それはさやかでやさしく


※現パロ、同棲


カーテンの隙間から差し込む月明かりが、なだらかな曲線を描くなまえの白い肌を照らす夜。俺の腕のなかで規則正しい寝息を立てる彼女の頬にやさしく触れて、うっすらと開いたみずみずしい唇に、しずかに口づけを落とした。

俺は、なまえを抱いた夜、いつもこうしてしばらく眠れずに数時間過ごす。胸のやわらかさとか、甘くて桃色の吐息とか、俺にしかみられない彼女の姿や音が、すべて、耳にまだ喰らいついてるから。


薄手のシーツの下で、足を絡めて寄り添った体の隙間をうめる。至近距離で見つめるなまえの肌は花の葉脈のように透きとおっていて、きれいだ。輪郭に沿って触れさせた掌と親指で、そっとしっとりとした頬を撫ぜる。微睡ながらもその感触に気づいたのか、「んん…」と短い声をもらした彼女は身動ぎをして、そのまま俺の胸板にぐりぐりと顔を押しつけるようにしてきた。いとおしいなあ。そんな気持ちが、湧き水のようにおだやかに、けれど歴然と滾って、ひとりでぎゅっと胸が締めつけられた。その小さな背中は、ひとつの不穏さも背負わず、なまえが生きている証でちいさく上下する。


いつだったか、背中あわせで夢を語った日を想起する。もちろん、夢は俺の夢じゃなくてなまえの夢。俺たちは結構長いこと仲のよい友達関係だったから、それなりに2人で話す時間も多かった。気のおけない関係である俺に、ぴたりと背中どうしをくっつけて、あっけらかんとした彼女は「好きなひとのそばにずっといたい」と言ったっけ。夢の話っていうから、もっと大それたことを想像した俺だったけど。たぶん「そっか」としか答えられなかった。まさかその"好きな人"が俺だとは、それこそ夢にも思わない俺が、そのとき心臓が握りつぶされたような心地だったことを、彼女は知らないだろう。

同時に、今すぐ抱きしめてしまいたかった。そのまま、そうだな、2日ほどそのままでいたいとも思った。でもそれも夢のまた夢の話。意気地なしの俺にはそんなことできなくて、「善逸の夢は?」と沈黙を破るようにしてなまえから投げかけられた質問に、なんて答えたのかはあんまり記憶にないんだ。


あのときのなまえは、いま思えば、どんな顔してたのかなあ。


俺は生まれたときからずっと自分に自信なんてなくて、人より無駄に良い耳だって都合のよいときだけ利用して、あとは俺を苦しめるだけのマイナス要素だと、なぜだか信じて疑わなかった。なまえが時折奏でる、決して心地よいだけではなく、ほんの少しの甘やかしさを含んだそれに、俺だって気づいていなかったわけじゃなかった。

でも、自信がない俺はすぐに想像する。たとえば、俺となまえが、この世の奇跡ともいえる確率で、お互いに想いあっていたとしても。いつかその想いにだって、終わりがくるかもしれない。たとえば、そんな素振りはあんまり見せないなまえから時折聴こえる音だけを頼りに、想いを伝えたとしても。これまで築いてきたすべてが崩れ去り、ゼロになってしまうかもしれない。

好きすぎることが苦しくて、嫌われることを恐れていた。いい年して情けないけど、始まったらその瞬間、終わりを想見してしまう自分がいたから。無意識にそういう感情から、逃げるようにして向きあおうとするのをやめた。

けれども、今なまえはこうして俺の腕のなかで、このうえないほどの俺への信頼の旋律を聴かせてくれながら眠っている。晴れて恋人どうしになれたのだって、彼女のおかげだった。うじうじ思い悩んでひとりで仄暗い闇のなかに勝手に閉じこもろうとした俺を、朝のまぶしい青い空のようにさんさんと照らしながら、ひっぱりだして愛してくれた。

少しずつ、少しずつだけど、俺は誰かをちゃんと愛せるようになっている。それに、こっちはもっと少しずつだけど、誰かにちゃんと、愛されていると実感できている。まだ不安になることはある。いつかなまえも俺の腕を、なんてことない顔してすり抜けていく日が訪れるんじゃないかって。

小さくて、だけどどこかたくましい、天使の羽でも生えていそうな背中を、ぎゅう、と抱きしめる。目を閉じるのは、かんたんだけどさ。なまえを抱いた夜、俺のまぶたの下はいつもこうしてなまえを映して、おかげで寝不足だよ。こんな俺は知らなくていいし、めちゃくちゃ嘆かわしいから知られたくもないけど。


どうか、どうかずっとそばにいてよ。




*




ちゅん、ちゅん、という雀の鳴き声を目覚ましに重い瞼を持ち上げる。カーテンの隙間から差し込む陽光が、俺の金糸にあたって眩い朝、になった。腕のなかで眠っていたなまえの姿はなくて、ほんの一瞬肝を冷やす。けれど、すぐにフライパンに油を落とす音と香ばしいにおいがして、それから彼女のおだやかで円い音が耳に届き、ほっと胸を撫でおろした。

カーテンを開けると、どこまでも晴れ渡る青い空が、今度はベッドに光を落としていく。あくびをかみ殺し、寝癖がついてぴょんぴょんと跳ねる髪を撫でつけていると、彼女の音が近づいてきた。


「善逸、おはよ!よくねむれた?」
「ん、おはよ。寝れたよ」


花柄のエプロンをつけて、手にフライ返しを持ったままのなまえは「お客さま、目玉焼きの硬さはどうしますか」と注文を取るような仕草をする。ああ、なんだろう、やっぱり俺は、ばかだなあ。俺が立ち上がると、ぎし、とベッドのスプリングが軋む音がする。質問の答えが返ってこないもんだから、「ぜんいつ!どうするの?」と唇を尖らせる彼女を、包み込むようにして抱きすくめた。


「ちょっと!朝からどしたの…」
「好き」
「もう、ぜんいつ、寝ぼけてるの?」
「…んーん。いつも、ありがと、そばにいてくれて」


寝起きで掠れているせいもあるけれど、弱々しくてしおたれた俺の声に、察しのいいなまえは背中をとんとんと撫でながら「わたしも好きだよ」と笑ってくれた。


「あ、目玉焼きは半熟でお願いします」
「ふふ、わかった。もうすぐ準備できるからね」


そうして頬を綻ばせて、キッチンへとぱたぱたと走っていく背中を見送る。

この子とずっと一緒にいるという選択をしたとき、俺は数多のしあわせを手に入れると同時に、果てしなく渦巻く不安をどうにかおさえつけていた。
だから今だって俺は、なまえを抱いた夜、気持ちが堂々巡りで眠れないし。
それから、なまえがいない夜を、もう越えられなくなってしまった。


願わくば、なまえがいない夜が訪れることなど、俺が命果てるまで決してありませんように。昨夜脱ぎ捨てられたままの下着が、ベッドのふちで太陽のひかりに照らされて、きらきらと光っている。こんな日々がずっと、そう、死ぬまでずうっと、つづけばいい。



(BASE SONG : あいみょん「君がいない夜を越えられやしない」)



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