13話(後編)夜になり、校庭がきらびやかにライトアップされる。
歓迎会の最後はダンスパーティーだ。
ドレス姿の女子生徒とタキシード姿の男子生徒がペアで踊っている。
ミレイとジノ、リヴァルと知らない女子生徒が踊り、端でシャーリーとクラスメイトの子が憧れの眼差しで眺め、アーニャは写真を撮っている。
C.C.達はシンクーさんの寄越したリムジンで帰ったそうだ。
薄暗い屋上でルルーシュはひとり、電話中だ。
携帯にピッタリ密着して盗み聞きすれば、相手はシンクーさんだった。
「また君に借りができたようだな」
『外交特権を使っただけだよ。
早く借りを返したかったが……まさかもうひとつ借りができるとは思わなかった』
「カレンから受け取ったんだな」
『ああ、写真の……この方だ……』
シンクーさんはすごく嬉しそうだ。声が震えていた。
「彼女は生きている。それがその証明だ。
話だけでは信頼を得られないからな」
『その“話だけ”で私は信じたよ。
心遣い感謝する、ゼロ。この写真は大事にさせてもらう』
「安心した。君なら誰よりも大事にしてくれそうだ。
もう一つ頼みたいんだが」
『……聞かせてくれ』
「ありがとう。大宦官に連絡を取って欲しい」
『承知した。帰り次第すぐ連絡する』
交渉上手だな。写真をプレゼントしたのはこれが理由かなぁ……と思いながら、あたしは中庭に視線を落とした。
ルルーシュの話し声を聞き流しつつ、“あたし”とスザクの姿を捜す。
ライトアップされて地上は明るい。
二人の姿はどこにもいなかった。
電話を終え、ルルーシュは携帯から装置をカチャッと外して胸ポケットに全て片付けた。
《スザクと“あたし”は下にいないよ》
《ここに来そうだな》
「ルルーシュ!」
《ほんとに来た》
スザクが朗らかな笑顔で登場して、ルルーシュは苦笑した。
「主役はメインステージにいてくれよ」
「僕はいいよ。みんな楽しんでるみたいだから。
ルルーシュに話したいことがあってさ」
「何だい?」
スザクは笑顔でルルーシュの元へ行くけど、三人分ほど離れた場所で足を止めた。
今の彼はルルーシュの隣には並ばない。
「僕はね、ナイトオブワンになるつもりだ」
「おいおい。それは帝国最高の騎士……」
「ナイトオブワンの特権に、好きなエリアを一つもらえるというのがある。
僕はこのエリアを……日本をもらうつもりだ」
スザクはいつか言った。
“間違った方法で手に入れた結果に価値はないから”と。
それがスザクなりの正しい方法なんだ。
朗らかな笑みを消して、真剣な眼差しでルルーシュを見つめる。
「僕は大切な友達と、かけがえのない女性を失った。
これ以上、誰も失わないためにも力を手に入れる。
だから、もう日本人にはゼロは必要ないんだ」
目を細めてルルーシュを見据える。
“ゼロ”の名前にルルーシュは表情を変えない。
「ふーん、間接統治か。保護領を目指して?」
「答えはこの人に」
スザクはポケットから携帯を出す。
「来週、赴任されるエリア11の新総督だ」
「ただの学生が総督と?」
携帯を操作して耳に当てた。
「枢木です。
……はい。今、目の前に、はい」
《誰だろう? カラレス総督みたいな人じゃなさそうだけど……》
スザクはルルーシュに歩み寄る。
無言で差し出す携帯を、ルルーシュはヤレヤレといった顔で受け取った。
「困るんだけどな。そんな偉い方なんかと」
スザクに背を向け、耳に当てる。
これはあたしも聞かないと。
ピッタリ密着した。
『もしもし? お兄さま?』
聞こえた声に絶句する。
『お兄さまなのでしょう?
私です、ナナリーです。
総督としてそちらに……』
明るい声だ。笑顔で話しているのが目に浮かぶ声。
ルルーシュも、あたしも、聞きたかった声だ。
なんて事を。
ルルーシュ相手になんてひどい事を……!
記憶が戻ったか確かめる為にナナリーを使ったんだ!!
バッと振り返る。
スザクの、ルルーシュをジッと凝視する冷ややかな眼差しにゾッとした。
敵に向けるような視線だ。
以前のスザクは絶対しない眼差し。
きっとナナリーは今も話しかけている。
何も言えないルルーシュに、必死に呼びかけているはずだ。
ルルーシュは心の中で苦しんでいる。
ああ……どうすれば……。
せっかく……ナナリーと話せるのに……。
おろおろしていたら、屋上の出入口に音も無くロロが立っているのが見えた。
《ロロだ!》
ロロは手の甲を前に出し、ギアスを発動した。
スザクだけピタリと止まり、ルルーシュは携帯の話し口を手で塞いだ。
「よくやった! そのまま頼む!」
「時間制限を忘れないで」
「分かっている!」
時間制限?
ルルーシュは通話を再開した。
「聞いてくれ、ナナリー!」
余裕の無い表情。
わずかしか話せないんだ。
ロロは指を折りながら、話せる残り時間を示している。
「今は他人のふりをしなければならない。
必要なんだ、俺に話を合わせてほしい。
必ず迎えにいく! 必ず!!
だから、それまで。それまで……!」
指折り数えるカウントダウンが残り1本になった。
「愛してる! ナナリー!!」
言い終わった後、ロロはギアスを解除した。
ルルーシュの表情がスッと変わる。
困惑の仮面をかぶった。
「あの……人違いではないかと……」
言いづらそうにルルーシュは話す。
「……はい。ただの学生ですし。
はい、すみません。
……いえ。皇女殿下とお話しできて光栄です」
ルルーシュの返答にスザクは目を見開いた。
予想した反応と違って少し戸惑っているようだ。
「……イエス、ユア・ハイネス」
会話を終えたルルーシュは困った顔でスザクに携帯を返す。
すごい。完璧に欺いた。
受け取り、今度はスザクがルルーシュから背を向ける。
「ごめん、ナナリー。
誤解させるような形になっちゃって……。
……うん、うん。それじゃあまた……」
通話を終えて、スザクは携帯を片付けた。
「……ごめん、ルルーシュ。
困らせるような事をしてしまって……」
「そうだな。
よく分からなくてすぐに返事ができなかった」
ロロの姿は無い。
すぐ帰ったみたいだ。
「そろそろ戻ろうか。
ルルーシュは踊らないの?」
「あの輪の中でみんなと踊るのはかったるいな。
スザクはどうだ。ラックライトさんと踊ればいいだろう」
「僕はなぁ……踊り方知らないから……」
「教えてやろうか?
俺が練習相手になってやる」
「ルルーシュが?
それは面白そうだ」
階段を駆け上がる音が近づいてきた。
ルルーシュとスザクは同時に振り返る。
ロロがいなくなった後、次に屋上に来たのは“あたし”だった。
「スザクっ」
薄桃色のドレスを着て、桜のペンダントをつけている。
アップスタイルの髪型だ。花の髪飾りもすごいかわいい。
ルルーシュはポカンとした。
「屋上にいるってロロ君が教えてくれて。
ルルーシュさんと一緒にいたんだね」
「そう。ずっと話してた。
ルルーシュどうだい?
このドレス、会長さんが着せてくれたんだ。
髪はシャーリーが」
スザクは微笑みながら聞いてくる。
ボケッとしていたルルーシュはハッとして、ぎこちなく頷いた。
「あ、ああ、そうだな……。
……よく似合ってる」
“あたし”はもじもじしながら「ありがとうございます……」と呟いた。
校庭から聞こえる曲がまた変わる。
今度はゆっくり踊れる曲になった。
「ルルーシュ。
僕は踊れないから、キミがソラと踊ってくれないかい?」
「は」
「えっ!? な、何言ってるの!」
「ドレスを着せてもらったし、せっかくだから踊ったほうがいいよ。
下じゃなくてここで」
緊張して唇を結ぶ“あたし”の顔が、みるみる赤く染まっていく。
スザクはニッコリ笑顔をルルーシュに向けた。
「ルルーシュはどう?
踊ること自体は嫌じゃないだろう」
「俺は……」
眉を寄せる顔は切なそうだ。
「……ラックライトさんが踊りたいって言うなら構わない」
「ってルルーシュも言ってるから。
踊りなよ、ソラ。
楽しくて良い思い出になるよ」
ぐいぐい背中を押すみたいな言葉。
ズルイなぁ。思い出を作りたい彼女にピンポイントに刺さる言い方だ。
“あたし”は自分の両手をギュッと握った。
今の手袋は白色。
「あ、あの……ルルーシュさん……」
「……はい」
「あたしと、踊ってくれませんか……?」
「本当にいいの?」
「はい!」
ルルーシュは熱意に白旗を上げたように俯き、すぐに顔を上げて微笑んだ。
「分かった。
……ただ、それは俺から言わせてくれ。
こういうのは男から誘わないと」
長い脚で優雅に歩み寄ってから、両足を揃えて背筋を伸ばし、軽くお辞儀する。
「ラックライトさん。
俺と踊ってください」
眼差しも顔つきも声音も雰囲気も違う!
麗しくて美しくてかっこいい!! 制服なのに王子様じゃん!!!! 皇子だけど!!
“あたし”もギューンと顔が真っ赤になり、沸騰した時のヤカンの音が聞こえてきそうだ。
彼女は無意識に拝んでいた。
「は、はい……」
返事を聞いてからルルーシュは右手を差し出してきた。
その手のひらに、“あたし”は左手をおずおずと置く。
優しく手を引かれながら踊りやすいところまで行く。ドレスがふわふわ揺れた。
「右手で俺の手を握って」
「はい」
「左手は俺の肩に」
「は、はい」
そしてルルーシュは一緒に身体を動かしながら教えていく。
講師かと思うほど分かりやすくて、良い声で適度に褒めてくれる。
離れて聞くあたしでも胸がギュンギュンときめくんだから、言われている彼女は大丈夫かな?と心配になった。
“あたし”は踊り方を覚えるのに必死だ。ときめく余裕は無さそう。
ルルーシュ先生は緊張を解きほぐそうと優しく話しかける。
「ラックライトさん、休憩する?」
その言葉にやっと“あたし”はルルーシュと目を合わせた。
ぶわっと赤くなり、泣きそうになる。
「お、踊ってたい……です……。
このまま、お願いします……」
ルルーシュは一瞬だけ目を丸くして、それから微笑んだ。
のぼせたみたいにボーッとする自分はもう完全にルルーシュに恋していた。
いいなぁ。
いいなぁ。いいなぁ。
内側が焦げそうなほど羨ましくなる。
もう見たくない。
気分転換で、スザクに視線を移した。
屋上の手すりにもたれて見守るスザクの眼差しは、ナナリーの電話の時とは全然違っていた。
今の眼差しは優しくて、まるで以前の彼みたい。さっきのあれが嘘のようだ。
ルルーシュの教える声が聞こえなくなり、無意識に背後を見てしまう。
曲に合わせて踊る二人は楽しそうだった。
心がどんどん曇っていく。
羨ましい気持ちが積み重なり、歪んでしまいそうだ。
《空。踊りたくなっただろう》
踊りながら話しかけてくる。
器用な事をするルルーシュに心が少しだけ晴れた。
《……ちょっとだけね。
すごく楽しそうに踊っているから》
《身体に戻ったら踊ろう。必ずだ。
ドレスは俺に選ばせてくれ》
《うん……》
寂しい気持ちがどっか飛んでいった。
すぐ嬉しくなるんだから。
単純だなぁ自分、と苦笑した。
***
歓迎会は大成功で幕を閉じた。
シャーリー達は満面の笑顔で挨拶して帰り、生徒達は学生寮に戻り、中庭は閑散とする。
スザク達も帰って行くのを見送った。
《……ナナリーと話せたのは良かったけど》
《ああ……》
《『助けて』って言わなかったから、捕まってひどい事はされてないと思う。
でも、どうして……ナナリーが総督なんかに……》
《……ナナリーをさらったヤツが全て仕組んだ。
総督の椅子に、ナナリーの意思を無視して座らせたんだろう》
顔には出さないけど、声は怒りに満ち溢れていた。
「兄さん」
校舎からロロが出てきた。
ずっと監視部屋にいたのかな?
「お帰り、ロロ。
電話の時は救われた。
助けてくれてありがとう」
頭を優しく撫でられたロロは、ふふ、と笑う。
表情がいつもより幼く見えた。
クラブハウスへの帰り道、ルルーシュと情報交換する。
《ロロのギアスには時間制限がある。
本人から聞いた弱点だ》
《弱点?》
《ギアスを発動している間、自分の心臓も停止する》
重すぎる副作用に言葉を失った。
ロロがギアスを使うところは何回も見た。
顔には一切出さなかったけど、ロロはギアスを使うたび苦しんでいたことになる。
《自分から弱点を打ち明けるほど、ロロは俺に心を許している》
《そんな自分に負担がかかるギアスを……。
……ロロはルルーシュの為に使うようになったんだね》
《あいつの脅威は消え去った。
今は大丈夫だが……》
《ナナリーを助けた後、だよね》
《俺がした約束はロロの中で大きくなりすぎている。
ナナリーを受け入れられないなら、ロロは排除するしかない》
切り捨てる事を躊躇しない声だ。
やっぱりそうなるか……。
苦しいけど、今のロロを思うと何も言えなくなる。
ルルーシュを唯一の家族だと思っているロロが、戻ってきたナナリーを妹として受け入れるか分からないから……。
《あとはC.C.だ。
会長と接触したそうだな。
C.C.に何があった》
《ずっと気になってた?》
《ああ。あのピザ女が巨大ピザを食べずに帰るのは異常事態だ》
《お腹いっぱいって言ってたもんね……》
ミレイとの一部始終を包み隠さず伝えた。
話していくうちに、ロロと並んで歩くルルーシュの表情がだんだんと曇っていく。
「兄さん、大丈夫?」
ロロがすぐに気づくほどに。
「ああ。
……いや、少し堪えたな。
空が全てを忘れているのを改めて実感したから」
ルルーシュはごまかした。
ロロは気づかずに、深刻な顔で頷いた。
「一番辛いよね。
空さんは兄さんの恋人だったから」
「その情報の出どころは」
「枢木卿だよ。
僕があまりにも知りたがるから教えてくれたんだ」
「アイツは……」
重いため息をこぼした。
ロロは気まずそうに視線を外す。
「そ、そう言えば空さんのドレス姿、ビックリしちゃったよ。
本の中から出てきたお姫様だと思っちゃった」
別の話題にルルーシュの顔に笑みが戻った。
「……そうだな、美しかった。
すごくきれいだった」
言われて頷く。
あれは確かにきれいなドレスだった。
「お願いしたら写真撮らせてもらったよ。
後で兄さんに送るから」
「ロロ……」
感動に震えたような眼差しでロロを見る。
「……ありがとう」
心の底から感謝している声だった。
***
帰った後はご飯作りだ。
キッチンで動きながらも、ルルーシュは心の声で話してくる。
《空の話を聞いてやっと全体像が見えてきた》
《アリルさんのこと?》
《俺は以前神根島でC.C.の過去を見た。
一瞬だけ、会長に似た女が死んでいるのを見てしまったんだ。
C.C.の友達は会長の祖母君で間違いない。
空と同じ体質なら、海に落とされた時に生き返ったんだろう。
C.C.は弔っていない。
崖から海に、亡骸を捨てた人間がいる。
明確な悪意を持っていないとそんな酷いことはできない。
再生される過程でイレギュラーが発生し、全てを忘れた状態で、会長の祖母君はアッシュフォード家のプライベートビーチに流れ着いた》
《それと同じ事が“あたし”の身に起こったのか。死んだ後で記憶喪失に。
ミレイのお祖母様と“あたし”が同じなら……》
過去でV.V.に閉じ込められた時、アリルさんらしき人に助けてもらった。
『あなたは帰れる』って言ってくれたあの女の人に。
ミレイのお祖母様は亡くなるまでずっと思い出せないままだった。 それならあたしも?
頭から氷水をかけられたみたいに、絶望が全身に降り注ぐ。
《あたし……戻れないかもしれないの……?》
《戻れる》
手を握り、グイッと引っ張ってくれるような力強い声だった。
目のあたりから熱いものが溢れてくる感覚がした。
《……そうだね。戻れるよね》
《戻れる。絶対に》
《うん……》
《だから考えておけ。
身体に戻った後でやりたい事を》
《うん!》
同時刻、政庁にいる“あたし”も泣いているだろう。
突然の涙に戸惑わせて申し訳ないけど、溢れるものを今は止めることができなかった。
[Back][14話へ]