第一話



 私は、普通の社会人だ。どこにでもいるような社畜であり社会の歯車。言っていて悲しい気持ちもある。しかし、社会人なんてみんな社会の歯車だ。それが真実。
 社会の歯車となってから早数年。一人暮らしも慣れたものだ。自炊はあまりしないけど。仕事から帰宅後、夕飯の支度なんて出来ない。私には無理だ。別に料理ができないわけではない。やらないだけ。要は、面倒くさがりなんだ。

 今日も、夕飯はコンビのお弁当。栄養が偏るのもわかる。身体に優しくないのもわかる。しかし、手軽でおいしいのだ。やめられないとまらない。
 ガサリ、とコンビニの袋からお弁当出す。そして、電子レンジに放り込んだ。時間は、容器に書いてあるものを目安に少し短めにした。
 待って数分。聞きなれた少し高めの機械音が鳴る。今まで動いていた、電子レンジが止まった音だ。
 湯気の立つお弁当を取り出す。個人的には、丁度いい温度だ。熱すぎない。それでいて、ぬるくもない。

 いそいそとテーブルに運ぶ。お箸を用意して、飲み物も用意して。後は、何となく惹かれて買ったコンビニスイーツ。選んだのは、苺のフロマージュブラン。
 最近のコンビニは凄い。どれを取っても、あまり外れはない。例外はあるけど。ただ、私はあまり外れは引かないが。運が良いというのか。直感が冴えているというのか。
 全てテーブルに並べて夕飯の準備はできた。用意した食品の前に座る。他に忘れ物は無いか確認した。特に、ないだろう。よし。

「いただきま…あっ。」

 パキリと割り箸を割り、手を合わせたところで気が付いた。あった。忘れ物。危ない。最近の楽しみであるアレを忘れたらいけない。
 それを手に取って、目の前に置いた。鏡だ。どこにでもあるようなデザインのそれ。スタンド付きの立てられるタイプ。

 はたから見れば大分、おかしな図だと思う。鏡を前に夕飯を食べる。見た人は、きっとナルシストだと思うだろう。断じて違う。理由がある。
 その鏡は少し変わっていた。そう、その鏡は何も映していない。真っ黒。塗りつぶしたとかではない。勿論、そういうデザインなわけでもない。これには、まぁ、理由がある。
 その黒い鏡を数回ノックをした。こんこん、とまるでドアと叩くように。待って数秒。その、黒い鏡の中が揺れた。まるで、カーテンが揺れている様に。
 バサリ、と鏡から音がする。途端に、真っ黒だった鏡の中の景色が変わった。
 一瞬だけ私の部屋ではない何処かの部屋が映った。直ぐに、それも変わる。
 ひょっこりと私にとっては見慣れた顔が現れた。

「今日は遅かったな。」

 人のいい笑みを浮かべた男が映る。そして、向こうも何時ものことの様に話しかけてきた。まるで、知り合いかの様に。実際、顔見知りではあるんだけども。

「今日はちょっと残業がね?」
「成る程な。お疲れ様。」
「ありがとう!そっちこそお疲れ様。」
「あぁ、ありがとう。」

 ふと、目の前の男がテーブルの上を見た。段々と、呆れ顔になるのがわかる。おっと、これは小言が飛んでくるかな。
 この男、意外と食にうるさかったりする。

「また、そんな身体に悪いものを…コンビニ弁当ばかりだと持たないぞ。ちゃんとした物を食え。バランス良く。」

 私のお母さんかな、と思う事もある。むしろ、思っている。現在進行形で。
 暫く会っていない母親を思い出した。頭の中で「ちゃんとご飯食べな!」そんな言葉が再生された。

「分かってるけど…これが1番楽なんだよ…。」
「それは、分かるが身体が資本だ。手を抜くな。」
「…明日から本気出す。」
「…それ23回目だな。」

 数えていたのか。恐ろしい。

「そうだっけ。」
「そうだ。」
「そういえば、れいさんは?ご飯。」

 もういい時間だ。きっと食べたのだと思う。だが、話題を変えたかった。このままでは、ずっと責められる。苦ではないが、居た堪れない。
 私が聞くと、あぁ、と続けた。

「俺もこれからだ。」
「あれ?れいさんも今日は遅かったの?」
「あぁ…いや…今日は早かったよ。」

 それなのに、夕飯はまだだったか。何か用事があったのだろう。よく知らないが。
 お互いに知っている事の方が少ないのだけど。私が知ってるのは微々たるもの。この目の前の男の名前が"れい"っていう事。後は、料理が上手い事。少し口うるさい事。口うるさいのは心配してくれている事。これは多分だけど。他は、あまりない。

「そうなんだ…用事でもあったの?」
「いや…。」

 煮え切らない。どうしたんだ。
 少しだけ目線を彷徨わせている。本当にどうした。

「…だ。」
「え?なんて?」
「だから、君が帰ってくるの待ってたんだ。」
「…なんで?」
「何時も夕飯は一緒に食べていただろう。」
「え?うん。」
「だから…1人で食べるのも味気ないしな。」

 つまり、これは。

「待っててくれたの?」

 聞けば沈黙してしまった。何だ、そうだったのか。
自分の顔がにやけているのがわかる。だって、仕方ないじゃないか。私と一緒に夕飯を取りたい。一緒に夕飯を取りたいから待っていてくれた。そんな事を言われたら嬉しい。
 段々、恥ずかしくなったらしい。ほんのりと、頬を赤く染めた。

 そのまま、ガタリ、と席を立つ。

「っ俺も温めてくるから少し待っててくれ。」
「はーい!」
「…少し時間かかるから先に食べててくれ。君のが冷める。」

 そんな事を言われてもね。れいさんは待っててくれたのに先に頂くなんて、そんな事。私には出来るわけななかった。

「気にしないからいいよ!折角れいさんが待っててくれたんだから待ってるよ。」
「…直ぐに用意する。」

 言うが早いか、鏡の前から消えた。少し離れたところでコンロの火をつける音が聞こえる。
 本当に温めるだけなんだろう。あの人、絶対に手際いい。

 待つ事、ほんの数分。鏡の前にれいさんが戻ってきた。
 手には美味しそうな料理の数々。ふっくらとした艶のあるご飯。黄金色に上がっている唐揚げ。その横にはしゃっきりとした瑞々しいキャベツの千切り。そして、具は見えないが恐らく茶色い椀の中にはお味噌汁。前に、昆布から出汁を取っていると聞いた。何の具だったとしても美味しいだろう。確信した。

 そして私は自分の夕飯と見比べるのをやめた。

「待たせたな。」
「あ、うん…大丈夫。」
「そうか?」

 何回見ても心にくるものがある。あんなに、料理が上手いなんて。女の私が自身喪失する。元々、自信なんてないが。それでもなけなしのプライドが壊れた。その辺りに関しては3回目にもう考えない事にしたが。
 この人、良い旦那になると思う。嫁さんは幸せ者だ。少し口うるさいが優しい人だ。少ししか関わってないが、それでも分かる。

「なら、食べるか。」
「そうだね。」
「おし、じゃあ…」

 一緒に手を合わせて。

『頂きます!』

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