お団子屋さんに働いて3日目になる。
親父さんと女将さんが切り盛りするお団子屋さんだが江戸の人たちにはうまいで有名らしい。身分証もなく得体の知れない私を雇ってくれたのだ。
仕事自体はアナログで、お客さんが頼んだものをメモして台所まで持っていき、注文が揃ったら紙を置いて、電卓で会計をするというものだ。
「名前ちゃん休憩いいよ」
「はい!ありがとうございます!」
休憩をもらい自分手作りのお弁当を食べるのがルーティーン化している。
台所の隣にある休憩室でテレビをかけた。未だに静かなところは寂しさが生まれるので苦手だ。
テレビをつけると「またも辻斬りです。現在真選組が調査をしていて…」などと出てきた。
「辻斬りか…怖いな…」
買い物は早めに済まして家にいるに限る、と銀さんに言われたのだ。仕事も3時で終わるしスーパーへ買い物へ行こう。そう計画を立てて仕事へ戻ると黒い服を来た男性がいた。
「お待たせしました、何名様ですか?」
「1人で」
「……どうぞこちらへ」
うわっ!真選組の沖田総悟!顔小さいかわいい髪の毛さらさら背が高い!しかも真選組の隊服ってすごいかっちりしている。
「なんでィ、じっと見て」
「いえ!なんでも!」
「ふーん…とりあえずみたらし2本と、持ち帰りでみたらし2本」
「はい!」
台所へ行き女将さんに書いた紙を渡し、自分は持ち帰りのお団子の準備をする。
「お待たせしました、みたらし2本です。それとお土産用も置いておきますね。ごゆっくりどうぞ」
「ちょっと待てィ」
「は、はい!」
「…タバスコがねぇや」
「…は…?」
「タバスコ」
「…た、たば…」
「あー!沖田さんごめんなさいねぇこれよこれぇ」
「女将さん!?」
女将さんが持ってきたのは大きめのタバスコ。いやタバスコ!?なんで!?
「沖田さんはね、いつもお土産用にお持ち帰りする時タバスコかけてもっていくのよ〜」
タバスコを持ってきて沖田さんにごゆっくりーといい台所へ戻っていく女将さん。
「はぁ…」
「新人さん、ちゃんと客の好みくらい覚えとけィ」
「わかりました…」
タバスコって…それ多分土方さんに渡すやつだよね、大丈夫なの?いやいいか…大丈夫だからやっているわけだし…。メモ帳に"沖田さんはタバスコ必須"と書いた。
「おいおい沖田くん名前ちゃんにちょっかいかけないでくれる?」
「ぎ、銀さん!いらっしゃいませ!」
「なんでィ旦那のお気に入りだったんですかィ」
「そーだよ、お気に入りだよ。名前ちゃん、あんこ3本ね。領収書は真選組で」
「はい、かしこまりました!」
「いやまてィ」
びっくりした…突然現れるんだもん。少しドキドキしてしまった。
女将へ注文を渡してあんこ団子を持って銀さんのところへ行く。そのとき「辻斬りについて教えてくれ」とか「それは旦那でも企業秘密でさァ」とか話しているのが聞こえた。
辻斬り、そう考えてとある話を思い出した。紅桜だ…。
「お待たせしました」
「おー!うまそー!名前ちゃんありがとー」
「いいえ…その、銀さん…」
「んー?」
「…いえ!なんでもないです!ごゆっくり」
「おー」
言えない。いや、言わないのだ。この話には関わってはいけない。私が関わらずとも話が進むのだから。そう心の中で思い、これから訪れることを考えると胸がいたい。
*
「お疲れ様でした!」
「はいよー!名前ちゃんまた明日もよろしくねぇ」
「はい!」
お店の売れ残りのお団子ももらってしまった。ありがたい。あとで家帰ってレンチンして食べようと思いスーパーへ行く道を行こうとしていたら銀さんがいた。
「よォ」
「銀さん…」
「これからなんか用あるの?」
「スーパーへ行こうと思って」
「俺も行くわ、丁度いちご牛乳切れてんだ」
「そうなんですね、そしたら行きましょうか」
大江戸ストアへ行く道中、仕事はどうだとか、あそこの団子屋はうめぇなとか色々会話をして、大江戸ストアで買い物をしていた。
「あら、銀さん?」
「お妙、と新八」
「銀さん!それと苗字さんも、珍しい組み合わせですね」
「仕事の帰りあってよ」
「あ、あの、はじめまして!苗字名前です!志村さんには大変お世話になりました」
「あぁ、新ちゃんが言っていた方ね。私は志村妙、新ちゃんの姉です。少し前に荷物を運ぶのを手伝ったお礼に、ジュースをくださってありがとうございました。とても喜んで私に話していたんですよ」
「わわっ、姉上それは内緒ですっ」
「こちらこそ弟さんに荷物運びなんて申し訳ありませんでした…。その節は大変助かりました!」
そう言いお辞儀をすると「頭上げてください、こちらこそありがとうございます」とお礼を言われてしまって、とても綺麗で丁寧で可憐で素敵な女の人だ。
「名前さん、と呼びたいのだけど、いいかしら?私のこともお妙って呼んでください」
「はい、大丈夫です!お妙さんってお呼びします。ところで今日は何かを買いにここに?」
「そうなのよ卵が安くて。卵焼き作ろうと思って」
「卵焼き…」
「あ、姉上!僕が作りますよ!」
「いいえ、私もできて当たり前なのよ新ちゃん。今度上手に作れたら名前さんにも食べて欲しいわ」
「あっ、ぜ、ぜひ…」
*
大江戸ストアで買い物をしてお妙さんと新八くんと別れた。
すっごい美人で驚いた…。綺麗だなぁお妙さん…。
「あー…そのお妙の卵焼きって知ってるか…?」
「…ちょっと、その、黒いやつ…ですよね」
「アレはダークマターだ。気をつけろよ…」
「あはは…」
あんな綺麗なのに卵焼きがダークマターになるのは信じられない…。
今日も荷物が多くなりすぎたので銀さんに半分運んでもらっている。
「ありがとうございました。おいくらですか?」
「は?」
「いや、荷物持ち…」
「…じゃあいちご牛乳でチャラな」
「えっそんな!あ、そしたらこれ、売れ残りのお団子も持っていってください!少し本数が多いので神楽ちゃんと分けて食べてくださいね」
「おう、ありがとな」
「…銀さん、気をつけてください」
「………わかった」
もさもさ、と頭を撫でられた。
その暖かさが今は心配の種となることは言えない。
*
今日は仕事が遅くなってしまった。なんでも明日から親父さんと女将さんが結婚20周年を記念して旅行へ行くからだ。私もついでにお休みということで3人で締め作業までお手伝いをした。旅行気をつけてくださいと言い道中食べられるお菓子やタオル類をプレゼントした。喜んでもらっていてよかった。
初めてこんな遅くに歩く外はなかなか乙なものであった。橋を渡ろうと思い一歩踏み入れた時、ガシャン!という大きな音と声が聞こえた。橋の下を見ると銀さんと銀さんと同じくらいの男性と、手には紅桜色に光る刀を持って銀さん斬りつけていた。
「ひっ…」
まさか、紅桜…!
咄嗟に建物の奥へ隠れ音をよく聞いた。
「次は左手をもらう!」
新八くんの声だ。新八くんの声が聞こえたと思ったら甲高い笛の鳴る音が聞こえる。その後バタバタっと人が駆け抜ける音。
私はすぐ橋の下に行き銀さんと新八くんに駆け寄った。
「銀さん!銀さん!」
新八くんが必死に声をかけている。私は手で血が出ているところを圧迫し止血しようと試みるがどんどん血が出てくる。
「銀さん!しっかりして!」
「苗字さん…!」
「早く止血して!」
「はい!」
どんどん銀さんの顔が青白くなり、自分の心臓が痛い。ここで死んだらだめ。
止血をしているとエリザベスが来て銀さんをおぶり走り出した。私と新八くんも万事屋へ急ぐ。新八くんは「姉上を呼びに行ってきます!」と二手に分かれた。
「エリザベス、ありがとう。新八くん来るまで手当ての仕方を教えて!」
「…[わかった]」
プラカードを出して返事をするエリザベス。
よかった、お妙さんがくるまでどうにかできるかも知れない。
万事屋へ着き、エリザベスという通りに止血をする。それでもどんどん血が包帯に染み込む。
「銀さん、銀さん…大丈夫だから、大丈夫だから戻ってきて…!」
*
「もう大丈夫よ。ただいつ目を覚ますからわからないわ」
「…そう…ですか…」
お妙さんが来て銀さんの手当てをより細かくしてもらった。エリザベスにお礼を言おうとしたらいなくなっていて、今度会えたら言わなくてはと心に決めた。
「名前さんが止血してくれて助かったわ。私1人じゃ無理だったかもしれない」
「…はい…」
「姉上、苗字さん。銀さんの様子はどうですか?」
「新ちゃん…。かなり斬られてて、いつ目を覚ますかわからないわ」
「そうですか…。もし、銀さんが目を覚ましてまたどこかへ行こうとしたらこれで止めてください」
カチャと出したのはお妙さんの薙刀だ。で、でかい…きらりと光る薙刀はお妙さんの身長をゆうに越えそうだ。
「わかったわ、一歩も動かさないようにするわね」
「はい、絶対そうしてください。では僕は行きますね」
「…新八くん…」
「苗字さんも血がたくさんついているので姉上の着物を持ってきました。万事屋でお風呂に入って血を流した後家に戻って落ち着いてください。
僕は神楽ちゃんを探してきて、神楽ちゃんと2人で絶対に戻ってきます」
「新八くん…絶対に、戻ってきてね。約束だよ」
「はい!」
ニコッと笑って万事屋を出る新八くん。
話の通りなら高杉がいる船へ行く予定だ。それが心配だが、エリザベスがいるなら安心する。どうか無事で、戻ってきて。
「名前ちゃんはお風呂へ入って。それで一旦家へ戻っていいわよ。わたしが見ているわ」
「…お妙さん…私も、ここにいたいです。いさせてください…」
「…仕方ないわね。そうしたら自分の着物に着替えてきて、必要なものを持ってきてね。名前さんが戻って来たら私も包帯と消毒液をもってまた戻ってくるわ。だから泣きそうな顔をしないで…」
「…はい…」
万事屋のお風呂を借りてシャワーを浴びる。血が落ちていくとともに鏡を見るとひどい顔をしていた。
人が死ぬかもしれない場面に初めて出会した。あんなに血が出て手では止められないくらいの血だ。エリザベスがいなかったらどうなっていたことか。
今でも銀さんの顔は真っ青だ。血が足りないのだろう。それでも怖かった。
「…っ…銀さん…」
すごく、怖かった。
お湯なのか涙なのか分からないが顔に暖かいものが流れていた。
-逆旅-
(旅館、宿屋のこと。「逆」は迎える、「旅」は旅人。旅人を迎える所という意から。)
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