「いつもここで何してるの?」
「……」
「友達はいるの?」
「……」
「好きな食べ物は?」
「……ピラフ」
 どうでもいいことを根掘り葉掘り聞いていけば、たまにに答えが返ってきた。
「ねぇ。なんでクラス行かないんだい?」
「……オレの、勝手だろ」
「そうなんだけどさ。なんか、もったいないなって」
「勉強は、出なくても分かる。授業料は――」
「そういうのじゃなくて」
 苛つく橘の言葉を遮れば、さらに眉間の皺が深くなる。
「勉強とかじゃなくてさ。せっかくのこの時期を、ただただ過ごすのは、もったいないなって」
 ね、と笑えば橘は驚愕に目を見開く。あぁ、その顔、初めて見た。
「そういうのは……なかったな」
 素直に吐露された感情に、頬が緩む。よほど間抜けな顔だったんだろう。気が付いた橘は、また眉間に皺を寄せた。

「青木先生、嫌いだよね」
 橘も、最初はこんな風ではなかった。ある時を境にクラスに来なくなって……その原因は担任だった青木先生だと言われている。
「……アイツの名前を、出すんじゃねぇ」
 歯をキツく食いしばって、唸る橘に、意図的に声のトーンを上げた。
「よほどなんだねぇ。じゃ、この話題は流そう」
 そう告げれば橘はあからさまにホッとした様子を見せる。
 今後もこの話題は止めておこうと心にメモをして、明るい話題を探す。
「ところでお姉さんの――」
「だから、その話を!!」
 いきなりの大声に肩が揺れた。
 橘の7つ上のお姉さんは、早くに亡くなったお母さんと病弱なお父さんの代わりに橘を育ててくれた人物で、橘自身とても慕っている。そのため、お姉さんの話はよくされていた。
 だから選んだ話題なのに……どこに、共通点があった?
「橘?」
「、わ、ワリィ……」
 視線を左右にさまよわせ、一歩、二歩と足が後ろに下がる。
 明らかに。明らかに動揺が隠せていない姿に、唇を噛んだ。

「ねぇ、もし――」

 さ迷う腕を捕まえる。

「もし、青木先生の弱点を掴んだら――」

 ゆらりと揺れた眼が僕を映した。

「ひとつ、ご褒美くれないかい?」

 ニッコリと、笑みの形に顔を動かすと、力なく垂れていた手が、戸惑いながら握り返された。
「人の弱みには手を出さないんじゃなかったのか?」
「剣は人を傷付けるけど、戦うことも――守ることもできるんだよ」
 細めた僕の目に押されるように、橘の目がゆっくりと閉じられた。



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