涙腺は人類を支配できるか


 もういいだろ、と准くんが笑う。冗談みたいな軽さで、冗談みたいに嵐山准をやめようとしている。

「でも、その、どうするの?」
「明日はちゃんと来る。地面があって、こっちの空には太陽もあるんだから」
「太陽のある無しより大事なことがさ、あるでしょ」
「例えば?」

 お金とかさ、生活基盤とかさ、友達とかさ、家族とかさ。言いたいことが多すぎて、どれから指摘するべきなのか混乱するくらいだった。もっと大事なものがあるよ、もっと大事なこと、いちばん大事なのは別にあるでしょ。

「わたし、どこで待ってればいいの?」

 口から真っ先に飛び出してきたのは自分の為の言葉で、それをわたしが恥じるより早く、わたしを見下ろす准くんの顔が大きく歪んだ。

「一緒にいてくれてもいいだろ」
「……ごめん」
「君は、君は今も俺のことを待ってる?」
「今は准くん、わたしの前にいるじゃん」

 今日は迎えに来てくれてありがとう。実はかなり心細かったし、自分が嫌だったし、准くんに合わせる顔がないななんて思ってたけど、准くんが来てくれたって分かってから、わたしは何もしないでここにいる。

「君が俺のことを待ってる間、じゃあ俺はどうしてればいいと思う?」
「それは、わたしはわかんないけど」

 准くんは明るく笑って、わたしの髪の毛をぐしゃりと掴んで抱え込む。准くんの胸元に抱え込まれて、見えるものも聞こえるものも何もなくなって、准くんの鼓動だけが伝わってくる。

「明日もずっとその先も、君は俺を待っててくれるか?」
「うん、たぶん」
「約束はしてくれないのか、厳しいな」

 ベッドの上で眠っていたら、朝は勝手にいつでも来る。でもここで夜通し歩いて彷徨ってたらさ、いつから朝かなんて、わからなくなっちゃうに決まってる。朝を喜べるのも、恋を信じられるのも、わたしたちが恵まれた子どもでいるからだよ。

 太陽が頭上で燃えてるだけで、肌を叩く風が冷たければ、夜が明けたことなんて信じられない。
 わたしのために命を捨てたってだけで、ひとりぼっちで残されてしまったら、貴方の本当の気持ちなんて理解できなくなる。自分の恋が信じられなくなる。貴方を愛していたことなんか、一度も無かったんじゃないかって。

「近界には太陽がないって、君は知ってた?」
「そうなんだ?」
「君もいない」
「それは別に、大事なことじゃないんだよ」

 そうかもしれないね、と准くんの声が暗い視界の奥の、すぐ近くから聞こえてくる。
 太陽は毎日のぼらなくても本当はいいんだと思う。タイミングが合うときだけ、顔を上げる元気と幸福があるときだけ、空のうえにいてくれればいい。

「太陽は俺たちの都合とは関係なく動いてる」
「うん、だから太陽がいなくなる前に、はやく戻らなきゃ」
「じゃあせめて、俺を好きだって言って」

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