呪術廻戦 | ナノ

唯心の処女、を抱きて



*捏造・ご都合設定過多。



鎮守の森の最奥に、絶えず帳の降りる場所がある。

そこで、繭を紡ぎながら暮らす女が一人。名を名前と言う。生まれてこの方、帳の外に足を運んだ事がない。帳の外に出る事を固く禁じられて生きて来た。

それがこの度裳着の儀式に合わせて初めて帳の外に出る事が許される運びとなった。それは太陰が全て欠ける日の夜半にひっそりと行われる。

名前はその日、帳が解かれた鎮守の森でいつも通り繭を紡いでいた。すると、静謐なはずの森で物音が聞こえる。好奇に駆られた名前の足はその物音の発生源へと向かう。

樗の木の下に蹲る女が居た。その周辺には折れた枝と腰紐が散乱している。履物だけは綺麗に揃えられていた。すぐ上を見れば樗の枝が折れていた。名前が駆け寄り声を掛けると、蒼白な顔が名前を見上げた。酷く取り乱している。慄いている様にすら見えた。 歯の根が合わない女の背を擦ってやると、女は幾分か落ち着きを取り戻した。依然として顔色は蒼白い。

「何があったのですか。私で良ければ話を聞かせて下さい」

名前が幼子をあやす様に宥めると、女はぽつりぽつりと語り始めた。

「両面宿儺…私は、あの稀代の悪鬼羅刹の生贄に捧げられました」

女は慄いて嗚咽を溢し震えている。

「あの恐ろしい化物を鎮める為…そして、私の家は酷く貧しくて、口減らしも兼ねた生贄なのです」

途中、同行者の隙を見て死にものぐるいで逃げ出したのだと言う。しかし、逃げ切れるとは思って居らず、連れ戻されて宿儺に差し出されるのは時間の問題。

「どうせ死ぬのなら、死に方位は自分で決めたかったのですが、ご覧の通りりました」

女は無理に微笑もうとした結果、表情を強張らせただけだった。名前は、そんな女の手を両手で包み込んで真正面から顔を覗き込んだ。

「私が代わりに生贄として出向きましょう」
「え、でも…」

女は幽霊でも見た様な表情をした。両面宿儺と言えば誰もが慄く悪鬼羅刹ではないか。女は思う。自分を助けたのは物の怪の類かと。そうでなければ、この提案は死にたがりか気狂いとしか思えない。

「で、ですが…確実に残酷に殺されます。両面宿儺は人を喰らう鬼なのですよ」
「ご心配痛み入ります。ですが、私はこう言う時の為に今まで生かされて来たのです」

さあ、今の内にお逃げなさい。名前に急かされて、女は震える膝に無理をさせて駆け出した。別れる際に、売れば活計の足しになると手渡された虹色の繭を胸に抱えて――。

――生き方を選べない女と死に方を選べない女の邂逅が、千年後の世を混乱に陥れる事になる。

縄を打たれた名前は従者に連れられて両面宿儺の御前に跪かされていた。ごく僅かな隙間から盗み見たその御形に思わず息を呑む。太陰の隠れた空を睥睨する二対の瞳、悪虐の限りを尽くす二対の腕。息を忘れる程の圧倒的な威圧感。見る者全てに畏敬の念を抱かせる、正しく呪いの王たる佇まい。

「宿儺様、生贄です。如何致しますか?お召し上がりになりますか」

裏梅が伺いを立てると、宿儺は生贄をろくに見もせずに「衆愚共が」と嘲った。頬杖を突きながら盃を煽っている。

「下らん、さっさと殺せ」
「御意」

裏梅は低く垂れていた頭を上げると、静かに「お前は蹲ったままで結構」とだけ言った。衣擦れの音で従者が立ち上がった事を知る。途端に鋭利な冷気が名前の脊椎を駆け抜けて行った。

裏梅が「氷凝呪法」と名前が「」と言ったのはほぼ同時の事。

辺り一面が飛沫氷の如き奇観を呈していたが、そのただ中に凜と佇む女が異様さを際立たせている。瞳に寂光を孕んだ蓮の花が浮かび上がっていた。生贄の命が未だ有る事に、裏梅の瞳孔が開いた。女は傷ひとつ負って居ない。

異様な空気が満ちていた。

ひと呼吸置いて、動いたのは裏梅である。手の平に吐息を掛けるその優雅な所作とは釣り合わない激甚な冷気が名前目掛けて吹き荒ぶ。

/軻遇突智

名前の唇が最後の母音を形作ると、黒炎が放射状に爆散し、裏梅の「霜凪」を打ち消した。氷塊が焦土に変わりゆく中で裏梅は攻撃を畳み掛けて行く。果たして「霜凪」も「直瀑」も名前を傷付ける事は叶わなかった。

その姿は泥梨の如き様相を呈する果てない戦場のただ中に舞い降りた修羅。見る者を悚然とさせる嫣然さに追い詰められて片膝をつく裏梅が、恭しく頭を垂れている様にすら見受けられた。

「裏梅」
「申し訳ございません」

それまで見物に興じて居た宿儺が、従者の名を呼んだ。その声の抑揚で意図を推し量った裏梅は静かに退がり、控えた。

「森羅万象を司る、未来見の巫女。実在していたのか」

宿儺が冷酷な眼差しを名前に向けて言った。名前の存在はこの世に生まれ落ちた瞬間から秘匿され続けてきた。

「目的は何だ?」

名前は数歩前に出た。その裾捌きの流麗さに育ちの良さが滲む。宿儺の御前で膝を折り、両手を付いて深々と頭を下げた。それを暫く見下ろしていた宿儺が「面を上げろ」と名前に見上げる許可を与えた。

「千年後の未来を見ます。お望みならそれを現実にする事が出来ます」
「ほお」

巫山戯て居るのか馬鹿なのか。戯れ言と一蹴し、刻んでやっても良かった。しかし、女の歪んだ玉髄の眼がその申し出が冗談ではないと物語っている。
突然現れた生贄が御伽草子の世界から飛び出した様な未来見の巫女で、その巫女が酔狂極まりないと来れば宿儺の興も引くというもの。

「お前、何故そんな事をする?」
「森羅万象を司る未来見の巫女だから、聖人君子だと誰が決めたのでしょうか?私は世を厭うているので、大層捻くれております」

名前は優美に、しかしそれ以上に不敵に微笑んだ。


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