夏祭りの一件依頼考え込むことが多くなった。それは目に見えて増えていた。
「…ちゃ、」
「………」
「名前ちゃん!」
「っ…、お、女将さん…」
「どうしたんだい?何か悩み事かい?」
「いえ…その…今日、卵買おうか悩んでて」
「そんなことかい!もし卵余ったらうちに持って来ればいいさ、あたしたちで食べちゃうからさ」
「…はい…」
嘘をついた、優しくしてくれた人に。
今でも戻れると言われて、何故そんな悩んでいるのか。後ろ髪を引かれるのか。それはここの世界が好きだからだ。でも元の世界の私と親、友達、会社の人、そう考えると胸が痛い。
後ろ髪を引かれるならもう会わなければいい、そう結論を出した。そうだ、深く関わらなければいい。
そんなことを考えながら、仕事が終わって外に出ると銀さんがいた。
「銀さん…」
「おー、仕事終わり?これからパフェ食おうと思ってよ、名前もなんかくわねぇかなぁて」
「……ごめん、私用があって。帰るね」
「そうか、ならまた誘うわ」
ひらひらと手を振りながらファミレスに向かう銀さん。ごめんなさい、これからあなたとも話せない。
神楽ちゃんや、新八くん、お妙さんとも。そう決めた。
そうと決めたら早かった。仕事終わりに大江戸マートへ行ってすぐ帰る。休みの日は基本家にいる。たまに神楽ちゃんが遊ぼうと言ってくるが、体調が悪くてと嘘をついた。
高杉晋助…高杉さんに言われたことを手帳にメモしておいた。忘れないように、会いそうになったりしたらそれを見て"私は帰る身"としてちゃんとするために。
今日も今日とて早く帰ろう。そう思い大江戸マートでお弁当を買う。早く帰ろう、銀さん達と関わらないために、そう思ってアパートまで歩いてた時後ろから車が来ていた。
「…え」
ドン!とぶつかり私は転んだ。
痛い、体が痛い、走馬灯のようなこの世界に来て楽しかったことを思い出す。
最初ここに来て深くは関わらないと思いながらも関わってしまった。
皆見ず知らずの私と仲良くしてくれた。
銀さんのことが好きなことや、新八くんと神楽ちゃんとまだやりたいことや行きたいところを思い出したこと。
「…ごめんなさい…」
わたしの勝手な考えで、3人を避けてしまって。
*
最近名前の体調が良くないらしいと神楽から聞いた。
それが気がかりで名前が働くお団子屋のオヤジに聞いたら「最近考え事をしているようだ」と聞かされた。この前の夏祭りから変な様子だった。
夏祭りには江戸のいろんな人が来るが、高杉一派もきていたと真選組で話題になっていた。
もしかして名前は高杉と会ったのかと考えたがそんな素振りは見えなかった、いや隠していたのか。
そんな名前を心配して数日、リリーンと万事屋の電話が鳴った。
「はいはい、万事屋でーす」
[万事屋の坂田銀時さんですか?]
「はい、そうでーす」
[大江戸病院の医者ですが、苗字名前さんをご存知でしょうか]
「はい、まぁ知ってますが…」
[実は…]
*
バタバタと病院を走る俺たち。新八や神楽もいる。
「名前!」
ガラッと病室を開けると頭に包帯を巻いて病院の服を着ている名前がいた。
「名前さん!大丈夫ですか!?車に轢かれたって…」
「苗字さんの主治医です。坂田さんはどちらですか」
「俺です」
主治医が俺を名指しして来た。
「苗字さんは現在、記憶喪失です」
「記憶喪失!?」
「えぇ、読み書きや自分の名前、会社の事などは言えますがどうにも矛盾しているところがあるんです。
住所を聞いても東京都という名前が出てきました。ご両親の名前を名簿で調べても記載されておらず、苗字さんの名前すらない。会社の電話番号をかけても繋がらず、財布にあったあなたの名刺に電話をかけさせていただきました」
「…おい!名前!」
「………」
「……苗字さんは、ここ最近の記憶が全部ない状態です。坂田さん、何か知りませんか」
「……名前は、最近江戸に来た人です。親のことは知りません。でも何で俺たちのことも…」
「………これは憶測ですが、何か恐怖を植え込まれて彼女自身、自分で守っているのか。それともあなた達を忘れたいことがあったのか…」
「…忘れたいって何アルか…、名前…私のこと覚えてないアルか!?」
「…ごめんなさい…わからないです…それに、あなた達は、誰…?」
その言葉を聞いて3人とも血の気が引いた顔をした。これまでたった数ヶ月だが、築き上げたものが崩れたようだった。
俺たちを見つける名前は、初対面の時に会った顔をしていた。
-歌物語の歌忘れ-
(いちばん大事なことがぬけていることのたとえ。「歌物語」は和歌にまつわる話。歌物語を話しながら、歌の文句を忘れてしまったという意から)
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