名前と晴れて両想いになった数日後、大学近くの喫茶店で、小さい口にサンドイッチを目一杯つめた彼女が突然思い出したように聞いてきた。

「ねえ耳がいいって言ってたけど、それってどのくらい耳がいいの?」
「お前、口にものつめたまましゃべんないの」
「んぐ…ごめんなさい……好きって音って言ってたけど、それってどんな音なの?」

俺の指摘にもぐもぐと急いでサンドイッチを咀嚼してから飲み下し、再度話し始める姿は本当に素直でかわいらしい。思わず口元を覆って体の芯から湧き上がる抱きしめたい欲求をおさえつけていると、名前はさらに質問を続けた。気になりだすととまらない性分らしい。あの日は、俺の耳について特に何も言ってなかったのに。まあ、その他の衝撃が大きすぎたんだろう。

「言葉じゃうまく表しづらいんだけどさあ」
「うん」
「なんかこう…甘ったるくて、むせ返るような、でも不快じゃない…俺の語彙力じゃ表現できない」
「ふうん…よくわからなかった」
「へいへい、ボキャブラリーの問題ですね、悪かったね」

聞いといてなんだその返事は、と思っていると、サンドイッチを食べ終えた名前はオレンジジュースをストローで吸い上げながら「その音はわたしからも聞こえる?」と聞いてきた。今思ったけどサンドイッチとオレンジジュースって子供かよ、かわいいな。

「聞こえるよ、名前が俺のこと好きって言ってくれたあの日から」

うるさいくらい、ずっと、まっすぐに。

向かい合わせの状態で、頬杖をついてわずかに顔を彼女のほうへ寄せて言ってやる。ずっ、と音を立ててオレンジジュースを喉奥へ吸い込む音が聞こえた。自分で聞いたくせに、またいつもみたいに頬を真っ赤に染めて心音を速くする名前。

してやったりと思っていると、ぽつりと「いいなあ」とつぶやいたのが聞こえて、また音を立ててオレンジジュースを飲みほした。その黒目がちな瞳に、俺の飴細工のような瞳が映るのが見えると、整った顔を綻ばせた名前は言う。

「わたしも善逸の好きって音、聞きたいな」
「………はあ」

空になったグラスのストローにいつまでも添えられている右手を掴んで、俺の左胸にあてる。

「わあ、めっちゃどきどきしてる」とこの上なく嬉しそうに笑う名前を、このあとめちゃくちゃに抱きしめてやる、そう心に決めながら。


俺には、好きな女の子がいる。
その無邪気な素直さに、心臓がいくつあっても足りないような、女の子。
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