昨日の一夜からアパートに帰ってきて軽くシャワーを浴びて今日も仕事だ。
お団子屋さんは毎日楽しい、女将さんや親父さんも優しくて。だから、ため息をつくとどうしたの?と言ってくれる。

「女将さん…」

「名前ちゃんが元気ないとあたしも元気なくなるわ」

「…はい…」

「話してごらんなさい」

「…もしの話ですよ。もし、好きだと伝えてはいけない相手で、でも毎回会うたびに好きだと確信する気持ちで…、伝えたら楽になる。それは振られても付き合っても。
でも、身分が違いすぎるっていうか…、どうすればいいかわからなくて…」

「名前ちゃん…。名前ちゃんはその身分違いの人が好きなんだね?」

「…はい…」

「そうしたら、あたしは伝えるかな」

「…伝える…」

「人っていつ死ぬかわからないの。それはこの世だからっていうものある。侍は刀で斬られれば死ぬかもしれない。だったら後悔のないように生きるべきって思うの」

「女将さん…」

「…私は子供ができないでここまできた。それでも毎日楽しく頑張って生きてりゃ、いいことだって起きるのよ。あたしはね、名前ちゃんに出会って嬉しかったの。本当の娘ができたみたいで」

「…………」

「だから、名前ちゃんも伝えることは伝えなきゃ!」

「…はい!」

「ほら、今日はいいよ。伝えてきな、その想い」

「えっ、でも…」

「早く行く!」

「はい!」

そう私の背中を押す女将さん。笑顔で手を振る女将さんと、何故か涙を流している親父さんもいる。話聞いてたんだな…恥ずかしいところを見せてしまった。

私は走る、万事屋へ。







「銀さん!」

玄関でそう叫ぶと「どうしたー?」なんてリビングで声がする。
少し走り気味に戸を開けると銀さんはジャンプを読んでいた。私と銀さん2人きりだ。

「…銀さん、あのね…」

「どうした?」

「……あの、昨日のこと覚えてるの。本当は」

「………」

「私は、いつか帰っちゃうかもしれない。帰れないかもしれない、でも…それでも、あなたのことが、すきです…」

「………」

そうつぶやき、万事屋がしん…と沈む。
これは失敗した…と悟った。もう何も言わず帰ろう。そう銀さんと向かい合っていた身体を玄関の方に向けて歩いた。

「お、おい!待て!」

パシ、と私の腕を掴まれた。

「な、なに…」

「さっきの、本当かよ」

「……ごめんね、こんな想いを押しつけて。もう近づかないから、もう、迷惑かけないから!」

「ちが…」

「もう、離して…」

呟きが空気に消える。重い、空気。肺と心臓が痛い。
後ろから引っ張られて抱きしめられた。

「ぎ、銀さん!」

「………俺も、同じだ、つーの…」

「…同じ…?」

「おう」

「…本当…?」

「…おう」

同じだって聞かされて安心した。本当に、嬉しい、安心した。
私はぎゅっと抱きつき涙を流した。

「泣くなよ…」

大きな手で私の頬を拭う銀さん。
へら、と笑うとほっとした顔つきになった。

「銀さん、ありがとう…」









名前をアパートへ帰した後、俺は考えいた。名前のことをどう思っているか。
昨日、好きと言われた。それは本人は覚えていないだろう、酒も入っていたから。
それでも胸が高まった、それは俺も名前のことが好きということだろう。
でも伝えないのには理由があった。あいつは帰る場所があるからだ。帰る場所に帰させることが目的なはずなのに。なのに、ここにずっと置きたくなる、ずっといてほしくなる、帰したくなくなる。
それは本人が決めることであって俺が決めることではない。だから、名前も言わないのだろう、自分は帰る存在だから。
高杉に言われたことを書いた手帳を見て確信したのだ。

「銀さん!」と玄関を開けて声が聞こえた。
忘れ物か?と思いジャンプに目線を向けた。

そして名前からの告白。正直俺は嬉しかった。だから、抱きしめて、答えた。
こんなに好きになったやつは初めてだ。
このまま、この時間が続けばいいとそう願った。



-恋に上下の隔てなし-
(恋愛感情を抱くのに、身分や地位などの上下は関係ないということ)







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