夜明けまでは迷子がいい
ボーダーの医務室で、いくつかの聞き取りを受ける。
嵐山准は優秀で替えのきかない隊員のひとりであることは当然として、不調が今以上に深刻なものに進行するのか、他の隊員にも同様に起こりうる障害なのか、ボーダーは組織として究明する必要がある。
トリオンというエネルギーによる肉体の換装で未だ解明されていない段階があること、組織が想定している「最悪」などの説明を受けて、わたしは事の重大さを正しく認識し、答えが出るために協力を惜まないことを約束した。
一般的に、記憶喪失は脳への外傷、もしくは精神的な疵によって引き起こされると考えられている。嵐山准が、恋人のことを綺麗さっぱり忘れてしまうような事実はあるか、否か。
言葉に詰まるわたしに、詳細を言う必要はないよ、と先生は明るい表情で付け足す。
プライベートなことまで聞いたりしない、ただ、そっちの可能性もある、という結論を出すための論拠があると助かる場合もあるからさ。
「『准くんは知らないはずです』……って彼女がそういっていたなら、それが原因でしょうね。恋人だったあの子の隠し事を、秘密のままにしてあげられるだけの寛容さが俺にあったとは思えない」
嵐山准は、検査を続けることは同意しつつも、トリオン技術との関連性は薄いだろうという所感を述べた。自分の未熟さが原因であることを、顔を上げて言い切る。ではどうする? 君はその未熟をどう克服する?
「二人で乗り越えます」
確かな自信を持って口にした、その言葉は嘘ではない。
けれど、彼女の瞳の、あの揺らめきを見ているときの自分は、きっと今の自分とは違う答えを出すだろうことは、自分自身でも理解出来ているんです。
「俺は何を聞かされてんだよ」
「彼女、諏訪さんに懐いてる様子だったので」
「あーーー、元カノだよ」
「はは、それはちょっとないと思いますけど」
「どういう意味だオイ」
「同じ元彼なら、俺も諏訪さんと同じくらいは懐かれてなきゃおかしいでしょう」
恋人じゃねえ自覚あんのかよ、と顔をしかめる諏訪に、嵐山は笑顔で頷いた。曖昧にしておいた方がいろいろとやりやすいから、あの子には言わないでくださいね、とお願いも忘れない男の表情に陰りは見えない。
「俺はな、道聞く振りして女の連絡先聞く男が嫌いだ」
「確かにあの子は、そういうのに引っかかるタイプですね」
善良で、流されやすく、他人のかなしみを無視できない。こうやって、遠くから俺が手をふっていたら、ちゃんと手を振り替えしてくれる。
いい子ですよね。かわいいし、やさしいし、いつ誰が好きになってもおかしくない子じゃないですか。おかしいですか、俺が彼女のことが好きなのは。俺があの子の恋人でいたいと思ったとしたら、何を間違えたということになるんですか。
「あいつは望んでない」
「乗り越えますよ」
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