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 汚れた膝を水で洗い流し、ベニア達のいる通りまで戻ってきた頃には、潰れたお菓子はすっかりなくなっていた。シュクルはお菓子があったはずの場所をきょろきょろと見回す。

「どれだけ食い意地はってんのよ」
 呆れた顔で、ベニアは両手を払っている。どうやら、彼女がお菓子を片付けてくれたようだ。
「ありがとう。でも……」
「でも、何?」
「さっきのお菓子、ハルトが買ってくれて……、たい焼きはジャンがくれたんだ」
「だから、どうしたっての?アンタが勝手に転んだんでしょうが」
 その通りだと、また凹んでしまうシュクルを見て、ベニアが渋い顔をする。
「祭りの日にうじうじするなっていってんのよ。ああ、もう」
 ベニアは自分の頭を掻いた。まとまっていた髪が少し乱れる。
「貰ったものはアンタのものなのよ。それをどうしようが、アンタの勝手。食べようが、捨てようが、吐きだそうが好きにしろって気持ちで、相手は渡してんのよ!」
「ベニア、わざわざ吐きださなくても良いんじゃないかしら?」
 マナエンは楽しそうにベニアの話に口を挟む。
「ただ、転ぶっていうのは想定外の出来事よ。転ぼうと思って転ぶ阿呆はいない、アンタもそうでしょ?」
 シュクルが驚いた目でこくりと頷いた。
「なら、気にする必要なんてないわ。アンタは食べるという答えを選んでた。それで、あの堅っ苦しい男もジャンも充分喜んでるわよ」
「たとえ、食べていなくても?」
「よくある事故よ。それに、相手に悪いからって、ゴミを食べるわけにはいかないじゃない」
「そんな姿を相手が見たら、喜べません。寧ろ、悲しくなるでしょうね」
 マナエンはベニアの言葉を引き継いだ。
「あなたは二人を悲しませたくないのでしょう?」
「うん、喜んでほしい」
 その答えを聞いて、マナエンは目を細める。そして、シュクルの頭を優しく撫でた。くるんとはねた髪を整えるような仕種にもみえる。
「その気持ちだけで、親は嬉しいものですよ」

 マナエンは囁くように諭した。ラベンダーの香りが鼻をくすぐる。マナエンの穏やかな声や匂いによって、さっきまでの緊張が和らいでいく。彼女の持つ特別な気質なのだと、シュクルは思った。



「おーい、シュクルー!」
 煌々と光る屋台の方から、ジャンが大きな声で呼んでいる。
「どこだァー?返事しろ……って、いた!」
 遠くからでも、シュクルを指差しているのが大きなシルエットでわかる。そう気付いたときには、ジャンはすでに駆け足で向かってきている。シュクルのように転ぶこともなく、颯爽とした走りっぷりである。あっという間に、シュクルの元に辿り着く。しかし、ジャンの動きは止まることなく、体当たりするようにシュクルを抱きしめた。反動でシュクルの身体がのけ反る。

「い、いたい」
「おっと、ワルィな。でもな、シュクル!勝手に消えちゃ駄目だ!オッチャン、心配したんだぞ!」
 すぐに両腕の力を緩めたジャンは、大きく息を吐いた。
「ごめん、座ってお菓子を食べたいと思って。でも、転んで……」
「転んでって?なんてこった、血が出てるじゃねぇか!大丈夫か、ちゃんと歩けるか?」
 汚れを洗い流したとはいえ、赤い傷跡は生々しい。ジャンのうろたえる様子に、ベニアが不服そうに顔を歪める。
「男の子でしょ。そんな怪我、日常茶飯事じゃない。心配しすぎだっての」
 ベニアの声にジャンが振り向く。
「あれ?嬢とマナちゃん、いたのかい?」
「ずっと、いたわよ!なんなのよ、さっきから二人してとろくさすぎ!あと、嬢って呼ばないで」

 二人がいつもの言い合いを始めるなか、マナエンはやはり微笑みを浮かべている。
「あなたが心配だったんでしょうね」
 いつだってジャンはシュクルを心配して飛んでくる。誰よりも早く手を差し伸べてくれる。照れ臭さと、誇らしいような気持ちでシュクルは小さく頷いた。
「喜ばせたいなら、笑顔でいることです」
 マナエンはシュクルの前で、改めて笑顔を作って見せる。つられて、シュクルも笑う。にこにこと和やかな雰囲気の二人に、ジャンが気付いた。

「なんだ、マナちゃんとシュクルは仲良しさんだなァ」
 がははと笑いながら、大きな手で小柄な二人の頭を撫でてやる。マナエンとは違い、力加減が強いため、二人の髪型がくしゃりと崩れてしまう。
「ちょっと!マナエンに気安く触ってんじゃないわよ!」
「……ああ、そうだなァ。仲間外れは良くねぇな」
 おもむろにジャンはベニアの頭も撫でた。
「そんなこと一言も言ってないでしょ!やめて、髪が乱れるってば」
「それでは、私はジャンおじさまの頭を……」
 不思議と息ぴったりに、ジャンが身体を屈め、マナエンが頭に手を伸ばしていた。

 シュクルの目の前で、三人の的外れな会話が続いている。
 いつのまにか、ラベンダーと甘いお菓子の匂いが混ざり合っている。癒しと安心の効果は絶大で、シュクルは気が抜けたように呟いた。
「お腹空いた……」
「ダァーハッハ!オッチャンはまだ休憩だから、四人で屋台見るかァ」
 四人は横に並んで、橙色に輝く大通りに向かって歩いていく。祭りの夜は賑やかに、まだ終わることはない。





「そういえば、ハルトは?」
「サバノミソニコミギュウドンを見つけちまってなァ……」

<おしまい>
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