦しむような顔で頷く。

「……いい。
隠す為の行動なら、後でいくらでも言い訳できる」

冷静で落ち着いた声だ。

《空、すまない……》

と、謝る声は苦悶に満ちていた。

《いいの。
咲世子さんがやったことだから……》

あたしの声も自然と重苦しくなっていた。


  ***


深夜、0時を過ぎてから、あたしは政庁の地下に潜っていた。
カレンが捕まっているならここだ。
かつて扇さん達が収監されていた独房はどこも無人で薄暗い。
ひとつずつ確認し続けて、だけどカレンの姿は発見できない。

《どこに連れて行かれたんだろう……。
別の場所に移送されたのかな……?》

捜したけど、数時間では政庁内を捜しきれなかった。


  ***


日の出と共にルルーシュは起床して、アイロンをかけた私服にそでを通す。

《空、これはデートではなく作戦だ。
滞りなく終わらせる為、空のフォローが俺には必要だ。協力してくれ》と真剣な声で頼まれ、使命感に燃え上がる。
協力といってもあたしに出来ることは少ない。
『ハンカチ持った? 忘れ物ない?』と子に確認する親みたいに声掛けして、ルルーシュがうっかり忘れそうになったレイトショーのチケットを持たせたぐらいだ。

作戦開始。
あとは離れて様子を見るだけ。

学園中庭のベンチでお弁当を『あ〜ん』してくるツインテールの女子も、
美術館で積極的に手を繋ぐゆるふわウェーブ髪のかわいい女子も、
以前行ったショッピングモールの一角でルルーシュを待つ美人のお嬢様みたいな女子も、
みんながみんな、恋する熱い目をしていた。
ルルーシュは困っている様子で、だけど微笑みを絶やさない。
もやもやする。見たくないなぁ……と思ってしまう。

《空。
シャーリーにお詫びの品を渡したい。
一緒に選んでくれ》
《はーい》

もやもやは消えないまま、積み重なっていくばかりだった。

女子のデートから開放され、次の目的地は中華連邦の上海だ。
自動操縦に切り替えた蜃気楼の中で着替えるルルーシュは珍しく焦り顔で、疲れ切った顔をしていて気の毒だ。
胸いっぱいのもやもやはすぐに消える。

《お疲れ様、ルルーシュ……》
「ああ、疲れたな。これで前半とは。
108人の誘いを断らず、あのスケジュールも十全にこなす────咲世子が考える俺は一体どんな人間なんだ……」

重いため息をこぼす。
気持ちの切り替えができたみたいで、自動操縦を解除する頃には少し余裕が戻っていた。

「空。
俺の厄介事に付き合わせてすまない。
見たくないものを見せてしまった」
《いいよ! あれは仕方ないって!
見たくないって言うのは……確かにちょっとあるけど……》
「関係は全て清算する」

戦場に向かうような顔と声にちょっと笑ってしまった。

女子の相手をするルルーシュと、ゼロとしての仕事をこなすルルーシュだと、後者のほうが明らかに生き生きしていた。
蓬莱島で通商条約の締結が無事に終わり、事務処理等を南さん達に任せ、ゼロはまた蜃気楼で海を渡る。
後半のスケジュールをトラブルなく乗り越えていき、次はシャーリーとレイトショーだ。
……と思っていたけど、クラブハウス前の待ち合わせ場所に到着する前に障害が現れた。

「ルルーシュ」

笑みの無い顔でこちらを見据えるアーニャは中等部の制服姿だ。

「ア、アーニャ様……!」
「たずねたいことがある」

ルルーシュは身構える。
《まさか咲世子のやつ、ラウンズにまで?》と恐ろしそうに呟いた。
歩み寄るアーニャには一切の隙が無い。

「これはルルーシュ?」

赤いハートの携帯をズイッと見せてくる。
画面に映るのは、薔薇が美しく咲く庭園に立つ幼いルルーシュだ。
めちゃくちゃかわいいけど……

《……これって!?》
《ブリタニア本国の皇子だった頃の俺だ……》
《なんでアーニャの携帯に!?》

ルルーシュは爽やかな笑みを無理やり浮かべた。

「い、いやだなぁ人違いですよ。
俺はただの庶民で……」
「ルルーシュ先輩!!」

死角からヒョイッとジノが出てきて、ルルーシュは「お“ぁぁ!?」と情けない驚き声を上げて尻もちをついた。

「な、なんだ!!」

アーニャの写真に集中しすぎて、ジノの接近に気づかなかった。
リヴァルも彼のそばにいる。
ジノは陽気な顔でニコッと笑った。

「チェスに連れてってくださいよ!
お金賭ける裏社会のやつ」
「賭けチェスのこと話したら、ぜひ行きたいってさ」
「リヴァル……お前な……」

ルルーシュは疲れた顔で立ち上がる。
なぜか後方が騒がしくなり、すごい数の女子生徒達が猛スピードで迫って来るのが見えた。
黄色い声がキャアキャアうるさい。

「ルルーシュ君! 私ともデートしてぇ!!」
「きゃ〜! ルルーシュくん!!」
「ルルーシュせんぱ〜い!!!」

さすがのルルーシュも平常心を保てない。
女子の軍団にゾッと顔色を変え、

「もう……! 勘弁してください!!」

全力で走った。

「あっ! 逃げた!!」と女子軍団の誰かが言って「人聞きが悪いこと言わないでくれ!!」とルルーシュは半泣きの声で反論する。
ひと目で何人いるか分からない軍団に追いかけられたら、さすがのルルーシュも泣きたくなる。
シャーリーとの待ち合わせ場所まで全力ダッシュで向かうけど、女子軍団のほうが速くて距離がどんどん縮まっていく。
追いかけられながら「俺はレイトショーに!  
待ちあわせの約束を破ると次の約束が!!
ぎゃあーーーー!!」と、たいへん面白いことになり(申し訳ないけど笑った)、勢い余った女子がドーン!!とぶつかり、待ち合わせ場所で待っているシャーリーの元になだれ込んだ。
よれよれボロボロで到着するルルーシュに、シャーリーは絶対零度の眼差しを向ける。

「しゃ、シャーリー……」
「今度はどなたとお約束かしら?」
「いや、それは……」

シャーリーは怒りで目をカッと開いた。

「賭けごとだけじゃなく女遊びまで!
こんな情けない!!」
「待ってくれ誤解だ! 俺は女遊びは一切していない!!
そ、そうだこれ」

ルルーシュからポケットから出したのは、ショッピングモールで購入したプレゼント。
中身は髪飾りだ。

「一昨日の、あの時のお詫びというか……」
「お詫び? 物で片付けようっていうの!?」
「誤解だ! 俺はただ謝りたくて!」

シャーリーに激怒のオーラが立ちのぼる。

「謝る〜?!」
《いけない! 何か間違えたらしいがどうすれば! 空っ!!》
《クラブハウスの中でシャーリーと話そう! 二人っきりで!!
周りにこんな女子いたら火に油を注ぐだけだから!!》

パンパーーーン!とクラッカーを鳴らす音が頭上で響いた。

「ル〜ック!」

頭上で聞こえたのはミレイの晴れやかな声。
クラブハウスの高いところにあるバルコニーに、左右の照明に照らされたワンピース姿のミレイが優雅に右手を振っている。

「決めました!
私の卒業イベント、名付けてキューピッドの日!!」

リヴァル、ジノ、アーニャが近づいてくる。

「卒業って……こんな時期に?」と言うジノに、
「ほら、私って留年してるからさ。
足りない単位が取れちゃえば卒業なの」とミレイは笑顔で説明する。
ジノは目を輝かせた。

「へ〜! ここってそういうシステムなんだ!」
「会長……ほんとに卒業するんですか?
俺達と一緒だっていいじゃん……」
「あのさぁミレイ」
「呼び捨て!?」

リヴァルはクワッと目を剥き、ジノを睨む。
ジノはのほほんとしてた。

「なんだよ? そのキューピッドの日って?」
「ふふ〜ん。知りたい?」

ミレイは赤と青のハート型クッション?を高々と持ち上げた。

「当日は、全校生徒にこの帽子をかぶってもらいます! 男子は青ね。
で、相手の帽子を奪ってかぶると……」
「かぶると?」
「生徒会長命令で、その二人は強制で恋人同士になりま〜す!」
「……は?」

「えーーーーーーーー!!??」
と、その場にいる女子軍団が一斉に驚いた。

《さらに厄介事が……》

あたしはまた遠い目をした。


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