喧嘩ばかりでうんざりする。そう思えたらいいのに。嫌いになれたらいいのに。渚はブルーな気分になる。その青はムカつくと切ないの間を曖昧に揺れて「好きにすれば?」と彼に言わせた後に「泊まってきなよ」なんて言わせるのだ。渚は心も頭もこんがらがってシーツの上に横になった。

その気持ちで窒息した数日前の夜、渚はシンジにキスをした。捨てられた子犬のように自分の部屋に転がり込んで、何かに耐えるように声を殺して泣いているシンジに自分がいることを知らせたかった。僕がずっと君を見てるんだから泣かないでよ、渚の心はそう訴えているのに、渚自身は自分の内側の叫びがはっきりとわからずに、気になって仕方ないシンジに無理やり唇を押しつけていた。とにかく、ムカつくと切ない、それだけだった。

シンジはいきなり自分に覆い被さってそんなことをした渚を思いきり突き飛ばした。そして友達のはずのそいつを見つめた。睨みつけたいのに戸惑って、目がチラチラと泳いだ。なに、今の?そんな感じ。渚は勢い余った自分に動揺して、急に弱々しくなって、言い訳を探した。濁った水のような頭の中で何かを掴もうとする。そして、

『君が寂しいんじゃないかと思って』

舌の上で味を確かめるよりも先に、そんなことを言っていた。なかなか気持ちいいね、笑いながらつけ足した。だからシンジは、バカじゃないの、と怒って返した。男同士で気持ち悪いな、とつけ足した。その時、渚の心の中で、何かが腐って死んだ。

キスした子にそんなことを言われて悲しくないやつなんていない。渚はシンジのいない夜は頭を抱えて眠った。息が出来なくて肩を震わせて、苦しみの来る場所を考える。けれど、どんなにつらくても泣けなかった。吐き出せない想いがまた、腐って死んだ。

「エゴイストって知ってる?」

それでも驚いたのは、渚はシンジの前でそんな状態を微塵も見せずに、そしてシンジはあのキスの後も渚の部屋へたまに来ていた。そして今日も家出に鞄ひとつでやって来て、あの時と同じように渚の隣で横になった。電気を消して、ほとんどもう、何も見えない。

「さあ」
「君のこと」

明るい部屋では言葉なんてないもののようだった。お互いに疲れていて、喧嘩なんてしたくない、その気持ちで沈黙を守っていた。そして寝息の聞こえない真夜中、シンジはふと渚に語りかけた。ずっと待ち伏せしてた声帯、声は少し掠れていた。

「どうして僕がエゴイストなのさ」
「やっぱり」
「は?」
「意味知ってるんじゃん」

渚はつぐんだ。

「君は自分の気持ちいいことのためなら相手の気持ちなんて考えないんだ」

だから、エゴイスト。シンジはとても小さく乾いた笑いを響かせた。それは冷たい天井で跳ね返り、渚へと降り注ぐ。

―違う。

体が急に水になった気がした。生きた心地がしない。

「やさしいフリしてただ同情してるだけ。自己中なんだ」

―違う。

渚はゆっくり首を傾けベッドから、床のふとんのシンジを見下ろす。暗がりでぼんやりと輪郭があった。シンジは天井をまっすぐ見つめているようだった。

「でも本当は同情すらしてない」
「君を泊めてやってるのに?」

声が震えないようにと思ったのに、気の抜けた感じがかえって動揺しているみたいだった。だから続けて、

「よくヒトんちに泊まってそんなこと言えるよね。君の方が自己中じゃん」

ちょっと前のめりに言葉を続けた。だんだん体が震えてきて、それが見つからないように必死にシーツにしがみつく、渚。

それからシンジはもう黙ってしまった。渚はその沈黙を怖いと感じた。

渚は手を伸ばしても届かない、けれど歩けば2歩ともかからない、そんなシンジをじっと見つめた。闇に慣れた目はシンジの鼻筋や髪の毛を繊細に描いた。なんで。こんなやつにキスなんかしたんだ。悔しかった。でもどうして悔しいかというと、自分の気持ちをひどく汚れたもののように誤解されたからだ。

―違う。

あれから一瞬一瞬、僕の中で何かが腐って死んでるんだ。君のせいだ。僕のためだけならそんな風になるはずないだろ。君の気持ちを無視してるなら、苦しいはずないだろ。渚の頭にまた、鈍い痛みが刺す。痛みに握り潰されそうで頭を抱える。でもそれは心のかわりに痛がってるのを知っていた。窒息しそう。渚は思った。窒息しそう。

食いしばった歯の間から微かな呻き声が漏れる。視界がぐらついて、何も見えない。じわじわと音もなく涙がつたい、こぼれ落ちる。

シンジはゆっくり上体を起こした。鼻をすする音が聞こえる。隣を見たら、渚が苦しそうに頭を抱えて丸まっていた。怯えたように泣いていた。

しばらく夢か現実かわからずにシンジは渚を眺めていた。渚は止められない嗚咽を部屋に響かせていた。とても寂しそうだった。

―僕みたいだ…

シンジは、そう思った。

そしてそっと、渚のベッドに腰掛けて、泣きじゃくる渚の頭を撫でた。柔らかい銀髪がさらさらと流れてゆく。気持ちよくてもう一度、撫でた。渚の声は強くなった。

どうしたの、なんて聞く必要はなかった。シンジは自分の面影を渚に重ねた。そして何も言わずに渚の横に体を寝かせた。渚はシンジにすがるように抱きついた。そして泣きながら、好き、と告げた。シンジは頷くかわりにまた渚を撫でた。渚は笑っているのか泣いているのかわからない弱々しい声を漏らす。それから部屋中を埋め尽くすように、好き、と囁き続けた。呼吸する度に、好き、が溢れてゆく。もうわかったよ、充分だよ、そう抱き締め返したら、ふたりはもう指先まで温かかった。

君が好き。そんな生易しいものじゃない。
必要なんだ。君が必要。


Immature love says : “I love you because I need you.” Mature love says : “I need you because I love you.” ―― Erich Fromm


エゴイストと存在証明


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