恋は再び 1





後ろに置いたバケツは既に山盛りになってしまったので、もう甲板にそのまま上げる事にした。ビタビタと、濡れた体を打ち付ける音がそこら中で響く。

「トービトビトビトービウオー!」
船長はえらく楽しそうだ。
無理もない。今のこの状態にコツも忍耐も必要ないからな。

船の周りをバシャバシャと跳びながら泳ぐ、途方も無い数のトビウオの群れを、俺たちはせっせと網で打ち上げるのだった。

「まだまだ働けよテメーら!こんな機会は滅多にねえからな!」

後ろから偉そうに喝を入れたのは、今夜これらを美味しく調理するであろうコックである。
俺たち船員により、まだまだ数を増やしていくトビウオを前に嬉しさを隠しきれないようだ。
喝を入れながらも、その表情はどこか嬉々としていた。

「ちょ、ちょっと俺、腕が限界で…サンジ君よ、交代なぞ…」
トビウオの大群が船を囲い出してから一時間くらい経つだろうか。
それなりの重量のある網を上げては下ろし下ろしては上げて…ひたすらその繰り返しだ。さすがにきつくなってきた。

勿論おれ以外の奴は誰も根を上げる事はなく、まだまだ力が有り余っているように見えた。
まあ、そんなもんは今に始まった事じゃないから全く気にならない。
俺は遠慮なくバトンタッチの為網を差し出した。

「ったく、しょうがねえなお前は」
サンジは溜息の後にすぐ網を持つ役を代わってくれた。

「見とけよクソッ鼻。俺の華麗な網さばきを」
…かっこつけてるつもりなんだろうか。
申し訳ないけど、サンジの飛ばしたウィンクと手に持ってる網とがミスマッチで…なんていうか、凄くシュールだ。

「………。あ、俺クーラーボックス持ってくるわ」
その場から離れようとすると、すかさずサンジに首根っこを掴まれた。

「つれねえな。隣にいろよ」
俺にだけ聞こえる声でサンジは言う。
不意打ちの台詞だったので、赤面してしまった。…大失態だ。

「おま、おま、お前な、そういう言動は謹めよ。聞かれたらどうすんだ」
「だって二人になれる時間、全然ねえんだもん」
不貞腐れた表情でそんな事言われたら…そりゃ何も言えなくなるわ!嬉しいわバカ!

「さっさと手ぇ動かせよグル眉…」
隣にいるルフィの更に奥、わざとらしい溜息と共にそう言ったのは勿論ゾロである。
「……あぁん?なんだとコラ…」
「働けっつったのお前だろ。いつも口ばっか動かしやがって…」
「っぬかしてんじゃねえぞクソ野郎!いつも寝腐る事しか脳がねえテメエに言われる筋合いねえんだよ!あと今しゃしゃってくんじゃねえ!取り込み中だバァカ!」
「取り込んでねえだろ、暇だからウソップに構ってもらってんだろ」
「…っそぉれぇを取り込んでるっつってんだよマリモオオオォォ!!」
網を放り投げ、サンジはゾロに掴みかかる。

…結局、サンジの言う「華麗な網さばき」とやらは一度も見れぬまま、俺は再び網を手にするのであった。
うーん…「二人になれる時間がない」ね…。
お前にも原因があると思うけどなぁ。

その日の夜はすこぶる豪勢だった。
メインディッシュは何十人前かと問いたくなる量のトビウオの唐揚げだ。噛んだらサクッと音がしそうな、揚げたてのトビウオがテーブルのど真ん中に山を作っていた。

「うほー!うまそー!いただきます!」
ルフィの台詞を皮切りに、みな次々と唐揚げを口に運んだ。
俺も例に漏れず、取り皿に己の分を確保しながら口に詰め、急いで咀嚼しながら箸を動かした。

「んめぇっ!こりゃ働いたかいがあったってもんだなむごふっ!おふぇっ!」
「落ち着けよ、まだまだあるんだから」
コップに水を注ぎながら、サンジは嬉しそうに言った。

ちょっと前にサンジの料理が好きだという旨を口にしたら(言おうと思って言った訳じゃねえけど)、首傾げるほど喜ばれた事がある。
こいつにとって一番嬉しい言葉って、きっとこれなんだよなあ。

「お、見ろよこれ。変なヒレ!」
俺の箸の先に偶然つままれたトビウオは、他のとは違ってヒレがギザギザになっていた。

「ほら、サン」
「ん」
サンジは箸を持っている俺の手ごと掴み、ギザギザのトビウオを強引に自分の口へ運んだ。

「うん、うめえ」
にかっと笑うその顔は最高に良いんだけど、あの、場をわきまえないかい、サンジ君。

俺はキョロキョロと周りを素早く見渡し、俺たちを注視している輩がいないか確認した。
特にナミは勘が良い。もしこれをキッカケに気付かれでもしたら…恐ろしい。一生、それをネタに脅迫され続けるだろう。
幸い、唐揚げの山が死角となってくれていた。
男共は勿論食事に夢中である。俺はほっと一息ついた。

「サ、サンジ君よ。こういった行動は公共の場では慎みたまえ」
「へへ」
あ〜だめだ聞いてねえわコレ。料理の事褒めるとネジ取れるんだったコイツ。
しまりのないその笑顔も、くっそう…やっぱり最高に良いぞバカモノ。でも絶対言わねえぞコノヤロウ。
つられて口元が緩まないように、俺は引き続きトビウオを口に運び続けた。



翌朝。
目を覚ますと、とても珍しい事に俺が一番早起きだった。
いつもだったらとっくにキッチンで準備を始めているはずのサンジが、まだ床で毛布にくるまって眠っている。

「ん〜…起こしてやるかね…」
盛大な欠伸をしてからサンジの元へ向かう。
まだ重たい瞼を擦りながら、俺はサンジの肩をゆっくりと揺すってやった。

「朝だぞーう。起きろい」
「…ん〜…」
「飯の準備、大丈夫か?」
「…頭…クソいてぇ…」
サンジはこめかみを抑えながら、だるそうに呟いた。

昨夜、酒でも飲んだのだろうかと疑問に思っていたら、サンジは俺を見るなり変な顔をした。

「………てめえ、誰だ」
「はぁ?」

朝っぱらから予想外の冗談をかまされ若干腹が立つ。
この野郎、眠い目こすってわざわざ起こしてやってんのに。
「んな事言ってる暇あんのかお前。そろそろ他の奴も起き…」
「誰だっつってんだよオロすぞクソ野郎」
サンジは先ほどまでのダルさが嘘だったかのように素早く立ち上がり、眉間に縦皺を寄せた。

「…は?」
冗談、じゃなさそうだぞこれ。足を構えている。俺を本気で蹴るつもりだ。

「ね、寝ぼけてんのか!?なんなんだよ急に!」
「答える気ぃねえって事は、オロされてえって事だな。あの世でクソ後悔しろ」
「ちょ、ちょ!笑えねえから!!や…やめてください!!」
涙目になり懇願するが、サンジは構わず足を真っ直ぐ振り上げた。
ヤバイヤバイヤバイ死ぬ。
俺は咄嗟に両手で頭を守った。サンジの蹴りの威力の前では、そんなの全く意味がないというのに。

足が降りてくる軌道を薄目で見た。
嗚呼死ぬ。死んだ。
訳も分からないまま、何故だか俺は両思いになってホヤホヤの嬉し恥ずかし初めての恋人に、こんな突然、理不尽に蹴り殺され………って、あれ、痛くない。

そっと目を開けると、ルフィの伸びた片腕とゾロの鞘に収められた刀が、サンジの足を抑えつけていた。

「サンジ!男部屋で喧嘩すんなってナミに言われただろ!」
「朝からうるせえ」
ルフィとゾロの台詞を聞き終えたサンジは大人しく足を下げた。
そしてチラと俺の方に視線を向けた後「…なんだ?テメエらの知り合いか?」と尋ねた。

「…」
「…」
「なんだよその顔。驚いてんのはこっちだっつうんだ。ちゃんと説明しろよ」

ルフィとゾロは顔を見合わせ、最後に二人して俺へ視線をよこした。まるでなぞなぞの答えを求めるかのように。

「…いや…俺にも、何が何だか…」
俺の引きつった笑い声が男部屋に響く。

その数秒後、沈黙を打ち破りルフィが元気よく「ウソップだ!俺たちの仲間だろ!」とサンジに言った。

異様な空気をものともしないその勇敢さ。さすが我らが船長、と拍手したいところだが、状況は全く好転しなかった。

「だから誰だよ」

サンジの一言に、誰もが言葉を失くす。

俺には、はっきりと分かる。サンジは寝ぼけてない。冗談を言ってる訳でもない。
…だって昨日までのサンジとは別人なんじゃねえかと思うほど、俺に向ける眼差しが他人行儀なのだ。

その目に見つめられて、俺は背筋が凍るような感覚を覚えた。






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