その悪魔、就職。




甘い血の芳香にふらふらと引き寄せられれば、面白い現場に出くわした。
悪魔と死神が屋根の上で飛び跳ねている。


「悪魔と死神のロミオとジュリエットなんて、とんだ三文芝居だわ。
 こんなんじゃ、ウィリアムが泣いてしまうわね」


黒い執事が身体を袈裟がけに切られ、傷口から赤い血を噴きだしていた。
傷口からは違うモノも溢れ出しているようだが。

(へぇ、あれが走馬灯・・・面白い)


「ねぇ、ロミオ、お手伝いしましょうか?」

月夜に鈴の鳴る様な声が響いた。

月明かりに照らされたシルエットからして女のようだ。
その出で立ちは物語の中、まるでオペラから抜け出したきた女優のように古めかしい衣装を身にまとっている。
プリマドンナがにこり、と優雅に微笑む。

「おや、誰かと思えば貴女ですか」

それに一瞬気を取られていた赤い死神が女に叫ぶ。


「誰よ、アンタ!私とセバスちゃんのアバンチュールの邪魔をしないで頂戴!」
「What's in a name?That which we call a rose By any other word would smell as sweet.
 ふふ、そこなロミオの真のジュリエット、とでも言っておきましょうか」
「はぁああぁあ!?」
「くっく、」


手伝う、との言葉とは裏腹に屋根の上に頬杖をついて腰かけたままで、彼女に動く気はないようだ。
頬杖をついてあくまで静かに見守っていた。

やがてことの決着がつくと、ふわりと小さな伯爵がいるところに舞い降りてきた。
その緩慢な動きは重力なんて関係ないとでも言いたげだ。
ドレスの裾を翻し、御機嫌よう、と二人の前で優雅にカーテシーを披露する。

伯爵がその所作にあっけに取られている様を執事は面白がっていた。


「お久しぶりですね」
「まぁまぁ!これがあなたの“坊ちゃん”なの?」
「舐めたらいけませんよ」
「ふふ、味見もダメなのね」

残念、と肩をすくめるポーズをとる。


「・・・セバスチャン、誰だこの女は」
「彼女も私の同業者、悪魔ですよ」
「初めまして、ふふふ」


黒い執事に腕を絡めて寄りそうプリマドンナはまるで完成されたひとつの絵画のようだった。






まだ暗いロンドンの街を街屋敷へと掛けて帰る。
まだやることはたくさん残っているが、到着まで寝ることにしたようで小さな伯爵はすやすやと寝息を立てている。


「あら、貴方いま“セバスチャン”というの?」
「えぇ、そうですよ」
「遊びに行ったまま、帰ってこないから心配していたのよ?」
「それはそれは・・・ご心配お掛けしました」
「ふふ、全然そんなこと思ってもないくせに」

つん、と華奢な指先で頬をノックされる。

「愛しい我が妻は、さぞ私のことを考える時間が増えていたことでしょう」
「うーん、そういうことにしておきましょうか」
「つれませんね」

自分が横抱きにされて移動してる間に悪魔たちがこんな会話をしていたとは知る由もない伯爵であった。






切り裂きジャック事件解決からマダムレッドの葬儀も終え、シエル・ファントムハイヴ伯爵は自分の荘園屋敷へと帰ってきた。
その間も女型の悪魔は影からずっと黒い執事と小さな伯爵を眺めていた。

しばらく人間界に滞在するべきか、帰るべきか、それが問題だ。
なんて考え事を女型の悪魔がしていたかは謎だ。
久しぶりに再会した夫とも離れがたいのは確かである。

「貴女もせっかくだから、しばらくこのお屋敷にいたらどうです?」

こちらの考えなどお見通しの様子でお茶の給仕をしていたセバスチャンが言う。
彼女も役に立ちますよ、と付け加えるのも忘れない。

「まぁ、正直有能な人材は欲しいところではあるな・・・」

「お許しが出ましたよ」
「あらあら、強引ですこと」


にっこりと胡散臭い笑顔の執事に思わず溜息が漏れてしまう。
彼の中では彼女が人間界に残ることは決定事項だったようだ。


「それでは役立つ魔法―姿―でお仕え致しましょう」


目の前の女型の悪魔はそう言って指をパチンと鳴らすと、小さな伯爵が瞬きする間にどこにでもいるような貴婦人の姿となった。
後でまるく纏め上げた黒髪に、眼窩に掛ける小さな眼鏡、禁欲的なロングスカート、磨き上げられた艶のあるハイヒール。
どこにでもいるような人間の使用人の姿だ。


「うふふ、どうかしら」
「おや、家庭教師といったところですか?」

隣の黒い執事が楽しそうな声音で言う。


「ねぇ伯爵、お気に召して?」
「・・・それらしければ僕は何でもいい・・・」
「彼女はダンスも得意ですからね、しっかり教わった方がいいですよ」
「まぁ、伯爵はダンスがお好きなの??楽しみだわ?」
「好きなわけあるか!」


悪魔ふたりの4つの眼がにやにやとシエルを見つめていた。

(二匹揃うと更に性質が悪い・・・)



「お前、名前は?」
「わたくしのことは、どうぞ“エヴァ”とお呼びください。小さなマイロード」


女型の悪魔は新しいの主人を前に深くカーテシーをした。



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