11話(前編)


拘束衣の上を脱いだ玉城が、
「黒の騎士団! ばんざーい!」
と声を上げ、空に向かって拘束衣を放り投げる。 
みんなもそれに続き、拘束衣を放り投げた。 
ばんざーい!!の声が一斉に響く。

外壁をすり抜け、ゼロの私室に戻る。
迎賓室としての役割を持った部屋だけど、校長室みたいな空間だ。
低いテーブルが中央に置かれ、それを挟む形でソファが左右に設置されている。
左でカレンと卜部さんが座り、右でC.C.がごろんと横になっている。
部屋の奥には社長が座りそうな幅広のデスク。
着席しているのはルルーシュだ。
仮面を外している。

「ゼロを助けたナイトメアは?」
「星刻のルートで外に出した」
「シンクー?
それはリー・シンクーか」
「そうだ。黎 星刻」
「中華連邦の人。
宦官の人とここに来た武官よ」
「そうか。なら私もそのルートを使わせてもらうとしよう」
「今日のパイロットと、バベルタワーのパイロットは?」
「同じヤツだ。
名前等は伏せるが、空に縁がある人間だ」

C.C.はクッションを抱え込んだ。

「瞬間移動の能力は卜部に話したからな」
「ああ。超常の力?だったか。
そんな能力を持ったヤツとバベルタワーで一戦交えたなんて、思い出しただけでゾッとする。
空の名で攻撃の手を止めたのは僥倖だった」
「パイロットに敵対の意思はない。
我々の賛同者と考えてくれ」
「味方……になってくれるなら心強いわね」

卜部さんは渋い顔で眉間を揉んだ。

「……そうだ、ゼロ。
キミの正体を俺は知ってしまったが、藤堂さんは知っているのか?」
「藤堂には言ってない」
「知っているのは組織内で私達だけだな」
「藤堂さんにはいつ話すんだ?
……まさか、ずっと黙っているつもりか」
「今は伏せておく。すまない、卜部。
時が来たら打ち明けるつもりだ。
それまで待っていてくれ」
「……必要なんだな」
「ああ」

卜部さんは難しい顔で頷いた。
カレンは少し前のめりになる。

「ルルーシュ。
私は今まで通り、ゼロの親衛隊隊長でいいのかしら?」
「それはカレンにしかできない。
そのまま頼む」
「……ええ」
「カレン、卜部。
席を外してくれないか」
「ああ。藤堂さんのところに行ってくる」

卜部さんはすぐ出ていった。

「C.C.は? 彼女は居てもいいのね」
「新しい衣装に着替える。
キミは、俺がゼロになるところを間近で見たいのか?」
「……もう!
着替えるなら着替えるって言いなさいよ!」

真っ赤になってプリプリ怒りながらカレンも出ていく。

「感謝する」

カレンが退室してから、C.C.も立ち上がり、抱き込んでいたクッションをソファにポイッとした。

「バベルタワーのギアスユーザーのことは後で話そう。それより今は」
「分かっている」

《外行ってるね》
《ああ》

壁をすり抜けて外に出る。
中庭では物資が詰まれたコンテナが開けられ、団員服が配られている最中だ。
受け取ったものを杉山さんは笑顔で広げる。

「おお! 懐かしの団員服!!」
「よっしゃ!!」

袖を通す玉城は喜びの顔でキラキラしていた。
扇さんは安心した顔で微笑んだ。

「よくこんなの用意してたよな」
「紅月とト部さんが準備していたそうだ」

眼鏡を押し上げ、南さんも顔を綻ばせた。
他の人も団員服を受け取っていく。
藤堂さんは深い緑色の軍服を着ていた。

「ゼロだ!」

誰かが言う。
その声で、ゼロが外に出てきた事に気づいた。

「ゼロだ!」「ゼロ?」「ゼロ!!」

中庭のあちこちにいた人が全員、ゼロの元に集中した。

「待て待て!」

人だかりをかき分けて前に出てきたのは千葉さんだった。

「助けてもらったことには感謝する!
だが、おまえの裏切りがなければ私達は捕まっていない!!」
「ゼロ、何があったんだ?」

扇さんが問い詰めた。

「全てはブリタニアに勝つためだ」
「ああ。それで?」

玉城が続きを促した。

「それだけだ」
 
場が騒然とする。
藤堂さんの隣で昇悟さんは表情を固くした。

「それだけって……。
言い訳とかもないの?」

それ以上語らないゼロにざわめきは大きくなっていく。
口々に訴えてるけど、すべてが混ざって聞き取れなかった。

「やめろ!!」

藤堂さんの鋭い一喝で場が静まり返る。
後ろにいたけど、見かねて動いてくれた。
団員達が左右に分かれて道をつくる。
ゼロの元へ向かう大きな背中は頼もしい。

「勝つための手を打とうとしたんだな? ゼロ」

歩きながら、藤堂さんは問いかけた。

「私は常に結果を目指す」

ゼロは堂々と答えた。
言い訳も、弁解もすることなく。
ゼロのそばまで行き、藤堂さんは頷いた。

「分かった」

隣に立ち、藤堂さんは全員を見る。
背はゼロより頭ひとつぶん高い。

「作戦内容は伏せねばならない時もある。
今は、彼の力が必要だ。
私は彼以上の才覚を他に知らない」

藤堂さんの言葉は心に届くほど強く、ざわついていた人達を納得させる力があった。
それでも不満そうな男の人はいたし、苦しそうな顔をしている女の人もいる。
独房で自由を奪われて1年だ。
そう簡単には信じられない。

「俺もそうだ!」

人混みの中から扇さんの声が上がった。
団員達をかき分け、慌てて前に飛び出した。
ゼロを真ん中にして並ぶ。

「みんな! ゼロを信じよう!!」
「でも、ゼロはおまえを駒扱いして……」

厳しい顔をする南さんに、扇さんはさらに続けた。

「彼以外の誰にこんなことができる!
ブリタニアと戦争するなんて中華連邦だって無理だ!!
E.U.もシュナイゼル皇子の前に負け続けているらしいじゃないか!
俺達は全ての植民エリアにとって希望なんだ!
独立戦争に勝つためにも、俺たちのリーダーはゼロしかいない!!」

扇さんの、ゼロを心から信じる真摯な言葉に、そこかしこで見えている暗い顔がだんだんと晴れていく。

「そうだー!!」

玉城は拳を空に向けて突きあげて「ゼロ! ゼロ! ゼロ!!」と熱くコールした。
玉城のそれに押されたのか、あちこちからコールが上がり始める。
声が重なり、最大級に盛り上がった。
コールは止まない。
ゼロは扇さんに歩み寄る。

「私は外の協力者に接触する。
扇、みんなに身を休めるよう言ってくれ」
「ああ。任せてくれ」
「藤堂も。あとは頼んだ」
「分かった」

その場を後にする。
建物に入れば杉山さんが追いかけてきた。

「ゼロ!」

息切れしながらゼロを見据える。
振り返りざまに「杉山」とゼロは呟いた。

「話がある。戦死した仲間の事だ」

ゼロの背筋がスッと伸びる。

「私の部屋へ」

先頭を歩き、杉山さんを迎賓室に案内した。
C.C.の姿が無い。散歩中かな?
左のソファに杉山さんを座らせ、ゼロは右のソファに腰を下ろす。
話し始めたのはゼロだった。

「戦死したのは……井上と、吉田か」

杉山さんの硬い表情がくしゃりと歪む。

《政庁の地下にいなかったのは……捕まってないからじゃなくて……》
「知っているんだな」
「空が教えてくれた。
キミ達がどこで捕まっていたのかも」
「逃げ延びたヤツは何人もいる。
でも吉田と直美さんは違う。
俺は……見たんだ。直美さんの最期を、目の前で……」

うつむき、テーブルに手を乗せる。
拳をぎりぎりと握った。

「これは、戦争だ……。
誰かは死ぬだろうし、全員が生き残るなんてそんなことあるわけない……。
分かっていた……そんなこと……。
直美さんだって分かっていた……!」

ぽたり、と涙が落ちた。

「1年……ずっと思っていた……。
ゼロがいなくならなきゃ、ゼロがもし居てくれていたら、そんな考えが……ずっとずっと頭の中で……。
なぁゼロ、教えてくれよ……!
ブリタニアに勝つために、あの日ゼロがやろうとしていたことを!」

ガタッと立ち上がり、杉山さんはゼロを見下ろした。
涙の浮かぶ目で睨んで、荒い息を吐く。
ゼロは杉山さんをまっすぐ見つめたままだ。
ピクリとも動かず、一言も喋らない。
杉山さんの荒い呼吸しか聞こえない。
ゼロは何も言わなかった。
息を吐いて、杉山さんは笑う。
涙をぼろぼろこぼしながら、口の端を吊り上げる。

「言えるわけ……ないか……。
そりゃ……そうだよなぁ……。
藤堂さんにも、扇にも、言わないん、だからよぉ……」

立つ気力を失ったのか、杉山さんはドサッと座った。
室内がまた静かになる。
ゼロは一言も発しない。あたしだってそうだ。胸が詰まって何も言えない。
杉山さんの目は虚ろだ。どこも見ていない。

「……おれは、俺は、直美さんが好きだった」

ピクリ、とゼロの肩がわずかに動いた。
あたしだって息を呑んだ。
杉山さんから目を離せなくなる。

「そばにいたいって、離れたくない、って思える人だった。
好きだと思う気持ちが……心に積もっていく一方だった……。
ずっと……後悔してる……。
愛してるって、どうして言わなかったんだって……」

杉山さんは嗚咽を漏らす。
動かなかったゼロが、少しだけうつむいた。

「……他言無用だ。
けして、誰にも明かすな。
心に秘めておいてくれ」

杉山さんは涙に濡れた目を見開き、ぎこちなく頷いた。

「誰にも言ってはならない。
ゼロは、記号でなくてはならないから」

ゼロの仮面を両手で外す。
あ然とした顔の杉山さんを、ルルーシュは紫の瞳で見つめ返す。
今誰か入ってきたら────反射的にあたしは部屋の外へ飛び出した。
廊下にいるのはカレンだけだ。
門番みたいに扉に背を向け、誰も入らないように立っている。
これなら大丈夫かな……と中に戻ろうとした時、シンクーさんがやって来た。

「紅月カレンさん」
「はっはい!」

歩みを止めるシンクーさんの顔には、ほんの少し余裕がなかった。

「ゼロから説明を聞きたいと仰っている方、全員を応接室にご案内したのですが……。
その時、ある女性の名を耳にしました。
空さんという方が黒の騎士団にはいるのですね」
「は、はい……そうです……」
「その方は“七河空”さんですか?」
「そうです、けど……」

シンクーさんの顔がパァッと輝いた。
カレンは困った顔をした。

「どうして中華連邦の方が、空を知ってるんですか……?」
「ああ、すみません。
私はかつて、七河空さんに命を救っていただいたんです」
「え! えぇ!? 空があなたを!?」
「お会いしたいと幾久しく思っていました。
ようやく日本を訪れることができて……。
恩義に報いる為、空さんにお目通りしたく存じます」
「え、えぇっと……今は、その……」

きらきらした笑顔は光を放っているみたいに眩しくて、カレンは直視できずにあたふたする。
これは助けが必要だと感じ、部屋の中に引き返した。
仮面を装着したゼロと杉山さんは立ち上がっていて、話し終わったのか、空気が全然違う。
泣き腫らした顔をしているけど、杉山さんはどこかすっきりしていた。

「ここでの事を、俺は死ぬまで話さない。桐原様のように。
それを俺の心に誓う。
ゼロ。俺、やっと前を向いて歩ける気がする。
ありがとう、な」
「ああ」

返事するゼロの声は柔らかい。
杉山さんが納得できたのは、受け入れてくれたのは、ゼロじゃなくルルーシュとして話したからだ。

《ゼロ、廊下でカレンが困ってる》
《ん? カレンが?》

ゼロはすぐに廊下へ出た。

「ゼロ! 星刻さんが空に会いたいって!!」

やっと来てくれた!と言いたそうなカレンだ。
ゼロに会うなり、シンクーさんの顔からきらきらしたものがスッと消える。

「なぜお会いしたいかは後ほど話す。
準備が整ったと先に言っておこう」
「すぐに車を出してほしい。
あとは連絡できる端末を」
「それなら座席に設置している。
こちらから電話しても?」
「ああ。お願いしたい。
空に会いたいというキミの願いを私も成就させたいと思っている。
すまないが、それをすぐには叶える事ができない。
彼女は今、直接話せる状態ではないからだ」

シンクーさんは目を細める。
迫力が出て少し怖くなった。

「……その理由は私にも話してもらいたいな」
「ああ。キミにも聞いてほしい。
カレンと共に話しやすい部屋で待っていてくれ」
「それなら応接室で。
全員が通話を聞くことになるが構わないか?」
「ああ。もちろんだ」

《全員?》とルルーシュの心の底からの疑問の声に、
《あたしの事をカレンが話してくれて……。
詳しい話を聞きたい人全員を、シンクーさんが応接室に》と答えた。

「ゼロ、ここを出るんですか……?」
「そうだ。外で待たせている協力者と合流しなければならない」
「そう、ですか……」
「ゼロは絶対に戻ってくる。
待とう、カレン」
「車はこっちだ」
「感謝する。
……カレン、これをキミに持っていてほしい」

片手で渡したのはペンとメモ帳だ。
ゼロはシンクーさんと歩いていった。

《空はカレンのそばにいてくれ》
《みんなのところにあたしがいるって証明するんだね! オッケー》
《ああ。ロロを待たせているから電話での説明になるが……》
《ありがとう》
《空の……仲間の安否は知りたいだろう。
杉山と俺の会話は聞いたのか?》
《ううん。すぐに廊下へ出たから》

「悪い、カレン。ちょっと顔洗ってくる。
話は後で扇に聞くよ。
今はみんなのところに行けそうにないから……」
「うん。扇さんにちゃんと伝える。
こっちは任せて」
「ありがとう」

《……杉山さんは大丈夫そうだね。
さっきのは驚いた。仮面を外すとは思わなかった》
《結束を強める為だ。カレンにも秘密を共有できる相手が必要だからな。
ただ、今回だけだ。知ってる人間が増えればリスクが高まる》
《あとは藤堂さん、だけかな。
それ以外は話せないよね》
《ああ。
……行ってくる。C.C.なら空を感じ取れるかもしれない。今夜は一緒にいるといい。
俺からC.C.に言う》
《うん!!》


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