呪術廻戦 | ナノ

伽藍残夢



名前は、エプロンを掛けてろくに出来もしない家事の真似事をしていた。エプロンは豹柄で、きつい香水の匂いがする。かつてこの部屋の主だったあの女の物に違いない。名前の趣味では無かったが、他にエプロンなど持って居なかったので仕方ない。別に恨みつらみが有る訳でも無し、使える物は使ってやろうと思った訳である。

名前の継母は家事をしない人であった。故に名前は具体的に何をすれば所謂"家事"なのか見当が付かない。掃除をする、整理整頓する、料理を作ると一言で言うのは簡単だが、それが自分にとって当たり前の環境に身を置いてこそそう思うのである。人間なんて、教えてくれる人間が近くに居て尚且つそれが当たり前に身に付くまで練習しなければ自転車も乗れず、ハサミすら使えない。頭で分かっているだけではどうする事も出来ない。

以前住んでいた部屋から使えそうな物を持ち込んで来た。元々持ち物が少なかったので、疎らに荷物が増えた。物は少ないのに、雑然としている。

「逆に散らかった…?」

一人で自嘲気味に含羞んでみても、それに応える人は居ない。甚爾は最近留守気味だった。新しい「彼女」を探しているらしい。悪く言い換えれば金蔓。名前が転がり込んだ分、生活費も嵩んでいる筈である。今頃はあの無遠慮さを遺憾なく発揮している頃だろう。名前から煙草をせびった時の姿が容易く想起された。

とにかく、転がり込ませてくれた恩に報いるなんて殊勝な心掛けではなかったものの、片付けくらいは何とか終わらせようと消極的なやる気を奮い起こしてみた。持ち込んだ荷物をしまおうと、建付けの悪い押入れを開けた。懐旧のにおい。伽藍堂の押入れにぽつんと古びた箱が置かれている。

オイル切れのライター、何かの領収書、くしゃくしゃに丸められた紙、黄ばんだ写真――。

箱の中身はおおよそガラクタだった。そのガラクタに埋もれていた唯一価値を見いだせそうな品物――黄ばんだ写真には、黒髪で賢しそうな顔の小さな男の子が写っていた。誰。

「おい、居んのか」

名前は声をかけられるまで甚爾が帰宅した事に気付かなかった。

「この写真」

名前が親指と人差し指で摘んだ写真をずい、と甚爾の鼻先にぶら下げる。

「ン〜?」

甚爾は首を傾げて思案顔をした後「お前の弟か?」などと平然と述べた。名前はそもそもその写真を見せて何を聞き出したかったのかすら良く分からない始末で、曖昧な顔に作り笑いを添えて取り繕う他無かった。

「メシ買って来たぞ」

コンビニのビニール袋を古びた丸テーブルに投げ出すと、甚爾は薄い座布団の上に腰を下ろして胡座をかいた。名前もそれに倣って向かいに座る。

お握りとカップラーメンが2個ずつと、モツ煮込み1パック、1.5Lのミネラルウォーター。名前がケトルを取りに行こうと立ち上がりかけたタイミングで甚爾から力の抜けた声が上がる。

「ああ〜、思い出した。俺の息子か」

我が子を忘れる親がこの世に存在するのか如何かと言う答え、自分の親の有り様を思うと名前は悲しい事に胸を張って「居ない」とは言えなかった。名前の胸底のざわめきなどお構い無しに、甚爾はコンビニで温めて来たらしい、少し冷めたモツ煮込みの包装を粗雑に剥して蓋を開けた。

「子供のとこに帰らなくて良いの?」
「親が居るだけマシって、お前、自分の親見ても思うか?」
「…………」

答えない名前を余所に、甚爾は味気ないコンビニ容器の中身を割り箸で突きながら言う。

モツが沈んで、再びぷかりと浮いた。


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