9話(後編)“ギルフォードが動き始めるだろう”というルルーシュの懸念が、3日後に現実のものとなった。
今日の生徒会の活動は休み。
生徒会室にはあたしとルルーシュしかいない。
備え付けのテレビはライブ中継が放送されていて、捕まっている扇さん達が映っている。
『聞こえるか、ゼロよ。
私はコーネリア・リ・ブリタニア皇女が騎士、ギルバート・G・P・ギルフォードである。
明日15時より、国家反逆罪を犯した特一級犯罪者、256名の処刑を行う。
ゼロよ。貴様が部下の命を惜しむなら、この私と正々堂々と勝負をせよ!』
ルルーシュは難しい顔で眺めている。
《……とうとう来たね》
《ギルフォード、やってくれる……》
《あたしに何か出来る事はない?》
《無いな》
扉が開き、シャーリーが入ってきた。
「あれ? ルルひとり?」
ルルーシュはリモコンでテレビを消し、爽やかな笑みを返す。
「ああ、シャーリーこそ水泳部は?」
「それがさぁ……私、誕生日プレゼント買う係になっちゃって」
「誕生日?」
「顧問のヴィレッタ先生の」
ヴィレッタはもうすぐ誕生日なんだ。何歳になるんだろう。
「私だけいつも怒られてるからちょうどいいって、みんなに。
でも苦手なんだよねぇ。プレゼントとか選ぶの」
シャーリーは苦笑し、悩み顔で天井を仰ぐ。
「やっぱりお酒かな? 好きみたいだし。でも銘柄なんて……」
黙って聞いていたルルーシュはめちゃくちゃ良い笑顔になった。
「付き合おうか?」
「え?」
パッとルルーシュを見るシャーリーの瞳が、まんまると丸くなる。
ルルーシュは笑顔で続けた。
「だから、プレゼント選ぶの」
「えぇ!?」
驚いたけど、次には、ぶわぁっと花が咲いたような満面の笑みになった。かわいい。
「え! い、いいの!?」
タタッと走り寄って「本当に?」と確認するシャーリーに「これから行くんだろ?」とルルーシュは席を立つ。
「う、うん! うん!!」
頬を染めたシャーリーは目が輝き、満開の笑顔はめちゃくちゃ可愛かった。
記憶を上書きされても、ルルーシュが大好きな気持ちは変わらない。
ほわ、とあたたかい気持ちになって気付く。
嬉しいんだ、あたしは。
シャーリーがルルーシュを好きなのが。
「ど、どこのお店に行こうか!」
「着替えながら考える。待ち合わせ場所は学園の正門前かな。そこから二人で行こうか」
「うんっ!! ありがとうルル!!」
パタパタと軽い足取りで行くシャーリーを、ルルーシュは爽やかな笑顔で見送りながら、
《またとない好機だ。
急きょ決まった外出に、今頃奴らは監視の配置を急いでいるだろう。
行くぞ、空》
悪巧みを思いついたように、心の声は生き生きしていた。
生徒会室を出るルルーシュは気づかなかったけど、あたしはバッチリ見てしまった。
窓の外でリヴァルが、工具箱を片手に聞き耳を立てているのを。
《あたしは外に行ってるから》
《ああ。また後でな》
リヴァルを追いかけて窓の外に出る。
全力疾走でどこかへ行くようだ。後ろ姿を追いかけた。
みんなでごちそうを作っていたキッチンに、リヴァルは勢いよく入る。
「会長会長かいちょ〜う!!」
エプロンをたたむミレイは、リヴァルのウキウキ声に顔を緩めた。
「なぁ〜に? どうしたのリヴァル?」
「聞いてくださいよう会長!
シャーリーとルルーシュのヤツ、二人で買い物に出かけるってさ!!
これ絶対デートになるぜ!!」
「デート!? これは私達が見守ってあげなくちゃねぇ!!」
ニコニコのリヴァルとキラキラした笑顔のミレイは「へっへへへ」「うっふふふ」と笑いあい、二人並んでキッチンを出た。
《ルルーシュー……》
《なんだ》
《シャーリーとの買い物、ミレイ達が尾行することになった》
《尾行? なぜ会長達が……?》
心の底から不思議がっている声だった。
ルルーシュが着替えている間に、ミレイとリヴァルは外の物陰に隠れた。
出かけるルルーシュを見逃さない為だ。
自宅前を張り込みする刑事みたい。
お出かけの話を盗聴器で聞きつけたロロもやって来る。
しばらく経ってから、カバンを肩に下げたルルーシュが現れた。
あたしの知っている黒系の私服じゃなくて、白いジャケットと薄いピンク色のシャツの服装で。おしゃれだ。
スマートな姿がカッコよくて感嘆のため息が出てしまう。
ルルーシュを見据えるロロの瞳は暗い色をしていた。
「出掛けるの?」
「ああ。プレゼント選びの手伝い。
ヴィレッタ先生の誕生日なんだ」
“誕生日”の言葉を聞いた瞬間、ロロの瞳に光が宿る。
「……誕生日。
そう、大事だよね。誕生日は」
ぼんやりした顔で頷くロロに「じゃあ、行ってくる」とルルーシュは歩き始める。
「いってらっしゃい」
見送るロロは少し寂しそうだった。
ルルーシュがいなくなってから、ミレイとリヴァルが物陰から出て、ロロに突撃する。
「ロ〜ロ!」
「あ、わっ」
「うっふふ」
ガバッと肩を組まれて「せ、生徒会長……」と困惑の声を上げる。
「ロロ、あんたも来なさい。
コミュニケーションよ!」
うきうきした笑顔にロロは困り果てた顔で「は、はぁ……」と答えた。
***
“Omotesando Mall”と金文字で刻印されたアーチをくぐれば、一本道のショッピングモールがずっと先まで続いている。
通路に木や植え込みが配置され、上から差し込む太陽で明るかった。
ルルーシュと並んで歩くシャーリーはミントグリーンのワンピース姿ですごくかわいい。
ワインが並ぶ店に入った後、ミレイ達は腰を低くしてコソコソ移動する。
店の前の植え込みに隠れて覗き見を開始した。
「男女交流生態学会の、いい発表材料になりそうね〜」
ひそひそ声のミレイはウキウキだ。
ロロはよく分からない顔をして、リヴァルは呆れ顔だった。
「だからって兄貴の尾行に誘いますかぁ?」
「ロロだって興味あるでしょ?
ひょっとしたら家族になるかもっ」
「おぉ!!」
「家族……」
ロロはルルーシュ達を熱く見つめる。
《空、こっちからも見えてるぞ。
まさかロロまで来るとは》
《あはは……》
お会計を済ませて店を出たルルーシュ達を、ミレイ達はこそこそと追いかける。
なんだろうこれはと思いながら最後尾を進んでいたら、カフェで雑誌を広げる女性客がチラッとルルーシュのほうを見た。
「対象は想定ルート“ゼブラ”を通過」とボソボソ呟く。
耳にはイヤホン。分かりやすい監視だ!!
低空飛行でミレイ達を追い抜き、ルルーシュのそばまでビュンと行く。
C.C.捜しで街中にいる色んな人を見てきた。だからすぐに分かる。
買い物に来た人と、監視を目的に客のフリをしている人の違いを。
《監視している人すごい分かりやすい。
普通のお客さんと顔つきが全然違う》
《よくやった。
これから3件先の携帯ショップに行く。店内の人間を全員見てくれ》
すぐに飛び、数秒で到着する。
店内に入る前に外にいるお客さん全員に視線を走らせる。
ルルーシュがいる方向を横目に見ながらサンドイッチを食べている女性二人、あれだ。
《ルルーシュ、店の前で唯一食事をしている女性二人が監視》
報告し、店内に入る。
機種を真剣に吟味する人、視聴コーナーでヘッドホンを外して戻す人、契約を終えて店名が書いた袋を手に外へ出ていく人、にこやかに見送る小太りの男性店員さんはイヤホン無し────全員シロだ。
《店内は全員ただのお客さん。店員さんも監視じゃない。大丈夫だよ》
《わかった》
その数分後にルルーシュとショーリーがやって来る。
それに合わせて来店してくる人間はいないから、監視は外の二人だけだろう。
ルルーシュ達は最新機種を手に談笑する。
あたしは外に出て、入店する人間がいないか目を光らせた。
監視役の女性二人は食べながら時々店内に視線をやる。
そのうちの一人は耳にシャラリと揺れるイヤリングを付けている。あれが通信機かもしれない。
しばらく待っていると、ルルーシュが呼びかけてくる。
《男物の服を販売している店を探してほしい。小さい店舗だ。
さらに、監視に適した場所が向かいにあるといい》
《うん!》
飛行しながら該当する店舗を探していく。
左右確認して進んでいたら、該当する店を発見した。
女性物の服がひとつも置いていなくて、向かいには喫茶店。
《ルルーシュ、あったよ。
携帯ショップから5軒目、十字路の店、金色の柱が目印の“レバー・デュ・ソレイユ”って店。
向かいには喫茶店、窓際の席でスーツを着た男が一人座ってる》
《良い店を見つけたな》
《カメラが無いか確認するね》
《ああ》
満足そうな明るい声に嬉しくなった。
店内で設置されてそうなところを全て見る。
確認したけど発見できなかった。
《無かったよ》
《ありがとう》
店の前で待っている間、行き交うお客さんはたくさんいたけど監視は増えることなくルルーシュ達がやってくる。
二人が店内に入った後だ。喫茶店の窓際の男がジーッと見始めたのは。
携帯で何か話している。本当に分かりやすいなぁ。
ロロ達もやって来た。
はす向かいの植え込みに隠れているのが見えた。
ルルーシュが試着室に入って、シャーリーがカーテンを閉める。
彼女の手には買った物が全部ある。
着替え終わるまでシャーリーはカーテン前で待っているみたいだ。
しばらく経ってから、館内放送のピンポン音が流れてきた。
『ハコダテ租界よりお越しのマクシミリアン様、ハコダテ租界よりお越しのマクシミリアン様、お電話が入っております……』
内容は何の変哲もないお客様の呼び出し。
でも、その後のアナウンスが流れてから、レジカウンターに立つ店員達の様子が一変した。
何かを警戒する緊張した顔で身を寄せ合って固まり、こそこそと話し始めた。
植え込みから見張るロロは見逃すものかとまばたきをしないでジッと見据えている。
カーテンが閉じたままの試着室の前でシャーリーは待っていて、特に何も変わらない。
と思っていたら、変化は突然襲ってきた。
非常ベルがモール内でけたたましく鳴り響き、店員達の緊張が爆発する。
その緊急事態に客もパニックを起こして逃げ惑い、シャーリーも店外に飛び出してきた。
閉められたカーテンをそのままに。
彼女がルルーシュを放置したまま行くなんて有り得ない。
シャーリーに協力してもらって、ルルーシュはうまいこと店から抜け出したんだろう。
戸惑うミレイとリヴァルをそのままに、植え込みから飛び出したロロは駆け足で入店する。
試着室のカーテンをシャッと開けるのが見えた。
このパニックを起こしたのはルルーシュに違いない。
《空、今はロロのそばにずっと居てくれ。
ロロが行く先に俺はいる》
《うん》
ロロはすぐにルルーシュへ電話をかける。
繋がらず、舌打ちをしてから携帯を片付けた。
顔つきは険しい。弟の仮面を被る余裕が無いみたいだ。
外へ出てミレイとリヴァルと合流する。
「ロロ大丈夫!?」
「一体何があったんだぁ!?」
「僕は兄さんを捜してくる! 二人はシャーリーさんを!!」
ダッと走り、喫茶店から出てきた監視の男とバタバタ走った。
「機情は応答しないぞ!!」
「治安維持の為の緊急ジャミングだ!
僕が直接見に行く! あなたは裏の通りから捜索を!!」
ロロはひとり全力疾走するも、パニックが起きたモール内は走りづらい様子だった。
空がオレンジ色に染まり始めてから、やっと学園の監視部屋に戻ってくる。
「兄さんの位置は!?」
全員いなくて不気味に静かだ。
と思ったけど違う。ルルーシュが死角に隠れていた。
「誰も、いない……」
あ然としながら、ロロはモニター前まで歩いていく。
監視カメラの映像はルルーシュが買い物していたモールで埋め尽くされている。
画面のひとつに、ナイトポリスと共にいるヴィレッタが映っていた。
ジッと見据えているロロの背後に、隠れていたルルーシュが現れる。
手には拳銃。後ろから銃口を突きつけた。
「C.C.を探しに行ったんだよ」
ロロはハッと息を呑み、後ろに視線をやる。
「……やっぱり……目覚めていたの?」
「尾行者を俺の奴隷に、絶対支配下に置かせてもらった。
やはりお前達はC.C.の捕獲が最優先らしい。たとえ間違った情報でも。
ふふふっ」
悪い顔で笑うけど、その顔も美しいんだよなぁ。
「この鳥かごみたいな学園は、今から俺の自由の城になる。
そしておまえは、ナナリーを探すための駒に────」
ロロの右目が赤く染まる。
直後、止まったルルーシュの手から拳銃を抜き取ったロロは、背後に回り込んで頭に銃口を向けた。
ギアスを解除する。
「────なってもらう」
今度はルルーシュがハッとする。
「ルルーシュ、その悪魔の瞳とともに死ね」
ロロの声は冷徹だ。
何も知らなかったら絶対絶望の状況だと思う。
でもあたしは知ってる。
ルルーシュのほうがロロより何枚も上手だってことを。
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